かどわかし

■ショートシナリオ&プロモート


担当:谷口舞

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月03日〜01月08日

リプレイ公開日:2005年01月11日

●オープニング

 キャメロットより東に、旅人すら名前の知らない小さな村がある。
 海に面したその村は昔から漁業を営んでおり、村の男達は代々漁師として働いていた。
 村の娘の中にひときわ美しい娘がいた。名はドロシー。年頃に成長した体はふっくらとしなやかで、肌も雪のように白く、赤く染まる唇から紡がれる歌は全ての人を魅了した。
 彼女は村の生まれではない。どこからかふらりと村に訪れて、いつのまにか村一番の働き者コネリーの妻として暮らすようになっていた。
 子も生まれ、幸せな日々を過ごしていた彼らだったが、ある日‥‥一台の馬車がドロシーの幸せを掻き消そうとしていた。
 
「少し海が見たいな」
 いつもの気まぐれで彼は御者に海へ向かうよう告げた。
「男爵様、お屋敷はすぐそこです。まっすぐ帰りましょう」
「見たまえベンジャミン、今日の空はイギリス一の晴天ではないか。こんな日に見る海は、宝石の輝き以上の美しさがあるというものだよ」
 やれやれ、と肩をすくめ、御者はぴしりと馬に鞭を入れる。
 しばらくして、海岸の方から美しい歌が聞こえてきた。見ると、長い髪の女性が海を眺めながら髪にくしを入れていた。
 その姿に男爵は見惚れ、馬車に乗せるよう誘いかけた。
「美しいお嬢さん。どうですかな、ぜひとも私の屋敷に来ては頂けませんか?」
「いいえ、私には帰る家がございます。家に帰らなければ夫が心配いたしますわ」
「私の誘いが聞けぬと‥‥? ならば仕方ない、無理にでも招待いたしますぞ」
 嫌がるドロシーの腕を掴み、男爵は無理矢理馬車の中へ彼女を押し込めた。

 日が暮れても帰らぬ妻を心配し、コネリーは夜の海辺を探しまわっていた。
 ふと、海岸にドロシーのくしと、三叉を持った人魚が彫り込まれた金のブローチが落ちているのに、彼は気付いた。
「‥‥これは‥‥」
 村に戻ったコネリーは早速、村の仲間達に事情を説明した。
「そういえば、昼方‥‥これと同じ模様のついた馬車が街道を走っていくのを見かけたぞ」
「この模様、丘の向こうにあるコクトー男爵様のとこの門と同じ模様じゃないか。まさか‥‥」
 貴族の気まぐれで彼女はさらわれたのではないか、と村人は言う。
 だが、一介の村人が行ったところで門前払いをされるのがオチだ。主人に会うことなど許されないであろう。
「いい考えがある。キャメロットに、色んな事件を解決してくれる『冒険者ギルド』というのがあるらしい。そこに行ってお願いすれば、何とかしてくれるかもしれないぞ」
「そうだ、それがいい。なに、金のことなら気にするな。俺達の貯えを持っていけ。それでドロシーが帰ってくるなら安いもんさ」
「みんな‥‥ありがとう‥‥」
 必ず連れ帰ってくる。そう誓い、コネリーは一路キャメロットへ向かうのだった。
 
「ドロシー。どうかしたかね?」
 テラスにぼんやりと佇み、彼女はじっと丘向こうにある海を眺めていた。真っ白なドレスに身を包み、髪に花を飾った彼女の姿は、まさに地に降りた女神のようだった。濡れた蒼い瞳で男爵を見つめ、ドロシーは静かに告げる。
「私をいつ‥‥帰していただけるのでしょうか‥‥」
「ドロシー、まだ昔の男のことを思っているのかね。君はもう私も物になったのだよ。今日は晩餐会用の衣装の仮縫いの日だろう? ‥‥下でみんなが待っているよ。さあ、行こう」
 男爵はドロシーを抱き寄せる。男爵の胸に顔を埋めながら、ドロシーはひとすじの涙を流した。
 
「コクトー家が‥‥ねぇ。あの男ならやりかねんな」
 たまたまギルドに訪れていた貴族の1人が、依頼書を眺めながら苦笑を浮かべた。
「ご存じなのですか?」
「あまり良くは知らないよ、そんなに付き合いがあるってわけじゃないからね。遊び好きで気まぐれの男だとは耳にしてるよ」
 田舎貴族の割には、社交界にちょくちょく顔を出しているらしい。その割には、浮いた話がないのは、扱いが下手なのか、女難の相でもあるのだろう。
「従者をあまり雇えない位貧乏なくせに、パーティだけは良く開くらしいんだ。近々、客人を泊まらせて、パーティを2〜3日やるそうだよ。その関係かな‥‥臨時で従者を雇うとか言っていたな。また従者の女にでも手を出して、辞められたのかな」
「へぇ、何日もパーティが楽しめるなんてうらやましいですね」
 楽しげにいうギルド員に、彼は肩をすくめて告げた。
「退屈なだけさ。うまい食事と美しい女性に会えるのなら、話は別だけれどね」

●今回の参加者

 ea1745 高葉 龍介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2638 エルシュナーヴ・メーベルナッハ(13歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4879 ムネー・モシュネー(22歳・♀・クレリック・ドワーフ・イスパニア王国)
 ea8366 フランシスカ・エリフィア(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8880 セレスティ・ネーベルレーテ(21歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9882 クロト・クルセイド(31歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

●忌み子の宿命
「帰れ! 貴様のような下賤(げせん)な者が来る場所ではないわ!」
 戸口から弾き飛ばされたセレスティ・ネーベルレーテ(ea8880)に、男は腐った野菜を投げつけた。
「ハ‥‥ハーフエルフだと!? よくもまあ‥‥ぬけぬけと日の下に出てこられたものだな、汚らわしい!」
「やっ、やめて下さい‥‥は、話を‥‥っ」
「はんっ! 雇ってもらいたかったらなぁ、その汚らわしい体を全部脱ぎ捨てて、生まれ落ちたことを懺悔してから来るこった!」
 バタムッ。
 反論する隙すら与えられなかった。慣れているとはいえ、人として扱われてないことをしみじみと感じさせられ、セレスティは深くため息をついた。
「‥‥体、どこかで洗えるかしら‥‥」
 べっとりとついた、腐敗する野菜の匂いが鼻の奥をつく。込み上げてくる気持ちを押し殺そうと、セレスティは強く唇を噛み締めた。
 ふと顔を見上げると、窓辺から不安げな表情で見下ろすクロト・クルセイド(ea9882)の姿が見えた。簡素な黒い衣装に身を包んでいるところからみると、無事に侍女としての潜入を果たしたようである。
 セレスティは視線をそらすように顔を伏せて、そそくさと裏門へ駆けていった。
 
●舞踏会準備
 2〜3日に渡る晩餐会の準備のため、館内は慌ただしさを増していた。
 侍女として雇われたフランシスカ・エリフィア(ea8366)とクロトも、部屋の掃除や宿泊の用意など、1日中館内を駆け巡っていた。
「フランシスカ、クロト。もうすぐ楽士が来る予定になっている、もてなしの用意をしておいてくれ」
「はい、男爵様」
 主人に呼ばれ、2人は暖かい湯とスープの用意を調えた。
 数日前にやとった新しい侍女達は勤勉で、並の人間以上の技能を兼ね備えていた。
 長年勤めている従者以上の働きぶりをみせる2人を、男爵はすっかり気に入り、近頃では客人の相手を専ら2人に任せることにしていた。
 扉の外から馬の鳴き声がする。
 ドアノブを鳴らす音が館内に響き渡り、静かに扉が開かれた。
「いらっしゃいませ、長旅おつかれさまです。ただいま、お部屋へご案内致します」
 優雅な身のこなしで挨拶をこなすフランシスカ。彼女に軽く会釈をしながら、楽士であるエルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)はゆっくりと法衣の雪を払い落とした。
 
●報告
 いよいよ晩餐会当日。屋敷には昼頃から客人が集まりはじめていた。
 その中にムネー・モシュネー(ea4879)の姿があった。近くにある修道院から派遣されてきたという彼女は、与えられた部屋に荷物を置くと、早速館内を見て回ることにした。
 階段を上る途中、ドレスを手にしたクロトとすれ違う。周りに人がいないことを確認し、ムネーはささやくように問いかけた。
「‥‥状況は?」
「男爵様はすっかりエルシュナーヴ氏にご執心の様子よ。昨晩からいつも傍につかせてるわ。私はこれからドロシー氏の衣装替えをしてくるわ‥‥そうそう、馬は裏手の納屋に全員繋がせてさせたから、何かあったらそちらへ‥‥」
「分かった。慈愛神の祝福のあらんことを」
 軽く十字を切り、ムネーは緩やかに階段を上っていった。その後ろ姿を確認し、クロトはそっと奥の部屋へと向かっていった。
 
●裏舞台
「‥‥今頃みんな旨い飯でも食べてるんだろうな‥‥」
 味っけのない干し肉をかじりつつ、高葉龍介(ea1745)は木陰越しに屋敷を眺めていた。
 1階のテラスからにぎやかな音楽と笑い声が聞こえてくる。
 きらびやかな衣装をまとった紳士淑女達が踊り、歌い、今宵のひとときを楽しんでいるのだろう。夜も深まりはじめ、薄暗い屋敷のなかにぼんやりと照らし出される会場はひとときの幻のようにも感じさせられた。
 ガサリ、と近くの茂みが揺れた。
 はっと身をこわばらせる龍介の瞳に映ったのは、厳しい表情をさせたセレスティだった。
 セレスティはフードを被り直し、奥に控えていた馬の手綱を引き寄せた。
「‥‥馬を連れてきました」
「ああ、それじゃおまえはここで待機していてくれ。俺が侵入して彼女を連れてくる」
 屋敷の2階で一瞬光が瞬いた。準備が出来た合図だ。
 じゃあな、と一言告げて。龍介は暗闇の中へと駆けていった。
 
●乙女の誘い
「ねえ、男爵様ぁー‥‥エルのお願い、聞いてくれる?」
 自慢の胸をすり寄せ、エルシュナーヴは甘えた声をあげて男爵を見上げた。遊女達のような甘え上手ではなかったが、豊満な体と無邪気で愛らしい姿に興味をそそられない男は少ないだろう。
 彼女が来て以来、男爵は常にエルシュナーヴを傍らに置いていた。少々露骨ではあったが、誘いをかけてくるエルシュナーヴに、彼はまだ年若い彼女に邪(よこしま)な感情を持ちつつあった。
 エルシュナーヴは、傍らにあった竪琴を軽くつま弾かせる。緩やかな音楽が流れる中、赤い紅をひいた艶やかな唇から紡ぎあげる言葉は、男爵の心を大きく揺さぶった。
「エルね‥‥男爵様のコト、すごく好きになっちゃったみたいなの‥‥だって、男爵様すっごく素敵だし、エルに優しいんだもん。ねぇ、エルを男爵様専属の楽士にして‥‥?」
 するりとドレスから足を伸ばし、彼の足に絡ませる。思わず太ももに視線を移す彼の頬に手を添えて、エルシュナーヴは甘く囁いた。
「だめ‥‥エルを見てお話してほしいの‥‥」
「ああ、そうだな‥‥」
 不意に、庭からけたたましい犬の吠える声が響いてきた。
 はっと我に返った男爵はがばりと立ち上がる。
「きゃんっ! ん、もー‥‥いいところだったのにぃ」
「‥‥どうやら賊が入り込んだらしい。エルはそこで少し待っていてくれ」
 男爵は額にそっと口付けた。あわてて、竪琴を拾おうとするエルシュナーヴを背に、彼は扉の向こうへと消えていった。

●決行
 華やかな会場の隅に座り、ドロシーは呆然と外を眺めていた。
 楽しげな音も笑い声も、彼女には苦痛でしかなかった。幸いなのは、あのしつこく付きまとってきていた男爵が他の女に興味が移ったことだろう。先程も、気分が優れないと告げた彼女を男爵は寝室へと連れていったばかりだ。
 ドロシーはそっと握っていた掌を開けた。
 そこには小さな貝殻があった。ふちがほんのりと赤い、小さな貝殻。恋の言葉を言う時に、コネリーがいつもくれたものだ。昼間、侍女の1人がコネリーの伝言と共に、この貝を手渡してきた。
「コネリー‥‥」
 ふと、視線の端で侍女の姿がかすめた。はっと振り返ったドロシーの胸に、スープの入った器が飛び込んできた。
「も、申し訳ございませんっ。折角の衣装が台無しに‥‥すぐに着替えを用意致します」
「え‥‥でも‥‥」
 戸惑うドロシーの耳元にクロトはそっと囁いた。
「仲間が庭で待機してるわ。男爵がいない隙に脱出するわよ」
「‥‥!」
「さ、ドロシー様。お足下にご注意下さいませ‥‥」
 クロトはムネーとフランシスカに視線で合図をして、ドロシーを別室へと案内していった。

 合流先であった部屋の扉を開けると、破れた衣服を身にまとった龍介の姿があった。
「さっき、ちょっとどじっちまってな。何とかケガは免れたんだが‥‥男爵に気付かれたかもしれん」
 ともかく急いで脱出しよう、と龍介はドロシーを担ぎ上げた。
「しっかり捕まっていてくれよ」
「はい‥‥」
 やっと家に帰れる‥‥安堵の涙がドロシーの頬を伝った。
「おいおい、まだ屋敷を出られたわけじゃないんだ。泣くのはそれからにしてくれ‥‥それじゃクロト、そっちは任せた」
 ドロシーを抱えながら、再び闇へと消えていく龍介。
 その姿が完全に見えなくなったことを確認し、クロトは窓の鎧戸を静かに閉めた。
 
●己の罪
「フランシスカ! 何があったか私に教えてくれ!」
 駆け寄ってきた男爵に深く一礼し、何のことでしょう、とフランシスカは答える。
「先程、庭に放しておいた犬達が騒いでいた。この祭りに乗じて賊が入り込んできているのは間違いないのだ。誰か不審な輩は見かけなかったか?」
「いえ、特に存じ上げません」
「‥‥そういえば、ドロシーは無事なんだろうな?」
「ドロシー様でしたら、先程お客様とご一緒に席を外されました」
「なんだと‥‥何故、私に承諾を受けにこなかった!」
「お客様は本日お泊まりになられる方でしたし、お話をするだけと伺いましたので、お忙しい男爵様のお手を煩わせる程度ではないと判断致しました」
「‥‥その客人の部屋は!? 案内しろ! 今すぐにだ!」
 激高し、フランシスカを掴み上げた男爵の首元に、ひんやりと冷たい鉄の感触が走った。
「‥‥聖職者がこのような真似をして‥‥良いのかね?」
「おまえには慈愛神の祝福も聖なる御技も存在しない。自らの犯した罪を懺悔する口と、事の成り行きを見る瞳だけがその全てだ」
 そう言って、ナイフをムネーはゆっくりと引いた。動けば命に保証はない、うっすらとにじみ出る暖かい感触と熱い痛みに、彼はそう直感した。
「‥‥だん、しゃく様‥‥」
「に、げなさい‥‥お前には関係のないことだ‥‥」
 男爵はとん、と軽くフランシスカを突き放つ。戸惑いながらも、フランシスカは屋敷の奥へと駆けていった。
「私が先日摘んできた、美しい花を取りかえしに来たのだろう? 成る程、先程騒いでいたのは‥‥お前達の、仲間、か‥‥」
 甘く、切ない音楽が階段上から響いてきた。その音とともに、男爵はその場にぐったりと沈み込む。
「うん、なんとか間に合ったね」
「全く‥‥私がいなければ最悪の展開になっていたところだぞ」
 あきれた口調で見上げるムネーに、エルシュナーヴは小悪魔の笑顔でごめんなさい、と返した。
 
●帰還
 街道を駆けてくる馬の姿に気付き、村人は歓声をあげた。
「ドロシーだ! ドロシーが帰ってきた!」
 馬に揺られながら手を振る夫婦の表情は笑顔に満ちあふれていた。
 歓迎しようと集まる村人ひとりひとりに、ドロシーは感謝の口付けを施す。
 村に再び喜びと笑いが戻った瞬間であった。
 
 その様子を高台の上から眺め、セレスティはぽつりと呟いた。
「‥‥もし、私がさらわれたら、誰か助けに来てくれるでしょうか‥‥」
 傍らにいた龍介はさあな、と言葉を返す。
 馬の手綱を返し、振り返りながら。さりげなく彼はいった。
「でも、少なくとも‥‥仲間なら助けにいくと思うぜ。共に冒険をした大切な友なら、な」

 おわり