【食道楽】龍の住まうワインセラー

■ショートシナリオ&プロモート


担当:たかおかとしや

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 32 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月12日〜08月16日

リプレイ公開日:2008年08月20日

●オープニング

 セリヴァン男爵は名うての美食家だ。
 食の求道家、探求者と言ってもよいだろう。
 美味い食べ物のためなら喜んで海を渡り、美味い酒のためなら喜んで地に潜る。

 何の比喩でもなく、上記の文章は全くの事実である。
 丁度今、件の変人男爵が、相棒のシェリーキャンと一緒に、洞窟の入り口から転がり出てきたところだった。
 ―――六本足のドラゴンに追い立てられて‥‥




 話は複雑なようでいて、割と単純。
 この洞窟はセリヴァン男爵のワインセラーなのだ。勿論、洞窟全体が、だ。
 十数年前にセリヴァン男爵自身がこの洞窟を発見した時、彼は大いに喜んだ。洞窟の中は湿度も温度も一定で、まさにワインの貯蔵庫としては理想的であったから。男爵はすぐさまこの洞窟を自分専用のワインセラーに改造し、せっせとワインを運び込む。多少山深いところが不便ではあったが、腰を据えて酒を熟成させるにはその程度が丁度良いと、男爵自身は苦にもしない。
 以来十年。この洞窟で熟成され、毎年運び出されるワインは隠れた名品として、ロシア貴族界と、何より男爵自身の舌を楽しませてきたのだった。‥‥あの忌々しい、六本足のドラゴンが洞窟に住み着くまでは!!

 洞窟に入り込んだのは、男爵自身と相棒で貴腐妖精のシェリーキャン、そして幾人かの使用人達。一行は怒れる六つ足ドラゴンに洞窟から遙か外にまで追い散らされる。散々に人間を追い立ててようやく気が晴れたドラゴンが洞窟に踵を返す迄に、男爵達は都合五回は死にかけた。
 命をすり減らした結果、一つ判ったことがある。
 男爵のワインセラーは、今はもう、完全にあのドラゴンのものだということだ。

「旦那様、無理ですよ。帰りましょう。ワインを飲む前に、こちらがドラゴンに飲まれてしまいます!」
「むむむむむ」
「そうよ、セリヴァン。飲み食い道楽もいい加減にしなさいよ。ほら、またシェリーキャンリーゼ、作って上げるからさ?」
「むむむむむむむむむ!」
 使用人達と、肩に乗ったシェリーキャンに交互に諫められるセリヴァン男爵。使用人の言うことはもっともだし、男爵の敷地の葡萄畑に住み着いたシェリーキャン、彼女の作る貴腐ワインがまた美味いのだ。なんと言っても男爵だって命は惜しいし、食べるのならともかく、食べられるのは真っ平御免だ。
 だがしかし。

 魂が諦められないのだ!

 自家製ワインはまだいい。買い込んだ、高級ワイン「プランタン」もしょうがない。
 しかし! 洞内の奥、ワインセラーの最奥に秘められし極上の魔酒、魅酒「ロマンス」だけはどうしても諦められない。キューピッドの祝福を受けたというあのワインを去年手に入れる迄に、一体どれほどの苦労をしたか。一度手に入れた後、より味が熟成させるためにワインセラーに収めてからも、その味を想像しては、幾夜眠れぬ夜を過ごしたことか。
 そう、彼はキューピッドの酒に恋している。
 ドラゴンには食われたくない。しかし、ワインは飲みたい。
 飲まいでおくべきか!

 ―――散々迷って、男爵は突然、あっけなく正しい答えに辿り着く。
「‥‥よし、お前達、キエフに帰るか!」
「ああ、旦那様。それがようございます! そうとなれば長居は無用、今すぐ帰り支度を!」
 唐突に明るく言い放つ男爵の言葉に、安堵に胸を撫で下ろす使用人達。
 さっさと山を下り始める男爵達に、シェリーキャンは当惑。虫羽根をパタパタ羽ばたかせて、男爵の周囲を飛び回る。
「え、ちょっとセリヴァン、どうしたの? 急にニコニコしちゃってさ。ワインはもう諦めた?」
「まさか!」
 言って、男爵はにっこり。
「私は諦めないぞ。今までも、これからもだ!」
「‥‥う゛。実際には多分全然そんなことないのに、セリヴァン、ちょっとカッコイイ‥‥」




 翌日。冒険者ギルド。
 受付嬢は、先ほど受けたばかりの依頼書を、溜息をつきながら読み返す。
「あの男爵様も、ホント懲りないわね‥‥」

 『依頼内容:ワイン樽搬出作業(ドラゴンに注意の事)』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

●依頼の目標
 ・六足の怪物、フォレストドラゴンの居座る洞窟の奥から、魅酒「ロマンス」の小樽を二つ、持ち帰ること(それなりに重いです)
 ・さらに余裕があれば、ワイン「プランタン」の樽も持ち帰ること(こちらは大樽です。かなり重い)
 ・報酬は持ち帰った樽に応じて増減します。お金の代わりに、酒類アイテムのプランタン、もしくはシェリーキャンリーゼを要求するのも可です

●洞窟について
 ・キエフから山までは馬車で一日。山の麓で馬車を降りてから洞窟まで、徒歩で二時間。山の麓まではセリヴァン男爵の馬車で移動します
 ・洞窟内の地図は事前に用意されています。ワインは種類別に、それぞれ洞内の各部屋に分けて置かれています
 ・ロマンスの小部屋、プランタンの小部屋、自家製ワインの大部屋は、どれも入り口付近の、広場状の太い通路(ここがドラゴンの巣です)を抜けた先にあります
 ・三つの部屋の入り口には、それぞれ鍵の掛った木製の扉が取り付けられています。鍵はセリヴァンから渡されています
 ・洞窟には、さらに奥へ向かう通路が存在します。特に奥に興味のなかったセリヴァンは、奥へと続く通路にも扉を付け、封印してしまっています。この扉の鍵は、冒険者には渡されていません

●今回の参加者

 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 eb7693 フォン・イエツェラー(20歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0199 長渡 昴(32歳・♀・エル・レオン・人間・ジャパン)
 ec2843 ゼロス・フェンウィック(33歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ec3096 陽 小明(37歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

 巨大な生き物が向かってくる。
 左右に深い森の広がる、細い山道。
 初めにそれに気がついたのはゼロス・フェンウィック(ec2843)だった。ブレスセンサーにビンビンに響く、尋常ではない、巨大な動物の呼吸音。
「みんな、気をつけろ! 斜め前方、すぐにくるぞ!!」
 その声に、抜刀し、後衛陣を庇って先頭に並び立つフォン・イエツェラー(eb7693)と長渡昴(ec0199)。彼ら自身にもそれが間近にいることは、はっきりと肌に感じられた。

『来る!!』

 重なる、長渡の声とゼロスの警告。
 前方の深い藪が爆発したかのように弾け飛び、冒険者達の眼前にそれは姿を現した。六足の翼のない龍。確かにフォレストドラゴンそのものだった。しかしこれは‥‥
「でかい!」
 後方に下がりつつ、思わずエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が言葉を洩らす。
 彼の飼っている、六本足の可愛らしいトカゲとは似ても似つかぬ凶獣。それは、標準の成体よりもさらに一回り以上も大きい、全長八メートルはあろうかと言うほどの怪物であった。
 ドラゴンがその凶猛な視線を冒険者達に向けた。顎を反らし、息を呑み―――

 ガォォオオォォオォォォォォ―――――――――ンッッツツッッッッ!!!

 咆吼!
 周囲の樹木が震え、葉が引き千切られるほどの龍の雄叫びを、しかし、ディアルト・ヘレス(ea2181)は恐れない。ドラゴンスレイヤーの鞘を振り払い、ドラゴンの正面に対峙する。ディアルトに続き、他の冒険者達も次々にドラゴンに刃を向けた。

 ‥‥最早、戦いは避けられないのか?




 ―――時間は少し、巻き戻る。
 冒険者達が山でフォレストドラゴンに遭遇した、その前日のこと。
 キエフを出発した当日の晩、冒険者達には約束通り、セリヴァン男爵の手料理が振る舞われていた。
 即席の竃が用意され、巨大な鍋が火に掛けられる。惜しげもなく鍋に投じられた具材が、まるで魔法のようにして、ボルシチに変わっていく。
 男爵手ずから器に盛られた濃厚なスープを口にして、一同が唸る。旨い。
「成る程。拘るだけのことはありますね。‥‥しかし」
 フォンはスープの木椀を抱きながら、背後を振り返った。
 そこに並ぶのは、二頭立ての馬車が二台に、冒険者達が持ち込んだ馬が総勢七頭。モンゴルホースからペガサスまで混じった、ちょっとした隊商並みの大所帯に苦笑する。
「‥‥ワイン三樽を取りに行くだけにしては、少し大仰すぎるのでは‥‥」
 旅慣れたフォンだが、野営先でここまで手の込んだ食事を取ったのは初めてだ。
 一方のセリヴァン男爵は、まるで気にする様子もない。
「なに、折角依頼を引き受けてくれた歴戦の冒険者達だ。不味い料理は食べさせられんよ! それに、ワインワインと言いつつ、相手はドラゴンだからな。イザというときのために、諸君に力を付けて貰わんことには、私も困るのだ」
 ‥‥なにやらボルシチでドラゴンに喧嘩を売れと言われてるような気もするが。
 フォンは一口食べて、また唸る。確かに力もつきそうだ。

「男爵殿、そのドラゴンについてなのですが‥‥」
 ひとしきり場に舌鼓が鳴り響き、ようよう腹が膨れたところで、冒険者たちは男爵に質問をする。
 初めに手を挙げたのは陽小明(ec3096)だ。
「ドラゴンに追われたその時、相手の様子はどのようなものでしたか?」
「そうそう‥‥はぐはぐ‥‥、尻尾踏んじゃったとか、角に足引っかけたとか蹴飛ばしたとか‥‥はぐはぐ」
 小明の質問に、未だスプーンを離さぬままのシュテルケ・フェストゥング(eb4341)が言葉を被せる。はぐはぐ。
「ぜーんぜん。洞窟に入って、なんか中にいるなーと思った途端にパックンチョッ! って感じだったわ。あんまり突然で、挨拶する間もなかったもの!」
 男爵の代わりに、傍らのシェリーキャンが質問に答える。彼女が身振り手振り、オーバーアクションでパックンチョッ! を表現すると、男爵もそれに同意した。
「そう。まるで、冬篭もりに失敗した熊か、手負いの狼のような案配だった。他人のワインセラーに勝手に居座っておきながら、一体何が気に障るのか? ドラゴンの気持ちは判らんもんだよ」
「ふむ、妙な話だ。本来、フォレストドラゴンはそこまで凶暴な相手ではないはずなのだが」
 自らもドラゴンの幼生を飼育中のエルンストは男爵の言葉に首を捻る。
「‥‥しかし、そうなると、誘き出すのは簡単でも、交渉をするのは難しいかもしれないな」
 呟くゼロス。
 その言葉に、男爵は意外そうにゼロスを振り返る。
「ほう、交渉か?! 冒険者とは面白いことを思いつくものだ。私の見たところ、相手は控えめに言っても飢えた魔獣といった面構えだったが、それでも交渉は成り立つものだろうか?」
 ゼロスは一瞬言い淀む。
 代わりに、横合いからサラサ・フローライト(ea3026)が口を開いた。
「人は人だ。男爵、貴方の言うように、所詮人にドラゴンの気持ちは判らない。それでも、意味もなく暴れるだけの生物も、またいないのだ。利があれば応じる。楽しければ笑う。腹が減れば不機嫌になる。‥‥意外に、生物などみなそのようなものだよ」
「利と言ったな? ドラゴン相手に示せる利とは何だろうか?」
「その美味いボルシチを食べさせるのもいいが‥‥」
 男爵の問いに、サラサは愉快そうに、ちらりと大鍋に視線を送る。
「‥‥差し当たっては、移住の提案。代わりとなる住処の提供だな。男爵、近在でドラゴンが入れるほどの洞窟は他にないものだろうか?」
「移住か。確かにそれが出来れば万歳かもしれん。確か、ワインセラーのある洞窟のさらに上にも、多少小さいが洞窟を一つ見た記憶が‥‥‥‥」




 夜も更ける。
 僅かな竃の残り火に、満天の星明かり。
 大鍋の近くでは、男爵とサラサ、その他の冒険者達が明日の交渉の内容について話し込んでいる。

 そこから、ほんの少し離れた場所で、ディアルトは剣の手入れをしていた。彼が携える得物は「ネイリング」ドラゴンスレイヤー。竜殺しの魔力を秘めた名剣である。
「―――ドラゴンスレイヤー、とお呼びしてもよろしいでしょうか? ディアルト殿」
 長渡がそう言って、ディアルトの傍らに腰掛けた。
 ジ・アースは広く、冒険者もまた多い。されどドラゴンスレイヤーの称号を持つ者は多くない。そして彼女の目前の寡黙なテンプルナイトこそは、その栄誉に讃えられし数少ない勇者の一人だった。
「皆が向こうで話している、交渉は成功するでしょうか? 本音を言うと、ドラゴンと正面切って戦うことは避けたいのが正直なところですが‥‥」
 長渡も刀を抜く。
 名刀「法城寺正弘」。その魔力を帯びた刀は、ネイリングほどでないにしても、おさおさドラゴンの鱗に遅れをとるようななまくらではない。それでも、刃を振るうのは結局の所、人間だ。不安がないと言えば、嘘になる。
「知能の低いフォレストドラゴン相手では、交渉の決裂する可能性も高い。‥‥そしてドラゴンは強い」
 ディアルトはドラゴンスレイヤーの切っ先を宙に向ける。
 両刃の剣身を、竃の赤い光が鈍く照らす。
「私の称号は、決して一人で得たものではないよ。仲間を信じることだ、昴殿。私も、仲間を信じている。それさえ忘れなければ、交渉の結果がどうなろうと、慌てることは何もない」
 明日も早い。そう、ディアルトは言葉を続けて立ち上がった。
 剣を鞘に収め、夕べの内に張ったテントに向かう。

 長渡は刀を手に一人、星を見上げた。
 地平線の向こうに、天の星を隠す暗い山の形が浮かんで見える。
 ‥‥あの山には、ドラゴンが住んでいる。




 翌日。冒険者達八人は、一路ドラゴンの住まうワインセラーへ向かう。
 山の麓に馬車を止め、冒険者一行は荷運び用に各々の馬を率いて山道に分け入った。
 ペガサスに跨り、定期的に上空からの偵察を行うディアルト。ゼロスやエルンストの使用するブレスセンサーが、周囲百メートルの生物を監視する。
 それでも、冒険者にはまさかの思いがあった事は否めない。急峻な山道を登っていた一行がドラゴンに出会したのは、巣の遙か手前、山に入ってから僅か一時間後のことであった。




「え、なんだって?」
 ドラゴンの周囲を冒険者達の剣林が取り囲む。
 その後方で、サラサは何とかテレパシーによってフォレストドラゴンの意思を読み取ろうと努力していた。だがドラゴンの意思はひどく感情的で、サラサにも断片的にしか読み取る事は出来ない。

(飲めない! むかつく! ぶっとばす!)
 何しろ、ドラゴンの真っ赤に茹だった脳みそからは、そんな言葉しか読み取れないのだ。
「おちつけ。私達はただ戦いに来ただけではないのだ。一体、何をそれ程怒っているのだ?」

(狭い、通れない、欲しい、飲めない!)
 ドラゴンの咆吼。
 尾の一撃を食らった長渡が吹き飛ばされ、小明が辛うじて牙の一撃を避ける。
 倒れた長渡を助け起こしたフォンが、代わりに盾で尻尾の打撃を受け止めた。盾が砕けるかと思う程の衝撃。横合いから斬りつけたディアルトのドラゴンスレイヤーが、ざくりとドラゴンの厚い鱗を引き裂き、深い傷を負わす。
(痛い! むかつく! 飲みたい! 痛い、殺す!)

「‥‥えい、このままでは埒があかん」
 ドラゴンの思念は、当初の怒りから、徐々に戦闘そのものに対する怒りへと変わっていった。このままでは、最早ドラゴンを殺してしまうより、打開の道がなくなってしまう。
 思い立ったサラサの行動は素早かった。
「おい、サラサ。どうした? 前に出ると危ないぞ」
 ともすればドラゴンを刺激しそうな外見の荷運び用のアイアンゴーレムを、後方に下げようとしていたエルンストが、スタスタと無造作に前方へ向かうサラサの行動を見咎める。やや下がって、ドラゴンから後衛職を守っていたシュテルケもサラサの突出に気がついた。
「わわ、ちょっと、サラサさん、危ない、危ないって!」
 何しろ、ほんの数メートル前方では、ドラゴン相手の大乱闘の真っ最中だ。シュテルケは慌ててサラサの前方に立って彼女を守ろうとするが、それはもう、危ないどころの話ではない。案の定飛んできた丸太のようなドラゴンの尾を、シュテルケは必死の思いで剣で受ける。サラサが後ろだ、避けるわけにはいかないのだ。
「サラサさん、やばいって、ホントに! とゆーか、俺がヤバイ‥‥」
 頭上から、受け止めた剣ごと押し潰さんとする尾を、シュテルケは何とか両腕で支えようとする。ドラゴンとシュテルケが均衡状態に入った事によって、一瞬、山に静寂が戻る。
「サラサ?」
「サラサさん?」
 前衛の冒険者達もサラサの行動に気がついた。
 サラサは尾とシュテルケの脇を通り、ディアルト、小明らの前に立つ。

(こいつ! お前は何だ!)
 ドラゴンは尾に力を込めながら、不遜にも、彼の眼前に立ちはだかったエルフの女を睨付けた。
 サラサは、憤怒に赤く染まるドラゴンの目を真っ向から見つめ返す
「‥‥ようやく私を見てくれたな、六足の主よ。さあ、言え。不満は何だ。場合によっては、私たちがお前の不満を取り除いてやろう」
(不満! 狭い! 届かない! 飲みたい! 飲めない! すぐ近くにあるのに!!)
 六足の足が地団駄を踏み、ドラゴンはその巨大な洞のような顎門を全開に広げる。
 あわや毒のプレスかと身構える冒険者達の眼前で、ドラゴンは口からありったけの思いの丈を吐き出した。

 グルルルォォォオォォオォォォ――――――――――――ン!!!!!
(巣穴の奥の、樽の中身が飲みた――――――――――――い!!!!!)




(ワイン。美味い。気持ちいい♪)
 フォレストドラゴンは前の二本足で器用に樽を抱え、浴びるようにしてワインを喉に流し込む。エルンストから提供された大きな鯉やナマズ、新巻鮭はつまみ代わり。メートル越えの大ナマズも一口だ。
(魚旨い。人間、いい奴。女、さっきは殴って悪かった。痛くないか?)
 魚を酒で流し込みながら、ドラゴンが、先ほど尾で殴り倒した長渡に頭を下げた。酒の匂いが、獣臭に混じって鼻をつく。
「‥‥い、いいえぇ‥‥。お、お気になさらず‥‥」
 サラサに通訳をして貰っていても、凶悪な面構えで酒を流し込むドラゴンの姿はまだ慣れない。顔を寄せられて思わず後ずさる長渡の様子を見て、ドラゴンは又楽しそうにワインを流し込む。

 美味そうな酒の匂いに釣られて、男爵のワインセラーに住み着いた変わり者のフォレストドラゴン。
 彼の不幸は、その巨体ではワインを収めている奥の細い通路を通れなかったことだった。匂いで、ほんのすぐ近くに美味そうな飲み物が並べられているのは分かる。しかし、散々奮闘しても、どうしても樽には手が届かない。
 不機嫌の極みにあって、当たるを幸い山中を荒らし回っていたドラゴン。サラサの通訳で事情を知った冒険者達の仲介の結果、男爵とドラゴンとの間には以下のような盟約が立てられた。

『定期的にワインを提供する代わりに、男爵のワイン樽の搬入搬出を認めること。
ワインセラーのワインを狙う不埒者は、ドラゴンが責任を持って追い払うこと』

 男爵とドラゴンは、ともに盟約を受け入れた。




「はっはっは。私の酒の味が分かる奴に、悪い奴などおらんのだ! さあ飲め、やれ飲め。どんと飲め!」
 上機嫌で酒を周囲に勧めて回る男爵。
 冒険者達が洞窟から運び出したワイン樽は、プランタンや魅酒ロマンス、一部の自家製ワインを除いて、その多くがドラゴンの饗宴に供された。昼日中であろうが気にしない。もちろん冒険者達の全員がご相伴に与っている。ドラゴンの周りは、早くも恐怖を克服した、シェリーキャンやフォンのペット妖精のリセ、シュテルケなどの忘れっぽい面々で騒がしい。好き勝手に保存食をやったり背中に跨ったりと大胆この上ない所業だが、ドラゴンに怒った様子も見られない。

「エルンストさん、随分美味しそうなお酒を飲んでますね?」
「ああ、これか? 鯉とナマズのお礼にと、男爵が特別にな」
 ワイン片手にドラゴンの様子を眺めていたエルンストに、小明が声を掛けた。
 差し出された小明のコップに、エルンストはプランタンを注ぐ。男爵の宝物の一つで、気軽に飲める安酒ではない。龍に対する振る舞いといい、男爵がただのケチな美食家でないことは確かなようだ。
「小明。俺は決めたぞ。俺の可愛いトカゲを、きっとあれくらいの立派な龍に育て上げてみせる」
「あれぐらい、ですか‥‥」
 苦笑する小明。
 折しも、皆に囃し立てられたドラゴンが、ワイン樽の一気飲みに挑戦しているところだった。

「苦労するぞ、エルンスト」
 傍らで、男爵の自家製ワインを呷っていたサラサが笑いながら杯を掲げる。
 深い紫の色合いが、陽の光に煌めいた。
「酒とは誠に偉大な代物だが、飲み汚いところまでは、精々似せんようにな」
 くいと一口。
 それは、龍をも魅了した極上の酒―――