祖国を奏でる唄を求めて

■ショートシナリオ


担当:谷口舞

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月13日〜04月18日

リプレイ公開日:2005年04月20日

●オープニング

 冒険者ギルドに現れたその少女は、おおよそギルドの雰囲気に似つかわしくない出で立ちをしていた。
 地面まで長く垂れたベールを深く被り、艶やかな模様が入れられたローブを羽織ったその姿は、まるで物語の中から抜け出してきた吟遊詩人を醸し出していた。
 かなり疲れている様子で、表情もどことなく暗く、足取りも少しおぼつかない。
 ゆっくりと足を踏み出しながらも、ようやく受付にたどりついた彼女は、鈴のようなはかない声色で、言葉を紡ぎ上げた。
「‥‥南の国の詩人を探してます」
 彼女の手に握られているリュートには弦が無く、あちこちに破損が見られる。
 もう一度弦を張り直しても、再び音を奏でることはないだろう。
 彼女の持つリュートはどうみても普通のものだ。
 楽器の修理を願いに来た‥‥というわけではないだろう。
 そもそも、楽器を直すのなら、専門店へ赴いた方が確実なのだから。
「お願いです‥‥お母様の愛した南の国のあの曲を、お母様の前でもう一度聞かせて差し上げたいの。南の国の音を知る方を‥‥紹介してもらえませんか?」
「南の国、といっても広いですし‥‥具体的にどんな曲なのか、鼻歌でも構わないので教えて頂けませんでしょうか」
「え、ええ‥‥唄はあまり得意じゃないのですが‥‥」
 少女はか細く消え入るような声で歌い始めた。
 声量は小さく聞きづらいが、曲はかなり調子の早いリズミカルな音楽のようだ。
 あまり自信がないのか、最後までは歌いきらず、彼女は扉を閉めるように固く口を閉じた。
「調子からすると、インドゥーラの曲のようですね。あなたの唄を元に‥‥曲を奏でれば問題なさそうですね」
 全く同じに、というのは一流の音楽家でも難しいが、似たような調子で奏でるのであれば、それなりの技術があれば再現する事が出来る。
 ただ、問題は‥‥彼女の奏でる唄が聞き慣れない南の地方の音だということだ。
 南の地方からやってきたというジプシー達に聞くか、その出身者に聞いてみるのが最適だろう。
「あなたのお母さんに、どういった楽器を使う曲なのか、お聞きすることは出来ないでしょうか?」
「それは‥‥難しいです。お母様は上手に話すことが出来ませんから‥‥ただ、この楽器が壊れる前までは、これで良く弾いてました」
 彼女の母親は今年の冬、流行り病にかかり、記憶を殆ど失ってしまったのだという。
 その時、不思議とリュートの全ての弦が弾けとび、それ以来音を鳴らさなくなったのだそうだ。
 彼女は母親の介護をしながらも、過去の記憶をどうにかして取り戻せないか、と模索していた。
 そんな中、介護の手伝いをしているクレリックの1人から、ひとつの話を聞かされた。
 記憶を取り戻すには何か刺激を与えると良い。
 懐かしい曲を聴けば、何か思い出してくれるのではないか。
 その言葉を信じ、彼女は勇気を出して赴いてきたのだ。
「分かりました。少々難しいかもしれませんが‥‥依頼を果たせそうな人物をご紹介致します。ですが、まずはご自身をご自愛なさった方が良いですよ。そのような状態では、お母さんも心配されます」
 今の生活を続けていては、彼女は倒れてしまうことだろう。
 介護の手助けとなる人物も何人か紹介した方が良い。ギルド員はそう判断した。
「ご安心下さい、当ギルドから派遣される者は皆、優秀な方ばかりです。必ずや、あなたの願いは叶えられることでしょう」
「有り難うございます‥‥」

●今回の参加者

 ea0729 オルテンシア・ロペス(35歳・♀・ジプシー・人間・イスパニア王国)
 ea7693 マルス・ティン(41歳・♂・バード・人間・ロシア王国)
 ea7842 マリー・プラウム(21歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea7864 シャフルナーズ・ザグルール(30歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea9776 セレン・フロレンティン(17歳・♂・バード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0732 ルルー・ティン(21歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

ユイス・アーヴァイン(ea3179)/ サイラス・ビントゥ(ea6044

●リプレイ本文

●懐かしい歌
「それでは、まずは唄を聴かせてもらえますか?」
 マルス・ティン(ea7693)に促され、娘はおそるおそる前へ歩み出る。
 見知らぬ相手を前に、かなり緊張しているのだろうか。目線が定まらず、どことなく落ち着かない。
 まずは緊張している気持ちをほぐそうと、旅の話や楽しい唄を聴かせることとした。
「音楽は楽しむものでしょ? 緊張していては良い音はだせないわよ」
 そういってマリー・プラウム(ea7842)は持っている竪琴をつま弾かせる。
 竪琴の音色に合わせて、自然とシャフルナーズ・ザグルール(ea7864)が踊りだした。
 軽やかなステップで踊るシャフルナーズを見て、娘は小さく声をあげる。
「お母様の踊りに良く似てる‥‥」
「私もジプシーの踊り手。生まれは少し違うけど、一緒の旅路を歩いてきた仲間、かな」
 一緒に踊ろう、とシャフルナーズは手を差し出す。
 娘の細くやつれた手を優しく握り、優雅にダンスをリードしていく。
「わたくしの歌がなくては映えませんことよ! お聞きあそばせ!」
 ルルー・ティン(eb0732)が竪琴の音色に合わせて歌い出す。
 歌を聴いているうちに、娘の表情がほぐれていき、笑顔をみせるようになった。
 それを確認し、セレン・フロレンティン(ea9776)はさりげなく彼女にも歌うよう誘いかける。
 ひとつ深呼吸し、少女は艶やかに歌い始めた。聞き慣れぬ異国の旋律に演奏家達は真剣に耳を傾ける。
「ふむ‥‥これは祖国の子守歌だな」
 奥に控えていた坊主姿の男性がぽつりと言う。
 シャフルナーズも聞き覚えがあるのか、両手両足をわずかに動かし、リズムを取っていた。
「私も小さい時似たようなのを聞いたことがあるかな。一緒にいた大人の人が良く歌ってくれていたっけ」
 夕飯も終わり、寝につくまでの安らかな時間に奏でる唄なのだそうだ。
 曲調が分かるのであれば心強い。
 出来る限り忠実に再現させるため、聞き取れなかった部分を繰り返し唄ってもらう。
 初めは意味が分からなかった仲間達も、繰り返し聞いていくうちに自然と口ずさめるようになり、通訳が可能な者に発音を確かめてもらいながら音の調子を合わせていった。

 そうしているうちに、あっという間に時は流れ。
 気付けば、辺りは夕暮れに染まり、空は薄い闇へと色を変えていた。
「いけない‥‥お母様のお夕食を作らないと‥‥」
 慌てて奥の部屋へ行こうとする少女をオルテンシア・ロペス(ea0729)が制した。
「あんたの代わりに家のことはしてあげるから、心配しないでいいわ。母親の心配をするのも大切だけど、自分の身体の心配もしなさいね‥‥疲れたでしょう。今日の所はお休みなさい」
 オルテンシアの言葉に気が抜けたのか、少女はふらりとよろめき、そのまま彼女の胸へと身体を預けていった。
「よほど緊張していたようね」
 くすりと微笑み、オルテンシアはそっと彼女の頭を撫でてやった。
 
●壊れた楽器
 少女からウードを受け取ったセレンは、早速修繕の依頼に向かった。
 一度壊れた楽器は、なかなか元に戻すことは出来ない。
 特に弦楽器は弦を貼り直せば良いというわけでなく、胴部分にひびが入っていれば音が変わってしまうし、曲がったりたゆんだりしていたら、下手をすると楽器としての機能も果たさなくなる。
 修理士も楽器を手に取り、渋い顔をさせた。
「こいつはだめだな。あちこちにヒビが入っているし、中の空洞部分がかびてやがる」
「何とかなりませんでしょうか?」
「そうだな‥‥やれるだけのことはやるさ。だが、こいつを復活させられるのはあんたの腕次第だ。楽器は使う人間次第で死にもするし、よみがえることも出来る。そいつは知ってるだろう?」
 目にみえる場所の修繕は行うが、弦の調律はセレンが行わなくてはならない。
 音楽に関しては得意なセレンもさすがに責任重大だな、と表情を堅くさせた。
「それじゃ、明日後また来てくれ。それまでに何とかしてみるよ」
「‥‥宜しくお願いいたします」
 
●異国の衣装
「あれ。セレンさんを見かけませんでしたか?」
「セレンなら、さっき市場の方へ出掛けたわよ。何か修理が終わったんで、取りに行くとか言ってたわ」
 数刻もすれば戻ってくるだろう、とオルテンシアは言う。
「ああ、楽器の修復とか言ってましたね。でも、調律はどうするんでしょう‥‥この辺りの技術者ではウードの調律なんて出来る方はいないでしょうに‥‥」
 自分で行うのだろうか。
 セレンの技術ならば、出来なくもないだろうが、容易でないことは知識のない者でも容易に想像出来る。
「ねえ、衣装こんな感じにしてみたんだけど‥‥どうかな?」
 艶やかなローブに身を包んだシャフルナーズが軽くターンをする。
 ひざまである長いローブが風に舞い、柔らかな動きではためいた。
「雰囲気でてるわね、いいわ」
「皆さんおそろいで着ると雰囲気も出て良いと思うの。形から入っても悪くないでしょ」
 見た目というのは思うより人に大きな刺激を与える。
 懐かしい故郷の衣装を身にまとい、曲を奏でれば、記憶を失った心の琴線にきっと刺激を与えることだろう。
「踊り辛くないかしら?」
「1日着てればすぐ慣れるよ。試しに着てみたらいいよ」
 こんな機会でもないと着れないだろうしね、とシャフルナーズは楽しげに言う。
 家事の手を休め、オルテンシアはそっと衣装に袖を通した。
 
●一夜だけの演奏会
「お母様、こちらです」
 娘に促され、居間へと降りてきた女性は、目の前の光景に驚きの声をあげた。
「ようこそいらっしゃいませ。さあ、どうぞお座り下さい」
 穏やかにセレンが言う。
 ルルーに介護してもらいながら、女性は困惑気味に腰を下ろした。
 乾燥させたハーブを燃やす香りが辺りに漂っている。
 独特の強い刺激に酔いしれる中、セレンとマルスの奏でる音色がゆるやかに流れる。
 曲に合わせてオルテンシアとシャフルナーズが踊りだす。
 垂れ下がるベールの裾を蝶のように舞わせ、優雅に演奏者の周りを回り始める。
 旋律が高くなれば激しく、低くなればゆっくりにと、海岸によせる波のように激しく、時に優しく。
「‥‥この曲は‥‥」
 女性の両目から一筋の涙が流れ出す。
 主旋律を奏でる2人の傍らで竪琴を弾いていたマリーがそれに気がついた。
 ふと、手を休めて女性の元へと飛んでいく。
「どうしたの? 大丈夫?」
「ええ、ありがとう‥‥何故か分からないけど、何だが急に‥‥嬉しくなってきちゃってね‥‥」
 込み上げてくる感情が何なのか分からず、彼女は声を震わせ涙を流していた。
 やがてそれは嗚咽へと変わり、女性はあふれ出て止まらない思いのたけに全身で震えていた。
 
●思い出を胸に抱き
 結局、母親の記憶が戻ることはなかった。
 だが夢のような時を楽しませることができ、自分も久しぶりに安らいだ一時をすごせたことに少女は深く感謝していた。
「母もとても喜んでおりました。これも皆さんのおかげです」
 たとえ記憶になかったとしても、懐かしい故郷の音楽に触れられ、心を動かされたのだろう。
「あの演奏会以来、ふさぎがちだった母が話しかけて来てくれるようになったんです」
 会話を繰り返していくうちにいつかきっと、全てを思いだしてくれるだろう。
 少女の手にはセレンが直したという楽器が抱かれていた。
 調律した直後の一夜はきちんと演奏出来ていたのだが、しばらくしてまた音が出なくなったらしい。
「外見上問題はなさそうなんですが、何が問題なのでしょう‥‥」
 困惑した表情でセレンは言う。
「いいんです。また、きっといつか音を取り戻してくれます」
 確信した笑みを浮かべながら、彼女はそう告げた。
 
●冒険すること
「‥‥大変なことを忘れていましたわ」
 不意に告げられたルルーの言葉に、マルスは振り返った。
「何か忘れ物でも?」
「大変な忘れ物ですわ。また、冒険出来なかったですわ!」
「冒険ならしたじゃないですか。未知の文化に挑戦する、という大きな冒険を」
「あれが冒険とおっしゃるの!?」
「戦うことが『冒険』というわけではありません。未知なる物を求め、挑むことが本当の目的ですよ」
 怒り顔のルルーとは対照的に、マルスは穏やかな表情で告げた。
「ルルーさんも知らない音に触れ、色々感じたでしょう? そのわくわく出来た気持ちが、本当の冒険なんですよ」
「‥‥あんたが言うなら、そういうことにしておくわ」
「分かって頂けて嬉しいです」
 そう言って、マルスはにこりと微笑んだ。