奇跡の白い花

■ショートシナリオ


担当:谷口舞

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月20日〜03月25日

リプレイ公開日:2005年03月28日

●オープニング

 島を取り囲むように流れる海の恩恵を受け、ここイギリスは豊かな緑あふれる地域となっていた。
 なだらかな田園地帯と草原が広がり、まだ人の手が触れずにいる深い森が、町を取り囲むように存在する。
 森は、その地に迷い込んだ旅人の手によって、多くの謎と噂を生み出していく。
 それらは唄という風に乗り、やがて伝説となる。
 伝説は人々の心を魅了し、森の世界への道しるべへと昇華されていった。
 
「全ての病を治す薬の素を採りに行く。その護衛をお願いしたい」
 ギルドに訪れた薬師(くすし)は、はっきりとした口調でそう告げた。
「西の森にあるというグーズベリーというやつだ。そいつが咲かす花を手に入れたい」
「花‥‥ですか」
 薬草学に精通するものならば、わずかに耳にしたことがあるだろう。
 森に眠る赤い宝石、グーズベリー。
 春に白い花を咲かせ、夏の初めに赤い宝石のような実をならすことからその名がささやかれはじめた。
 グーズベリーの樹はそれ程大きくは成長せず、殆どが巨木の影にひっそりと寄り添うようにして生えている。
 花もせいぜい数個程しか咲かず、気をつけて探さないと簡単に見逃してしまう。
 この果実の汁を丁寧に絞り取り、はちみつ、バター、樹液とを混ぜ合わせて、薬に仕立て上げる。
 その薬を服役すれば、知恵と長寿を得られるのだと伝えられている。
「実ではなく、花‥‥なのですか?」
「ああ。花の汁と花粉が重要なんだ」
 病を治すものと長寿の薬では、必要なものが違うのだろう。
「しかし、ただ森にあると言われても‥‥範囲が広すぎて、我々も対処のしようがありませんよ」
「‥‥『花の乙女よ聞きなさい。赤い実をならすこの樹は、闇の恩恵で生まれ育つ。高く昇る月を見つけたなら、その影を見なさい。己が背程の小さな樹木が、闇の中で佇んでいることでしょう』‥‥私の家に、昔から伝わる言葉だ。この唄が道しるべになるだろう」
 深い森の中で、月が見られる場所はそうそうに無い。
 徒歩2日以内で行けるとすると、湖が近くにある小高い広場辺りとなる。
 その周辺にある背の高い木の根元を探していけば、見つけられることだろう。
「問題はあの辺りに潜む野獣ですね‥‥夜は彼らの時間ですから‥‥」
 そろそろ、冬眠から目覚めた獣達も活動を始める頃である。
 事実、この近辺で熊の姿を目撃した、との報告が来たばかりだ。
 冬眠から目覚めた直後の彼らは、餌に飢えているため、非常に危険である。
「森の方はまだ雪も積もっておりますし、専門家に任せた方が安心ではないでしょうか」
「‥‥ただ花を摘めば良いものではない。摘み取り方にも方法があるのだ。それに、危険と思うからこそ護衛を頼むのだ。熊ごとき、冒険者ならば問題なかろう?」
 こういうタイプが、実際に面と向かった時、足手まといになるんだよな‥‥
 高飛車に語る錬金術師を見ながら、ギルド員はそっと心の中で呟いた。

●今回の参加者

 ea0945 神城 降魔(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3179 ユイス・アーヴァイン(40歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea9272 風御 飛沫(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0050 滋藤 御門(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1248 ラシェル・カルセドニー(21歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●森の恵み
「ずいぶんと静かなところですね」
 森に囲まれた泉は穏やかな水面をたたえ、夕空を照らしていた。
 まだ残る白い雪に、足跡を付けながら、滋藤御門(eb0050)はゆっくりと辺りを見回していた。
 日の入り間近という時間帯の所為だろうか。
 空気も凍る程に静まり返っており、時折獣の気配がするものの、森はゆっくりと眠りに入り始めていた。
「この辺りにキャンプをはって、探索をするとしよう。大分更けてきた‥‥今日のところは身体を休めるべきだろうな」
 そう言ってエスリン・マッカレル(ea9669)はちらりと薬師を一瞥(いちべつ)した。
 冒険者達は旅には慣れているが、同伴している薬師は少々疲れ気味の様子だ。
 薬草採りで森に何度も出かけているだろうが、雪解けのぬかるんだ道を歩き回るというのはそうそうしないだろう。
 ぬかるんだ道はどうしても足下をとられるし、何より、冬眠から目覚め始めた肉食獣達に遭遇する機会がぐっと増える。
 飢えた彼らの前では、人間も単なる餌にすぎないのだから。
「ええと、最初の見張りは私とエスリンさんでしたよね。とりあえず薪の用意をしてきますね」
「ああ、そういうのは私に任せて下さい。ついでに何か食べられそうな物も摘んで来ます」
 ラシェル・カルセドニー(eb1248)が準備をし始めようとしているのを制し、風御飛沫(ea9272)は軽やかに森の中へ駆けて行く。
 その後ろ姿を眺めながら、独りで行かせて大丈夫かと問う薬師に、採取程度なら問題ないと神城降魔(ea0945)が答えた。
「彼女も優秀な冒険者のひとり、何かあったとしても多少の事ならば対処出来るだろう。ああ、おまえは独りで行ってくれるなよ。何かあってもすぐには駆けつけられないからな」
「‥‥私も森に関しては、君達以上の知識はあるぞ?」
「知識と経験は違う。言葉で知る以上のことを俺達は旅を通して学んで来たからな‥‥それより、テントの用意を手伝おう。ぐずぐずしているとまた草むらに横になることになる」
「それは大変だ。私もそのテント張りを手伝うとするか」
 ユイス・アーヴァイン(ea3179)が共用のテントを張ろうとしている所に、薬師は割り込んでいった。
 慣れない作業に四苦八苦する薬師に苦笑しながらも、ユイスは適当に指示を与えてやる。
「しっかり張らないと、寝てる間に崩れてしまいますからね〜。それだけ気をつけてください」
「こ、こうか?」
「そうですね〜。そんなかんじです」
 しばらくして、飛沫が採取から戻ってきた。小脇に抱えた袋に春の山菜達が顔を覗かせている。
「食べられそうな物を選んで来ました。まだ新芽ばかりなので、水でさらせば充分食べられると思います」
 さすがに連日肉の干物ばかりでは、心もわびしくなる。
 たき火の炎があがり、暖かな光が満ちると、自然に心が温まるような気がした。
「獣は人の気配を嫌いますからね。こうやって火を焚いておけば夜も大丈夫でしょう」
 肉の干物を軽く火であぶると、香ばしい薫りが辺りに漂う。
「この薫りに誘われて何か来るだろうか‥‥」
「来た時は、こちらから返り打ちにしてあげてしまいましょう」
 エスリンの問いかけに、良く焼けた肉をかじりながら御門がそう応えた。
 
●夜の訪問者
 夜もだいぶ更けてきた時のことだ。
 突然鳴らされた鈴の音に、テントで休んでいた冒険者達はその身を起こした。
「静かに。騒ぐと狙われるぞ」
 テントから首を出して辺りを見回す薬師の前に立ち、降魔は懐のナイフの位置を確認する。
「ど、どうしたんだ?」
「近くにやっかいな奴がきている。鳴り子の罠に驚いて距離をとったようだが‥‥油断は出来ん」
 警戒用にとユイスと飛沫が周囲にはっておいた罠に引っかかったようだ。
 カラカラと音をたてて揺れる罠の音に混じって、獣のうなり声も聞こえてくる。
「やはり匂いに誘われて来たのでしょうか。火を焚いたままにしておいて正解でしたね」
 御門は手ごろな薪を拾い上げ、闇夜に掲げる。
 燃えあがる炎に照らされ、ぼんやりと木陰にいる何者かの存在が見て取れた。
 あちらもこちらの気配に気付いているが、やはり火が怖いのか近づいて来る気配がない。
 野生の獣とは、出来れば戦いたくはない。このまま立ち去ってくれることを祈るばかりだ。
「熊さん来ちゃったみたいですねぇ〜?」
 テントから出てきたユイスがのんびりと言う。
 徐に焚火の中に残っていた食事カスを拾いあげると、ひょいと獣の方へ放り投げた。
「ご飯が欲しいのなら、それをあげますよ〜。こっちは危ないですから、向こうにお帰りなさ〜い」
 ユイスの言葉が通じたのか、獣はゆったりと方向転換すると、森の奥へと戻っていった。
 
●小さな花を探して
 明朝。
 少し霧がかっていたが、一行は散策へと出発した。
 朝露に濡れる草を踏みしめながら、大きな木の周りを中心に探し始める。
「確か‥‥こういう所にはえているんですよね」
 そう言って、ラシェルは日陰の部分になっている草むらをかき分ける。
 小さい木々は身を寄せ合うように生えていることが多い。恐らくグーズベリーも混じって生えているだろう。
 一行の先頭を行くエスリンは、途中何度も立ち止まり辺りを警戒していた。
 夜中の間うろついていた獣はなりを潜めているのか、気配が殆ど感じられない。
 まだ新しい足跡がいくつも残されていることから、ここから立ち去ったというわけではなさそうだ。
「そう心配しなくても大丈夫だと思いますよ。これだけの人数です、相手もびっくりされていることでしょう」
 いくら飢えているといっても、相手もそう愚かではない。
 こうして存在を知らしめておけば、警戒して不用意には近づいてこないはずだ。
「まあ、襲われたらその時はよろしくお願いします」
「無論だ。それが私の役目だからな」
 エスリンは表情をわずかに緩め、ラシェルに微笑みかける。頼りにしてますね、とラシェルはにこりと応えた。
「あった‥‥。これじゃないかしら」
 少し離れた茂みを覗きながら飛沫が告げた。
 茂みのほぼ中央部に、白い小さな花を咲かせた背の低い木が生えている。
 わずかに付いた緑の葉に添えるように咲く小さな花は、なんとも愛らしい。
「うん、そうだ。これだ。この花だ‥‥」
「ちょっと他の木が邪魔ですね。届くかしら‥‥」
 手を伸ばそうとした飛沫に、薬師は「待った」と、彼女の腕を取る。
「この木にはトゲが生えている。うかつに素手で扱うと痛い目にあうぞ」
「そうなんですか? 本には何も‥‥」
「いいからどくんだ。採取は私が行う」
 半ば無理やりに飛沫を退かせ、薬師は茂みをかき分けて花の採取に採りかかった。
 その時だ。
 不意に背後から、熊のうなり声が聞こえてきた。
 殿(しんがり)をつとめていた降魔が素早く戦闘態勢を整える。
「どうやら、この辺がなわばりだったようだな‥‥あの様子だと逃がしてはもらえなさそうだ」
「ラシェル殿、薬師殿を先に逃がしてやってくれ。我々がここで足を食い止める」
「エスリンさん、これを使って下さい!」
 水晶で出来た剣を御門が放り投げる。見事にそれを受け止めると、エスリンは逃げる仲間達とは逆の方向へ走り始めた。
 熊の気をひくために、懐にいれていた石をひとつ投げ飛ばす。
 熊は大きな身体を揺らして、エスリンの後を追いかけ始めた。
「さ、今のうちに逃げましょう〜」
「か‥‥彼らは大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ〜。それよりも採取が終わったなら、とっとと逃げる方が懸命です」
 目的のものが手に入ったのなら、さっさとここから立ち去るのが良策だ。
 熊に気付かれないよう、草陰を選びながら、彼らは泉の広場まで戻っていった。

●帰路
 少し時間を置いた後、ようやく戦士達が戻ってきた。
 駆け足気味で戻ってくる降魔にラシェルが問いかける。
「熊はどうなりました?」
「向こうの森の方へ引き連れていっておいた。しばらくは向こうを彷徨っていることだろう‥‥今のうちに野営を片づけて出ていった方が良いだろうな」
「出発の準備は出来てます。それじゃ、急いで戻りましょうか」
 テントも焚火の後もすっかりと片づけられていた。
 馬に乗せられた荷を確認し、一行はすぐにその場を後にした。
 
「一時はどうなるかと思ったが‥‥無事に手に入って何よりだ」
 ほっと安堵の息をもらす薬師。彼の手には花が詰められた革袋がしっかりと握られている。
「それにしても何故倒さなかったのかね? あんな危険な生き物は殺しておいて良いと思うぞ」
「熊に罪はありません。無闇に殺しては可哀相ですよ」
 穏やかにユイスは言う。
 彼らの地に侵入してきたのは自分達の方だ。
 本来ならばしなくてもよい殺生は出来る限り控え、自然のままにするべきだろう。
「自然の恵みは大切にしないといけませんものね」
 そう言って、飛沫はにんまりと笑顔を浮かべる。その手にはしっかりと山菜の詰まった袋が握られていた。
「それ、お土産ですか?」
 問いかけるラシェル
「春一番の美味しい恵みの恩恵に預かろうと思いまして♪」
「いいなぁ‥‥私も摘んでこれば良かった‥‥でも、どういうのが食べられるのか分かりませんから‥‥」
「見分け方は簡単ですよ。今度コツをお教えしましょうか?」
「良ければお願いしたいです」
 
 そんな楽しげな会話を弾ませながら、一行は街道への道を歩いていく。
 朝から漂っていた霧は少しづつはれてきており、森は再び明るい初春の景色を見せ始めていた。