【お祭り】冬だから全員集合!

■イベントシナリオ


担当:たかおかとしや

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月21日〜01月21日

リプレイ公開日:2010年01月31日

●オープニング

 キエフの中心街を二人が歩いていた。
 正確には、歩いているのは一人だけ。雪道を歩く男の肩の上にちょっこり腰を掛けているのは、どうやら妖精シェリーキャンのようだった。お揃いの白い外套に身を包んだ二人の手には、近くの露店で買い求めたらしい、やはりお揃いのピロシキが握られている。
 買い食い、歩き食いはあまり上品な所行とは言えないが、男―――つまり食の求道者にして変人。シェリーキャンの相棒、龍番のワインセラーの主、鯨肉をもたらす者。『美食男爵』ハルトムート・セリヴァンにとって、これは止めることの出来ない楽しみの一つなのだ。

 セリヴァンには大きいピロシキ。シェリーキャンには小さなピロシキ。
 そぞろ歩きながら、二人は同時に手中のピロシキに齧り付く。
 もぐもぐもぐ、ごっくん。


●広場を歩く、セリヴァンとシェリーキャン

「‥‥シェリー、どうも足りないと思わないか?」
「何がよ?」
 セリヴァンの唐突な言葉に、シェリーキャンはピロシキを頬張りつつも小首を捻る。セリヴァンが聞いてくるんだから、勿論食事の話よね?
「‥‥そうね、そう言えばこのピロシキ、少し塩気が足りないかも」
「そうではない! ‥‥お前、近頃少し食い気が過ぎるんじゃないか?」
 言うに事欠いて、一体何よそれはっ!!
 シェリーはセリヴァンの肩から飛び上がる程に、大いに憤激する。だが、彼女が断固否定の意思を口に乗せるよりも早く、セリヴァンは大きく手を広げて周囲の円形広場を振り返ってみせた。
「ここはキエフ中心街、更にその中央円形広場だ。例え冬とはいえ、人で溢れ、露店でごった返し、雪が解けて流れ出すほどの熱気があって然るべきだ。だが、実際には違う!」
 確かに、違った。
 雪に覆われた広場を過ぎる人はまばらで、軽食を売る露店も、ピロシキを売っていた店が一つだけ。セリヴァンのオーバーな言い回しはともかくとしても、例年ほどの人通りさえ、街からは全く欠けているようであった。
「‥‥えーっと。それで。セリヴァンは何が言いたいの?」
 シェリーは努めてさり気なく、慎重に言葉を選ぶ。
 何かを『思いついてしまった』時のセリヴァンを下手に刺激すると、大抵、話と騒ぎが無闇に大きくなる事を彼との付き合いの中で十分に知っていたからだ。

 ―――とはいえ同時に、彼女はそれが無駄な努力であることも知っていた。
 その思いつきがもし『食』に関することであった場合、美食男爵セリヴァンを止めることは、例えウラジミール1世その人であっても無理だろう。
 セリヴァンは、広場の真ん中で力強く宣言する。
「この街に足りないのは、活気だ。人だ。賑やかな祭りに、当然温かい食事! 広場を露店が埋め尽くし、キエフに住まうあらゆる民が飲み、食い、互いに交友を深め、新たな年の門出を祝うのだ! シェリー、やるぞ。こうしちゃ居られん、早速あちこちに働きかけをしなくては!」

 今から? それって新年祭じゃないの? とは、シェリーは言わなかった。だって、無駄だし。
 勢いよく走り出したセリヴァンの背中を、ため息一つ、彼女は羽を広げて追いかける。


●『鋼鉄の槌』戦士団々長執務室

「ああ、いいんじゃないか?」と、イリア・ムローメッツ(ez0197)は目前の使者に答えてみせる。
「祭りの警備に戦士団を駆り出す報酬が『ただ飯、ただ酒、限度無し』とは、セリヴァン男爵という奴も、中々面白いことを言うものだ。‥‥ま、団員共は喜ぶだろう」


●キエフ市街、大商人ブラヴィノフの屋敷

「お祭りを開催したいから、お父さんの商会にも協力して欲しい、だって! ねえ、お父さんどうするの?」
 にゃんにゃんにゃん
 届けられた手紙を読んだイヴァン少年は、顔を輝かせながら父親の顔を振り仰ぐ。
「‥‥今年の冬はどうも荷動きが重かったし、この辺で一つまとまって捌いておくのもいいだろうな」
「やった、流石お父さん! きっと街が凄く賑やかになるよ、ね? アルフレド」
 にゃおん


●キエフ近郊、ある山中の小屋

「親分。何でも、キエフの方で随分賑やかな祭りが開かれるらしいですぜ?」
「兄貴、行こうぜ。去年の冬からこっち、もうろくな物食っちゃねぇよ」
 小さな山小屋で額を寄せ合う、ゴロツキ面の男共。
 『アダルベルト鮮血旅団』と、勇ましいのは名前だけ。実態は三流と言うと、三流の方で気を悪くするほどのへっぽこ山賊団である。

 周囲の男達に詰め寄られて、ちょび髭を生やしたリーダーはついに決意を固める。
「よし、行くか! スリに置き引き、かっぱらい。こつこつ真面目に稼いで、今年の冬を乗り切るんだ!」
『お―――!』


●雪の女王の山、山頂の洞窟

「どうしたんだい? カテリーナ」
「ラインヴァルトか。なに、街に行ったスノーマンどもがこんなモノを拾ってきてな」
 女王の手元にある物、それは羊皮紙に書かれた広告文であった。
 キエフに住まうあらゆる民よ、食べ交わし、飲み交わし、互いの交友を深め合おう―――そんなメッセージが、大仰な書体のゲルマン語で記されている。ご丁寧なことに、ラテン語やイギリス語、ジャパン語の文章まで併記されているところを見ると、『あらゆる民』というのも満更言葉だけの話ではないようだ。

「‥‥何を考えておるのじゃ? ラインヴァルト」
 女王の言葉に、ラインヴァルトはにっこりと微笑む。
「ちょっと出かけてみないかい? エカテリーナ。きっと楽しいと思うんだ」


●キエフ冒険者ギルド、受付

 受付嬢は、大量の依頼用紙を端から順に壁にピンで留めていく。

 『依頼内容:お祭り/露店設営ボランティア募集』
 『依頼内容:お祭り/雪かきボランティア募集』
 『依頼内容:お祭り/露店経営者引き続き募集中、応募はお早めに‥‥』
 『依頼内容:お祭り/警備担当者募集。給金有り』
 『依頼内容:お祭り/企画アイデア募集。貴方の新たな発想が祭りに命を吹き込みます』
 『依頼内容:お祭り/管理本部人員、本部アシスタント急募!』
 『依頼内容:お祭り/通訳ボランティア募集』
 『依頼内容:お祭り/歌謡演芸ステージ参加はこちら。中央ステージ時間枠あと僅か』
 『依頼内容:お祭り/セリヴァン男爵直営店、給仕&料理人追加募集』

「もう! あの男爵は、何でこういう仕事を全部冒険者ギルドに持ち込むのかしら。口入れ屋か何かと間違えてるんだわ、絶対!」
 受付嬢の張り出していく依頼の中には、え? 今からそんな募集するの? 祭りは来週だろ? と不安になるようなものまでずらりと並んでいる。とにもかくにも、祭りは開催されるのだ。人手は幾らあっても困らない!


●キエフ市街、道端

「‥‥で、団長殿は美味い酒。俺らは糞寒い中、道端で搬入物資の警備役か‥‥‥‥はっくそん! っとくらぁ」
 誇り高き髭もじゃ。鋼鉄の槌戦士団随一の古強者。雷声のドワーフ戦士、グラッヅォ・ブッヘンバルトは愚痴混じりに、珍妙なくしゃみをしてみせる。警備役がへべれけになるといけないという、全くもって正統な理由により、戦士団に許された『ただ飯、ただ酒、限度無し』の通達は、グラッヅォを初めとする警備役の者には適用されなかった。あの警備役選定のくじ、あれは絶対に細工されていたに違いない‥‥!

「これで何事もなく祭りが終わってくれれば、まだ残りものにありつく希望も出てくるってもんだが、そう上手くはいかねぇだろうな。どうなることやら」

●今回の参加者

サラサ・フローライト(ea3026)/ 以心 伝助(ea4744)/ レティシア・シャンテヒルト(ea6215)/ ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)/ エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)/ フィニィ・フォルテン(ea9114)/ ラザフォード・サークレット(eb0655)/ カグラ・シンヨウ(eb0744)/ 東雲 魅憑(eb2011)/ シャリン・シャラン(eb3232)/ リン・シュトラウス(eb7760)/ アニェス・ジュイエ(eb9449)/ アン・シュヴァリエ(ec0205)/ ヴィタリー・チャイカ(ec5023)/ ジルベール・ダリエ(ec5609

●リプレイ本文

 キエフの冬は寒い。
 太陽の光は弱く、空は始終薄雲り。大地は雪で白く染まり、大河さえもが固く凍てつく北辺の地。
 厳しい寒さの中では、人の動きも自然と重く、鈍くなる。冬の間、人々は家の窓を固く閉ざし、暖炉の前に身を寄せ合って、やがて訪れるであろう暖かい春の日差しをただじっと待つのが常であった。

 だが、今年は違う。
 暖かいからではない。雪がないからでもない。
 冬だから、と。そんな理由にもならない理由で開かれた祭りが、真冬のキエフに人を呼んだ。
 喧噪、雑踏、人いきれ。
 全く、こんなに大勢、一体何処から来たのだろう? 急拵えの露店の間を行き過ぎるのは、防寒着を厚く着込んだ大群衆。市街の中央広場から溢れた店が街の路地のあちこちに勝手に軒を広げると、人の波はキエフ城下全域へと拡大していく。
 そぞろ歩くは手を繋いだ若い男女、毛皮を着込んだ壮年の男、声を上げてはしゃぐ子供達。ワイン売りの露天商は、道行く誰彼構わず売り物のワインを勧めて回っている。その隣で雪かきをするボランティア。声の限りに整列を呼ばわる警備兵‥‥勿論誰も聞いてはいない。
 祭りに浮かれるのは人間だけとは限らない。通りに目に付く、尖り耳のエルフに美髯のドワーフ。闊歩するジャイアント達の図抜けた巨体の頭上で、シフール達は薄羽を羽ばたかせて行き交った。
 何カ国語もの言語が入り交じるざわめき。
 そのざわめきを縫うようにして、幾つもの鐘の音が街に響く。

 ゴ―――〜ン ゴ―――〜ン ゴ―――〜ン

 市内数カ所から打ち鳴らされる、それは始まりの鐘。街頭のあちこちで、運営委員会の腕章を付けた男女が開催の号令を叫んで回る。

「Over the Rainbow ―――ただ今より、第一回キエフ冬祭りを開催します!」




「え?! もう始まっちゃったの?」
 鐘の音と開催を告げるその声に、管理本部の天幕で羊皮紙のリストに肩まで埋もれていたアン・シュヴァリエ(ec0205)が悲鳴を上げた。
 Over the Rainbow、虹の彼方へ!
 キエフに住まう皆が力を合わせれば、きっとこの国は虹の彼方を目指して進んでいける。
 アンの提案したその開催コンセプトとキャッチフレーズは、管理本部並びに運営委員会席上での喝采を浴び、彼女は急遽実行委員企画担当として抜擢された‥‥その結果がこの有様である。取りまとめ役として、いつの間にかあらゆる雑事を持ち込まれる羽目に陥ったアンは、開催事前の手伝いだけという当初の予定の期間を超えて尚、管理本部のデスクに拘束されていた。何しろ、腰を浮かす暇もありゃしない!

「中央ステージの募集はもう締め切った? 誘導は今誰が‥‥あ、そこ踏まないで! 搬入リストのA7からD4までこっちのチェック終わったから、楽屋の方に持って行っていいわよ。セリヴァン卿が居ない? さっき直営店の方の様子を見てくるって出て行ったけど‥‥て、なんでみんな私の所に話を持ってくるのっ?! せめて順番に、順番に。もう、そこ! じゅーんば―――んっ!」




 ‥‥と、そんな裏方の苦労はいざ知らず、祭りは遂に始まった。
 露店に並べられた珍しい異国の品に人々は足を止め、出来たてほかほかのブリヌィに舌鼓を打つ。セリヴァン男爵のお蔵出しも前評判通り。無料配布の大英断でもって提供された極上の貴腐ワインは、一人小杯一杯限りの制限付きにも関わらず、開催と同時に詰めかけた飲兵衛達で押せ押せの大盛況だ。
 だが何より人目を惹きつけたのは、中央広場に設えられた中央ステージの舞台上。始まりの鐘の音と共にステージに上がったアニェス・ジュイエ(eb9449)は、立錐の余地もない程に詰めかけた大観衆を前に、にっこり笑顔で大きく声を張り上げる。
「さぁ、今日はハレの日、祭りの日! 寒さなんか吹き飛ばすわよ、みんなも楽しんでいってね!」
 言うなり、アニェスは勢いよくぶ厚いコートを脱ぎ落とす。下から現れた肌もあらわな天女の衣のダンサースタイルに、観衆は足を踏み鳴らし、一斉に拳を天に向かって突き上げた。

『YES!』

 実は勿論、普通に寒い。
 キエフの寒さにあまり慣れていない彼女には、それはもう、芯から骨身にこたえる寒さである。二秒程かなり真剣にコートを脱ぎ捨てた事を後悔したが‥‥三秒経った頃には、もう忘れた。立ち上る熱い熱気が彼女の身と心を温める。
 踊りと共に発動させたマジカルミラージュ。広場の空に七色の虹が浮かぶと、会場の熱気は更に増す。
「Over the Rainbow! 今日はみんなを虹の彼方へ招待するわ♪」




 中央広場から放射状に延びた街路の一角。
 沢山の人が行き交うその道端に、東雲魅憑(eb2011)の占い露店のテントが立っていた。怪し‥‥もとい、魅惑のお姉さんによる恋愛占いがよく当たるとの評判で、若いカップルを中心に人気の方も上々である。

「過去に見える、茨に包まれた長い苦難。そしてその先、未来に見える強い結束。おめでとう♪ 完全完璧、貴方達二人の未来はラブまみれに大決定! 例え世に聞くエクスカリバーでも、貴方達の愛の絆は断ち切れないって出ているわ」
「聞いたか? ラインヴァルト。我と主との相性は最高だそうじゃぞ?」
「勿論聞いたよ、女王様。今後とも末永く御贔屓にね」
 東雲の占いの結果に、目の前のカップルは相好を崩す。
 まだ若い、子供のようにさえ見える銀の髪をした白いドレスの彼女に、引き締まった体つきをした長身の彼氏。一見、保護者のお兄ちゃんと年の離れた妹といった具合だが、二人の望んだ占いは恋愛占いであり、そしてその結果はこの仕事を生業とする東雲自身、滅多にお目に掛からないほどの抜群の相性を示していた。
 彼氏に笑顔で頭を撫でられた彼女は、お返しにと、黄色い声と共に彼氏のたくましい左腕にしがみつく。
 いいわねー。私も女王様とか言われて、相性抜群の相手(男女は問わないし!)に撫で撫でちやほやされてみたいわねー‥‥等と、ラブラブな二人の様子をぼんやりと眺めていた東雲だが、立ち去り際に彼らが卓に置いた見料を見て慌てて声を上げた。
「ちょっと! お客さん、これって宝石じゃない」
「おお、そうじゃ。生憎、人の使う貨幣とやらの持ち合わせがなくての。少なかったか?」
「そうじゃないけど‥‥」
 それは薄桃色をしたローズクォーツ、紅水晶の欠片であった。宝石としてはあまり高価な代物ではないが、それでも金貨に換算すれば数枚分。相性占い一回の見料としては法外である。
「それなら占い師さん、どうかそれを受け取って欲しい。貴方には判らないかもしれないけど、俺もカテリーナも、さっきの言葉にはどれほど感謝しているか判らないくらいだから」
「え、ちょっと、あ、お客さん‥‥!?」
 占い用の卓をどかし、狭いテントから東雲が飛び出した頃には、混雑した人通りに紛れた二人の姿は何処にも見る事が出来なかった。
「‥‥まあ、いいか。幸せそうだったし」
 頭を一掻き、東雲は自分のテントに踵を返す。

 ―――そう言えば、以前にもあんなラブラブのカップルを見た覚えがあったっけ。
 そうだ、ボリスとミンナの熱々カップル。おじゃま虫のコースチ共々、今も元気にしているだろうか? 東雲は久しぶりに、あの二人の事でも占ってやろうと思いついて、テントに戻る。




 祭りが開催されてより四時間。
 そろそろ昼も近いという頃、警備に当たっていた以心伝助(ea4744)は道行く人の変化に気がついた。
 何故か通りの向こうから歩いてくる者に、妙に耳を付けている者が多いのである。それはネコであり、イヌであり、ウサやネズミの大きな耳であったりした。仮装の代わりなのだろうか。確かにゲテモノのお面を被っているよりかは多少の可愛気はある。
 一体何処の商人がこんなモノを売り出したんでやすかね?
 そんな伝助の疑問は、覚えのある関西訛りのゲルマン語を聞いた事ですぐに解決した。声の先を見ると、そこでは数匹の犬をはべらせた東洋人の露天商が、取り囲む客の群れに対して手当たり次第に耳付きヘアバンドを叩き売っている姿が目に入る。

「さあさ、買うとくんなはれ、買うとくんなはれ。女は可愛い、子も可愛い。おっさんだって、こいつを付ければえろう愛想よう見えまっせ! 折角の祭り、楽しゅういこやおまへんか。へい、おおきに!」
「犬遣いじゃないでやすか。お久しぶりでやす。今日は一人でお商売でやすか?」
「ああ、いつぞやのご同業! その節はえろうお世話に‥‥って、なんだその格好はっ?!」
 伝助の格好を見て、思わず言葉が素に戻る犬遣い。
 その反応をどう勘違いしたのか、伝助は法被の袖を握って胸を張ってみせる。
「ああ、これでやすか? あっし秘蔵のコレクションのお蔵出し。ちょっと格好いいでやしょ?」
「格好いいも何も、お前‥‥」
 嫌がらせか。と言う言葉を、犬遣いは飲み込んだ。
 だって、まず伝助の広げた法被が越後屋印だ。それに続くは、エチゴヤ帽子にエチゴヤ手袋、エチゴヤブーツ。ご丁寧に警備の得物は、越後屋木刀と越後屋ハリセンの二刀流ときたものだ。エチゴヤの回し者というか、これでは歩くエチゴヤ看板そのものである。
 犬遣いの周囲の忍犬達も不審気な視線を送っている。
 その視線を知ってか知らずか、得意げにくるりと回ってみたりなんかする伝助。犬遣いは彼のその襟首を、わしりと掴み上げる。
「OK、わかった。お前がうちの営業妨害をしに来たんでなければ、つまりお前暇なんだろう? 次のステージが始まったら客の数も倍増するだろうし、そうなったら俺一人ではとても手が足らん。少し手伝っていけ」
 どうも今一つウケが悪いらしい。元暗殺者の地味めな服飾センスには、この格好の良さは判らないのかも、等と考えながら、伝助は背後の犬遣いの顔を見上げる。
「ステージ、でやすか?」
「そうとも。この商品はタイアップ企画でな。丁度今、ステージでは宣伝工作の真っ最中よ。判ったらさっさと着替えて手伝いを‥‥へい、ウサ耳二つ! おおきに、またのお越しを!」




「まあ、なんて素敵な獣耳! とってもキュートで可愛いわ! でもこれ、きっとお高いのでしょう?」
 ウサ耳を付けたレティシア・シャンテヒルト(ea6215)が、ステージの上で可愛さをアピール。
 その隣では、同様にウサ耳を付けたリン・シュトラウス(eb7760)がオーバーアクションで頭を振ってみせる。
「いえいえ、それが驚くほどのお安さなんですよ? なんとウサ耳ヘアバンド、これお一つで僅か10C!」
「まあ! そんなにお安くて大丈夫かしら?!」
 リンのあげたその値段に、驚きの声を上げるレティシア。見ている観客からも軽いどよめきが漏れる。

 わざとらしさもご愛敬。軽い幕間劇の形を取った、これは次に控える真打ちのための前振りなのだ。
 祭り開催前夜に急遽結成された、冒険者達による歌謡演芸チーム、その名も『うさみみ団』。キエフをウサ耳一色で統一するという、遠大且つ壮大な計画に向けて、外す事の出来ぬこれが記念の第一歩。
「‥‥でも、このお耳は確かに可愛いんだけど、男性の方にはきっと似合わないんじゃないかしら?」
 とレティシア。
「まあ、そんな心配をしてらしたの?」
 なんて事でしょう、レティシアさん、貴方人生損しているわよ? と眉をひそめるリン。
「もしかしたら、会場にもそんな心配をしている方がいらっしゃいますか?!」
 軽いざわめきと共に、ノリのいい観客の幾人かが頭を大きく縦に振る。
「判りました。それでは観客の皆さんにはその目で判断していただきましょう‥‥」
 厳しい人生の試練に突き当たったかのような沈痛な表情。それが一変、リンは明るい声でその名を叫ぶ。「ウサミミ導師、またの名をウサミミ紳士。ラザフォード・サークレットの登場です!!」

 声に応じて、ステージの上空にその男が現れた!
 艶めかしくウサ耳をちらつかせた、その男の名はラザフォード・サークレット(eb0655)。冒険で鍛えた軽業と、超越級のサイコキネシス。この二つがウサ耳の元に一つになれば、ステージの上も下も、空さえもが彼の物だ。
「まあ、なんという事でしょう! 皆さん、あの揺れるウサ耳をご覧になりましたか?」
 レティシアが、エプロンとウサ耳をオーバーに揺らしながらステージの上で驚嘆の声をあげる。

 ‥‥恥辱上等と貴女が言ったから

 ラザフォードの体が、右に左に跳ね回る。
 重さも慣性も無視したその跳躍は、まるでジャパンの伝説に歌われるという、月面に住まう兎そのもの。
 リンの奏でる妖精の竪琴の音に合わせ、ラザフォードはステージを飛び越え、広場の上空をウサ耳を揺らして精一杯に飛び回る。

 出オチ上等と貴男が言ったから‥‥

 時に激しく、時に秘めやかに。
 揺れるウサ耳に込められた熱い魂に、広場の観衆達は熱狂した。
「うさ耳のリュー! 此処に惨状‥‥! 」




 カグラ・シンヨウ(eb0744)はあまり感情を表にあらわさない。
 だけど彼女は内心焦っていた。
「カグラ〜? 次、あたい達の出番だよ〜☆」
「‥‥はー、い。ちょっと待って‥‥」
 シャリン・シャラン(eb3232)の言葉に返事を返す、表面上はいつも通りの彼女である。だが、それでも彼女は焦っていた。
 トップのアニェスが脱いだからか? それもある。
 同じ民族舞踊と、タッグを組んだシャリンが露出過多の踊り子衣装だったからか? それもある。
 いや、別に体に自信がないとか、そーゆー話ではなく。
 彼女は地味に、自らのそばかすを気にしていた。特に目立つと言うほどではないのだが、これほど沢山の観衆を前にするとなると、そう言う些細な点も気に掛かってくるものだ。三つ前に出演したラザフォード達が、思いの外大人気であった事も、何となくプレッシャーになっている。
 要するに、彼女は緊張していたのだ。

「あ、しふしふ〜☆ アルフレドにイヴァン君。二人ともあたいの舞台見に来てくれたの? ほら、スニェーク、あんたの恩人が来てくれたわよ☆」
 シャリンの言葉に、彼女が最近飼い始めたという白猫の鳴き声が交じる。
 どうやら楽屋に、シャリンの友達が来ているらしい。物怖じしない、健康美の塊のような彼女。それになんと言っても彼女の踊りは素晴らしい。カグラも決して凡庸な踊り手ではないのだが、キエフ一と名高い彼女と比べると、いささか分が悪い事は否めないわけで。
(‥‥いや、よくない、カグラ。踊りを人と比べるなんて)
 カグラはぶんぶんと頭を振る。
 一度気分が凹んで来ると、おかしな所に気が向いてしまう。ステージはもうすぐ。気分を変えないと。
 こっそりため息をつきつつ、楽屋代わりに使われている小屋を出た彼女。そこで彼女は、何かに大きな物にぶつかった。
「ふが?」
 いたい。というか、こんな鼻をぶつけるほど大きな物が、扉の真ん前に落ちているわけがないんだけど。
「ねえ、カグラ? そろそろ本番‥‥」
 ステージの裏手から顔を出したシャリンが、立ち止まっているカグラに声を掛けようとして‥‥突然笑い出す。
「きゃはは〜☆ あんたたち、なにそれ♪ ダメ、すっごいおかしい! 何やってるのよ〜☆」
「げ、お前はいつぞやのシフール娘!」
「兄貴ぃ、やばいよ!」
 兄貴という、カグラの鼻にぶつかった目の前の物体の声に彼女は聞き覚えがあった。確か『アダルベルト鮮血旅団』とか言うへっぽこ盗賊団の、お馬鹿系筋肉男がこんな声だったような‥‥
 カグラは視線を上に向けた。
 爆笑した。全力で。
「あは、‥‥はは、は、‥‥っあはははははははははは―――☆」

 カグラとシャリンが指を指して笑った(失礼)先にいたのは、ネコ耳イヌ耳のゴロツキ顔軍団の面々であった。
 ちょび髭男のリーダーに、彼に付き従う手下達。何故か全員がそれぞれ可愛らしい獣耳を装着中で、カグラにぶつかった巨漢の筋肉男に至っては、禿頭の上に特大のネズミ耳を付けている。それがもう面白いの面白くないの!
 空中で身悶えしながら笑いまくるシャリンの隣で、カグラも、もーすっごい笑った。十年分は笑い尽くしたんではなかろうか。因縁の相手との遭遇に思わず逃げかけたアダルベルト達も、あまりに無遠慮に大笑いされたためか、憮然としたままの顔で突っ立っている。
「シャリンにカグラ、だったか? 何か知らんが、そんだけ笑えば気も済んだだろう。悪いが俺たちは行かせて貰うぜ? まだ何もしてねぇのに捕まる義理もねーからな。折角の祭りだ、こっちも楽しませて貰わにゃ」
 笑い続ける女二人を気味悪げに見つめて、リーダーのアダルベルトはそう言い放つ。何しろ、彼女たちにはそれぞれひどい目に遭わされている。願うならば、前回の体験で最後にして貰いたいところ。

 だが、踵を返した男達の足を、カグラの言葉が引き留めた。
「これから私達二人が踊るの。あなたたちも、見ていってくれないかな? それで、ステージが終わったら、皆で一緒にお祭りを回ろうよ」
 その言葉はカグラ自身、思いも寄らない言葉だった。今の今まで考えもしない、思いっきり笑った弾みで転がり出たような言葉だけど。言った後で、それがとても素敵なアイデアのような気がしてくる。
(そう、だよね。折角のお祭り。楽しまないと!)
 シャリンも目尻の涙を拭いながら、カグラの言葉に諸手を挙げて賛成した。
「それいい考えね☆ ならあたいも一緒よ! それならあんた達も悪さが出来ないし、それに何より楽しそう♪」
 そう。この愉快なゴロツキ共を、殴って縛って官憲に突き出すよりかは、一緒にお祭りを楽しんだ方が余程素敵に違いない。突然の申し出に戸惑う男達に、カグラとシャリンはにっこり揃って笑顔を向ける。

『絶対、待っててよね☆』




 祭りは、演芸ステージだけで起きているのではない。
 人の通行量で言えば、むしろ中央通りの入り口であるここ、アーチ製作現場こそがイの一番だ。前日から用意した七色に色を付けた氷のブロック。それを通りを歩く皆にも手伝って貰いながら、最終的には祭りの顔となるべき大きなアーチを作ろうという市民参加型の企画。名付けてレインボーアーチ!
 大元の設計はエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が請け負い、熱心な市民の手伝いもあって、ぼちぼち完成が見えてきた頃である。が。

 ずしん!
 突然激しい地響きがアーチを襲う!

「ジルベール、俺は何か、非常に嫌な予感がするぞ」
「俺もや、ヴィタリーさん。そういや、イリアさんが雪達磨がどうのなんて報告、出してくれてはったっけ‥‥」

 ずしん!

 未完成の氷のアーチを押さえるヴィタリー・チャイカ(ec5023)の横で、ジルベール・ダリエ(ec5609)は市街の外へと繋がる通りに目を凝らす。地響きの音はそちら側から聞こえてきているのだ。
 繰り返される地響きに、周囲の通行人達も徐々に騒ぎ出す。




 ずしん―――!

 遠雷のようなその響きに、ぐらり、と天幕の中に拵えた薬棚が揺れた。
 同時に駆け込んでくる怪我人の群れ。
「先生! モンスターだ、アーチの所にでっかい、丸いのが現れた!」
「騒ぐな、ここは救護所だぞ!」
 サラサ・フローライト(ea3026)の一喝に、駆け込んできた者達が口をつぐむ。
「祭りの警備は万全だ。おっちょこちょいが走り回って転ぶ事以外に、危険な事など有りはしない。さあ並べ、順番に怪我の具合を診てやろう」
 落ち着き払ったサラサの物言いに、怪我人達もすぐに落ち着きを取り戻した。
 実際が、滑って転んだおっちょこちょいが大半で、モンスターを見たというのも噂だけ。慌て者が、飾りの張りぼてでも見間違えたのだ、さすが女先生は肝が座っとる、なんて話で節操なく盛り上がる患者達。サラサはそんな患者達の前で尤もらしい表情を取り繕いながらも‥‥
 実は、割と心当たりがあったのだ。
 でかくて丸くて、ずしんと音を立てる。その上キエフの冬祭りに顔を出してきそうな知り合いが。
「‥‥まさか、エンペラースノーが来たのではあるまいな? いや、まさか‥‥」
 はっはっは、なんて笑ってみたりして‥‥

 ―――その、まさかである!!




「あ、サラサさん。貴方もですか?」
「フィニィか‥‥いや、アーチ前に丸い怪物が出たと患者達が騒ぐものでな」
 人混みの中、中央通りを東へと走るフィニィ・フォルテン(ea9114)に、サラサが合流する。サラサの後ろには猫耳振り袖姿のアンも続いていた。
「ようやく管理本部の仕事も終わって、憧れの猫耳メイドさんのシフトに入ったところなんですけど。‥‥エンペラースノーさんがやってきたって本当なのかしら?」
「判らんが、予感はする。以前から時々スノーマンが街に来る事はあったしな」
「大っ変! きっと大騒ぎになってるわね」

 走りながら、彼女たちの脳裏には一体の大きな雪達磨が浮かび上がる。
 キエフの冬を統べる高位エレメンタルの一柱、エンペラースノー。その姿は簡にして潔。目と口に炭を埋め込んだ二段重ねの雪達磨。それに葉枝の口ひげを付け、マントと王冠を付けさせればもう完成。ただし、胴体側の丸の直径だけでも三メートルを越えるのだが!
 穏健な性格で、冒険者達との付き合いも深いエンペラースノーであるが、おとぼけ顔で市民を誤魔化すにはいかんせん体が大きすぎる。アンの言う通りに大騒ぎになったとしても全く不思議ではない。
(‥‥とはいえ、そもそも皇帝さんの体を大きく作ったのは、私達冒険者なんですけど‥‥)
 走りながら、フィニィはその時の事を思い返す。自分達の作った巨大雪達磨が動き出したときは、それはびっくりしたものだった。アンの言う通り、きっとエンペラースノーの周囲は今頃大騒ぎになってるに違いない。




「―――おお、お三方。こっちやこっち、待っとったんや、手と通訳が足りへんねん」
 ジルベールが、作りかけの七色のアーチの陰から、駆けつけてきたフィニィ達に向かって手を振った。
 その隣では、色付きの氷のブロックを前に、数体の雪達磨が何故か思案顔(色が付いているのが不思議なのかも知れない)。その更に向こうでは、ちょろちょろと周囲の露店を冷やかす雪達磨を追うヴィタリーと、フロストフェアリーに囲まれたエルンストの姿も見える。その隣に立っているのは、何故か顔を赤くした巨大雪達磨。

『はっはっは! 人間の祭りと言う物は、賑やかで愉快な物じゃな。これなら毎日でも山を降りてきてもいいくらいじゃよ!』

 まあなんと言うか。
 状況はフィニィ達の予想よりも随分和やかで、遙かに過酷なようである。
 どうやらエンペラースノーは、一族郎党を引き連れて御巡幸あそばされたようで、彼の引き連れたスノーマン達やスノーフェアリー達は、すっかり街のあちこちに拡散してしまっている。巨大なエンペラースノーとは違い、スノーマンなどはそこらの小さな雪達磨と見た目も中身も変わらない。そんな彼らがモンスターらしい刃傷沙汰を引き起こすとは思えないが、何しろ相手は人間世界の常識がスコンと抜けてる雪達磨達。祭りの最中にどんな騒動を引き起こすか知れた物ではない。

「すんませんが、フィニィさんはここの状況と、世間知らずの雪だるまが街歩いとる言う事、他の方にも知らせてくれへんやろか?」
「はい、それはもう‥‥」
 フィニィの超越級のテレパシーの効果範囲は十キロメートル。早速テレパシーを使って、街中の冒険者や主立った警備陣へと連絡を送り始めたフィニィの傍らで、サラサは横にいたヴィタリーに一つ質問をした。
「ヴィタリー。エンペラースノーの顔が赤いようだが、アレは一体どういう訳なのだ?」
「あれか。いや、以前から酒という物を飲んでみたかったと、近くにあった赤ワインを一樽一気に飲み干してな。その途端あのように顔が赤くなったんだが‥‥」

 それ、酔ってるんじゃなくて、雪だるまの頭に酒が染みただけじゃないだろうな?
 サラサはそう指摘をしようとしたが、すっかりその気になって騒ぐエンペラースノーと、親分の真似をして楽しげに酒を飲み始めるスノーマン達を見て、止めた。お前達は飲むだけ無駄だと指摘したところで、無粋だろう。それが彼らの酒の飲み方なのだと納得する。‥‥多少、勿体なくはあるが。




「何してるんですか? ヴィクトルさん」
『そうだぜ、旦那。今日は俺たちがお客さんなんだ、しっかり案内してもらわねーとよ』
 突然のテレパシーの着信に気をとられたヴィクトル・アルビレオ(ea6738)に、イヴァン少年と、少年の飼いケット・シーであるアルフレドが視線を向ける。
「すまないな。先程雪だるまの精霊達ご一行が街に着いたとかで、各員よく注意されたし、との連絡だったんだが‥‥」
「ああ、そう言えばボロノイを拾ってきたのは雪だるまだったんですよね。ぼくキエフにずっと住んでますけど、雪だるまが動くって、あの時まで全然知りませんでした」
 自分の名前を呼ばれたと思ったのか、ヴィクトルのコートの襟首から顔だけを出した仔猫がニャンと鳴くと、イヴァン少年も楽しそうに笑う。雪の中に捨てられたボロノイ達をスノーマンが拾ってきたのは、僅か一ヶ月前の話だ。

『しかし、旦那。その連絡はちと遅かないかい?』
「‥‥全くな」
 アルフレドの言葉に、ヴィクトルはため息をつく。
 猫に会う事を期待していた。雪達磨に出会う事を予想していた。だからって、こんなにいっぺんに集まる事ないじゃあないか?
 市街中央を少し離れたブラヴィノフ家の敷地の近くで、アルフレド率いる猫集団と、お上りさんなスノーマン達が遭遇したのはもう十分以上も前の事。スノーマンを見ると機嫌が良くなるのは懐のボロノイくらいなもので、大半の猫たちは触ると冷たいスノーマンに近寄られるのを嫌がるようだ。一方スノーマン達は走り回る猫に大いに興味があるらしく、結果、傍若無人な追いかけっこが止まらない。
 不機嫌さを隠そうともせず雪達磨に牙を向けるサイファ。その逆に、大はしゃぎで雪達磨達と追いかけっこをするイヴァン少年とボロノイ。

『本格的に手に負えなくなる前に、応援でも呼んだ方がいいかもな、旦那』
「‥‥そうしよう」




 長い長い祭りの一日。
 だが、始まりがあれば、終わりもやはりあるものだ。
 雪達磨達はその害意のない容貌が幸いしてか、結局は大過なく市民達の間に受け入れられた。この分だと「冬祭り」の名前が「雪だる祭り」に変わるのも、そう遠い話ではないのかも知れない。

 夢と希望、愛と誠、猫と雪達磨、大騒ぎのどたばたの、過労気味な運営ボランティアに大量の飲兵衛を後に残して、祭りは後夜祭を最後に、終わりを迎えようとしている。




「全く、騒がしい一日だったが、終わってみればこれもいい酒の肴だぜ」
 グラッヅォが酒を呷る。何とか言う高い酒だそうだが、名前は覚えていない。度が強くて、美味い事さえ判っていれば、酒の名前なんかに興味はない。
「飲んでるかい? レティシアちゃんよ」
「飲んでるわよ、勿論」
 レティシアが木杯を呷った。げっほ、軽く咳き込む。強すぎ。
「ははは、地獄じゃあお前さんには大層な気合いを見せて貰ったが、そんなところはネンネちゃんだな?」
 グラッヅォの髭面が曲がった。多分、笑ったのだ。

 二人の見上げる先で、完成した氷のアーチが、篝火の光を受けて七色に輝く。
 エンペラースノーの頭の上では、すっかり出来上がったアニェスとリンが、二人してどうやればエンペラースノーの頭にウサ耳を造形できるかについて、ケラケラと笑いながら打ち合わせをしていた。彼女たちが飲んでいる酒は、フロストヴァインと言う、精霊の力を利用して作った非常に珍しい酒だ。これはリン、ラザフォード、レティシア、三人のうさみみ団が力を合わせて獲得した『キエフ冬祭り第一回大賞』の戦利品である。雪と氷と、ウサ耳の味がする不思議な酒。

 少し離れたところでは、エルンストとセリヴァン男爵が、互いに飼っているフォレストドラゴンを娶せる作戦を進行中である。思えば、セリヴァン男爵の六足龍を見たエルンストが「俺の可愛いトカゲを、きっとあれくらいの立派な龍に育て上げてみせる」と宣言をしてから、もう一年半の月日が経っているのだ。可愛いトカゲだったフリーデスヴィーデ嬢も今やすっかりお年頃。

 もう一つ、何故か、アダルベルト団とカグラ、シャリンの付き合いは上手くいっていた。ぐでんぐでんに酔っぱらい、俺が悪かったと男泣きに泣き出す十数名のけも耳ゴロツキ集団に対して、上手くいったという形容が相応しければ、と言う条件付きであるが。傍目には見苦しいが、カグラは割と楽しそう。

 グラッヅォは、そんな冒険者達の姿を見ながら、杯を再び呷る。
「地獄でお前に気合いを貰った、あの時も言ったよな。全く素敵な糞野郎共。ああ、この気持ちは今でも変わらない。俺は冒険者ってぇ馬鹿共が、どうやら随分と気に入っちまったようだ。頭が足りなくて、大騒ぎで、人の話も聞きゃしない。そのくせ涙もろくて優しくて、頼まれ事は断れねぇ。準備と計画が足りなくても、気合いだけは十二分!
 全く、惚れるね。本当に素敵な糞野郎達!」
 ぐびり。
 ああ、確かに、この酒はちょっと強い。

 共に黙ったまま、レティシアとグラッヅォは七色のアーチを見上げている。
 ふと気がつくと、雪。
 暗い空から、花びらのような粉雪が舞い落ちてくる。
 寒い寒いキエフの冬。だけれど、キエフに降る雪は不思議に心に暖かい。




 いつのまにか二人の周囲を、へべれけな男共、女共が取り巻いていた。どいつもこいつも、ニヤニヤ、ニタニタ。ろくに話も聞いてねぇくせに、こういう雰囲気だけは察して近寄ってくる。どうしようもない、だけれど素敵な糞野郎共。
 雪の降る後夜祭に聞こえる、杯を打ち合わせる音、酔漢の叫び。
 その中で、誰かが言った。

 来年も、次も、その次も。こうして皆で騒ぎたいね、と。