【沈没船】河を流れる琥珀樽

■ショートシナリオ


担当:たかおかとしや

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 44 C

参加人数:3人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月19日〜06月26日

リプレイ公開日:2009年06月30日

●オープニング

 ようよう、ドニエプル河の水も温み始めるこの季節。
 川漁に精を出す沿岸の漁師達の間に、密やかに流れる一つの噂。
 曰く、河を流れる『琥珀樽』。

 某所某地の何某が、何やら重い大樽を網の一つに引っ掛けた。
 どうにか引き揚げ樽を開け、中を覗いてビックリ仰天。
 溢れる光、零れる琥珀。
 煌めく琥珀の宝石が、ざっくり樽に詰まってた‥‥!

 ―――とまあ、そんな手垢のついたお伽噺のような噂話。
 勿論お伽噺らしく、オチもきっちりついている。

 引き揚げられた琥珀樽。
 中を覗いて驚いた何某は、裏を覗いてもう一度驚く。
 そこにいたのは、樽をしっかり抱えて離さぬ白い骨。
 その恨めしげな眼洞に、何某は悲鳴を上げて逃げ出した。

 翌日、勇を鼓して戻ってみるも、樽も骨もありはしない。
 僅かに散らばる、琥珀石。




「お願いしたい事は以上の二点。沈んだ積み荷の引き上げと、犠牲者の遺骨の収集です」
 男は、ギルドのカウンターに金貨の詰まった革袋をゴトリと置いた。
 ‥‥ブラヴィノフ商会の支配人である男が、冒険者ギルドにこうして足を運ぶのは、これが二度目の事だった。
 一度目は、ドニエプル河を遡行した巨大鯨が、商会の交易船を沈没させた去年の秋。未だ沈みきらぬ船体に残った生存者の救出と、巨大鯨の討伐がその時の依頼。
 そして二度目の依頼がこれだった。

「当時、船が運んでいたのは穀物、雑貨、そして琥珀です。琥珀と言っても未加工の原石同然。そのままでは大した値も付かぬ小樽が幾つか積んであった程度。引き揚げて下さればボーナスをお支払いするが、場合によっては放置して下さっても宜しい」
 ―――だが。
 男は言葉を続ける。
「沈んだ船に乗り込んでいて、今も行方の判らぬ船員が十二名。おそらくその大半は、今も川底に沈む船体の中に閉じ込められたままでしょう。その彼らの遺骨の回収は、なんとしてもお願いしたい」
 受付嬢は、男の言葉を依頼書に書き留める。
 書き留めている途中で、思い出した。‥‥確か二週間程前にも、ブラヴィノフ商会は独自に人を集め、沈船と遺骨の引き揚げを行っていたのではなかったか? その結果は?
 受付嬢の疑念に、男は苦い顔をして答える。
「失敗でした。いつの間にか、大きな海蛇のような怪物が二匹、沈んだ船に棲み着いていたのです。こちらに死人こそ出なかったものの、小舟を二艘ひっくり返されて、何とか逃げ出すだけで精一杯でしたよ」

 男はカウンターに両手をつき、頭を下げた。
「こうなっては、こちらにお願いするより他はない。船員、十二名の遺骨の回収。何卒宜しくお願いする」


 『依頼内容:沈没船に乗込んでいた、現在も行方不明である十二名の船員の捜索、遺骨の回収。
  及び、沈んだ積み荷の引き揚げ』


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●沈没現場
 キエフから徒歩一日、船で半日程下った先にある、ドニエプル河が胃袋のように大きく膨らんだ地点が、去年の秋、船の沈んだ現場です。沈没地点は川の丁度真ん中で、岸からは遠く、水深もかなり深い場所です(水深十〜二十メートル)。

●沈没船/「蜂蜜色の輝き」号
 ブラヴィノフ商会に所属していた、全長十メートル程の交易船です。
 キエフ港へと向けドニエプル河を航行中、偶然出会した一角鯨と衝突。衝突の衝撃で前後真っ二つになった船体は、後半部が瞬時に沈没。前半部も丸一昼夜の後、やはり川底に沈みました。今も行方不明である船員の多くは、衝突の際、船体後半部に乗っていたものと思われます。

●ブラヴィノフ商会の提示した条件
 ・冒険の全期間にわたる食料の提供
 ・多少の宿泊設備のある、交易船一艘の貸与
 (八メートルサイズ。大型船舶スキル所持者一人も、船長として同行。馬サイズ以上の大型ペット類は、一体までなら乗船可能)
 ・四艘までの、小型手漕ぎボートの貸し出し
 ・優先事項は、1.遺骨の回収 2.琥珀樽の回収
  穀物などの詰まった大樽については、特に回収は求めない。琥珀樽の回収では、数に応じたボーナスを別途支給

●海蛇
 ・体長2.5メートル
 ・青い鱗をした巨大な海蛇のような姿
 ・沈んだ船体をねぐらにした二匹を確認
 ・縄張りを主張しているのか、近寄ろうとすると襲いかかってくる

●今回の参加者

 eb3232 シャリン・シャラン(24歳・♀・志士・シフール・エジプト)
 ec0550 ラファエル・シルフィード(35歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ec3660 リディア・レノン(33歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

リスティア・レノン(eb9226

●リプレイ本文


 明るい太陽、葉は緑。
 河の水は日毎にぬるむ。船縁で輝く水飛沫。
 冒険者達が出港するその日、キエフは雲一つない晴天に恵まれた。

「それじゃあ、行ってくるわね〜☆」
 シャリン・シャラン(eb3232)が、船上から岸に向かって両手と背の羽を大きく振ると、岸にずらりと並んだ荒くれ水夫達からも手が振り返される。
「頼んだぞ〜!」
「海蛇なんかに負けるんじゃねーぞっ!」
「仇を取ってくれ!」
 河の流れに乗ってゆっくりと岸壁から離れていく船に向かって、口々に投げつけられる激励と歓声。
 彼らは皆、二週間前、実際に沈没船の元へと向かったブラヴィノフ商会の水夫達である。川底に沈んでいるはずの仲間を目前にして、大きな海蛇(?)に阻まれ近寄る事も出来なかった無念。それ故に、彼らが冒険者達に掛ける期待は大きい。

「うるさい連中ですまねぇな。だが奴らの中には、知り合いがまだ見付かってねぇって奴や、船が沈んだ時の生き残りまで混じってるんだ。それだけあんた達に期待しているって事で、勘弁してやってくれ」
 船を河の流れに進ませながら、船長が冒険者達に声を掛ける。そう言う船長自身、やはり知り合いの一人が未だ行方の判らぬままでいるという。
「任せて下さい。川底に縛られたままでは浮かばれません。私達が必ず怪物を追い払い、行方不明の方達を見つけ出してみせます」
 ラファエル・シルフィード(ec0550)が力強く請け合うと、傍らのシャリン、そしてリディア・レノン(ec3660)の二人も頷いてみせる。

 外洋の航海も出来るという、頑丈に作られた交易船。
 その船に乗込んでいるのは、船長とその助手の水夫、そして彼ら三名の冒険者達。




「沈没した船に巣くう『海蛇』とは、おそらくリバードラゴンの事でしょう」
 緩やかに川を下る船の上で、リディアは商会の引き揚げ作業を妨害した『海蛇』の正体を推測する。彼女の説明に聞き入る、ラファエルとシャリンの二人。
「ドラゴンと言っても最下等で、見た目の通り、実態は大きな蛇そのものです。決して油断出来る相手ではありませんが、魔法やブレスのような特殊能力もありませんので、距離を離して攻撃する事が出来れば、それだけでかなり有利に戦えるかと‥‥」

 キエフ港から、沈没の現場に着くまで凡そ半日。
 直接の依頼人である支配人や、商会オーナーのミロスラフ・ブラヴィノフ自身による計らいによって、現地へ着く迄の間、冒険者の立場は基本的にはお客さんである。その好意を有り難く受け取った一行は、現地に向かうまでの時間を作戦の打ち合わせとその準備に当てていた。リバードラゴンに対する対策。出航前に買い込んだロープの再点検から、搭載したボートの操船の復習、遺骨や積み荷の引き揚げ手順の確認と、これが意外にやる事が多いのだ。

「誘き出す際に、どう距離を取るかが問題ですね。ブレスセンサーが効けば多少楽も出来たのですが‥‥」
 先程のリディアの言葉にラファエルが頭を捻る。
 ラファエルは念の為、再びブレスセンサーの呪文を試して見るが、結果はやはり変わらない。風の精霊力に由来するこの呪文では、土中や水中にいる生物の呼吸を感じる事は難しく、冒険者側は一つ当ての外れた格好であった。ドニエプル河は、透明度の方もあまり高くない。今回、魔法使いばかりの揃った冒険者達にとって、仮にもドラゴンの名前を冠するモンスターとの遭遇戦は避けたいところである。
 ただ、幸いシャリンの未来予知の結果はどうやら悪くないようだった。
「さっきフォーノリッヂを使ってみたんだけど、海蛇相手に、小舟から魔法撃ちまくってるあたい達の姿が見えたのよね。縄張り意識が強いみたいだし、近寄ったら向こうからすぐに顔出すんじゃないかしら?」
「そうですね、何にしろ、まずは小舟で近付いてみて様子を見る‥‥と言う流れで問題はないでしょう。そうなるとやはり誰かがボートを漕ぐ必要があるのですが‥‥」
「やーね、リディア。それはもう、当然決まってるわよ‥‥ね☆」
 意味深にラファエルに絡みつくリディアとシャリンの視線に、ラファエルは苦笑しながら両手を挙げて降参の意を示す。
「判ってます、判ってますよ。シフールのシャリンさんや、体重が僕の三分の一もないようなリディアさんに、オールを漕がせるような真似は致しません!」




「ここが船の沈没した現場ですか‥‥」
 ぎーこ。
 水飛沫と共に、ラファエルの漕ぐオールが大きな音を立てる。

 湾曲して膨らんだ河の流れが、まるで大きな湖のようにも見えるドニエプル河のその流域が、去年の秋、巨大な一角鯨が船を沈めた現場である。地中海を自在に行き来する程の大型船であったが、全長二十メートルにも及んだ巨大鯨の角に抗する事は出来なかったのだ。船は真っ二つにへし折れ、ほぼ半数の水夫が、瞬時に沈んだ船の後半部と運命を共にしたという。

 ぎーこ。
 キエフから乗ってきた船は危険を避ける為、船長と共に沈没地点の二キロ手前で停泊させている。そこから先はラファエルの漕ぐ小舟が頼りだ。小舟の少し先では、自前の羽で先行したシャリンが空中から周辺の警戒に当っている。
 ぎーこ。今のところ、船からも水面を飛ぶシャリンからも、これといった脅威は見当たらない。
「んー、フォーノリッヂで見た景色からして、もうそろそろ出てくると思うんだけど‥‥」
 船長から聞いてきた船の沈没地点は、シャリンが今飛んでいる地点のほぼ真下にあたる。フォーノリッヂで垣間見た映像からも、リバードラゴンの出現は近い‥‥筈。

「‥‥んーと?」
 シャリンは改めて周囲の光景をくるりと見渡した。
 ゆっくりと流れる水面。正午を過ぎたばかりの太陽の光。
 遠く岸沿いに見える小さな集落と、集落を囲むようにして生える深い森。
 ぎーこ、と乾いた音を立てる、ラファエル達の乗った小舟。その小舟の近くを漂う、丸太ん棒‥‥

「リディア、ラファエル、そこの丸太!」
 気が付いた時には、シャリンは反射的に呪文を唱えていた。
 高速詠唱によるサンレーザー。長大な射程を誇る輝く熱線が、シャリンの頭上から小舟の近く、水面に浮かぶ丸太を直撃する。
 湖に響き渡る、シャリンの言葉とリバードラゴンの怒りの声!
「丸太じゃないわ、それがリバードラゴンなのよ!」




 雄叫びと共に水上に鎌首をもたげたリバードラゴンが、小舟に視線を向けるよりも早くラファエルは行動を起こす。
 オールは船縁に投げ捨てた。リバードラゴンと小舟との距離は十メートル程。どの道、手漕ぎボートで逃げ切れる相手ではない。ならば先手必勝、距離のある内に魔法で先制するより他はない!
「あなたに個人的な怨みはありませんが、ここからは退いて頂きます!」
 詠唱と共にラファエルが解き放つ、ライトニングサンダーボルトの閃光。
 船上から放たれた白い稲妻は大気を灼き、自然の落雷そのままの破裂音とともにリバードラゴンの頭部を直撃する。

 キュオオオォオォォ――――――ンッッ!!!

 甲高い苦鳴が水を打つ。
「さー、イタいの、どんどん追加するわよ☆」
 上空より放たれたシャリンのサンレーザーが、苦しむリバードラゴンに追い打ちを掛けた。ご丁寧に、今度のサンレーザーはレミエラによって威力を増した増強版だ。太い光線に身を貫かれ、ドラゴンは堪らず細長い蛇体でのたうち回る。
「ちょっと、可哀相な気はしますけど‥‥」
 そう呟くリディア。
 だが彼女は同時に、瀕死に近いダメージを受けない限り、リバードラゴンは決して逃げようとはせず、その場から離れぬ習性を持つ事も知っていた。中途半端な手加減は、人と竜、双方に禍根を残すだけである。
 戦いは短い方がいい。
 そう思い直し、彼女も小舟の上から呪文の詠唱を開始する。三人からの攻撃魔法の集中を受ければ、リバードラゴン一匹の如き、長く持ち堪える事は出来ないだろう。
 ‥‥一匹?
 いや違う、確か依頼主から聞いた『海蛇』は確か二匹いると―――

 ドカンッ!!

 リディアの疑念は、小舟を揺るがす衝撃によって中断された。
 一撃、そしてもう一撃。風も波もない静かな水の上で、二人の乗った小舟だけが大きく揺れる。
「ラファエル、います! もう一匹のドラゴンが船の下に!」
 小舟の下で旋回する黒々とした長い影をリディアは見た。
 真下に潜り込んでいたもう一匹のリバードラゴンが三度目の打撃を船底に加えると、小舟の底にみるみる亀裂が広がっていく。河の水が噴き出し、小舟は急速に傾いた。

「たいっへん! ヒューリア、二人をお願い!」
『は〜いお任せ☆』
 小舟の窮地に、シャリンは咄嗟に懐の香炉から相棒のジニールを召喚する。
 煙と共に姿を現した巨大な風神は、素早く身を翻して小舟の二人を空中に掬い上げる。二人だけ、しかもリディアが細身であった事が幸いした。‥‥これでもう少し重ければ、ジニールが抱え上げる事は出来なかったに違いない!

 ギュオ゛オ゛オ゛オ゛――――――ンンッッッ!!!

 辛うじて宙に逃れた冒険者達の足下で、リバードラゴンは勝利の雄叫びを上げた。
 粉砕された小舟は、すぐに河底に沈む交易船の後を追う。ヒューリアの拾いきれなかった、冒険者達の幾つかの私物と共に‥‥。




 ぎーこ。

 翌日。冒険者達一行は、再び船を漕ぎ出していた。
 舳先を向けた先はやはり、昨日と同じ沈没船の上、二匹のリバードラゴンと出会したところ。
 小舟を一艘沈められてしまったとは言え、冒険者達に大きな怪我もなく、舟と共に愛用の竪琴まで沈めてしまったラファエルは特にやる気満々だ。

「さあ、昨日は昨日、今日は今日! ラファエルも、根性入れてがんばって☆」
 シャリンが一行にフレイムエリベイションの呪文を掛けて回る。膨れあがる気合いと根性! ラファエルの漕ぐオールにも力が入る。
「ライトニングサンダーボルトの呪文は、水上でも問題なく威力を発揮していました。次は、沈んだ竪琴の分も負けません!」

 ぎーこ、と。
 そんなオールの軋む音に誘われたのか。沈没船の真上にまで舟を進めた一行の前に、二匹のリバードラゴンたちは再び姿を現した。
「さあ、今日こそは覚悟しなさいよ〜?」
 シャリンが小舟の上でくるくる踊る。
 太陽の精霊に捧げる魔法の踊り。彼女の踊りに呼応した精霊が、光となって具現する。
「殺すつもりはありません。‥‥ただ、あなたたちの後ろで今も眠る船乗り達をご家族の元へ還す為にも、あなたたちにはそこを退いて頂きます」
 リディアの言葉。
 それに続く、ラファエルの呪文の詠唱。
 咆え猛る手負いのドラゴンたちに、小舟から放たれた魔法の光が殺到する。

 ‥‥二度目の戦いの、詳細は省こう。
 前日の戦いで傷ついていたリバードラゴンの一匹は初撃で逃亡し、数十秒後にはもう一匹のドラゴンも逃げ去った。ドラゴンの受けたダメージは、控えめに言っても重傷である。傷が癒えるだけでも優に一ヶ月以上はかかるだろうし、二度と再び、人里近くの水域に居を構える事もないだろう。




「アクア、聞こえてる? マーキュリーもちゃんと一緒にいるわよね?」
 小舟の上から、シャリンがテレパシーリングに語りかける。背後に見えるのは、心配そうな表情のリディアと、長いロープを手繰るラファエルの姿。
 シャリンの脳裏に、あっけらかんとしたウンディーネのテレパシーが返される。
(大丈夫。もう底についた。壊れた船。おっきいね?)

 アクアとマーキュリーの二人はともに、水中の作業を見越してシャリンとリディアの連れて来たウンディーネである。リバードラゴンが逃げ去り、当面の危険のなくなった水中の探索は、彼女達二人に一任されていた。長い一本のロープとテレパシーが、水中のウンディーネと船上の冒険者とを繋いでいる。

「その船の中に入れる? 中に何か見えるかな?」
 シャリンの言葉に、アクアはきょろきょろと首を巡らしているらしい。
(入れそう? ドロでよく見えないね。何かあるかなぁ?)
 イマイチ頼りない、アクアの返信。
 彼女達が今何を見ているのかが、船上のシャリン達からははっきり判らないのがもどかしい。水中でどう歩いているのか、アクアに持たせたロープがするすると水中に引かれ、消えていく。
 ロープの長さにもあまり余裕はない。
 だが、呼びかけを続けるシャリンに返されるアクアの思念は、ひどくふわふわで、頼りなくて、判りにくい。

(なにこれ? まーきゅりー、何処行ったの? ‥‥わあ、すごい、すごい。キラキラね?)
(骨があるよ、キラキラも。どらごんも、きっとこれが気に入ったのね? わたしも好き。まーきゅりー、好き?)

「シャリン、潜った二人は大丈夫なんですか? 何やらさっきから難しい顔をされてますけど‥‥」
「う゛ーむ、人選、過ったかもしれないわねぇ‥‥」
 船上の御主人達の心配も何処吹く風。
 二人のウンディーネは、キレイな『きらきら』にすっかり心を奪われたようだった。

(しゃりん、しゃりん。すごいよ、キレイなの♪ ハチミツみたい)
(まーきゅりーがね? りでぃあに持ってかえってあげるって。キラキラのハチミツ、おいしそう♪)
(これに結べばいい? 結んだ? 引っ張って!)

 ラファエルがロープを引いた。
 重い。またロープは一々何かに引っ掛かり、その度にひどく時間を浪費してしまう。
 それでも何とか、ウンディーネ達の気を惹いた『キラキラのハチミツ』を小舟の上に引き揚げた時、冒険者達の口から漏れた感嘆の声。

「あら」
「これはこれは」
「きゃっ☆」

 それは、破損し、中身をこぼした樽だった。
 六月の、明るいキエフの陽を受けて輝く、それは綺麗な琥珀石。




 気紛れで移り気なウンディーネに頼った引き揚げ作業は、時間ばかり掛かってしまい、正直なところあまり成功とは言えなかったかも知れない。それでも冒険者達は六体分にあたる遺骨と、三樽分の『キラキラのハチミツ』を回収する事に成功した。

 一週間後、キエフに戻った一行を依頼人は歓待する。
 実際に遺骨が遺っていた事。ドラゴンを追い払ってくれた事。それだけをしてくれさえすれば、後の事はこちらでする、と。実際ブラヴィノフ商会は、冒険者達の帰還した翌々日には、沈没船の新たな引き揚げ作業を開始したという。沢山の水夫達によって船内と周辺の河底はキレイに浚われ、ほぼ全ての行方不明者分の遺骨が回収されたと、その後の話で聞かされた。

 ―――でも、不思議な事に、一樽の琥珀と、一人分の水夫の遺骨だけはどうしても見つける事は出来なかったと言う事だ。
 多分樽と水夫は川を下り、海にまで流れていったのだろうと、水夫達は噂する。