【黙示録】突撃建材回収部隊

■ショートシナリオ


担当:たかおかとしや

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月02日〜07月06日

リプレイ公開日:2009年07月12日

●オープニング

(‥‥ハメられた‥‥!)
 誇り高き髭もじゃの古強者。鋼鉄の槌、地獄監視隊総隊長。雷声のドワーフ戦士、グラッヅォ・ブッヘンバルトは内心の苦渋を長柄の戦鎚に込めて、力の限りに振り下ろす。
 腹に響く、落雷の如き衝撃音!
 鋼鉄のハンマーが生む激烈な衝撃に、さしもの頑強なストーンゴーレムの片足が弾け飛ぶ。痛みを感じぬゴーレムと言えど、足がなくては立っては居れぬ。堪らずもんどり打った岩の巨像に対し、グラッヅォはまたハンマーを振り上げ、満身の力と共に振り下ろす。
 再度響く、ハンマーの轟音。
 頭部を微塵に砕かれたストーンゴーレムは、その動きを停止する。




「隊長、絶対ヤバイぜ? まだホンの入り口でこの有様だ。全く、イリア団長が地獄に来たって聞いた時から、悪い予感はしてたんだよ‥‥」
 巨漢のジャイアント戦士が、地面に散らばるゴーレムの破片を足蹴にそう愚痴をこぼすと、周囲の男達も皆頷いてみせる。思わず釣られて頷きそうになる自らの頭を止めるのに、グラッヅォは必死の力を振り絞らなければいけなかった。
 ああ、やばい。そんな事は判っとる!

 グラッヅォ・ブッヘンバルト麾下、十名ばかりの屈強な戦士達。
 彼らはロシア王国最強の戦士団『鋼鉄の槌』から地獄に派遣された、選り抜きの精鋭である。デビルを始め、あらゆる怪物共を前に一歩も引かず、己の力と価値とを、血と鋼鉄でもって常に証明し続けてきた猛者中の猛者。
 そんな彼らが、何用でこんな所にいるのだろう?
 ここは地獄の底。悪魔の巣窟として名高きディーテ城砦の一角だ。巨魔ムルキベルが砦と一体化してより以降、ディーテ城砦内部は文字通り悪魔の臓腑と化している。余程の英雄か命知らず、頭の箍が弛んだ自殺志願者のいずれか、‥‥もしくはその全部でもなければ、このようなところに用などない筈であった。

 ムルキベルを倒しに来たのか?
 城砦の奥に隠されているという、伝説の秘宝を狙っているのか?
 ディーテ城砦の暗闇を打ち払い、人々に希望へと続く道を示すべく、崇高な使命にその身を捧げたのか?
 違う、違う。
 彼らはただ、櫓を建てる建材を確保しにやって来ただけなのだ。
 ロシア軍の建てた物見櫓を検分するべく、直接地獄にやって来た『鋼鉄の槌』総団長、イリア・ムローメッツ(ez0197)は、櫓を建てる為の資材が足りないと訴えるグラッヅォ達にこう告げた。
「丁度、資材のあてが見付かったところだ。お前ら、ひとっ走り拾いに行ってこい」と。
 イリアの言う、その『あて』の先がここだった!

「隊長、帰りましょう。イリア団長の遊びに付き合ってたら、命の十や二十じゃ足りないですよ。建材を拾ってこいとまでは聞いても、その建材が殴りかかってくるとまでは聞いてないです」
 サンマ傷の男の呟きに、再び男達が頷く。
 確かにここなら建材資材の原料調達に事欠くまいが、調達の度に一々ゴーレムを殴り倒さなければならないのでは話にならない。幾ら命知らずと言っても、命の捨て場所くらいは選びたいところであった。
 そうだそうだ、帰ろう、と。
 戦士達が得物を手に次々とディーテ城砦に背を向けた‥‥そこに響いたカミナリ声! グラッヅォの雄叫びが、ディーテ城砦無辺の城壁に木霊する!

「お前ら、あの糞団長に舐められたままでいいってのか? あ? 『鋼鉄の槌』の男共が雁首揃えて出かけて行って、資材の一つも拾えずにノコノコ帰るって言うのか?!」
 ドガン!
 隊の名前通り、グラッヅォの鋼鉄の戦鎚が土を打つ。
「あの糞団長の言う事は間違っちゃいねぇ。岩でも鉄でも、銅でも金でも、この奥にはよりどりみどりで唸ってやがる。上等じゃねぇか。どだい俺達は、コツコツ石ころ拾い集めるような仕事には向いちゃいねぇのさ。殴りかかってくると言うなら、殴り返してやればいい。ゴーレム共を引き摺って帰れば、いい土産になるぜ。おら、野郎共、さあ行くぞ!」




 ―――えー。

 ‥‥イマイチ、話について行けない冒険者達。
 彼らはグラッヅォに「ちょっとそこまで資材拾いに行く手伝い」を頼まれて、気軽にここまで来たのだが。
 それが、あれよあれよと言う間にディーテ城砦の一角から外壁を越え、並み居る警備ゴーレム共を蹴散らした挙げ句に、城砦奥、更なる数が居るというゴーレム達を「建築資材代わりに」平らげるという無理目なミッションに巻き込まれてしまっていた。全く、いつの間にこんな話に?!
 『鋼鉄の槌』の戦士達も、ドワーフ隊長の飛ばす檄にすっかりテンションが上がったようだ。
 さて、付き添いの手伝いとしては、ここはどう対応するべきだろう?

 とりあえず適当なところで、危なげなくお茶を濁して帰還する事を提案するか。
 行けるところまで行ってみて、ブロンズゴーレム辺りを倒して武勇伝とするか。
 奥の奥、ディーテ城砦内部を彷徨う全てのゴーレム達を統べるという、噂の未確認ゴーレム、シルバーゴーレムを倒して英雄となるか。

 さてどうしよう。

 『依頼内容:ちょっとそこまで、資材拾いに行く手伝い』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

●現在地
 ディーテ城砦のやや裏手側より、一部崩落した城壁の破れ目から侵入した奥。
 人からもデビルからも目に付きにくい、高い城壁に囲まれた中庭のような区域の一角にいます。目の前には、城砦本体へと進む通路と、その扉が口を開いています。扉と通路は巨大な物で、大きなゴーレムが数体並んで通れる程のサイズが確保されているようです。

●『鋼鉄の槌』総団長、イリア・ムローメッツ
 鋼鉄の槌団員からは非常に尊敬されているのと同時に、非常に恐れられている人物です。

●『鋼鉄の槌』資材回収分隊
 グラッヅォ隊長が率いる、専門後半〜達人クラスのファイターを中心に構成されたロシア王国の戦士団です。
 同行する者は全八名。対デビル対策として全員が装備する+1相当の魔法の武器とは別に、資材回収、解体用に準備された戦鎚、戦斧が一揃い準備されています。八名の内一名は、地の精霊魔法を使う専門クラスの魔法使いです(ストーン、グラビティーキャノン、ストーンウォールを使用可能)。
 彼らはまた、資材運搬用の馬車を四台を引き連れています。ただしこの馬車を、城砦奥へと進む通路に乗り入れる事は出来ません。

●鋼鉄の槌戦士団の偵察によって得た情報
 中は薄暗い照明が続いていて、暗くて見えないという程ではない。
 通路は所々分岐しながら奥に続いており、全くダンジョンのようだった。少し進んだだけでも数体のゴーレムの気配を感じたが、反面、デビルの姿は見かけなかった。本当にデビルがいないのかどうか迄は判らない。

●イリアからの情報
「『木』や『石』を拾うなら、特に中にまで入る必要はない。『鉄』がほしいなら多少奥の、広い場所まで進む事だ。その奥では『青銅』が採れるようだが、その辺は道が迷路みたいになっていて進むのは難しい。迷路の更に奥にはなんと『銀』迄落ちていると言うぞ。
‥‥ただ、もし何処か途中で『金』を見つけても手は出さない方がいい。何、自信があるなら話は別だがな?」

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea7222 ティアラ・フォーリスト(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb0655 ラザフォード・サークレット(27歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 eb4721 セシリア・ティレット(26歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 ec3272 ハロルド・ブックマン(34歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

レイア・アローネ(eb8106

●リプレイ本文

 城砦内の大部屋に差掛かった冒険者達に、三体のアイアンゴーレムが襲いかかった。
 ゴーレムと冒険者との戦いは当初は拮抗していたものの、すぐに冒険者側の優勢となり、一体、また一体とアイアンゴーレムは破壊されていく。
 冒険者の勝利!
 皆がそう思った瞬間、最後の一体が破壊される寸前に撃ち出した黒い重力波が、全てを逆しまに変えた。衝撃は部屋の床石を打ち砕き、劇的とさえ言える崩落現象を引き起こす―――




「いかん、私の手を掴め!」
 ラザフォード・サークレット(eb0655)が声を上げた。
 レビテーションで浮いた彼の手を、間近にいたハンスが必死に掴む。
 必死も道理。何せ床が抜けていく!
 重力波の着弾地点に開いた真っ黒な大穴を中心として、幅広の床石が揺らぎ、傾ぐ。支えを失った石は穴の縁から次々と暗闇の中へと身を躍らせていき、穴は見る間にその直径を広げていった。
「う、わ、あ、ちょ、ちょっと待ってってば‥‥!」
 ゴリゴリと石材が擦れ合う異音に、シュテルケ・フェストゥング(eb4341)の叫び声が重なる。
 大穴目掛け、蟻地獄のように傾斜の付いた床の上を、小柄な少年の身体が滑り落ちる。悪魔の石材加工技術の賜物か? キレイに磨き上げられた床面には、指を引っ掛ける僅かな凹凸さえも存在しない。
「‥‥ッ!!」
 ガクン、と。
 あわや、奈落へ飲み込まれる寸前、少年の身体が宙吊りで止まる。シュテルケの腕に巻き付いたハロルド・ブックマン(ec3272)の魔法の鞭が、落下する彼の身体を引き留めたのだ。
 危ない危ない、これでようやく一安心。
 ‥‥なんて、運命は甘くない。神は試練を与えたもう! 少年の荷重を受け止めたハロルドの身体もまた、ずりずりと傾斜の付いた床を滑り落ちようとする。

 穴がその暗い領土を広げるにつれて、崩落の勢いもいや増し、床の傾斜は尚角度を急にする。
 落ちていく者も、もう一人二人の話ではない。
「きゃあ〜!? と、止まりません〜〜!!」
 シュテルケ、ハロルドの横を、ティアラ・フォーリスト(ea7222)の身体が、まるでジャパンのお伽草子のおむすびのようにコロコロと穴へ向かって転がり落ちていった。彼女の忠実なフロストウルフが、咄嗟に主人の襟首を押さえる事に成功するが、この傾斜の中、支えがなければ結局一人と一匹で落ちていくだけの事。
 戦士団のガスパロ、グラッヅォの二人も重い装備が災いし、じりじりと穴の縁へと滑り落ちていく。
 ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)は幸運にも、何とかジニールのディディスカスに拾われた。しかしヴィクトルや、ペガサスに掴まったアレーナ・オレアリス(eb3532)のように、空を飛ぶ力を持つペットを連れていた者は一行の半分にも充たない。
 必死に床や取り縋る冒険者達の傍らを、破壊されたゴーレムの残骸が勢いよく滑落していった。その姿は、数秒後の冒険者自身の姿でもある。どれ程腕の立つ冒険者であろうと、空が飛べなければ落ちるだけ。落ちれば、多分死ぬだろう。

 次々と傾斜を滑り落ちていく仲間達を前に、セシリア・ティレット(eb4721)とレティシア・シャンテヒルト(ea6215)の二人が、共にペガサスに跨って飛び出した。
 レティシアの腕が、落ちる寸前のグラッヅォに掛かる。
「痛い、馬鹿、お前何処を掴んどる! 髭を離せ髭を!」
「もぅ、重いんだから暴れないでってば!」
 一方のセシリアは落ちる寸前のシュテルケの手を掴み、もう片方の手でティアラの襟首を。
 これがまた重い! シュテルケと繋がったハロルドの分まで併せた三人分の体重に、セシリアと、セシリアのペガサスが喘ぐ。何とかギリギリ‥‥そこに、ガスパロがシュテルケの足にしがみついたのだから堪らない。なにせ、ガスパロはジャイアント。戦士団一の巨漢である!
「え―――いっっ!!」
 セシリアの気合いに応じ、彼女の身に付けたリョウメンスクナの指輪が唸りを上げる!
 鬼神の金剛力に支えられ、セシリアの双腕は何とか仲間の体重を支えきったが、その下で全ての荷重を受け止めるペガサスの方こそ堪らない。ぐらりと姿勢を崩し、必死の羽ばたき虚しく高度を下げる。
「セシリア殿!」
 アレーナがペガサスを駆り、落ち行く五名を救おうとする。‥‥だが、彼女の伸ばした手が仲間に届くことはなかった。
 如何なる仕組みによるものか、深く口を開いた大穴の側面から、槍の如く突き出される無数の石柱。石柱は互いに折り重なり、まるで傷口を治そうとでもするかのように、空いた空間を埋めていく。

 石材の崩落が巻き起こす轟音。
 穴の側壁から突き出される石柱が互いにぶつかり合い、剣撃のような鋭い高音を打ち鳴らす。
 誰かが何かを叫んだ。でも、聞こえない。
 分断された、八名の冒険者と、『鋼鉄の槌』戦士団の三名の男。
 巻き起こる粉塵が、彼ら十一名の視界を灰色に塗り潰していく。




 ―――冒険二日目。
 順調であった我々のゴーレム退治は、斯くして、轟音と共に振り出しに戻ることになった。
 だが、あれ程の危機を一先ずは幾分かの軽傷のみでやり過ごせたことには、感謝せねばなるまい。その感謝は、勿論得難い仲間と、仲間の固い絆とに。‥‥神と悪魔と、そもそもの原因となった団長とやらには、後々たっぷりと苦情を申し述べる必要があるだろう。

 ハロルドはそう記して手記を閉じ、顔を上げた。
 広い空間だった。目に入るのは四人の仲間と、床に積み上がった、『元』床であった石材の山。密に重なり合った石柱が形作った、歪な天井。
 随分落下はしたが、位置的には、一行がアイアンゴーレムと遭遇した大部屋のほぼ真下である。

「あのゴーレムが最後に床に撃ったの、多分グラビティーキャノンですよ? 結構な威力でしたけど、それでも床があんなにキレイに抜けるなんて‥‥」
 ハロルド同様に天井を見上げながら、ティアラが呟く。
 ゴーレムの中には希に、目や口から魔法様の熱線や衝撃波を放つ物があるとも聞く。大悪魔ムルキベルの手による物であれば尚更、隠し芸の一つや二つは有り得るのだろう。
 問題はむしろ、一行が二つに分断されてしまったことにこそあった。
 悪魔の狡猾な意図による物か、偶発的な事故なのか? どちらにしろ、道行が困難さを増した事は変わらない。

「‥‥ええ、はい、そうですか‥‥。こちらは今のところ皆元気です。はい、では、こちらも先に進みますね」
 セシリアが、上層に残ったレティシアとテレパシーで連絡を交わしていた。
 今のところ、両者の直線距離はそう離れていない。だが、間を遮る膨大な石柱の層を潜り抜けることは不可能だった。先に進み、何処かで道が合流していることに期待を掛けるより他はない。

「おーい、ハロルドさん! 早く行こう、大丈夫、すぐにまた向こうとも出会えるよ!」
 セシリアの隣に立つシュテルケが、ハロルドを呼ばわった。寡黙な魔法使いはバックパックを背負い、立ち上がる。




「全く、おかしな建物だ。床も壁もデビルの魔力漬けでアースダイブも碌に効かん。最前のように、いつ柱が動き出したとしても不思議ではないぞ」
 ウサ耳をピコピコと揺らし、憮然とした表情を作るラザフォード。

 ディーテ城砦の奥、深い迷宮の一角で一行は休息していた。
 一行、と言っても勿論半分だけ。こちらは床の大穴に何とか飲み込まれずに助かった、上層組の六名である。あの後、完全に塞がってしまった穴を前に随分手を尽くしたのだが、結局はレティシアのテレパシーによる通信以外、全ての対策が効果ないことを確認しただけであった。
 前に進むより道はないと結論付け、合流の希望と、断続的なテレパシーによる連絡を頼りに城砦奥の迷宮に足を踏み入れてから、既に六時間。数体のゴーレムを撃退した以上の成果は、今のところ見られない。

「厄介事に巻き込んじまって済まねぇな。俺らはともかく、本来あんた方にここまで付き合って貰う義理はねぇんだが‥‥」
 レティシアの展開したムーンフィールドの中、冒険者達を前にグラッヅォは頭を下げる。
 だが、四人の冒険者達は誰一人、グラッヅォの礼を受け取ろうとはしなかった。
「私達は、義理でここにいるわけではないのだよ、隊長殿」
 小さな結晶を手に、祈りながらヴィクトルが答えると、アレーナもその言葉に頷いた。
「本来、という事であれば、私達冒険者の方にこそ、この悪魔の城砦に挑む理由があります。隊長殿の誘いはむしろ渡りに船。こうして、ムルキベルへと迫る具体的な情報を頂けた事だけでも随分と有り難い」
「そうとも、グラッヅォ。何しろ、一度は憤怒の魔王に殴殺されたこの身。今更この程度の苦難など何程の事もない! さあ、ここまで来たのだ、金ゴーレムの首の一つも持ち帰って、皆をあっと言わせようではないか?」
 笑顔のアレーナと、ラザフォードのピコピコウサ耳に、グラッヅォは交互に目を遣る。
 予想していた物とは真反対の言葉に目を丸くする髭モジャ戦士に、止めを差したのはレティシアだ。勇壮な大鎚をグラッヅォに差し出し、ガッツポーズ。
「砦攻略の為ならリスクは覚悟の上! 一秒でも長く生きて、やりたい事がある。生きる理由があって、だから命を懸ける意味を見出せる。今更頭を下げるのなんか、野暮って言うのよ? お髭の隊長さん。ほら、これを上げるから、気合い入れて!」
 レティシアが差し出した魔法の金槌は、北欧の戦神が用いたとされる業物だ。
「ほら、おー!」
 レティシアが、拳を振り上げる。
「もう、初めの気合いは何処に行ったのよ? おー!」

 そんなレティシアを、そしてその背後でニヤニヤと笑う冒険者達を見て、グラッヅォは呆れ返った。
 なんともまあ、冒険者という輩は!
「いいぜ、気に入ったよ、冒険者。全く素敵な糞野郎共、うちの隊にも欲しいくらいだ! よぉし、ハーンスッ! 休息は終わりだ、先に進むぞ!」
 大鎚を振り回して立ち上がるグラッヅォに、ハンスは遠慮がちに声を掛ける。
「‥‥気合いが入り直したのはいいんですが、隊長、先ってな、一体何処まで?」
「決まっとる! 金銀ゴーレムを引き摺って、糞団長の鼻を明かしてやる所までだ!」

 すっかり元気を取り戻したグラッヅォと、藪蛇気分のハンス。
 グラッヅォの胴間声に、レティシアをはじめ、四名の冒険者達は揃って手を上へと突き上げる。
「行くぞ、糞野郎共!」
『おおぉ―――っっ!!』




 一方、こちらは落下組の五名。
 上層組のテンションが上がった事は、テレパシー経由で彼らに伝わっていた。
 おー! だとか、糞野郎共とか‥‥細かい意味合いまではちょっと判らなかったが、大雑把な雰囲気は、何となく。
 御陰でいつの間にか、上と下での競争のような雰囲気になり、自然と歩調は速まった。
 上層組はたびたびゴーレムと出会したりもしているようなのだが、本来(?)のルートから外れた為か、落下組は無人の部屋と通路を延々行き過ぎる以外に、これといった障害もなく、その足取りも快調そのもの。初めはどのような罠が待ち構えているものかと緊張したが、これでは逆に拍子抜けという物だ。

「‥‥で、行き着いたところが、この大扉ですか‥‥」
「うわ、すっげぇ! この扉、金ピカだよ!? 持ってかえったら、幾ら位で売れるかな??」
 セシリアとシュテルケの言葉が、巨大な扉に反響する。
 確かにすげぇ、の一言だ。
 城砦の最奥に現れた、それは巨大な城門程もある、眩く輝く黄金の大扉。
 如何にも意味ありげで、如何にも何かが出てきそう。
「あ、ティアラ、バイブレーションセンサーしま‥‥」

 ズシンッ!

「きゃん?!」

 ズシンッ! ズシンッ! ズシンッ!

 立て続けざまの振動に、細身のティアラの身体が跳ね上がる!
 出てきそう、どころの話ではない。バイブレーションセンサーに頼るまでもなく、間違いなく居る。この扉の向こうに、固く、アイアンゴーレムの数倍重い何者かが!
 五人は頷き合い、内側からゆっくりと押し開かれる黄金の扉に得物を向けた。
 扉の隙間から見える、指。ハロルドの掲げる輝きの石の灯りを受け、黄金の扉と等しく輝く、黄金の指先。
 ゴールドゴーレム!
 先手必勝、その姿を見るが早いか、冒険者達は武器を片手に飛び出した!




「‥‥わ、ちょ、きゃっ! ‥‥こちら、上層組のレティシア! 今こちらは、部屋の中にいたペッカペカのシルバーゴーレムと、交、戦、中なんだけ‥‥危なっ! ラザフォード、キャノン撃つ時はもっと向こうで撃ってって‥‥で、それなんだけど、テレパシー、届いてるわよね? 音がね、あの時床が崩れ落ちたのと、似たような気配が濃厚で‥‥‥‥わあ、光線! やっぱり、穴が開いた開いた、落ちる、落ちる、わあ! ‥‥下のみんな、もし頭の上に落ちたらゴメンなさい!! わあ」

 轟音。




 そして。
 ―――全く、酷い有様であった。

 砕けてバラバラになった石の床。
 スコンと抜けた天井は、数十メートルに渡ってゴッソリ吹き抜けになってしまっている。
 辛うじて欠けることなく災厄を乗り切った十一名に、ヴィクトルやペガサスを連れたセシリアが、順に薬や呪文による手当を施していた。

「全く、今回程、落ちる依頼も珍しい! これ程の大騒ぎで、何とか死人を出さずに乗り切ったのは偉大なる父の恩寵という他なかろうな」とヴィクトル。
 中には随分と重傷な者もいるにはいたが、シルバーゴーレムの放つ重力波を受け、すっぽり開いた大穴を落下し、落ちた先でまたゴールドゴーレムにぶん殴られた‥‥その戦いを思えば、むしろ軽傷の部類とさえ言えるだろう。

 そう、落下組の五名がゴールドゴーレムに突撃を仕掛けたその時、真上の階では、やはり上層組の六名とシルバーゴーレムとの戦いが始まっていたのだった。
 戦いは熱く、激しい。
 シルバーゴーレムの放った、あの大広間でアイアンゴーレムの放った一撃に倍する威力の重力波に、床がごっそり崩落し、一行とシルバーゴーレムが揃ってゴールドゴーレムの頭上に落ちて来てからは、その戦いの熱はより一層激しさを増した。

 シルバーゴーレムは? アレーナとセシリアが殴り壊した。
 ゴールドゴーレムは? こちらは冒険者と戦士団、計九名の総力戦だ。鋼鉄の槌戦士団が巨像の打撃を引き受ける背後から繰り返し放たれた、魔法使い達の大呪文。彼らの精神力と、戦士団の体力が途切れる前に、巨像が膝をついたのは幸運‥‥いや、神の恩寵という他ないだろう‥‥!




 ゴールドゴーレムが稼働を完全に停止させたその瞬間、巨大なディーテ城砦の奥深くで、確かに何かが壊れる音がした。あるいはそれが、ゴールドゴーレムの守っていた、ディーテ城砦と一体化したムルキベルの『核』の一つであったのかもしれない。

 その瞬間、城砦を巡回するゴーレムの多くが稼働を停止し、生き物のように構造を変える城砦の一角さえ、動く事を止めた。