捕われの子
|
■ショートシナリオ&プロモート
担当:谷口舞
対応レベル:1〜3lv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月17日〜12月22日
リプレイ公開日:2004年12月23日
|
●オープニング
「さあさ、よってらっしゃい見てらっしゃい! 世にも珍しい獣だよ!」
朗々とした男の声がシレンの村に響き渡った。
何のことかと覗きにきた街の人々を男は手招きして馬車の中へと誘う。
「この中にですね、なんと人の言葉をしゃべる赤目の獣がいるんですよ。おっと、姿を見たければ金を払っていって下さいな。お代は3c(カッパー)‥‥ささ、払った払った」
馬車の中は厚い布に覆われ、暗くて良く分からない。だが、何か木製の檻のような物が中に入っているのが見えた。
「獣は噛み付いたりしんかね?」
「今は大人しくしてるから大丈夫ですけど、下手に刺激を与えないでくださいね。こいつは火が苦手でしてね、中は暗いですが、そのランタンは置いていって下さいよ」
まるでその炎を見せさせたいかのように、男は村人にささやきかける。
「よし、おらが見てくるだ」
意を決して、村人の1人がゆっくりと馬車の中へ入っていった。
しばらくした後、彼は顔を青ざめさせて出てきた。何がいたのか問いかける村人達に、彼は恐ろしい化け物が中にいると答えた。
「匂いもくせぇし、髪はぼさぼさだし‥‥人の子のような姿ぢゃったが、あんなの人じゃねえ、化け物だ‥‥」
「ねえ、僕達も見ていい?」
いつの間にか集まってきていた子供達が興味深げに声をかけてきた。中に入ろうとする子供を男は慌てて制止する。
「金を払えガキ共! 銅貨1枚も払えないんじゃ、中に入れさせてやらん!」
「けちー」
「見たいなら親を連れて来るか、金を貰ってこい。あと5日はこの村にいる予定だからな、時間はたっぷりあるだろ? さ、帰った帰った」
そう言って追い払う男をにらみ付けながら、子供達は仕方なしにそれぞれの遊び場へと戻っていった。
その夜。
ひとりのシフールが話題の馬車へ訪れた。昼間追い払われた子供達の1人である。彼は隙間からこっそり中に入り込むと、噂の生き物のいる牢へと近寄った。
光が入らないように分厚い布で覆われているためか、馬車の中は空気が淀んでおり、ひどくすえた匂いが充満していた。ふん尿と汗の入り交じった匂いに、くらりと意識を失いそうになる。
「ひどいなぁ‥‥こんな中にいたら、誰だって気が変になっちゃうよ‥‥」
寒い時期だからこそ、匂いが抑えられているためまだ耐えられる。しかし、暑い時期のここは想像を絶する悪環境だろう。
「‥‥そこにいるの‥‥だれ‥‥」
檻の中から聞こえてきた声に、シフールは体をこわばらせる。
「ほ、本当にしゃべった‥‥って、君‥‥エルフ?」
長い髪の隙間から伸びる鋭い耳。エルフの血を引き継ぐ者の証である。よく見ると、幼い少女のようだ。長い間閉じ込められているせいか、体中薄汚れており、手足につけられた枷で皮膚が擦り切れ、血がにじみ出している。
「おいら1人じゃここから助けだせそうにないし‥‥うーん、誰か呼んできた方がいいかな」
「‥‥だめ‥‥だめ‥‥そんな、ことしたら、あなたが怪我をしちゃう‥‥」
「大丈夫、こう見えても俺だって冒険者の端くれなんだぜ。あんなおやじ、一発でやっつけちゃうよ」
「ちがう‥‥わ、たし‥‥みんなを傷つける‥‥禁忌に触れた子だから‥‥おとうさんも、おかあさんも‥‥わた、し‥‥」
少女は声を殺してすすり泣き始めた。まさか‥‥と思いながらも、シフールはつとめて明るく告げる。
「平気だよ、誰も君を傷つけないさ。それより早くここを出た方がいい、そうでないと死んじゃうよ。ここからすぐ近くにキャメロットっていう大きな街があるんだ。そこに俺と同じ冒険者が一杯いる。君を無事に助け出してくれる強い味方が、ね」
待ってて、とささやき。シフールはするりと夜空へ飛び立っていった。
ーーー
「これは、かなり難しい依頼ね‥‥ギルドとしては紹介出来ないわ」
詳細を聞いていた冒険者ギルド受付係はひとつ息を吐き出した。
「何でだよ、子供が捕まってるんだぜ! それもひどい目にあってる! 助けてあげられないのかよ!」
シフールは地団駄を踏んで大声を上げた。それを横目に見ながら、受付係は冷静な答えを返す。
「確かに虐待されているのはかわいそうですけど‥‥その所有者である男性と交渉する費用はありますか? 男性の許可なしで少女を助け出す行為は、窃盗に当たりますよ。第一、彼女を保護した後のことは考えていますか?」
依頼の報酬金も出せない、となると仕事として冒険者に紹介するわけにもいかない。助け出した後のことも考えると、リスクがあまりにも大きすぎる。
人ひとりの命を助け出す行為は、同時にその相手の命を預かる責任を負う。ましてや今回の依頼は、曲がりなりにも保護者(とも思えない対応だが)から幼子を引き離すのだ。彼女を今後どうするか、ということも考慮に入れなくてはならない。ギルドは保護施設ではない、彼女は全く身寄りのない状態へとなるのだ。
「‥‥分かったよ‥‥ほら、これでいいだろ」
シフールは数枚の銀貨をカウンターに転がした。
「おいらの全財産。これであの子を助けるのを手伝って欲しいんだ。彼女を助けた後のことはおいらが何とかするよ。それより、早くしないとあの馬車が逃げちまう! 次はどこに行くか知らないし‥‥今がチャンスなんだ。よろしく頼むよ!」
受付係は1枚1枚丁寧に拾い上げ、手早く書類にサインを入れた。
「‥‥分かりました。では、適切な人材を紹介しますね」
●リプレイ本文
●scene01
その日の朝。
いつもより早く目を覚ました彼は自分の馬車へと足を運んだ。
「ん‥‥? 客、か?」
見慣れぬフード姿の旅人らしき人物達が、馬車の近くに集まってきていた。彼らは馬車の中を覗くそぶりをさせながら、互いに何やら話し合っている。
いいカモが来たな‥‥と、内心ほくそ笑みながら男は旅人達に声をかけた。
「お客さん、うちに何か用かい? 見せ物が見たいのなら、まだ準備が終わってないんだ。少し待ってやっちゃくれないかい?」
「この中に珍しい獣がいる、と伺ったのだが、見せてもらえるか?」
「ええ、いいですとも。ただね、まだ獣のやつは寝てるだろうから、ちょいと準備が必要なんでさぁ」
言うと、男は御者台に潜ませてあったたいまつを握りしめて中に入ろうとした。呼び止めるようにフード姿の男性が声をかける。
「もう日も出ているのに、たいまつなんかが必要なのか?」
「中はちょいと暗いんでね、明かりが必要なんですよ。まあ黙って待っててくださいや」
程なくして、馬車の中から男の張り上げる声と何かが強くぶつかる音が響いてきた。
男の声に混じって子供の叫び声らしきものを聞き、旅人の1人が馬車へ歩み寄る。
「遙さん、待って下さい‥‥今行っては計画が水の泡になってしまいます」
「あんな声聞かされて、落ち着いていられるわけがないでしょう‥‥!」
「ですが、ここは計画通り行くのが得策ですよ」
ちらりと彼はフード越しに村の方を見つめた。畑仕事前に見物しに来たのだろう、農作業姿の村人達が不思議そうにこちらを眺めている。
「あまり騒ぎ立てるとやっかいだ。今は様子を見た方がいい」
仲間達に言われ、彼女―霞遙(ea9462)―は奥歯を噛み締めながら、そっと馬車から遠ざかった。
「お客さん、お待たせしました。どうぞお入りください」
分厚い覆いの隙間から男が顔を覗かせる。彼らは1人づつ馬車の中へと入っていった。
●scene02
「1、2、3枚っと‥‥大分たまったな‥‥そろそろここもおさらばするかな‥‥」
大事そうに銅貨を懐へ納め、男はやや浮き足ぎみに酒場へと向かった。1階のマスターに軽く声をかけ、階段を上る。
この酒場の2階は休憩所兼宿場になっており、わずかな個数ではあったが部屋が設けられていた。ここは部屋の掃除の時以外あまり従業員も上がってこないため、密会や逢瀬の場所として良く使われていた。
その中の一番奥にある部屋の扉を彼は開けた。部屋で待っていた男性は椅子から立ち上がり、彼を迎え入れた。
「待たせたな。えーっと‥‥」
「初めましてゲイルさん。私はアレクサンドル・ロマノフ(ea8984)と申します。お話の方はレオン・クライブ(ea9513)と巫夕緋(ea8844)の方から伺っているかと存じますので、早速本題に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
互いに握手を交わし、アレクサンドルは男を席へと案内する。
彼が腰を下ろすのを確認し、アレクサンドルは静かに話しはじめた。
「実はさる貴族の方が珍しい獣を集めておりまして、コレクションのひとつに是非ともゲイルさんの獣を加えたいとおっしゃられまして‥‥」
●scene03
「交渉、上手くいきますでしょうか‥‥」
店の前で佇み、遙は傍らにいる神城降魔(ea0945)に問いかけた。
「あの男、欲深そうだったからな。変なことを口走らなければいいが‥‥」
最初に声をかけた時、彼は煩わしさを露にさせていたが、レオンが小銭を握らせた途端、表情を一変させた。金をちらつかせて交渉させれば上手くいきそうな気配ではあった。ただ、それだけにこちらの交渉ラインを超えた要求を見せるのでは、という不安も隠せない。
「交渉が得意な人間が2人もいるんだ。何とかなるだろう」
レオンの商業の腕前と夕緋の話術があれば問題はないだろう。もっとも、正体がバレればまともな交渉は望めない。話し合う程度では気付かれないだろうが、やはり気が置けないのは正直な心境である。
「ところでミュールの方の準備はどうだ?」
「それなりにうまく進んでいっておられるようです。でも、ミュールさんが動かなくても済むのが一番なんですよね」
彼の役どころは下手をすると村に大きな混乱をもたらす恐れがある、と遙は言う。確かにな、とつぶやきながらも降魔は苦笑いを浮かべた。
しばらくして男が店から出てきた。革袋を大事そうに抱え、周囲を気にしながら馬車へと向かっていった。
その後ろ姿を眺めながら降魔はやれやれとため息を吐いた。
「さて、戦況を聞きに行くとするか」
降魔の言葉に遙は小さく頷き、そっと入り口の扉を開けた。
●scene04
交渉を追え、彼らは階下の酒場へ降りていた。和やかな雰囲気をみると、交渉はうまくいったようだ。
「とりあえず手付けで5G。今日の夜、引き渡しと一緒に残りの金を払うことになったよ。今は人目も多いし、あまり目立つことはしたくないそうだ」
「‥‥その話信用出来るんだろうな?」
「そう思って契約書にサインをしてもらったよ」
そう言ってレオンは一枚の書類を差し出した。書類の最後に男のものらしき拇印が押されている。
「何かあった場合、これを証拠に使って話を進められる。この契約書がある限り、彼は少女を所有する権利を失っているんだからな」
男と契約した内容は以下の通りだ。少女の保護権の一切を放棄し、少女に関して今後一切の関与を求めないこと、今回の契約に関しては請負人であるアレクサンドル氏を通すこと。これだけの内容をあっさりと認めたのも、彼らの手腕のなせる技と金の力があってこそのことだろう。
「おい‥‥おまえら見てみろ」
ふと、外を眺めていたレオンが眉をひそめる。半開きだった鎧戸を少し閉じ、じっと窓の外に注目していた。
「どうした?」
「あの男‥‥出立の用意をしてるようだぞ」
「‥‥しまった! そういうことか‥‥!」
はっと息を飲み、アレクサンドルはガタリと立ち上がった。
「あの男、手付け金だけもらって逃げるつもりだったんだ。値段や貴族ことを聞く割に、やけにあっさり承諾したのはそういうわけだったのか‥‥」
「それじゃ、最初から裏切るつもりだったというのか? その書類のことは知ってるんだろう?」
「偽造書類だとでも言い訳するのかもしれないね。とにかく、逃げると分かったのならこちらも対策を変えよう」
「そろそろ俺の出番、だな」
一行より少し離れた席にいたミュール・マードリック(ea9285)がフードを上げながら言った。傍らに立てていた剣と大きな皮袋を背負い、ゆったりとした歩みで外へ向かっていく。
「それでは私も‥‥」
軽く一礼した後、ミュールの後を追うように遥は店を出ていった。
「さて、と。こちらも準備をしなくてはいけないかな」
「もう用意は出来ていますよ」
そう言って夕緋はにっこりと微笑み。足下に置いてあった鳥かごを皆に見せるように机に置いた。
●scene05
この村の人々の楽しみといえば、1日の仕事を終えた後の夕食だろう。暖かいスープと上手い酒、それに仲間達との会話があれば最高だ。
いつもは村で起こった下らないうわさ話が殆どだったが、ここ数日はもっぱら見せ物小屋の獣の話でもちきりだった。薄暗い闇の中で暴れ回る小さなヒトガタの獣。鎖に繋がれているとはいっても、今にも食いかかって来そうな凶暴な振る舞いぶりを、まだ見ぬ仲間達へ彼らは大げさに語っていた。話は徐々に装飾され、オーガの子だ、いやゴブリンの化身だとはやし立てる者までいた。
食事を終え、それぞれの家に戻ろうとした時のことだ。
村の入り口にある馬車に見知らぬ2人が佇んでいた。暗くて容姿は良く分からなかったが、その中の1人は怪我を負っているようだ。
村人達が駆け寄り、彼等に問いかけた。
「おい、どうしたんだ!?」
怪我を負っている右腕をかばうように抱え、ミュールは淡々と彼らに告げる。
「‥‥そこで奇怪な獣に襲われた‥‥やむなく斬ったのだが取り逃がしてしまったようだ。深手を負わせたので、今頃は力尽きてるだろう」
「だろうって‥‥生きてたらどうすんだべ!? 勝手に斬っておいて‥‥あんた、責任取れるんかよ?」
「んだんだ。ああいう獣ってのはしぶとい生きモンなんだ。きっと仲間呼んで報復にくるさ‥‥」
「こちらも仕方なくしたことだ、多少は許して欲しい。それに、獣というものは人が思うより賢い生き物だ。人の多い所にはそうそうとやって来ないはずだ」
「‥‥あんた、何か隠してないべ?」
ずいっと村人の1人が歩みよる。ミュールの背後にいた遙の姿を見て、彼は小さく声をあげた。
「あんた‥‥確か、あの獣の飼い主と話しとった奴らの仲間じゃないか?」
「そういや今朝方、馬車で何やらやってたのを覚えとるぞ。そうか、あの獣があんまり珍しいんで盗ってこうとしやがったんだな。手癖の悪い奴らめ!」
「ミュールさん、どうやら話しても無駄のようです。行きましょう」
「ああ‥‥」
傍らにいた幼子を抱きかかえ、ミュールと遙はそそくさと村の出口へと向かっていった。
程なくして、千鳥足ぎみの男が歩いてきた。ずいぶんと酒を飲んだのだろう、ご機嫌な様子で村人に声をかけた。
「よお、俺の‥‥馬車にぃなんか、ようかい?」
「おいあんた! あんたが持ってきたあのバケモンが逃げ出したんだよ、どうしてくれんだ!」
「あー? 逃げられるわけないぜぇ‥‥なにせ、ヒック、がんじょーな鎖でしばってあるんだからよぉ」
「ほら、馬車を見てみろっ。あちこち壊れてるし、血が付いてるじゃないか! これをどう説明するんだ!?」
「あー‥‥さぁなぁ‥‥」
「‥‥おい、こいつを酒場に連れていこうぜ。たっぷりと仕置きしてやる‥‥」
男は両腕を捕まれ、引きずられるように連れていかれた。
その様子をすれ違いざまに眺め、夕緋はあらあら、と口に手を添える。
「何か、変なことになってない?」
鳥かごから少年の声がした。夕緋がそっと入り口の扉を開けると、シフールの少年がひらりと飛び出してくる。
「ま、酒も欲も程々が一番ってことだな」
肩をすくめて飽きれたように降魔は苦笑いを浮かべた。
●scene06
村を出て真っすぐ東へ行くと小さな川に差し掛かる。一行はそこで一旦落ち合うことにしていた。
食事と暖とりのためのたき火を起こすまでの間に、簡単にだが水で少女を浄めてやった。
少女の体力はほぼ限界に近く、自分の力では立ち上がれない程だった。体中の火傷と鎖ですりきれた両手首の痣はおそらく一生残ることだろう。
「しみるか‥‥?」
出来る限り優しく降魔は少女の体を拭いてやる。
彼女はわずかに首を振り、平気、と掠れた声でこたえた。
不意に少女が空を見上げた。今にも降り出しそうな星空がそこには広がっていた。淡く瞬く星に魅せられる少女に、ミュールは静かに語りかける。
「触れてみたいならば、手をあらん限り伸ばしてみろ。掴めないかもしれないが‥‥伸ばさぬ限り、決して掴むことのできない輝きだ」
望むのであれば、自ら求めて動かなければ掴み取ることは出来ない。何もせずに叶えられるものなどないのだから。奇異なる境遇に同情する者はいても、導いてくれる者は少ない。異端な血を持つミュールは痛いほどにそれを経験させられていた。
ひとつ、星が流れた。
はかなく消える光の筋を、少女は両手を伸ばして、いつまでも見つめていた。
●scene07
数週間後。ミュールのすすめで、少女は教会に奉公人として仕えることとなった。
ケンブリッジに入学させる案も出ていたが、入学費用が思いの他かかることと、体力的に寮生活は厳しいため却下された。冒険者も然り。まずは体の治療と、彼女の心の回復が先決だろう。
「何だったら俺と一緒に住まないか?」
降魔の誘いの言葉に少女は首を横に振り、にこりと微笑んだ。
「ありがとう、おにいちゃん。でも‥‥わたし、もうちょっと自分で頑張ってみる。手を伸ばさなければ、星はつかめないもんね」
おわり