【講義】地獄体験談

■ショートシナリオ


担当:たかおかとしや

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月04日〜04月08日

リプレイ公開日:2009年04月13日

●オープニング

 ―――打って出るべきだと言う声は、日増しに大きくなっていくようであった。




「やれやれ、また出動か。今月になって、これでもう二度目だぜ」
「うちだけじゃない。チェルニゴフの方だって大変な事になっているという話だ。全く、あっちもこっちもデビル続き。一体、世の中はどうなっちまったんだ?」
 急な出動に慌ただしく軍装を整えながらも、兵士達はお互いに顔を見合わせて溜息をつく。

 復活した魔王。
 地獄より襲来する、幾名もの大悪魔達。そしてラスプーチンの暗躍。
 世界の多くの国々と同様に‥‥いや、世界のどの国よりも激烈な『デビル禍』とでも言うべきこれらの厄災に対して、ロシア王国とその騎士団は、常に後手後手の対応を余儀なくされていた。
 神出鬼没且つ、人とは異なる行動原理に従い、気紛れとさえ言える侵出を繰り返すデビル達。
 その出現を事前に予想する事は困難であり、そして騎士団の規模に比してロシアの大地は広大に過ぎた。辺地の村や街からの救援要請に雪を掻き分けて駆けつけても、兵士達が目にするのはとっくに廃墟と化した焼け焦げの残骸だけ。‥‥そんな経験さえ、一度や二度ではない。

 打って出るべきと、前線の兵士や騎士達の間から次第にこのような声が上がるのは、むしろ当然の事と言えた。
 広大なロシアの地で、下級デビルの一匹一匹を馬で追うような真似をしたとて埒はあかぬ。臭い匂いは元から絶つ! それは遙かな古代から変わらぬ、戦の大原則である。当初は様子見の構えを見せていた貴族や、軍の高官達の間からさえ、済し崩しに拡大する被害の深刻さに、徐々にそれらの声に同調する者達が現れ始めていた。

 打って出るべき!
 どこへ? 勿論決まっている。臭い匂いの元。デビル達の住処。
 地獄。

 ‥‥だが、そこが限界。彼らの頭は、その言葉に思考を停止してしまう。
 地獄? 地獄って何だ?
 炎と血、赤き空に包まれた荒涼とした大地。救われることのない罪人が世界の終わる日まで責め苛まれる土地‥‥と。教典にある、そんな話は知っている。
 だが、今知りたいのはそのような曖昧な情報ではない。

 地獄への道順。具体的な距離。
 地獄は暖かいのか、寒いのか。地獄の空気を吸うと死んでしまうって本当か?
 そもそも、地獄って本当にあるのか? 行けるのか? 行って、帰ってこれるのか?!




「‥‥ははぁ、それで俺のところまで来たってわけか」
 『鋼鉄の鎚』戦士団分隊長。髭もじゃの古強者。誇り高きドワーフ戦士のグラッヅォ・ブッヘンバルトは、そう言って男の方を振り返った。
「確かに軍の中でも、地獄へ行って帰ってきた奴はそう多くはないだろうからな。ああ、行ったよ、確かに地獄へと。それ程前じゃない、二月の頭くらいの事だったかな」
 グラッヅォの言葉に、彼を訪ねたその男は勢い込んで言葉を連ねる。
 深刻なデビルの被害。一刻の猶予もならぬ、デビル達の脅威。
 一方、貴族達の中には地獄の存在さえ疑う者が皆無ではない事。地獄へと攻め込もうという主戦派の者達さえ、肝心の地獄の事は、教会の説教の中でしか知らない事。
 だから‥‥
「ああ、まてまて。確かに俺は地獄へ行ったんだが、半ば付き添いみたいなもんで、他人様に語れる程何か知っとるわけじゃあないんだよ」
 グラッヅォの言葉に、しかしそれでもと、尚言い募ろうとする男。
 そんな男の様子に、グラッヅォはニヤリと笑顔を向けた。

「別に、喋るのは俺じゃなくとも構わんのだろう? いい人材を紹介してやろう。世の中には、地獄へと日参してるような変わり者だっているもんだ。デビルだ地獄だと言う事なら、奴らに聞くのが一番だろうよ」
 それは一体?
 尋ねる男に、グラッヅォは応える。
「冒険者さ! いい機会だ、せいぜい勉強させて貰え!」


 『依頼内容:騎士団の騎士、及び一般の兵士達への、地獄に関するレクチャー。体験談の紹介、講義など』

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●講義対象
 講義対象は、大きく以下の三つに分かれています。

・兵士達
 一般の兵士達です。学はなく、大半はジーザス教の教えを信じる純朴な若者達です。
 もっとも不安の大きい層でもあり、彼らにとって「地獄行き」とは全く文字通りの意味でしか有りません。

・騎士達
 貴族の中でも、比較的下位に位置する分隊〜小隊クラスの前線指揮官達です。
 地形や、地獄のデビル達の様子に関して、強い関心を持っています。

・貴族、軍の高官達
 お忍び、もしくは内々の勉強会のような形で、政治的に身分を明らかに出来ない貴族達の幾人かも、講義の聴取に訪れる予定です。

●今回の参加者

 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9311 エルマ・リジア(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

 わいわい、がやがや。

 普段はあまり使われる事のないその広い部屋に、今は百名を超す雑多な兵士達のざわめきが満ちていた。ここにいる兵士達は、所属も種族も皆バラバラだ。傭兵団のジャイアント戦士や従士団の者。中には仕立ての良い衣装を身にまとった騎士と覚しき者達までもが見受けられる。そして勿論、部屋の大多数を占める人間の下級兵士達。
 彼らは揃って、それが始まるのを待っていた。

 地獄とはどんなところなのか。
 行って帰ってこれる場所だというのは本当なのだろうか。

 ロシアは言うに及ばず、世界中を災厄の渦に巻き込んだデビル達。地獄とは地上侵略を志す邪悪な敵軍勢の根拠地そのものであり、同時にそれは、ただの軍事上の重要目標には留まらない、信仰そのものを揺るがしかねない象徴的な観念そのものでもあった。
 信仰を疑っているわけではない。ジーザス教の教典に地獄が『ある』と書かれているのだから、あるのだろう。なればこそ、彼らには地獄に攻め入るなど想像さえ出来なかった。死んでからでも困るのに、生きている内から地獄行き? よしてくれ、気が早いにも程がある!
 身分に多少の上下はあれ、実戦に赴く者達の、それが偽らざる気持ちだ。
 だから、興味があった。
 その地獄へ自ら乗り込み、デビルと戦って帰ってきた者。冒険者達が何を見てきて、それをどう語るのか。

 マリンスキー城、王宮練兵場付属大講義室。
 兵士達のざわめきを圧して、グラッヅォ・ブッヘンバルトの胴間声が室内に轟き渡る。
「さあ、黙れ! 地獄体験講義を開始するぞ! 講師の先生方のご入場だ!!!」




「‥‥き、聞いてないですよ、まさかこんなに沢山人が来るなんて‥‥!」
 エルマ・リジア(ea9311)が演壇の袖、柱の裏の影から居並ぶ聴衆を盗み見る。
 その数はどんどん増える一方で、総数は既に二百人に近い。事前に世話役のグラッヅォからは少人数相手、内々の勉強会程度の催しだと聞かされていたのだが、これでは大講演会そのものである。
「うーん、思ったよりも盛況のようだけど、沢山の人が聞いてくれる分には問題ないでしょう。エルマも随分これで、喋り甲斐も出たんじゃないかしら?」
「えー? そ、そんな事ないですってば!」
 慌ててバタバタと手を振るエルマに対し、一方のレティシア・シャンテヒルト(ea6215)はバードという職業柄か、中々腹の据わった様子を見せている。

 ややあって、対面の演壇の袖から響き渡るグラッヅォの胴間声。
 開始の合図だ。
「さあ行きましょう。大丈夫、自信を持って下さいエルマ殿。人が増えても、話す内容に変わりはありません」
 そう言って、ディアルト・ヘレス(ea2181)が演壇の袖から中央へとさっさと歩を進める。
 途端に彼に浴びせ掛けられる、嵐のような拍手と歓声。
 それは圧倒されるド迫力。涼しげな笑顔で手を振って応えるディアルトの神経の方こそ、いっそ信じられないくらい!

「さあ、私達も行きましょう、エルマ?」
「わー、無理です! 絶対無理、私喋るの得意じゃないですし、こんな大勢、きっとトンチンカンな事色々喋っちゃいます! 助けて、ファルファリーナ!」
 レティシアに手を引っ張られたエルマが、思わず連れてきていたペットのファルファリーナに手を伸ばす。
 勿論、陽霊の少女、ファルファリーナは主の言葉には絶対服従。差し出された主人の手の前で、彼女はぐっとガッツポーズ。
「頑張って☆ ファルファ応援する!」
「‥‥ああ、あっ‥‥!」

 一瞬の隙に、レティシアによって演壇の中央に連行されたエルマ。
 演壇に立つ三人に一層注がれる、拍手と歓声と口笛の雨!




 一通り場が落ち着いたところで、グラッヅォによる冒険者達の紹介が始まった。
 しかし紹介されるまでもなく、その場にいる者達の多くが、既に演壇の三人についてある程度の事を知っているようだった。特に兵士達の間でのディアルトの知名度は相当なモノのようで、彼の名前がグラッヅォの口から発せられると、多くの兵士達が「あれが話に聞くドラゴンスレイヤーか‥‥」と互いに肘を突いて囁き合う。

「‥‥以上三名。此処にいるお前達は幸運だ! 半端じゃねぇ英雄様が、お前ら兵卒共に直々に講義をして下さるんだからな。
 判ったか?
 判ったら静かにしやがれ!! 今度さっきのような大騒ぎをしやがると、揃って窓から練兵場に叩き落としてやるぞ!!」
 『雷声』の異名を奉られるグラッヅォの激しい落雷に、広い講義室は途端にシンと静まりかえる。
 それを確認してから袖に下がったグラッヅォの代わりに、レティシアが演壇中央に置かれた教卓へと進み出た。




 教卓の裏にこっそり置かれた木箱の上に立ち、レティシアは講義室を見渡す。
「ただ今ご紹介に与りました、レティシア・シャンテヒルトです。‥‥そうですね、まず皆さんにこの映像から見て貰おうと思います」
 レティシアが演壇にファンタズムの呪文を唱えると、そこにまるで世界を切り出したかのような、精巧な幻影が現れた。黒い大地と赤い空。滔々と流れる名も知れぬ大河。土も水も、空気すらも暗く淀んだ得体の知れぬ土地。
「‥‥これが、地獄です」
 レティシアの言葉に、静かなどよめきが広がる。司祭の祈りの文句や、抽象的な絵画の中にしか見た事のない地獄の風景。その風景は、多くの者が朧に想像していた空想上のイメージよりも、尚暗い。

「冒険者達が初めて地獄に足を踏み入れたのは、それ程昔の事ではありません。去年の年末、丁度聖夜際の頃でした。何処からか溢れ出る悪魔達の出所を追い、探り、そうして辿り着いた場所が地獄だったのです」
 一般の兵卒達は、その多くの者が文字を読む事が出来ない。
 それ故に、彼女は幻影による映像を多用し、平易な言葉で淡々と冒険者達の地獄における道程を語っていく。

 地獄に向かった冒険者達の前に立ちはだかる地獄門。そして三ッ首の魔獣、ケルベロス。
 幾人もの英雄と、無数の名もない冒険者達が雄々しく魔獣の吐く炎に立ち向かっていく。ケルベロスの力は強大だ。だが、度重なる人の攻撃の前に、不死身と思われた強大なデビルも遂に膝を屈する時が来る。
「‥‥デビルは強大です。しかし、人の力、人の想いは決して負けません。剣の力だけではない、暗い思念そのもので構成されたデビル達にとって、人の想い、清純な祈りこそがより強い力を持つのです」
 幻影が切り替わる。
 冒険者達。中でもバードらしい、楽器だけを携えた無防備な数名の男女が、ケルベロスの前で唄を歌っていた。
 冥府への門を守る伝説の獣。凶猛な魔獣の顎門を目前にして歌われる唄に含まれる、人の意志の強さと、その意思の産んだ果てのない奇跡―――
 ‥‥ところで、バードたちの後ろで、花のような乙女と舞い踊る厳ついドワーフ戦士の姿が、誰かに似ているのは気のせいだろうか? エヘンエヘンと、演壇の袖からやかましい咳払いの音が数度。
 グラッヅォの何か言いたげな視線を尻目に、レティシアは、何事もなかったかのように、講義を続けていく。

「地獄の地形は、現在までに判明している限り、多くの場合平坦です。デビル達の築いた城塞の他は、黒い荒野となだらかな丘が続くだけ。草木の生えぬ地獄では、身を隠す場所はありません」
 演壇の傍らに、土で汚したマントやボロ布をまとい、荒野を進む冒険者達の姿が浮かび上がる。
 傍目には完全に荒野の土に溶け込んでいるように見えるその冒険者の姿は、しかし遙か遠方のデビル達によって容易に発見されてしまったという。
「‥‥だとすると、地獄へ向かった場合、我々はデビル共のいい的になるという事かね? 何か、見付からない方法は?」
 聴衆の中から、騎士らしい一人の男が立ち上がって発言する。
 男の発言に、レティシアは正直に頭を振った。
「判りません。ただ、私達のような少数の冒険者集団には取り得ない、貴方たち自身の強みを生かした方法もまたあるのではないかと思います。私達の経験を生かして下さい。でも、私達を真似する必要はないのです。冒険者と、貴方たち騎士団とは、地獄でも上手く互いを補完し会える存在になれるのではないかと期待します」

 その言葉と共に、レティシアはぺこりと頭を下げ、教卓から引き下がる。
 変わってディアルトが教卓の前に立つ。‥‥勿論、彼に木箱は必要ない。




「地獄に於いて、ジーザス教の教典と実際との、最も大きな違いは何でしょうか?」
 ディアルトの第一声。
 地獄に行った事のない彼らに、これは当然答える事の出来ない質問だ。
 少し間を空け、ディアルトは言葉を繋げる。
「‥‥それは生きたまま、二本の足で行って、二本の足で帰ってこれる場所であるという事です」
 また、静かなどよめき。

 ディアルトは訴える。
「地獄を怖がらないで下さい。地獄は決して行けば二度と戻れないよう世界ではありません。デビル達の悪しき策謀により、良きにつけ悪しきにつけ、地獄とこの世界は半ば以上地続きに繋がっています。フランクに行くように、ノルマンに行くように、私達は地獄へも行けるのです」
 そう。それが今のジ・アースの姿であった。
 地獄とは既に、観念上の遠い異界などではない。キエフから地獄へは、徒歩で僅か数日の距離。フランクやノルマンの存在を疑う者はいなくて、地獄の存在を疑う者がいるのは滑稽な事だ。そのどちらに比べても、尚地獄は近い場所にあるというのに!

「また、決して地獄を軽視しないで下さい。地獄においては、デビルは地上に出会う場合よりも尚強い力を発揮します。低位な小鬼でさえ、通常の武具は疎か、時には銀の剣でさえ無効化する力を発揮するのです。高位のデビルともなれば、魔法を弾き、なまじっかな魔剣ではその身に傷一つ付ける事さえ難しいでしょう」
 ディアルトがレティシアに頷くと、再び精巧な幻影が演壇の前に描き出される。
 それは人頭蛇身、美しい女の顔を持つ魔神エキドナの姿。
 ゲヘナの丘に捧げられた人間の魂を喰らい、代わりに真っ黒な卵を産み落とす鬼女。冒険者達の群からエキドナに放たれた幾百もの呪文の光を、エキドナが身震い一つで払い落とす様が映像には表されていた。

「レティシア殿の言われた通り、デビルの力は強大です。人の力では勝てないのかも知れない、そう思わせる程に。‥‥だが、希望もまた有ります。デビル達に対し、戦っている者は人間だけではないのです」
 今度は講義室の上。聴衆の頭上に幾つもの幻影が浮かび上がった。
 見上げる程の巨人、フィルボルグス。
 炎をまとった戦士、イフリーテ。
 なよやかな少女、フィディエル。
 それら全てが、力を持つ高位のエレメント達。
「今、ロシア各地のエレメント達を初め、世界中の精霊達がデビルとの戦いに力を貸してくれています。この地上に住まうのは我々人間だけではありません。人と、彼らエレメント達が力を合わせれば、地獄のデビルと言えども決して勝てぬ相手ではありません」
 ディアルトは、そこで言葉を句切る。




「あの、大体の事は判ったんだけど‥‥」
 一人の下級兵士が手を挙げ、立ち上がった。
「偉い英雄様や精霊達なら地獄でもやっていける。でも俺らのような下っ端の兵士はどうなんだ? あんな化け物共相手では、怖い怖くない以前の話だよ。俺らが行っても無駄なだけじゃないか? 魔法が使えるわけじゃなし、仲間に死体担がせるハメになるだけ迷惑ってもんだろ?」
 その兵士の言葉に、周囲からは少なからぬ同意の言葉が湧き起こる。
 無理からぬ言葉と言えた。歴戦の冒険者達でさえ、時には似た思いを抱く事がある。
 だが、違う。そうではないのだ。
 ‥‥壇上のディアルトがそう口に出すよりも早く、その言葉を否定した者がいた。

「そうではありません!!」
 エルマが演壇の中央に立つ。
 そうじゃない。英雄が一人いれば済むような、そんな話じゃない。
 エルマ自身、思いもよらぬ強い言葉が胸の奥からこみ上げる。
「いかな英雄であろうと、一人ではデビルには勝てないのです!
 自分を卑下しないで下さい、自分の役割を見つけ出して下さい。貴方の役割は、貴方にしかできないのですから。
 地獄はデビルの本拠地であるだけあって、数え切れない程の大群が押し寄せてきます。とんでもない数です! こう言う時、私のような魔術師なら範囲魔法で仲間を援護する事が出来ます。だけど、私一人だけだったらどうでしょう? あっと言う間にデビル達に囲まれ、呪文を放つまもなくやられてしまうに違い有りません」

 突然のエルマの言葉に、兵士達は、呆気にとられたような視線を彼女に送っていた。
 事前に折角用意していた講義の段取りは、既にぐりんと転倒してしまっている。それでも黙る気はなかった。言わねばならない事だった。頬を紅潮させたまま、エルマは喋り続ける。

「一人では駄目です!
 地獄では、背中を預ける事のできる、信頼できる沢山の仲間が必要なんです。剣を使える者、魔法を使える者。強い者、弱い者。戦闘だけじゃありません、炊き出しだって、慰労だって、武器の手入れや救護係だって必要です。英雄だって、お腹がすいたら剣は振るえないんですから。
 兵士の皆さん、自分の役割を見つけて、それを見失わないで。
 隊長さん方は、兵士の皆さんに自分の役割を思い出させてあげて下さい。本当に危ない時、それが出来るのは隊長さんだけなんですから!」

 一気呵成に言い切った!
 はーはーと、演壇上で赤い顔をして息を切らすエルマ。息を整えている内に、なんだか、ダンダン冷静になってきてしまう。‥‥もしかして、私はとんでもない事をしてしまったのかも‥‥? 我に返ったところで後の祭り、二百名からなる聴衆を前に、徐々に冷静になってきてしまう恐ろしさ!
 そうだ、私は貝だ。この教卓に隠れてよう! ‥‥なんて実行に移しそうになったエルマに『それ』が降り注いだのは次の瞬間だった。

 万雷の拍手!
 兵士が、騎士が、従士が。
 皆が立ち上がり、エルマの言葉に万感を込めた熱い拍手を送る。

「なかなかいい演説だったぜ! エルマさんよ」
「俺も見つけてみるよ。自分のやれる仕事をさ」
 口々に、兵士達が壇上のエルマに声を投げかけてくる。
「素敵なお話だったわ、エルマ!」
 演壇の上で、レティシアがエルマに身体ごとぶつかるようにして抱きついてくる。

 ‥‥エルマは拍手と、レティシアの腕の中で目を白黒。
 どうやら、自分が間違った事を言わなかったらしいと。目を瞬かせながら辛うじてそれだけを理解した。




「‥‥俺から発破を掛けなきゃいかんかと思っていたが、どうやら手間は省けたようだな。御陰でまた一段と忙しい事になりそうだよ」

 拍手の鳴り止まぬ講義室を、一人の逞しい巨人が後にした。
 彼の名はイリア・ムローメッツ。
 英雄戦士。戦場の風を身にまとう、鋼鉄の槌戦士団の隊長その人である。