【北の戦場】わんにゃん黙示録

■ショートシナリオ


担当:たかおかとしや

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月15日〜05月20日

リプレイ公開日:2009年05月24日

●オープニング

 『支援を取りやめたい』

 長々とした文章、大仰な美辞麗句。
 その他諸々の装飾を取り除いた結果の内容は、要するにそう言う事だった。
 ギルドのカウンターでその手紙を広げながら、受付嬢は溜息をつく。このような手紙は一通だけではなかった。傍らには、同様の手紙が更にもう二通。差出人はどれもキエフでは名高い大手商会の支配人やそのオーナー達。皆が、此度の危機に際して一度は物資、金銭面での支援を確約してくれた者ばかりであった。

 冒険者ギルドにとって、この商人達の突然の変心は寝耳に水の大事であり、簡単に承服できるモノではない。
 各地の戦場では王国、公国に所属する各騎士団はもとより、冒険者を中心とした義勇兵達までもが既に進軍を開始しているのだ。彼らが戦う為には、武器もいれば、食料もいる。軍ばかりではない。ロシア各地で設置、建設が進められている救護所、避難所が必要とする物資もまた膨大な数に上っていた。一般の市民達からの寄付も受け付けられてはいるものの、それだけではやはり限界がある。ロシアを守る戦いには、どうしても彼ら大商人達の協力が必要不可欠なのだ。

「‥‥話を聞きに行ったうちの職員と顔も会わせないだなんて。ほんと、突然どうしたのかしら‥‥」
「―――そりゃあんた、脅されとるんですわ」
「わあぁっ?!」
 独り言に応える、突然の声!
 受付嬢は驚いた! いや、独り言に突然返事があったからではない。その声自体に聞き覚えがあったのだ!
「あなた、暗殺者! 性懲りもなく、どうしてここに!?」
「ややなぁ、人聞きの悪い。今のわての仕事はボディーガード。依頼人はブラヴィノフ家当主、ミロスラフ・ブラヴィノフその人でっせ?」
 そう言って、年齢不詳の東洋人が愛想よく受付嬢に笑いかける。

 いやいや、まてまてまて!
 受付嬢は混乱した脳を必死に立て直そうとする。
 元々ブラヴィノフさんを暗殺しようとしていたのは、目の前のこの男ではなかったっけ?
 それが何故ボデーガード?
 ‥‥って言うか脅されてる? 誰が、何から? どういう理由で?!




「よっしゃ、それでは全部説明させて頂きましょ」
 ようやく落ち着いた受付嬢に対して、暗殺者―――つまりは、年齢不詳の東洋人。忍犬使いの忍者、その名も『犬遣い』は、鷹揚な態度で説明を始める。聴衆は受付嬢と、犬遣いの連れてきた一頭の小柄な秋田犬だけ。犬は彼女の隣でお座りをし、機嫌良くパタパタとお尻の尻尾を振っている。

「元々、わてを雇ってブラヴィノフを襲わせていたゴルロフ商会の、大元の黒幕がデビルやったって話はしってますやろ? 細かいところを省いて言うと、要は国や冒険者に協力しそうな大商人が邪魔やったっつー話ですわ、デビル的に」
 犬遣いの言葉に、受付嬢は頷く。
 キエフ有数の商会、ゴルロフ交易商会の当主が悪魔と取引を行っていた咎で告発されたのは、つい一ヶ月程前の事だ。そもそもその件自体、目の前の犬遣いが「雇い主が悪魔だった」と、冒険者ギルドに話を持ってきたのが事の発端である。
「デビルから言うたら、特に今みたいな状況で、大商人らが冒険者達に『協力』するのが一番不味いですわな。逆に、ここで大商人らを抑えてしまえばそれだけで戦争はエエ感じに有利になります。本来は目障りな商人らを葬った後、息の掛かった商会を介して裏からキエフ経済界を支配‥‥と言うのが目論みやったんやろうけど、幸い冒険者さん方の活躍でその計画は潰された‥‥そこで、や」
 犬遣いが大きく身を乗り出す。
「計画が潰れたデビルは、もうややこしい事抜きに、国や冒険者に協力する商人達を直接脅して回っとるんですわ。冒険者達に協力したらタダじゃおかんぞ、家族の命が惜しないんか! とまあ、そんな調子で。
 ―――なんで知ってるかって? うち、つまりブラヴィノフ家にも来ましたんや、脅しが。ブラヴィノフはんは剛毅なお人でんな! 冒険者達には恩がある、デビル何ぞの脅しには屈しない言うて、デビルの使者を追い返してもうて」

 犬遣いの説明に、受付嬢もようやく今何が起こりつつあるのかが理解できた。
 同時に、何故ブラヴィノフ家のボディーガードになったという犬遣いが、わざわざここにやって来たのかも。
 犬遣いは言う。
「追い返したはいいんだっけど、何せ相手はデビルですわ。ブラヴィノフの御当主はんは支援物資の手配で仕事休むわけにもいかん言うてるし、やたらな人間を警護に立たせたところで意味ありまへん。もう、とにかく人手が足らんのやけど‥‥そちらから、お強い冒険者さん方をなんぼか融通してくれはらへんやろか?」




「ぼく、あの人嫌いだ」
 にゃあにゃあにゃあ。
 イヴァン・ブラヴィノフ少年が、父親であるミロスラフに向かって口を尖らせる。
「仕事だからとか、依頼があったからとかで、あっちに行ったりこっちに行ったり。信用できないよ‥‥猫嫌いだし」
 にゃあにゃあにゃあ!
 イヴァン少年の最後の言葉に、一際強い同意の鳴き声。
「‥‥でも、あんな人よりも嫌いな猫が出来たなんて、ぼくにも信じられないな。真っ黒で、羽が生えてて、悪そうで。冒険者に協力したら痛い目見るぞだって。なんて猫だろう! あんな猫、やっつけちゃおうよ。ね、お父さん!」
 にゃあにゃあにゃあにゃあ!!

 イヴァン少年の言葉に、少年の飼い猫、ケット・シーのアルフレドは力強く宣言した。
 猫だろうと犬だろうと、暗殺者だろうとデビルだろうと。
 この家の人間に害をもたらすモノは、このアルフレドが黙っちゃいない。
 吠え面かくなよ、デビル野郎!


 『依頼内容:ミロスラフ・ブラヴィノフとその家族の命を、デビル達から保護する事』

――――――――――――――――――

●報酬
 現金報酬+成功報酬として、一人あたり10G(もしくは10G相当品)を追加。

●デビル
 脅しをはね除けたミロスラフに対し、シミオン様がお怒りになるぞ。報復を覚悟しろ! と言う捨て台詞を残して立ち去っていきました。報復に関する具体的な内容は不明。
 ちなみに脅しに来た使者は、人語を操る、蝙蝠羽の生えた黒い猫だったそうです。

●ブラヴィノフ家
 ミロスラフは日中、商会の建物にて仕事を行い、夜には自宅に帰って来ます(自宅、商会の建物は共にキエフ市中に存在。支援物資の手配をする為には、どうしても仕事を中断するわけにはいかないとの事)。
 尚、依頼期間四日目の午前中に、支援物資を満載した第一弾の船がキエフ港に到着する予定です。この時、ミロスラフも積み荷の確認と引き取りの手続きの為に、キエフ港まで船を出迎えに行くのだそうです。
 ミロスラフの妻と一人息子のイヴァン少年は基本的にずっと自宅で、外に出る予定はありません。

●犬遣い
 三匹の忍犬を手足のように扱う、優秀な忍者です。
 その高い能力と浅からぬ縁によって、ミロスラフ自身からスカウトを受け、今回ボディーガードに転職を果たしました。
 彼(とその犬)は、基本的にミロスラフの警護をメインに担当する予定でいます。

●猫達
 ケット・シーであるアルフレドは、手下の近所の猫達十数匹と今回もやる気満々。主に屋敷の警護を担当する予定です。
 アルフレド自身は「インタプリティングリング」の力により会話が可能です(オーラテレパス相当)。アルフレド以外にも、ボス猫としてサイファとマウントスという、二匹の猫が存在しています(ペット「優れた猫」相当)

●今回の参加者

 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3232 シャリン・シャラン(24歳・♀・志士・シフール・エジプト)
 eb5618 エレノア・バーレン(39歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec5609 ジルベール・ダリエ(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ フィニィ・フォルテン(ea9114

●リプレイ本文


 始めにソレに気が付いたのは、猫だった。
 ソレとは、つまり余所者の猫の事であり、猫が気が付くのも当然であると言える。
 ソレは、真っ黒で小さな猫だった。
 恐れげもなく、通りから正門の柵の隙間をくぐり抜け、ブラヴィノフ家の広い敷地へと入り込んでくる、黒い猫。普段なら何程もない光景だろう。ブラヴィノフのお屋敷はこの辺の猫達共通の遊び場所。人であっても、猫であっても、今更新入り猫の一匹や二匹に目くじらを立てる事はない。
 だが、それは勿論普段であればの話。
 何より、その猫の背中に生えた蝙蝠羽が見過ごせない!
 屋敷の周囲を巡回中であった、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)のペット、ジュエリーキャットのシーグリンデがその猫に気が付き、同時に、敷地を見回っていたボス猫サイファも警戒の声を上げる。

 ナ゛ア゛ア゛ァ――――――オッ!!

 屋敷にいたケット・シーのアルフレドは即座にその声に反応し、ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)のペット、シムルのエンジュも主の腕の中から抜け出して、アルフレドと共に走り出す。二匹の後を、エルンストのもう一匹のペット、ケット・シーのバンデラスが続いた。

 ナ゛ア゛ア゛ァ――――――オッ!!

 黒猫は蝙蝠羽をこれ見よがしに広げ、屋敷へと続く小道を進んで行く。
 その周囲を取り囲む、十重二十重の猫達、猫達。
 サイファは屋敷の前で唸り声を上げ、もう一匹のボス猫、マウントスがサイファに加勢。
 その二匹の背後の玄関口から、アルフレド達が飛び出した。

 カ―――ッッ
 シャ―――ッッ
 ヴニャニャニャ―――ッッ!!

 ケット・シーがいる。シムルがいる。ジェリーキャットがいる。更には、毛を逆立たせ、牙を剥き出しにして猫パンチの素振りを繰り返す沢山のアルフレドの手下達。
 その中央で、余裕の表情で構える蝙蝠羽の猫。デビル猫、グリマルキン。

 ニャーオ‥‥?

 グリマルキンが小さく呟くと、周囲の猫達に緊張が走る。
 何という恐ろしい言葉!
 だがアルフレド達とて負けてはいない。特に、天使猫であるエンジュにとって、グリマルキン相手に背を見せる事など考えられぬ。今こそ、猫魂を見せる時!
 エンジュがたしりと前足を踏み出すと、その他の猫達もそれに続く。

 ニャーゴッ!!

 そう、エンジュの言う通りだ。立ち上がれ、戦士達!!




「すっごーい、大迫力☆ 猫々大戦争ね‥‥」
 樹上から屋敷の庭を警戒していたシャリン・シャラン(eb3232)が、猫達の激突の様に驚きの声を上げる。
 驚いているのは他の冒険者達も同じ。猫達から遅れる事しばし、屋敷の中を走り、ようやく騒動の現場に辿り着いたエルンスト、ヴィクトル、エレノア・バーレン(eb5618)の三名も、目の当たりにした緊迫シーンにゴクリと唾を飲む。その三人の後ろには、アルフレドを心配して出てきたイヴァン少年と、少年を守るべく側に控える、使用人に扮した以心伝助(ea4744)の姿もあった。
 依頼二日目の午後。
 屋敷を警備していた五名の冒険者達の目の前で、戦いの幕は切って落とされたのだ。

「ところで、伺ってもよいでしょうか‥‥」
 エレノアが、傍らで猫達の戦いを見守るヴィクトル、エルンストの二人に声を掛ける。
「お二人の猫さん達やアルフレドは、一体何と言ってるのでしょう?」
「むう」とエルンスト。
「非常に難しい質問だ」と、ヴィクトルも同様に言葉を詰まらせる。
 何しろ猫語だ。
 それはもう、全然何を言っているのか判らない‥‥!
 本来はアルフレドに通訳をして貰う必要があるのだが、肝心の彼が一番矢面に立っているときた。冒険者達に判るのは、アルフレドやその他のペット猫を中心に、グリマルキンと熾烈な舌戦(?)が繰り広げられているらしい事のみ。

「見ろ、グリマルキンが!」
 エルンストの声に、他の者達は目を見張る。黒猫がその真の姿を顕わにし始めたのだ。
 猫‥‥いや、その巨大化した姿は黒豹そのもの。光沢さえ帯びた黒い毛皮、しなやかな筋肉。数倍にも面積を増した蝙蝠羽を広げた、有り得べからざる闇の獣。
 その威容に思わず怯み、後退する猫達。空いた空間を前に、グリマルキンは悠々と前進を開始する。

「やばいっす!」
 伝助が背後のイヴァン少年の前に立って二刀の小太刀を構えると、エレノア、エルンストも杖を構え、呪文の詠唱に入ろうとする。屋敷の中にはイヴァン少年を始め、非戦闘員の使用人達が何人もいるのだ。屋敷の中にデビルを侵入させるわけにはいかない。
 だが、冒険者達の誰よりも早く動いたのは、天使猫のエンジュであった!
 雄々しく白鳥の翼を広げ、グリマルキンの鼻面に猫パンチ!
 危ういところで爪を避けたグリマルキンの眼前で、エンジュは全身の毛を逆立たせて踏み留まる。

「今だ、アルフレド! 香炉を使え!」
 ヴィクトルの叫びにアルフレドは頷き、事前に託されていた香炉を両の猫手でコスコスと擦る。
「それじゃあ、こっちも☆ フレア、ヒューリア呼んで!」『はーい☆』
 アルフレドの行為の意味を察したシャリンの声に、相棒のフレアは、懐から取り出した香炉をやはりゴシゴシと擦り始める。
 二基の香炉より湧き出す煙。グリマルキンが煙の意味に気が付いた時はもう遅い。
 立ちこめる煙の向こうにグリマルキンは見た。自分に対して吠え挑む何匹もの猫達、そしてその後ろで腕組みする、体長四メートルもの二人の女巨人を。
 ジニール!
 如何にグリマルキンとて、単独でこれ程高位のエレメント、しかも二体を前に勝ちを収めるのは難しい。
 飛び掛からんとする猫達と二人のジニールの視線に押され、グリマルキンは悔しげに舌打ちをし、向きを変えた。

 ガウゥゥ‥‥ガァ゛!

 一声。
 その言葉を最後に、グリマルキンは宙を飛んで逃げ出した!
 やった、猫がデビルに勝ったのだ!
 猫達の喜びようと言ったらそれはもう大変なもの!
 抱き合うイヴァン少年とアルフレド。早、屋敷の庭は浮かれ騒ぐ猫達で戦勝会のような有様だ。何事かと屋敷内にいた使用人達も顔を出すが、猫達の浮かれ騒ぎは収まらない。その日の猫達の騒ぎ声は、屋敷の敷地を越え、随分遠くまで届いたという‥‥




「―――とまあ、そう言う事がありまして‥‥」
「くぅ〜、残念、そないおもろそうなイベント見逃したとは!」
「猫やて。以前、忍んだ時から思うてましたけど、ホンマけったいなお屋敷ですな、ここは」
 その日の晩、夕食時にされたエレノアの説明に、日中は犬遣いと共にミロスラフの護衛に出ていたジルベール・ダリエ(ec5609)は、大いに悔しがったものだった。逆に、犬遣いは呆れ顔である。

 冒険者達がブラヴィノフ家の護衛を引き受けてから、今日で二日目。
 幸い、昼のグリマルキン騒動を除けば、屋敷の方も、ミロスラフの働く商会の方でも特にこれと言った異常は見当たらない。

「‥‥ところで、そのグリマルキン。最後になんて言ったんやろ?」
 ジルベールのその疑問に、答えたのはエルンストだった。
「『次は本気だ。シミオン様が直々にお前達に手を下すだろう』‥‥だそうだ」
「シミオン‥‥とは、誰の事でしょう?」
「そっか。エレノアは知らないんだっけ」
 テーブルの上に立ち、人間サイズの大きなスプーンを苦労して使いながらシャリンは言う。
「そこの犬遣いを雇ってミロスラフさんを暗殺しようとしていた商人の、更に黒幕。ガチョウ頭の、すっごい変なデビルなのよ?」




 人を騙し、人間をデビノマニへの道へと引きずり込むという狡猾な中級デビル、イペス。
 直接遭遇した経験のあるシャリン、エルンストらの話から、モンスター全般に堪能なヴィクトルの導き出した『シミオン様』の正体が、それであった。

 中級デビルの名を聞いた事で、冒険者達の警備は厳戒さを増す。
 三交代の不寝番、バイブレーションセンサーなどの探知魔法をはじめ、デビルが決して触れられぬと言う聖具、聖遺物箱を利用した人物チェック。猫達は尚意気揚々と屋敷の警備に精を出し、シャリンのフォーノリッヂが導く映像は、デビルの動向を睨む上での貴重な情報源となった。

 そして四日目。
 ロシア各地を襲うデビルから国土を守る騎士団、義勇軍へと送る為の支援物資を満載にした船がキエフ港へと到着するその日。
 シミオンはやって来た。




「おい、あれは何だ?」
「何かが光っている!」

 キエフの港で沢山の人々が上空を指さし、声を上げていた。
 今まさに接岸しようとしていた、ブラヴィノフ商会の北海航路交易船。そのマストの上に、まるで太陽のように眩しく輝く人の姿が有ったから。輝く人影の背には二枚の白い羽。信心の多寡に関わらず、凡そ全ての者が輝くその翼に天使の姿を見たに違いない。

「聞け、人の子よ。今日、我は神意に背く愚か者を誅する為にここに光臨した!」
 天使は告げる。
 美々しく、傲慢に。
「咎人の名はミロスラフ・ブラヴィノフ! 愚かにもデビルと手を組み、このキエフの街に悪しき勢力を引き込もうとした張本人! そしてこの罪深き船には、デビルに利する為の物資が満載されているのだ」
 輝ける天使は腕を天にかざした。
 天より飛来せし光撃が交易船の帆を貫き、炎上させる。
「悪しき船、悪しき人。神意に背く愚か者の末路を見るがいい!」
 天使の指先が、岸壁で船を出迎えようとしていたミロスラフに向けられた。放たれる光は‥‥だが、ヴィクトルの展開していたホーリーフィールドの前に四散する!
「何っ?!」

「ちょっと小芝居が過ぎるんじゃないでやすか? シミオン‥‥いや、デビル、イペス」
「シャリンの未来視通りだな。ご安心を、ミロスラフ殿。貴殿も船の積み荷も、どちらも必ずお守りしよう」
「でしょ、ヴィクトル。あたいのフォーノリッヂはよく当るんだから☆ フレア、火の消化はお願いね?」『はーい☆』

 いったんは燃え上がった船の火も、フレアのファイヤーコントロールによって即座に消火されていく。
 冒険者達は、事前にシャリンのフォーノリッヂによってイペスの襲撃を予想していたのだ。
「ほう、見た顔が交じっているな。多少は腕に覚えがあるようだが、辞めておけ。ミロスラフの命さえ置いていくなら、お前達には手出しをせぬと約束しようじゃないか?」
 上空から、イペスは冒険者に語りかける。
 それは天使のような猫撫で声。

「―――シミオンよ、小芝居は辞めろと言われたところだろう? 残念だが、そんな声に騙されるのは猫だけさ。さあ、犬がガチョウの首を食い千切りにやって来たぞ」
 嘲笑する犬遣いの傍らで、三頭の忍犬が唸り声を上げた。
「犬遣いか‥‥。いいだろう、小芝居の続きは、貴様らを殺した後で行うとしよう!」




「‥‥で、わたくし達の相手はグリマルキンと言うわけですか」
 エレノアがバイブレーションセンサーを使うまでもない。
 屋敷の上空を舞う、無数の下級デビル達。その先頭には見覚えのある黒豹が翼をはためかせていた。
「護衛が港に出払った隙に、有象無象の下級デビルが今度は数で勝負と言ったところだろうな。バンデラス、ジークリンデ。他の猫達に無茶はせぬよう、伝言を頼むぞ」
 こと正面切っての戦いとなれば、一般の猫達には避難をして貰うのが最善だ。二匹はエルンストの指示に頷き、駆け出していく。
「そうやな、こっから先は俺らのお仕事や。さぁ、冒険者が猫の手以上に仕事ができるところを見せたろうか!」

 エレノア、エルンストの前に立ち、ジルベールが弓を構える。
 スタードロップ。星墜としの異名を持つ強弓の狙いは、真っ直ぐグリマルキンへ。
「さあ行くで、速攻勝負や!」
 放たれる矢。
 放たれるグラビティーキャノンとウインドスラッシュ。

 港での戦いと、屋敷での戦い。
 両者の時間は奇しくも同時。
 ‥‥そして、終わりの時間もやはり同時。




 天使はもういない。
 そこにいるのは、ガチョウの頭と足、獅子の体、ウサギの尾をもつ異形のデビルが一匹だけ。
 なまじ自らの力に自信があり、殆どの部下を屋敷の方に振り分けていたのが致命的であった。三名の冒険者と犬遣い、三匹の忍犬、ジニールに囲まれては天にも地にも、イペスの逃げる場所は存在しない。

「さあ、どうしたでやすか? 悪事を悔いるなら今の内でやすよ!」
「おのれ! 人間風情が調子に乗りおって!」
 辛うじて伝助の二刀小太刀を躱すが、既にイペスはその小太刀によって浅からぬ傷を負わされていた。
 小生意気なシフールやジニールによって負わされた傷も決して浅くはない。何より、自慢のダズリングアーマーを含む全ての防御呪文が、片っ端からクレリックの手によって解除されていくとあっては!
(おのれ、おのれ、おのれ!!)
 イペスはあまりの怒りに、視界が眩む思いだった。
 一体何処で間違えたのか? たかが商人風情、闇に葬り去るのに如何ほどの手間も掛からぬ筈であったのに!
 再び小太刀の一振りをその身に受け、イペスは遂に膝をつく。

「‥‥人間風情と侮っていたが、成る程、その力は認めてやろう。我が計画が悉く潰れたというのも、その力を前にしては納得せざるを得まい‥‥次に会った時こそ殺してやる‥‥」
 膝をついたイペスの身体が、ゆっくり宙に溶け失せる。
 デビル十八番の透明化能力。有り触れた逃走手段ではあるが、開けた空間で透明化したデビルを見つける事はやはり至難の業である。

「あんた馬鹿じゃない? 全然判ってないんだから」『そーだそーだ☆』
 シャリンは、姿を完全に消したイペスに向かって語りかける。
 彼女には今のイペスが何処にいるかは判らない。それでも‥‥
 犬遣いの忍犬の一頭、太郎丸が駆け出す。そう、人には見えぬデビルであっても、忍犬の鼻は誤魔化せないのだ!
 何もない空間を、太郎丸は口に咥えたクルスダガーで一閃。
 驚愕の叫び声が港に木霊する。

 宙の一点を凝視する太郎丸の隣に、伝助は立つ。
「人だけじゃない。犬も猫も。命あるもの全てを侮っていたのがお前の敗因でやすよ、イペス」
 小太刀が再度、閃いた。




 船の荷は無事であった。
 勿論ミロスラフを始め、ブラヴィノフ家の三人も皆無事。
 キエフ経済界を支配せんとしていたイペスは滅び、屋敷を襲ったグリマルキンも、多くの下級デビル達と共にその後を追った。勢い余って突撃をした多くの猫が名誉の負傷を負ったが、なに、ポーションの一つも飲めば治るのだから、心配ご無用。
 ミロスラフから冒険者に対して渡されたのは、多額の報酬に金の腕輪。更に猫達にはマタタビ酒、珍酒「化け猫冥利」が振る舞われる(酔っぱらった猫達の繰り広げる、依頼最終日の馬鹿騒ぎを想像せよ!)。

 北の地に於ける戦いが終わったわけではない。
 むしろこれから始まると言っていい。
 それでも。

 大酒かっ喰らって、人も猫も、ついでに犬も。
 皆が喜んでいる今を見れば、デビルとの戦いだってきっと上手く行く。
 そう思う。