神秘の聖水
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:谷口舞
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 84 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月20日〜12月28日
リプレイ公開日:2004年12月27日
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●オープニング
「こんにちは、お嬢さん」
「あら、僧侶様。おつかれさまです。今日も寒いですね」
「はい、本当に‥‥今朝は一段と冷え込んでおりましたね」
白い僧服の襟元を正しながら、老齢の僧侶は小さく身震いをした。
「僧侶様、本日はどのような御用でしょうか?」
「西の山の麓にある聖堂から聖水を頂くことになりましてね。旅なれた皆様方に護衛をお願いしたいのです」
毎年、この時期にだけ解放されるという聖なる泉がある。
普段はむやみやたらに人が立ち入らぬよう泉を聖堂で囲い、堅く門を閉ざしていた。聖堂に入るにはその聖堂を管理する教会の許可が必要となる。無断で立ち入る者には厳粛(げんしゅく)なる裁きが与えられた。
泉の水は礼拝をはじめ、洗礼の儀式や死者の供養など教会にまつわる、あらゆる儀式に利用されていた。
無論、キャメロット中の教会がその泉の水を利用しているわけではない。そんなことをしてしまえば泉の水はあっという間に枯れてしまうだろうし、不便極まりないため、利便性を考えるのであれば使うものは少ないだろう。
そのためか、泉の水を実際に利用しているのは、いまギルドに訪れているこの老齢の僧侶の所属する教会ぐらいだ。
「山の麓となると山脈の街道に向かわれるのですね‥‥あの辺りは最近よくない噂があるそうですから、少し心配ですね‥‥」
「はい、ですから今年は我々クレリックだけでなく、戦に長けた方々に同伴して頂こうと思いましてね。まったく、聖なる場所に近いというのに悲しい話です」
僧侶はそう言って胸の十字架を握りしめた。
冬に入ってから、山道付近での被害が数件報告されていた。いずれも獣ではなく、人による被害だ。
細い道にさしかかった際、突然道の脇から弓矢などの飛び道具を出した後、集団で一斉に襲ってくるのだという。数件とも同じ手口でやられていることから、同一犯の仕業と考えられている。
荷を襲われた商人の話では、彼らは一様にしてフードを深く被り、その容姿を全く見せないようにさせていたらしい。だが、手練た剣技や手際の良さから、ギルド関係者の中には、冒険者くずれの賊が犯人なのでは‥‥という声もあがっていたが、表向きにはそれは否定されていた。
「少し長い旅になりますから、食料など、旅行に必要なもののいくつかは教会が用意致すことになりました。それに、もし私達が襲われるとなると、狙いは恐らく聖なる泉の水でしょう。帰りまで体力を温存させておかなければなりませんからね」
巷の噂では聖なる水はどんな怪我でも治すことが出来ると信じられており、裏で高値で取り引きされていることがあるらしい。だが、それ以上に、彼ら聖職者にとって聖なる水は偉大な神の恵みであり、勤めを果たす上で必要となるものだ。命に代えても守らなければならない。
ひととおりの内容を聞きおえ、受付係はふと呟いた。
「‥‥あら、馬車はお使いにならないんですね」
「はい。残念ながら、そこまでの余裕はなさそうです」
だからこそ少し長い旅になるのだ、と僧侶は言った。馬がない者はずっと歩き通しの旅を覚悟しなくてはならない。
「雪の中を徒歩の旅ですか‥‥聖水を取りにいくのって大変なんですね」
「これも私達の勤めです。慈悲深き神が与えたもう試練なのでしょう」
そう言って、僧侶は穏やかに微笑んだ。
●リプレイ本文
●1章 雪路をこえて
冬のイギリスは肌を刺すように寒い。冷たい雪や風が確実に体温を奪っていく。夜ともなると、その寒さは一段と厳しくなってくる。冬の徒歩の旅は自然との戦いともいえるだろう。
足から伝わる冷たさを噛みしめながら、彼らは雪の山道を踏み締めるように歩いていた。
幸いこの辺りは木々が群生しているため、風が比較的穏やかだ。肌寒い風がない分、彼らの旅は比較的楽な方だと言える。
「僧侶様、足下が滑りますのでご注意を」
「ああ、ありがとうございます」
女性らしい心配りで、エスリン・マッカレル(ea9669)は老いた僧侶の手を取り導いていた。
「この丘を越えれば聖堂が見えてきます。あともう少しですよ」
道中、時折人の気配らしきものは感じていた。だが、こちらの様子を伺っているのか、姿を現すことはなかった。
先を偵察してたアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が一行の元へ戻ってきた。辺りを注意深く見ながら、特に異常はないと報告する。
「敵はそれなりに手練ているようだな‥‥うかつに手の内は見せてくれなさそうだ」
だが、雪路はまだ慣れていないのか、足跡や作業の痕跡があちらこちらにみられたらしい。人数は3人。いずれも大柄の男性だろうとアレクセイは予測する。人数的にはこちらが有利だ。だが、慣れない土地という点ではこちらもそう大して変わりはない。
「彼らが襲うとすれば、昨日通りかかったあの曲り角辺りでしょうね。道も細く視界も悪い場所でしたから」
この辺りでは珍しい幅広の笠を深くかぶりながらアル・アジット(ea8750)は言う。被っている笠は『三度笠』といい、東の国で使われているものなのだそうだ。その笠をじっくり見せて欲しいというロート・クロニクル(ea9519)の言葉を、アルはやんわりと断った。
「あまり人に見せる程、珍しいものでもありませんよ」
笠を見せること自体には嫌がるようではなかったが、自分の素顔が見られたくないらしく、その後もアルはめったに三度笠を取ろうとはしなかった。
●2章 聖堂
丘を越えると小高い崖に突き当たる。
そこから右手沿いに進んでいった先に聖堂はあった。雪をたたえた常緑樹の中に埋もれるように佇むそれは、言われなければ聖堂とは気付かなかったであろう。
石造りの小さな四角い平屋の建物。窓らしき穴は殆ど見当たらず、唯一、入り口らしき扉の上にジーザス教のシンボルを象ったステンドグラスが埋め込まれていた。
「それでは皆様は外で待っていて下さい」
僧侶は腰を屈めて扉の中へはいっていく。扉の向こうはすぐに階段になっていた。本堂は地下に設置されているのだろう、それならばこの大きさも頷ける。
僧侶を待つ間も外にいるため、あまり休まることは出来ない。
せめて体を温めていようと、冬花沙桜(ea3137)は暖取りのたき火を起こしはじめた。柔らかな炎の輝きが、白と灰色の世界を照らしはじめる。
「少し周りを見てくるな」
そう言って、ロートは聖堂の裏手へと歩いていった。辺りの警備というより、建物の造りの調査が目的のようだ。聖堂の壁のつくりやステンドグラスを眺めながら、懐に仕舞っていた筆記用具を走らせていた。
聖堂についた時点で、日は既に傾きかけていた。聖水を受け取るのは時間がかかるようなので、おそらく今日はここで一晩過ごすことになるだろう。
「明るいうちにテントだけでも張っておこう」
アルヴィン・アトウッド(ea5541)は馬に背負わせていたテントを降ろし、野営の準備を始めた。濡れた草木の上に転がるより、雨風がしのげるものの中の方が体を休ませることが出来る。
「私はたき火の番をしておりますので、皆さんは休んでおいて下さい」
「しかし、貴殿は道中もずっと番を勤めていたではないか。少しぐらいは交代するぞ」
エスリンの言葉に沙桜は小さく首を振る。
「あなたには騎士として僧侶様をお守りする勤めがありますでしょう。休める時に休んでおかないと、いざという時に体がついていきませんよ」
散歩から戻ってきたアルも沙桜に同意するかのごとく告げた。
「初めての仕事なのでしょう? 自分が思うより疲れているはずです、休んでおいた方が良いですよ」
エスリンは視線をそらしながら少し考えた後、「そうだな‥‥」と自分用のテントを用意し始めた。
「それで、散歩の成果はどうでしたか?」
「こんなものを拾いましたよ」
アルは1枚の古びた銅貨を取り出した。錆び付いているが、磨けば普通に使えるだろう。ただ、その銅貨にこびりついた黒い汚れに、沙桜は眉をひそめた。
「血‥‥ですね」
「恐らく、この辺りで襲われた誰かが落としたものでしょう。雪の少ない場所に何枚か落ちていました」
雪の少ない場所で襲ってくると考えた方が良いでしょうね。と、アルは言う。アレクセイも敵は雪に慣れていないといっていた。そう考えて間違いないだろう。帰りは行きとほぼ同じ道筋を通るため行路については問題ない。
「襲撃場所が予測出来るのなら対処は楽ですね。後は相手の力量が分かれば言うことはないのですが、追い払うだけなら問題ないでしょう」
パチリ、とたき火の木がはぜる。薄い闇が徐々に辺りを覆い始めていた。
●3章 襲撃
一夜明けて。
ようやく戻ってきた僧侶と共に、一行は来た道を戻りはじめた。
馬の背に乗せた聖水が落ちないよう気をつけながら、慎重に雪路を進んでいく。
森の中へ差し掛かり、最初の大きな曲り角を向かえた頃だ。沙桜が全員に武器の用意をするよう呼びかけた。
「来るとすればこの辺りです。周りの木に注意してくださ‥‥」
どさり、と木から男が落ちてきた。打ち所が悪かったのか、男は起き上がろうとするも腰の痛みに動けない様子でいた。
「もし‥‥どうかされましたか?」
歩み寄ろうとする僧侶をロートが制した。間髪いれずに、ロートの眼前に矢が打ち付けられる。
「そこ!」
森の闇へエスリンは弓矢を放つ。はっと気配を感じて見上げた刹那、鎧姿の男が木から飛び下りてきた。
詠唱を終えたアルヴィンが声を放つ。
「エスリン! 無の地、6の2!」
飛びかかる男を避けながら、エスリンは歩数を数えつつ後退する。その後を追おうとした男を背後から沙桜が思いきり突き飛ばした。
無の空間が男を襲う。一瞬にして酸欠状態に襲われた彼は顔を真っ赤にさせてもがきはじめた。薄れいく意識の中、必死に立ち上がり、よたよたと森の中へ逃げていった。
「皆さん、ご無事ですか?」
先行のアレクセイが駆け戻ってきた。彼の方でも小競り合いがあったのだろう、服の端がほころびていた。
「もしかして、先程木から落ちてきた男は‥‥貴殿の仕業か?」
危うく僧侶殿に怪我をさせるところだったぞ、とエスリンはじろりとにらみ付ける。
「まさかあそこで落ちるとは思わなくて‥‥その彼は何処へ?」
「とっくに逃げていった。あの分なら当分は襲ってくるまい、今のうちに先を急ぐとしよう」
勝ち目はないと判断したのか、森からの殺気は消え失せていた。
「旅人を襲う割にはあきらめの早い奴らだな」
「賊などというものは所詮、そんなものだ」
言い捨てるように告げるエスリン。その言葉にわずかに眉をひそめながらも、ロートは戦いの記録を書きおさめていた。
「聖堂の時も書き物をしていたようですが‥‥何をしておられるのですか?」
小首を傾げながらアルが問いかける。
「ああ、クソ師匠に頼まれてな。色んなものを調査してこいって言われてるんだ。あ、そうだ……なあ、じいさん。よければその聖水の由来なんか教えてくれないか?」
「じいさんとは無礼だぞ!」
「騎士殿、落ち着いて下さい。由来ですか‥‥長くなりますが、よろしいでしょうか」
「あー‥‥出来れば簡単にまとめてくれないか? 歩きながら話すのは大変だし、次の休憩の時にでもいいぜ」
「かしこまりました」
そう言って、穏やかに僧侶は微笑んだ。
●4章 仲間にも言えぬこと
その後も事もなく、一行は無事にキャメロットへと到着した。
聖水を教会に届け終えると、冒険者達は報告書作成のためにギルドへと向かう。
「何とか‥‥バレずにすみましたね」
ちらりと目線だけ向けてアレクセイはアルにささやく。
「どうかしたか?」
不思議そうに尋ねるエスリンに、アレクセイは肩をすくめて「何も」と答えた。
「別に、私は構わなかったのですけどね」
因果なものだ、とアルは三度笠を深く被り直した。