愛の画策

■ショートシナリオ&プロモート


担当:谷口舞

対応レベル:1〜3lv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 46 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月26日〜01月29日

リプレイ公開日:2005年02月02日

●オープニング

「ほい、お届けものだよー」
 朝もやのかかる早朝、一通の手紙と木箱がギルドに寄せられた。
 質の良い羊皮紙に施された赤い蝋印の紋様に気付き、受付係は小さく声をもらした。
「これは‥‥トゥイード子爵様のものね‥‥」
 風の噂で、当主であるギルバート氏は持病が悪化し、もう長くはないと聞いていた。
 彼には独り息子のギネス・トゥイードがいる。
 恐らく、後継者争いにまつわることで、トゥイード家のものがギルドに相談を持ちかけてきたのだろう。
 そう思いながら手紙の内容に目を通していた彼女の表情は、手紙を読むにつれて徐々に豹変していった。
「まさか‥‥。確かに噂で聞いたことはあったけど‥‥」

――――――――――――
 このような手紙でご連絡する無礼をどうぞお許し下さい。
 長年わずらっていた病が悪化し、歩くことすらままなりません。
 この度はどうしてもお願いしたいことがあり、手紙という形をとらせて頂いた次第でございます。
 この内容は我が一族の名誉に関わることですので、どうか内密にことを運んで頂けますよう、あらかじめお願い申し上げます。
 
 我が愚息ギネスが、こともあろうに娼婦との恋に溺(おぼ)れ、婚姻するとまでもうしました。
 平民の、それも娼婦を我が一族に迎えることは極めて問題だ、と告げたところ、愚息はこの家を出ると決意を固めてしまったようです。
 先日、外に出ていったきり家に帰ってこなくなりました。
 しきりに港へ足を運んでいるようでしたので、恐らく船を使って駆け落ちでもするのでしょう。
 どうか愚息を止めて下さい。
 トゥイードの名を私の代で終わらせたくはありません。
 異国にいったところで、2人が幸せになるとは思えません。
 どうしても別れたくないのであれば、私は彼らを迎え入れようと思っております。
 
 どうぞ、老い先短い老人の願いを叶えて下さい。
 よろしくお願い申し上げます。
 
 ギルバート・トゥイード 
――――――――――――

 手紙に添えられた箱には金貨が数枚入れられていた。
 依頼料にしては多すぎる。恐らく、金貨の半分はギルドへの口止め料だろう。
 もし、このことが世間に知られては、トゥイード家は二度と社交界に出ることは出来ない。
 それに、早くしなければ手遅れになる‥‥迅速な処置が必要だ。
 受付係は早速、上司に詳細を連絡し、依頼書の手配を行うことにした。

「それにしても、この噂‥‥本当だったようだな」
「先輩もご存じだったんですか?」
「ああ、一週間前かな、シフールの奴らが騒いでたよ。場末の娼婦に熱を上げている若い貴族がいるってな。名前はなんだったかな‥‥ジネットとか言うハーフエルフだとか‥‥」
 ハーフエルフの単語に、一瞬その場がざわついた。
「ちょっと待てよ。迎え入れるってことは‥‥ハーフエルフの娼婦を貴族の仲間入りさせる‥‥って事なのか? なんか、いっそそのまま駆け落ちさせた方が良いんじゃ‥‥」
 ギルバート氏は息子の相手の正体をよく知らぬのだろう。
 だからこそ「ただの娼婦ならば『愛人』として迎える(買い取る)ことが出来る」と判断したのだ。
 存在そのものが忌み嫌われる一族を迎え入れたとあれば、社交界で様々な障害が起こるのは目に見えている。
 夫婦に向けられる嘲笑に、果たして耐えられるのだろうか‥‥
「そう考えたい気持ちも分かる。が‥‥当事者達の問題まで、我々が心配することではない」
 厳しい目つきで彼は部下達を睨み付けた。
「我々は依頼を引き受け、冒険者達に紹介する。必要以上の深い詮索は無用だ。分かったな」
「‥‥はい‥‥承知しました」
 とはいえ、駆け落ちを決意した2人を連れ戻すことは容易ではないだろう。後々のことも考えると、見逃した方がよいのかもしれない。
「難しい問題だな‥‥」
 依頼書を眺め、上司はぽつりと呟いた。

●今回の参加者

 ea2346 村雨 月姫(28歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea7454 霧崎 明日奈(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9740 イリーナ・リピンスキー(29歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0272 ヨシュア・ウリュウ(35歳・♀・ナイト・人間・イスパニア王国)
 eb0602 ユルドゥズ・カーヌーン(25歳・♀・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●港にて
 キャメロットの港はいつも多くの人でにぎわっている。
 それというのも、この港では特産品の輸出入は無論、諸外国へ向かう馬車や船の乗り場としても利用されているからだ。
「お嬢ちゃん、そんなところに立ってると危ないぜ。その辺は大きな荷物が通るからな」
 霧崎明日奈(ea7454)の姿を見つけ、船の出航手続きをしていた港管理人が声を掛けてきた。
「あ、すみません。結構、にぎわいでいるみたいですね」
「おかげさまでずいぶんと儲けさせてもらっているよ。あんたも旅に出るのかい?」
「いえ‥‥今日は少々別の用事で来たんです」
 明日奈は依頼内容をかいつまんで説明した。
 無論、依頼人のことや目的はぼかし、明後日以内に出発する船や馬車について情報をもらえないかと、問いかける。
「男女2人組の旅行者か‥‥そういや、2日前位にそれらしい話を聞いたことがあるな」
「使う船とか分かりませんか?」
「‥‥ここだと他にもれる恐れもある。ちょっと事務所の方へいってもらえるか? 俺の名を出してもらえれば最低限の資料は見せてもらえるはずだ。悪いがこっちも仕事なので、冒険者とはいえ全て見せるわけにはいかないのでな」
 そう言って管理人は自分の名を告げた。
「分かりました。事務所は‥‥」
「あの奥にある、網が壁に並んでる小屋だ。じゃあな、お嬢ちゃん」
「はい、有り難うございました」
 早々に立ち去る彼に、明日奈は深く一礼した。
 
●老いた父の願い
 ギルドからの仲介を経て、エスリン・マッカレル(ea9669)とヨシュア・ウリュウ(eb0272)の2人は、ギルバートとの直接面会をすることとなった。
 ベッドに横たわるギルバートの姿はとても小さく、弱々しく見えた。
 社交界で精力的に活動していたという、以前の彼の姿はもはやみじんも感じられなかった。
「そなた達が‥‥ギネスを連れ戻してくれるそうだな‥‥」
 彼は息子を何よりも愛していること、そして一族が皆、彼がトゥイードの名を継ぐ者として認めていることを伝えて欲しいと言った。
 老いた父の願いを無下に断るほど、堕ちていない。そう信じたいのだろう。
 ギネスの絵姿を入れた小さな額をギルバートは差し出した。恭しく受けると、ヨシュアは静かに問いかけた。
「お相手の女性についてひとつご相談があるのですが‥‥彼女をどのような扱いになさるおつもりでしょうか?」
「そうだな‥‥側室に控えさせるか、専属の侍女として勤めさせればよかろう。分を弁えること位、子供でも分かるはず。財産目的と分かれば、即たたき出してやるがな」
 彼女はあくまで愛人としてつき合わせ、息子には相応しい娘と婚姻させるつもりだ、とギネスは言う。
 もっとも無難な判断だろう。
 ‥‥彼女は表舞台に出てこられる存在ではない。
 ふと。
 しばらく考え込んでいたエスリンが言った。
「言うべきか悩みましたが、いずれ分かることですので‥‥ご子息様のお相手の女性は、ハーフエルフです」
 エスリンの言葉に、信じられないといった様子で呆然とするギネス。シーツを握る手がわずかに震えていた。
 部屋に重い沈黙が流れた。
 暫くした後。
 ぽつりとギネスは告げた。
「‥‥今日のところは帰ってもらえぬか‥‥少々疲れたのでな‥‥」
 明日また出直してこい、と半ば強制的にギネスは2人を追い払った。
 
「何であのことを言ったんですか!」
「どちらにせよ、すぐ分かることだ。万が一にも途中で決意を翻(ひるがえ)される方が残酷だと思うが、違うか?」
 知らずにいることほど悲劇を招く要因はない。
「とにかく、また明日来よう」
「あちらの状況も確かめなくてはなりませんしね‥‥」
 そう言いながら、2人は仕方なくトゥイード家を後にした。
 
●彼女の心
「本来なら、買い手の決まった子はお客様に会わせないんだけどね‥‥今回は特別だよ」
 娼婦館の女将が案内した部屋は、2階の一番奥まった場所にあった。机とベッドしかない粗末な部屋に彼女はいた。客の姿を見かけて、彼女――ジネットは艶やかな笑みを浮かべた。
「初めまして、剣士様。さあ、どうぞこちらにお座り下さい」
 案内されるままに、村雨月姫(ea2346)はジネットの傍らに腰を下ろした。徐に上着を脱がせようとしたジネットの手を制し、月姫は静かに語りはじめる。
「私はトゥイード家の依頼できた者です‥‥安心してください、あなたにギネス氏と結婚の意志があるか確認に来ただけです」
 戸惑うジネットの手をそっと握り、月姫は穏やかな口調で話を進める。
「あなたに結婚の意志があるならば、私達はあなた方に危害を加えぬことを保証致しましょう」
「‥‥やはり来てしまわれたのですね。あの方が、全てを捨てようとしても、世間がそれを許さないとは思っておりました」
 ジネットは言う。出来るならば一緒に添い遂げたい、生涯を共に過ごしたいと願っている。
 だが、己に流れる呪われた血とあまりにも違う身分が、それを許すはずはない、と。
「私はあの方に全てを話ました。それでも、彼は私を好いて下さると申されました。その気持ちに、私は答えたく思います」
「‥‥分かりました。ですが、あなた方を異国の地へ行かせることは出来ません。ギルバート閣下はあなたを歓迎するとおっしゃられています。ですので、どうかあなたからも旅立たぬようギネス氏を引き止めて頂けないでしょうか」
「‥‥はい」
 それではまた、と月姫はそっと扉に手をかける。
「あのっ‥‥」
「何か?」
「‥‥本当に信じてよいのでしょうか‥‥」
「私達の仕事の何よりは『信頼』です。どうぞ、ご安心下さい」
 そう言って月姫は静かに扉を開けた。
 
●決意
「‥‥でね、こういったの『それでも俺は君を愛してる、呪われた血など、私達の前では障害ではない。全てを引き換えに君と共に過ごせるなら、喜んでしよう』って。あこがれよねー」
 うっとりとした様子で無邪気に語るシフール。その傍らで、イリーナ・リピンスキー(ea9740)とユルドゥズ・カーヌーン(eb0602)は苦笑いを浮かべた。
 ここは場末の酒場。にぎやかな音楽と楽しげな会話で賑わう庶民の憩いの場だ。
 噂好きのシフールを探すのは簡単だった。
 丁度、伝言の仕事から帰ってきた彼女を連れて、イリーナ達は酒場へと訪れていた。
 こちらから質問するまでもなく、シフールはペラペラと身分違いの恋に生きる2人の噂について話はじめた。
 どうやらたまたま娼婦館の傍を通った際、聞きつけたことらしい。
 面白い話がある、と友人に話していたものが、きっかけで噂は広まっていったようだ。
「‥‥そろそろですね」
 不意にユルドゥズが告げる。
 入り口を見ると、若い男女が店に入ってくるのが見えた。
「あ。ほらほら、あの2人だよ。噂の恋人」
 2人はまっすぐに一同の元へ歩いてきた。軽く一礼して、対面する形で彼らは腰を下ろす。
「先程は申し訳ございませんでした。私は複数のお客様を、一度には取らないようにしているんです」
 自分なりのプライドなのだ、と彼女はいう。
 先程、イリーナは月姫と共に店を訪れていたのだが、2人を同時に接客するのは難しい、と女将に断られてしまったのだ。
 出来れば会って話をしたかったので、月姫にこっそりこの酒場のことを言付けはしておいた。
 だが、まさかギネスと共に来るとは‥‥
「ご一緒ならば話は早い。お2人に聞きたい。真剣に互いを愛してるのか?」
 イリーナが語る傍らで、さり気なくユルドゥズは神に祈りを捧げる。
 ほんの一瞬、ユルドゥズの体が淡い闇の光に包まれた。
 そのことに気付きながらも、ギネスは特に問わず、彼女を愛していること。全ての困難は覚悟のうえだ、と告げた。
 ジネットもギネスのためならば、どのような仕打ちも受け止めると言った。
 イリーナはちらりとユルドゥズを見た。彼女はわずかに首を縦に振る。
「‥‥分かった。ならば決断はギネス殿。貴殿が決めることだな。ギルバート殿へはこちらからも話しておこう。だが、約束故‥‥黙ってお2人を旅立たせるわけにはいかない。そのことだけは重々承知しておいてくれ」
「‥‥分かりました」

●旅立つもの達
 深い朝もやの中。1台の馬車が港に訪れた。
 馬車から降りてきたのは若い男女。ギネスとジネットだ。
 2人は辺りを確認しながら、船着き場へと向かう。
 その行く手を阻むように、馬にのったエスリンが彼らの前に現れた。
「‥‥お願いします! 見逃して下さい‥‥父は絶対に、彼女を認めない‥‥2人で一緒にいられるのは、この方法しかないんです!」
 必死に叫ぶギネス。
 エスリンは、厳しい表情でじっと彼を見つめていたが、ぽつりと呟いた。
「ギルバート子爵閣下は全てを知った上で、お2人認めると約束された。それでも、父親の心を裏切るというのか?」
「‥‥え‥‥」
「子爵閣下は貴殿の帰りを待ちわびている。その娘と共に帰ってくることを、な」
 甘い煙の混じった風が2人の鼻をくすぐった。途端、2人は寄り添うように、その場に倒れ込んだ。
「‥‥まだ話は終わってないぞ」
 少しばかり眉根を寄せながらエスリンは背後の少女に文句を告げた。
「ごめんなさい、交渉決裂っぽい雰囲気だったから、手っ取り早いと思いましたの」
 そう言って明日奈はにっこり微笑んだ。
 
●画策の行方
 それからの2人の噂は残念ながら聞かれない。
 だが、逆に返せば。平穏無事に事が運んだと解釈してよいのだろう。
 2日に渡る説得と、愛する2人の強い意志が、ギルバートの心を動かしたのだ。
 社会の表舞台に決して顔を出さないことを条件に、ジネットはトゥイード家の一員として認められた。
 最も、彼女のことについて知るものは、当主と本人と‥‥そして今回の事件に直接関わったもの達だけ‥‥
 ギルドへ提出した報告書も極力、他の職員に見られぬよう処理されることだろう。

「ねえねえ、きいて〜っ! すごい噂聞いちゃった!」
 シフールの元気な声が聞こえてきた。
 興味津々といった様子で集まる仲間達に、彼女は得意げにかたり始める。
「‥‥一番の問題はあいつらかもな」
 苦笑いを浮かべながらギルド員の誰かが、そう言った。