ひみつぶんしょ作成依頼

■ショートシナリオ


担当:谷口舞

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月10日〜01月15日

リプレイ公開日:2005年01月18日

●オープニング

 森に囲まれた学園都市ケンブリッジ。
 豊かな自然に囲まれた学び舎では、今日も生徒達があらゆる学問について学んでいる。
 日々成長を続ける彼らの成果はめざましく、ケンブリッジの名は遠い異国の地にも聞き及んでいた。
 
 ある日のことだ。
 1人の客人が学園に訪れた。
 遠い異国の地より来たという老人は、一流の技術を持った魔術師であり、ケンブリッジ魔法学園・マジカルシードに寄付をしている貴族の1人でもあった。
 長い年月を感じさせられる、掘りの深い顔を穏やかに微笑ませ、老人はじっと授業に励む生徒達を眺めていた。
「マサイアス・ドグラス様、如何でしょうか? 我が校の生徒達の腕は見事なものでしょう」
「ふむ‥‥確かに見事なものじゃ。これならば、依頼を頼めるやもしれん」
 にんまりと微笑みながら、老人はそうささやいた。
 
――――――――――――

「依頼をお願いしたいのは、この巻き物じゃ」
 そう言って、マサイアスは一冊の古びた巻き物を差し出した。ずいぶん読み古されているらしく、端は手あかで薄汚れており、生地自体もボロボロだった。
 壊さないよう丁寧に机に広げながら、ギルド担当員は巻き物の中身を読みはじめた。
 少し癖のあるラテン語に担当員は眉をひそめた。それなりに知識のあるものならば読めなくもない。が、ラテン語を習いはじめたものには少し難しい内容だろう。
「‥‥これは‥‥日記、ですか?」
「それはわしが昔から愛用してるものでな、日々思い付いたことを書き留めておるのじゃ。じゃがの‥‥最近、弟子共の中でわしの知恵や経験を横流ししているものがおるようでな、奴らに見られないよう、工夫を凝らして欲しいのじゃ」
「具体的にはどういったことで?」
「物理的でも魔術的にでもかまわん。簡単に見られないようにして欲しいのじゃ。例えば‥‥こんな風にな」
 マサイアスは懐から2枚の羊皮紙を取り出した。どちらにも文字が書かれているが、一見すると、意味不明の単語が並んでいるようにしか見えない。
「こいつは一行ごとに分けて書かれておるのじゃよ。最初の1行目は左の紙、次の行は右の紙、そして3行目は‥‥左の紙の1行目の下に、という風にな」
「あ‥‥なるほど。確かにこれなら、片方を隠しておけば中身が分からなくなりますね」
「ついでに、こいつももうボロじゃ。手を加えるなら、新しい巻き物に書き写してもらいたいのじゃよ」
 依頼金とは別に、マサイアスは金貨を数枚担当員に手渡した。
「あいにくとこの地は疎くてな。わしはどこで売ってるか知らぬからの、2本程買っておいてやっておくれ。ああ、記すのはイギリス語で構わんぞ。わしはイギリス語も読めるから心配はいらぬぞ。どんなのが出来上がるか、楽しみにしておるでの」
 出来上がる頃にまた訪れると告げ、老人は馬車に揺られてケンブリッジ郊外にある別荘へと帰っていった。

●今回の参加者

 ea1757 アルメリア・バルディア(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea2253 黄 安成(34歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea7435 システィーナ・ヴィント(22歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9520 エリス・フェールディン(34歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●懐かしい言葉
「これが、その巻き物だね」
 ギルド員から手渡された巻き物を丁寧に広げ、システィーナ・ヴィント(ea7435)は懐かしそうに文章を眺めていた。
「どうかしましたか?」
 アルメリア・バルディア(ea1757)の問いかけに、システィーナはくすりと笑みをもらす。
「ラテン語なんてさ、ここだとジーザス教のミサ位でしか使わないもん。久しぶりに見かけたなぁ、って‥‥」
「そういえばご出身がローマでしたね。母国以外の言葉で生活するのは不便ではありませんか?」
「んー‥‥不便に思う時もあるけれど、普段はそんなに気にならないかな。アルメリアさんだって、確か出身がイスパニアだったよね。ウィザードって何かと文字を読む機会多いだろうし、大変じゃない?」
「そうですね、呪文書や文献を調べる時に、異国の言葉ですと少し苦労しますね。でも、それもひとつの勉強になって、新たな発見が出来るのが面白いですよ」
 にこやかな笑顔でアルメリアはそう答えた。
 魔術を研究する者にとって、語学の勉強はついて回るものといっても過言ではない。現代の文字に加え、古(いにしえ)より伝えられる言葉や、精霊達の力を引き出す特殊な文字など、あらゆる機会において語学の知識が必要となる。
 魔術も一種の話術、精霊や自然と対話する技術なのだと説く魔術師もいる。少々極論にも思えるが、そう考えると語学が必要だということも納得出来るのかもしれない。
 2人は協力しあいながら、まずは文面を書き写すことから始めた。暗号を作るにしても、まずは内容が分からないことには話にならない。そのための準備といったところだろう。
 図書館の一室で、黙々と作業をこなす2人の姿に気付き、エリス・フェールディン(ea9520)が声をかけてきた。
「がんばっているようですね。調子は如何ですか?」
「まだ始めたばかりですけど、なかなかに面白いですよ」
「ふむ‥‥どれどれ‥‥」
 横から巻き物を覗き込み、なるほどと頷くエリスの様子に、感心した様子でシスティーナは呟いた。
「エリス先生、もしかして読めるんですか?」
「いいえ、全然」
 きっぱりと言い放つエリス。
「なら邪魔しないで下さいよぉ、いま間違いがないように書き写してる最中なんですからっ」
「おや‥‥暗号の良い方法を伝えに来た者に対して、それは冷たい態度ではありませんか?」
 不敵な笑みを浮かべながらエリスは言った。
 エリス・フェールディンといえば、知る人ぞ知る錬金術の専門家である。彼女は、錬金術は魔術より優れる技術と提唱し、誰にでも行える奇跡を日々研究していた。
 暗号も仕組みさえ分かれば、誰にでも行える奇跡のひとつ。錬金術に通じるものがあるのかもしれない。
「錬金術で良い方法があるんですか?」
「‥‥ええ、勿論。ただし、いくつか準備してもらう必要があります。今から言うものを用意した後、内容を説明しますね」
 
●仏教の修行?
 黄安成(ea2253)は難問を突き付けられていた。
 戦いの要員として今回の依頼に協力する手はずであったのだが、いつの間にか翻訳作業の手伝いに回されていたのだ。
 見慣れぬ異国語に安成は眉根をひそめてじっと見つめていた。
「これがラテン語じゃな‥‥なんとも面妖な形をした文章じゃのう」
「この文字をそっくりそのまま書き写して下さい。その後のことは私達が担当致します」
 そう言って、アルメリアは安成に黒い板と軽石を手渡す。ケンブリッジの学校といえども、羊皮紙は高級品であることには変わりない。そのため、消しても良い文章は軽石とボードが使われることが多かった。
 言われた通りに、安成は1文字づつ間違いがないよう、丁寧に書き写していく。
「まるで写経のようじゃの」
「シャキョウ?」
「うむ。僧侶の修行のうちに、教典を書き写す業があるのじゃ。一字一句、文字の形すら違えることなく一気に書き写すことにより、心の乱れをなくし、御仏の教えを体現する、尊い修行なのじゃよ」
「それじゃ、これも似たようなものかもしれないね。1文字でも間違えたら意味が分からなくなってしまうもの」
「ならば、写経のように一気に書き写した方がよいじゃろうな」
 安成は瞳を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。
 深く一礼した後、全神経を集中させて文字を記しはじめた。
「よし、私も負けていられないね。頑張ろうっと」
 傍らで様子を眺めていたシスティーナも、安成に触発されたかのように、手早く文字を書き写しはじめた。

 安成の協力が得られたことで、書き写す作業はあっという間に終わることが出来た。
 翻訳も日常的な会話の部分は同時になされている。あとは専門的な部分の翻訳だけだ。
「やっぱりこの辺りは‥‥マサイアス様にお聞きしないと難しいかしら」
「前後の文体で、何となく分からなくもありませんけど‥‥確認をとった方がよろしいでしょうね」
「マサイアス氏のところにいくんですか?」
「あ、はい。どうしても分からない所だけ聞いて、内容の確認をとろうと思います」
「ならばついでに作業の道具を持っていって、残りの暗号化作業も仕上げてしまいましょう。いくら図書館の中とはいえ、そのまま置いておくわけにも参りませんからね」
「そうですね。作業の場所もお借りしてみます」
「荷を運ぶならば、私の護衛が要るじゃろう。同伴するとしよう」
 もともとそのつもりで参加したのだからな、と安成は言葉を添える。
 今日のところは夜も更けていたため、明日の早朝に出発することになった。
「集合場所はギルド前にしましょう。それまでに荷をまとめておいて頂戴ね」
「はいっ」
 元気な生徒達の返事に、エリスは満足げな表情を浮かべた。
 
●翻訳最終過程
「なるほど‥‥それならば場所を提供するとしよう。丁度2階が開いている、自由にお使いなさい」
「ありがとうございます。それと、暗号にする前に内容のご確認をお願い出来ないでしょうか。こちらが、その翻訳した内容を書き記したものです」
 アルメリアが差し出した黒板を手に取り、マサイアスは楽しげに目を細めた。
「なかなか頑張っているようじゃな‥‥外は寒かったろう、暖かいスープでも飲んで休んでおきなさい」
「はい、そうさせて頂きます」
 そのまま一同は弟子達の案内のもと、2階の一番奥にある部屋に案内された。暖炉には既に赤い火がともされており、心地よい暖かさと光が一同を迎えた。
「修正が終わったら届けてくれるそうです。明日には全部仕上がるそうなんですけど‥‥一度寮に帰った方が良いでしょうか?」
「寮の方にはギルドから話がいっているそうですよ。折角です、ゆっくりしていきましょう」
 朝早く出発したというのに、空はもう暗くなってきていた。どんよりと厚い雲が空を覆っている。今夜は恐らく雪になることだろう。
「巻き物の管理なら私に任せておけ。何人たりとも触らせはせぬ」
「さすが安成さん、頼りになるね」
 にっこりとシスティーナは笑顔を向けた。
 品の良い柔らかな笑みを向けられ、安成は照れくさそうに視線をそらした。
「ところで、先生。例の暗号についてなんですが‥‥道具はこれで良かったでしょうか?」
 アルメリアが差し出したのは先が少し丸い針棒だ。長さを確認し、エリスはひとつ頷く。
「本当にインクは必要ないのですか?」
「これで充分ですよ。先日説明したでしょう? 暗号作りにいるものは針と炭、そして筆圧の高さです」
 エリスはどこか楽しげな口調で、そう語りかけた。

●作品提出
 ようやく完成した巻き物を手に取り、マサイアスは感心したように声をもらした。
「なるほど‥‥それで炭が必要なのじゃな」
 開かれた巻き物には何もなかった。いや、見えなかったといった方が正しいだろう。
 マサイアスは何もない巻き物の上に、用意しておいた炭の粉末を振りかけた。
 それを羽箒(はぼうき)で軽くはくと、見る間に文字が浮かび上がってくる。羊皮紙に針でつけておいた跡に炭が潜り込み、文字が浮かび上がるという方法だ。普通のあぶり出しとは違い、この手段ならば何回でも使えるだろう。
「文字を消すにはこの古いパンを使います。良いパンを使い過ぎると文字が出づらくなってしまいますので、その点だけは注意して下さい」
 バターが多く含まれた味の良いパンでこすると、バターの油が付着して炭を弾いてしまうのだ。また、巻き物に使用している羊皮紙を腐食させる原因ともなってしまうので、注意が必要だろう。
「どうでしょう、錬金術のすばらしさは」
「うむ、なかなかに面白いの‥‥炭で手が汚れてしまうのが難点かもしれんな」
 それもまた子供に戻った気分になれて楽しいものだ、とマサイアスは言う。
「この方法は何回でも使えるようじゃが、そう長くは保つまい。新しく書き直したい書類もいくつかある、また写し書きを依頼するかもしれぬが、その時はよろしく頼むぞ」
「ええ。今度はもっと素晴らしい、錬金術をご披露いたしますわ」
 そう言ってエリスは艶やかな笑みを浮かべるのだった。
 
 おわり