【黙示録】地獄の物見櫓
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■イベントシナリオ
担当:たかおかとしや
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 13 C
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月03日〜05月03日
リプレイ公開日:2009年05月11日
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●オープニング
ロシア王国有数の戦士団の一つ、鋼鉄の槌戦士団。
来る者拒まず、入団資格無し、完全能力給。まともな伝統ある騎士団では考える事も出来ぬ方針を掲げた戦士団は、異種族の戦士や魔法使い、無頼の傭兵、その他氏素性の知れぬゴロツキ共で溢れかえり、ロシアで最もまとまりのない正規軍として悪名を轟かせていた。
そんな多様な──何せ、ゲルマン語が通じるかどうかも怪しい──戦士達を率いる者に求められるのは、知恵であり、力であり、何より気合いである。それを満足にこなせる者はそう多くない。まして完璧にこなす事の出来る者は一人だけだ。
その者の名はイリア・ムローメッツ(ez0197)。
ロシア一と名高い戦士。ウラジミール一世の盟友。己の知恵と力と気合いとを、僅か数年という短い期間の中で完全に証明して見せた男。
人呼んで漂泊の英雄戦士。
鋼鉄の槌戦士団々長、その当人である。
●
イリアの物言いは唐突で突然である。
部屋に入ってきたグラッヅォ・ブッヘンバルトに投げかけられた第一声もまた、当然のように唐突で突然だった。
「おいグラッヅォ、お前、物見櫓を建ててこい」と。
なんだ、そりゃ?
グラッヅォは首を捻る。
何処に、どんな、どのような目的で?
勿論聞いた。中途半端に判ったフリをするくらいなら、一から十‥‥出来れば二十くらいまで聞いておいた方が、まだしもイリアの機嫌を損ねる可能性が低い事を、グラッヅォは学習している。部下や一般の兵卒達から鬼神同然に恐れられている『地獄帰りの髭隊長殿』とはいえ、目前の男を怒らせるのは具合が悪い。
何せ、腕力ではとても敵わないので。
「決まってるだろ? 地獄だよ、地獄。今俺達がどういうルートで地獄の情報を得ているか、お前知ってるか?」
決まってもないし、知りもしなかったが、予想は付いた。
「‥‥冒険者ですかね?」
「そうだ。俺達ロシア王国戦士団は、目下最大の脅威の一つである地獄と、そこに住まう明白な敵性種族であるデビルに関する情報を、個人のボランティアのような冒険者連中に頼り切っちまってるわけだ。おんぶにだっこ、スプーンの上げ下げに至るまで全面的にな」
言って、イリアが椅子から立ち上がった。自然とグラッヅォの視線も上を向く。
ジャイアント族のみが醸し出す圧倒的な肉の質量。文字通り、見上げる程の巨体である。だがむしろグラッヅォは、その小山のような身体が動く際に何の物音もしなかった事にこそ舌を巻いた。おんぼろの床や木の椅子が、イリアが動く時にだけ何故か軋みもしなくなる理由は判らない。
「‥‥しかし団長、それはそれで問題ないのでは? 何せ相手はボランティア同然。兵も死ななけりゃ、金も掛からないでしょう」
グラッヅォの言葉に、イリアは頷く。
「確かにな。地獄の話を聞くってだけなら、別にそれで構わない。ただその話を聞いて『俺達』が何かするつもりでいるのなら、ネタの出所がボランティア頼みってのはどうにも美味くないのさ」
「で、自前の物見櫓が欲しい、と‥‥」
つまりは地獄に、戦士団直轄の監視所を設けたいという事か。
考えてみれば当たり前の話だ。多少とも腰を落ち着けて戦争をやろうというなら必ず必要になる物で、今までそれがなかったのは、要するに『地獄』に監視所を置くという発想が軍に欠けていたと言うだけなのだ。
「グラッヅォ。お前の仕事は、櫓を建てる場所の選定だ。前線に近すぎるのは駄目だ。未だしばらくはまともな数の兵を置けんからな。かと言って後方に置いたんじゃあ意味がない。判るな? お前の分隊を連れて行け。駐屯第一号はお前達になる可能性が高い。せいぜいいい場所を見繕うんだな」
イリアが笑う。
茶色い髪、褐色の肌。ジャイアントにありがちな愚鈍さ等欠片も見られぬ、茶色の瞳。
「まずは様子見だ。場所と、デビルと、そして人。
‥‥油断するなよ。お前はどのような形であれ、ロシア王国正規軍の旗背負って行くんだ。思う程に簡単な仕事じゃないかも知れんぞ」
●
翌日、キエフの冒険者ギルドに以下のような依頼文が公開された。
依頼人はロシア王国鋼鉄の槌戦士団分隊長、グラッヅォ・ブッヘンバルト。
『依頼内容:地獄の地理案内、及び荷物の運搬とその護衛。
櫓の設営有り。木工、土工技術保持者歓迎!』
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●『鋼鉄の槌』戦士団分隊
ドワーフ隊長グラッヅォが率いる、専門後半クラスのファイターを中心に構成された戦士団です。
同行する者は全八名。対デビル対策として、全員一振りずつ、+1相当の魔法の武器を装備。
数頭の戦馬、資材運搬用の馬車四台を引き連れています。
●リプレイ本文
地獄!
それは、罪人の魂が裁かれる地。
それは、天より堕ちし者共の住まう悪徳の帝国。
果てなく続く赤い空。
切れ目無く続く黒い大地。
闇の辺土の広大さに比べれば、人の子の「占領した」と称する土地のなんとちっぽけな事か?
築き上げられた鉄壁の陣地。荒野を埋める強者の群。
人の灯す盛大な篝火は、きっと地獄の闇を打ち払う。
人間はそう思っている。そうであれと願っている。
だが実体は、暗い海に投げ出されたほんの数粒の宝石。地獄に於ける人の地歩など、正しくその程度のものだった。
デビルという名の寄せて返す真っ黒な浪に、今にも消えそうに儚く瞬く小さな光。
―――それでも、その光こそが奇跡そのもの。
天地の築かれし神代の昔より、人の手による明かりが地獄に灯った事など、曽てない。
●
「おお、こりゃまた広いもんだ! あすこに見えてんのがディーテ城砦って奴か? あんな山みてぇな城に喧嘩売ろうってんだから、冒険者ってのも全く呆れたもんだなぁ? ええ、おい」
「‥‥はしゃぐのは結構だが、落ちても拾いには行かんぜ、グラッヅォさん」
「おっと、すまねぇ。こちとら何分、空を飛ぶのも初めてなもんでな。その初めてが、よりによって地獄だってんだから、お前―――」
風を切り、宙を掛けるグリフォンの上。
前で手綱を握るオラース・カノーヴァ(ea3486)に応えながら、グラッヅォ・ブッヘンバルトは地獄の遙か遠い地平線を透かし見る。
地獄に攻め寄せた冒険者達より、ディーテ城砦前荒野と簡単に呼び称された不毛の荒野。
ロシア王国『鋼鉄の槌戦士団』先遣隊として出発をした八名の戦士と、九名の冒険者。総勢十七名は今、その荒野に築かれつつある冒険者達の陣地の一つを間借りして、周辺の下見と、地形の把握に努めていた。
荒野と一口に言ったところで、その実態は広大だ。
山の如き‥‥そう、文字通りに山と聳えるディーテ城砦を仰ぐ、その全ての土地が即ち『荒野』である。その名は、地獄門をくぐってより地獄最奥の万魔殿へと至る、地獄の一階層そのものと同義であり、地名などと言う細やかな物では決してない。何しろ、人の足で幾日掛かるやも判らぬ、広い、広い土地に付けられている名前が、荒野と城砦、ゲヘナの丘の三つだけと言うのだから呆れた物だ!
必然、物見櫓を建てるという目的の為に必要な下見の範囲もまた膨大であり、足で回っていては何時終わるやも判らない。そこでまず行われたのが前述の如き、地獄観覧空中散歩であった。
「‥‥オラースの言う通り、気をつけた方がいい‥‥アケロン河近くならまだしも、この辺りは冒険者が制圧したとは言い難い‥‥。どこからデビルが襲いかかってきたとしても、不思議ではないぞ‥‥?」
オラースの駆るグリフォンの傍らで、ペガサスに跨ったオルステッド・ブライオン(ea2449)が周囲に油断無く視線を送る。荒野で人とデビルらの軍勢が激突したのはつい先日の事。何より、この地域一帯のデビルの本丸とも言えるディーテ城砦は、未だ落城の気配さえ見せてはいないのだ。
「幾ら物見櫓であるとは言え、あまり前に出しては危険でしょう。いつデビルに襲われるか‥‥」
「ほんま、難しいところやな。出来るだけ安全なところに建てたいんは山々やけど、監視台があんま後ろの方に建っとっても話にならへんわけやし」
グリフォンに跨ったオグマ・リゴネメティス(ec3793)の言葉に、こちらはペガサスに跨ったジルベール・ダリエ(ec5609)が同意の意を洩らす。
二頭のグリフォンと二頭のペガサス、上に跨る彼ら五名の戦士。
幸い、これと言った妨害に出会すこともなく、一行は地獄の空を進んで行く。
後方の救護所から荒野を越え、禍々しいディーテ城砦の威容を横目に、未だ冒険者達による浄化の儀式の続くゲヘナの丘へ。何もかもが赤と黒に彩られた地獄世界。
「来る途中に通った、アケロン河の岸辺と地獄門。そして門を通った先に広がる広大な荒野と、ディーテ城砦。‥‥差し当って俺達、人間の手の届く世界と言えばこんな所だろう」
オラースの言葉に、グラッヅォは勢いよく頷いた。
「ああ、御陰さんでよく判ったよ。聖典を丸暗記した坊主よりも、今のワシの方が地獄に関しては余程詳しいだろうな。さあ、帰って作戦会議といこうじゃないか!」
●
上空からの下見を終えたグラッヅォを囲み、冒険者達と戦士団、一同全員の参加によって開かれた物見櫓建築会議。下見の際にジルベールの書き記していた地獄の地図を皆で囲み、喧々諤々、ああでもない、こうでもないと互いに議論を戦わせる。
会議で浮上した、幾つかの重大項目。
その内の最初の一つ、建設場所については大元で意見は早期に一致した。
奥に引っ込んでては意味がない。前に出すぎていては危険が大きい。また現在最も監視の必要のある対象はディーテ城砦そのものである為、必然的に建設場所はディーテ城砦前荒野、それもある程度前方に位置する冒険者陣地に併設する事に決定された。勿論、実際の建築用地に関しては、別途実地で検分をした上で確定される。
二つ目は、建築素材である。具体的には、石か、木か?
石の方が丈夫で頑丈、耐火性も高い。反面、建築に要する期間は長くなる。
木材であれば、建築に必要な期間は大幅に短縮されるが、どうしても耐火性の面で難があった。獣の皮を巻いて耐火性を上げてみてはというアイデアも出されたが、頑丈さという面ではやはり石には敵わない。
素材調達の面に関しては、どちらも一長一短。木一本生えぬ地獄に於いては、建設用の木材は全て地上より運搬してくる必要がある。石や砂、土といった物なら地獄であっても調達は可能であったが、良質の建築用の石材となると、まず採石場の探索から始めなければいけないといった有様であった。
議論が煮詰まる中、解決方法は意外な所から提示される。
「木材で建てて、後で石にするって言うのはどうですか?」
セシリア・ティレット(eb4721)はそう言って、一巻きのスクロールを取り出してみせる。それは、地の精霊魔法ストーンの術式を記した魔法のスクロール。生物、非生物問わず対象を永久に石化させるという、恐ろしくも、建築の際には大変に便利な魔法である。
「木製の小屋にこの呪文を掛ければ、それだけでも石造りの建物と同じ頑丈さと耐火性が手に入ります。私はスクロールがないと使えませんけど、地の魔法使いさんなら、憶えたての方でも同じ事ができるはずですから」
正に木と石の美味しいとこ取り、魔法万歳の画期的なアイデア!
鋼鉄の槌戦士団にも、何人か地の魔法使いが居たはずだな‥‥そんなグラッヅォの言葉と共に、彼女の提案は満場の一致を持って了承される。
そして三つ目が、ジルベールより提示された複数建設による、狼煙台ネットワークのアイデアであった。
「物見櫓で監視して、異常の発見に努める。それはええとして、それをキエフまでどう伝達するかが問題やと思うんや」
ジルベールがお手製の地図の上にぐりぐりと黒い丸を書き入れると、冒険者達、戦士団の者達は一様にふんふんと頷く。
「伝達と簡単に言うても、前線近い荒野の物見櫓から、キエフの地上までは歩きやと絶望的。馬で行っても相当掛かる。そこで、狼煙台の出番やな」
言って、地図の上に更に追加の黒丸をぐりぐりと。
「荒野前方に一つ、荒野後方に一つ、後方救護所に一つ、地獄門を越えたアケロン河の岸辺に一つ。それぞれの櫓の屋上で光のリレーをやらせれば、異変の報はあっちゅう間に後方へと送られるというワケや」
それは、地獄に築かれた光の通信網。
黒丸が、ジルベールの手によって黒い線で繋がれていく様に、一同はほほーと感嘆の声を上げる。
「成る程なのだ! 今から四つとも建てるというのも時間が足りないのであるが、下見と計画、ついでに一つ建てるくらいであるなら何とかなるのではあるまいか?」
ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)の言葉に、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)も同意する。
「設計の方は俺が担当しよう。複数建てると言っても、設計自体は一つで問題ない。石造りであれば多少人手と時間が掛かったであろうが、セシリアの提案したストーンを考慮に入れれば、基本は大きめの丸太小屋を造る程度の手間で建設できる筈だ」
やろう。やってみよう。
そう言う声が、冒険者達や戦士団の間から徐々に高まりを見せ始める。
ジルベールの地図を手に、グラッヅォが決を下す。
「‥‥イリア団長の好きそうな、なんとも悪くないアイデアだ。どちらにしろ、後々の事を考えれば、櫓一つ建ててそれで終わりというわけにもいかんだろうしな。
いいだろう! 取りあえずは前線に一つ、後の三箇所の場所も含めて、改めて下見のやり直しだ。さあ、そうと決まれば、手と頭と足を動かせ。働いて貰うぞ、お前達!」
グラッヅォの胴間声に、十六名の人間が一斉に声を上げた。
『おおうっ!!』
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「それでは、下見の検分が済むまでの間、手の空いている戦士団の皆には、現在判っているデビルの種類と階級について知らせておこう」
これは俺だけではない、多数の冒険者達の知恵と経験の結晶なんだ。そう、リース・フォード(ec4979)は前置きして、語り出す。
階級毎に分けられたデビルの種別。
インプ、グレムリンなど比較的馴染みのあるモノから、アザゼル、サブナク等と言った滅多にお目に掛かれぬデビルまで。地獄の冒険者達が集積した数多の情報は、冒険者にとっては既に周知とも言える内容であっても、戦士団の人間にとっては大いに耳新しい貴重な情報である。
鋼鉄の槌戦士団でも、今回地獄に派遣された戦士達は精鋭だ。デビルを殴った事も二度や三度ではないと言う、芯からのベテラン揃いでは有ったが、地獄のデビルの中には魔剣で突いても斬っても効果がない‥‥そんな生意気な者までもが存在するという話となると初耳であった。
「その黒い霧? それが出たら、魔剣が効かない、魔法が効かない。‥‥じゃあ冒険者達はどうしてるんだ?」
戦士団の一人、大斧を担いだ巨漢のジャイアントが、リースの言葉に手を挙げる。
それに対して、リースの告げる対処法は実に簡単だ。
「より強い魔力を秘めた剣。より強力な魔法。強力なデビルに対する対処法は、それに尽きるだろうね。もしそれも効かない悪魔が現れたら‥‥」
「ああ、それなら俺にも判るよ!」
リースの言葉を遮って、ジャイアント戦士はニヤリと笑う。
「そんときゃ、勿論逃げればいいんだろ? 後の事は、グラッヅォ分隊長か、イリア団長にでも任せとくさ」
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「それでは立てますよ。そーれっ!!」
『おおおっしゃあ―――!!』
メグレズ・ファウンテン(eb5451)の号令の元、戦士団の男達がロープを力の限りに引っ張ると、太く大きな大黒柱が音を立てて地獄の大地に屹立する。
実地の下見の結果、最も前方の櫓はディーテ城砦正面に築かれた冒険者達の小陣地の一つに併設される事となった。ロシア王国軍の手によって建設される見張り台、しかもその情報は冒険者達にも提供されるという話でもあり、現地の冒険者達の評判も今のところは悪くない。何せ、ここは地獄の奥座敷。何時でも人手は大歓迎だ。
彼ら、他の冒険者達の見守る中、木工の心得のあるメグレズ、ジルベールらの主導によって物見櫓の建設は大車輪で進められていった。
エルンストが設計をした物見櫓兼用の狼煙台。その構造は基本的には四角い箱のように作られた、二階建ての家そのものである。
一階は交代要員の詰め所、二階は狙撃用の小窓が開いた食料&物資兼用の倉庫。屋上となる三階が監視場となり、中央に設置された狼煙台では、油によって火を灯す事も出来れば、輝きの石などの魔法のアイテムを代わりに使用する事も可能となっていた。
「おーい、それでは建設に先だって、初めの信号テストを行うのであるぞ!」
「問題ねぇ、やってくれ!」
オラースの返事に、大黒柱と僅かに仮組が行われた骨組みの上で、ヤングヴラドは輝きの石に精神を集中させ、石に灯った魔法の明かりを頭上高くに差し上げた。
地上とは違う地獄の赤い空の元で、明かりがどれほど見えるものであるか、実際の所定かではない。既に、第二の建設予定地となる荒野後方の陣地には、ジルベール、オグマ、セシリアと戦士団の三名がやはり魔法の明かりを灯すアイテム、ライト・リングを手に待機している。ここ、荒野前方からの明かりが確認出来次第、彼らの方からも明かりの信号が送り返される手筈であった。物見櫓が狼煙台としても機能するかどうかは、全てこのテストの結果にかかっていると言って過言ではないだろう。
光を放つ石を盾で覆い、規則正しく明滅する信号を送るヤングヴラド。
その姿を下から見上げながら、オルステッドは傍らのメグレズに声を掛ける。
「‥‥大丈夫だと、思うか‥‥?」
「大丈夫です」
そう応える彼女の言葉に、揺るぎはない。
「地獄は暗いですし、間隔も当初の予定地からは更に間を縮めています。陽光溢れる地上でだって、松明の明かりは見えるのですから。きっと、大丈夫」
「そうだな‥‥私も、そう思う。この狼煙台は、きっといつか役に立つだろうから‥‥」
いつのまにか皆が、ヤングヴラドの手中で明滅する石を見上げていた。
パッパッパッ‥‥
パッパッパッ‥‥
三回点滅、一度休止。
三回点滅、一度休止。
オールオーケー、問題なし。世はなべて事もなし。
それが、いまヤングヴラドの送っている信号の意味であった。
三回点滅、一度休止。
三回点滅、一度休止―――
●
「来た!」
目の良いリースが、第二建設予定地のあるはずの方角を指さす。
確かに見えたその明かり!
リースに続いて、オルステッドやオラースもその明かりを目にする。
実験は成功か? やったと、言おうとした。正にその瞬間に明かりは再び消えてしまう。
「おい、どういうこった? 何故明かりが消えた」
オラースの問い掛けに、応えられる者はいない。
ヤングヴラドも、信号を送る手を止めている。待てど暮らせど、それ以上、明かりの応答は帰っては来なかった。
ざわめきが耳を打つ。
いいアイデアだったが、仕方がない。また別の方法を考えよう。
建てる前に駄目だという事が判ってよかったよ。
どこからともなく、そんな声が聞こえてくる。
誰からか、何処からか?
グラッヅォは大きく溜息をつき、実験中止の宣言を下そうとする。
「しょうがねぇ、実験は中‥‥」
「待って!」
その言葉を遮ったのは、やはり、目のよいリースであった。
「また光! 今度は信号だ!」
パッパッ‥‥
パッパッ‥‥
二回点滅、一度休止。
二回点滅、一度休止。
実際、信号の途絶えていた時間は一分にも充たなかっただろう。
規則正しい、明確に意味の込められた信号は、赤と黒の地獄の色彩を貫いて、確かに一同全員の元へと届けられる。
「点滅二回という事は、デビルに襲われたという信号です。セシリア殿達は大丈夫でしょうか‥‥?」
まさか、そのメグレズの呟きが聞こえたわけでもあるまいが‥‥
‥‥数度、二回点滅の信号を送ってきた明かりは、そこで再び点滅のパターンを変える。
パッパッパッ‥‥
パッパッパッ‥‥
三回点滅、一度休止。
三回点滅、一度休止。
「オールオーケー、問題なし‥‥グラッヅォ、実験は成功のようだな」
エルンストの言葉。
グラッヅォは拳を高々と突き上げる!
「よぉっし、野郎共! 実験は見ての通り成功だ! これで心置きなく建築仕事に精が出せるってもんだぜ?!
判ったか! 判ったんなら、声を出せ!」
『おおお―――っすっっ!!!』
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「信号、無事に届いたやろか?」
「向こうの明かりが見えたのですから、こちらの明かりも無事届いたはずですが‥‥」
ライト・リングから送っていた信号の手を止め、オグマはやれやれと息を吐く。
傍らには、セシリアのコアギュレイトによって固まってしまったグレムリンが一体。
一度送った信号が途絶えたのは、つまりはこいつの突然の闖入のせいであった。
「全く、エライ驚かされたで。向こうさんにも多分心配掛けたやろうし、こいつどうしてくれたろうか?」とジルベール。
「あと四分は固まったままですから。煮るのもよし、焼くのもよし! いっそ、ストーンで石にして、櫓に飾ってしまうのはどうでしょう?」とセシリア。
―――出来れば楽に、ひと思いに消滅できますようにと、グレムリン。
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一行は予定通り、荒野の前方の陣地に一つ、ストーンによって石化した櫓を建てる事に成功した!
魔法の明かりによって信号を送れる事が実証された今、ストーンの呪文による、石の建築物を建設する手法は、今後の狼煙台や陣地作成に大いに役に立つ事だろう。
解散間際、グラッヅォから聞かされた話では、既に建設要員兼駐屯の兵の第一陣が地獄に向け、キエフを出発しているのだそうだ。
今回の依頼の結果がよい方向に流れる事を、冒険者達は祈る。