香草のたしなみ
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■ショートシナリオ
担当:谷口舞
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月03日〜05月06日
リプレイ公開日:2005年05月12日
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●オープニング
ハーブ特有の少し甘い香りを漂わせながら、彼女は冒険者ギルドへと訪れてきた。
「少しよろしいかしら? 人を雇いたいんですの」
如何にも裕福そうな絹の衣装を身にまとった、恰幅の良い女性だ。
皴(しわ)は多いものの、肌は張りがあり瑞々しく、実年齢以上の若さを感じ取れた。
「新しく作ったハーブの感想をききたいの。わたくしの店の常連の方でもよいのですけど、出来れば幅広い意見をお聞きしたくて色んな方に試して頂こうと思いましたの」
各地を旅する冒険者ならば、幅広い視野での意見が聞けるだろう。
それに、慣れ親しんだ者からは聞けない言葉も聞くことが出来るかもしれない、と期待しているようだ。
「あら、マリアおばさま。お久しぶりですね」
受付の奥からギルド員が声をかける。マリアと呼ばれた彼女はにこやかにギルド員に微笑みかけた。
「また新しいハーブを調合なされたんですか?」
「ええ、そうなの。新鮮なミントとローズマリーが手に入ったから、お店にいらしたらお茶にして差し上げるわ」
さっぱりとしてお仕事の疲れも癒せるわよ、とマリアは言う。
知り合いなのかと問う受付係に、ギルド員はこの女性の店の常連なのだと返した。
「ほら、私達の仕事って結構疲れるじゃない。報告書整理なんかで疲れた後に、ハーブの香りをかぐとすっきりするわよ」
「へぇ‥‥そうなんですか」
一口にハーブを楽しむといっても様々な手段がある。
煎じて飲む、乾燥させたものを燻(いぶ)す、湯につけて身体を浸すなど、その種類や効能によって違ってくるのだという。
「うちでは主に燻す方法かしら。もちろん煎じて飲むことも出来ますわよ。でも、今回のは‥‥湯につけるのを前提としておりますの。面白そうでしょう?」
一般的に、湯を使って身体を温めるという習慣はあまりない。
ジャパンでは自然から湧き出る湯を桶に張り、その中に入るという習慣があるらしい。
だが、イギリスで湯を取り扱うといえば何かを煮たり、茹でたりが殆ど。
身体を浸して温めるなどというのは至極新鮮な感覚だろう。
「ああ、香草の種類をいっておかなくてはいけないわね‥‥ものによっては苦手な方もおられますし。ローマンカモミールというハーブを使うの。甘く落ち着いていて、寝る前に良いかしら」
旅を疲れを癒すにも最適らしい。
長旅が多く、疲労がたまりやすい冒険者には嬉しい内容なのではないだろうか。
「店の場所の説明と雇い金が必要ですのね。この書類にサインすればよろしいんですの?」
「はい。下の部分にご署名願います」
さらさらとサインを書き記すマリア。
書き終え、ペンを置きながらにこやかに告げた。
「それでは、お待ちしておりますわね」
●リプレイ本文
●夫人の庭園
「立派な庭園ですね」
門をくぐり抜け、目に飛び込んできた鮮やかな緑と、むせるような花の甘い香りに、アクテ・シュラウヴェル(ea4137)は目を細めた。
庭一杯に植えられたハーブ達は、どれもきちんと手入れがほどこされており、生き生きと花を咲かせている。
ハーブは強い植物なので、手入れにはそれ程苦労はしない。
だが、注意しなくてはいけない点もいくつかある。
繁殖力も高いため、放っておくといつの間にか辺り一面に広がっていることもしばしば。
植物の中には、相性の悪いものもあるので、放っておくと片方あるいは両方が枯れてしまうこともある。
また、柔らかくほどよい湿り気のある土でないと根を充分に張ることが出来ない。
選定と良い土の管理。この2つが、ハーブ育成において何より大切なことだ。
「ええと‥‥あ、これですね」
アクテはカモミールの葉を手で摘み取り、袋につめていく。
袋が程よく一杯になったところで、屋敷の方からアクテを呼ぶ声がした。
「いま参りますー」
服についた枯れ草を払い落とし、アクテは小走りぎみに屋敷へと向かっていった。
●準備までの間に
案内された先は屋敷の奥にある小さな中庭だった。
湯の用意をするにも、量が多いため、かまどの火を使うより、焚火をたいた方が早い。
最初は室内で‥‥と考えていたが、後始末のことも考え、屋外でやることとなったようだ。
「この季節は霧が多いので、少々心配しておりましたが、お天気が良くて良かったですね」
「うん、ぽかぽかしてて気持ちいいよね」
準備が整うまでの間。
アルメリア・バルディア(ea1757)とエル・サーディミスト(ea1743)はのんびりと香草茶をたしなんでいた。
「あ、そうだ‥‥」
そう呟き、エルはごそりと懐から手製の小袋を取り出した。
丁度準備の手伝いをしていたバーゼリオ・バレルスキー(eb0753)を呼び、小袋をそっと手渡した。
「楽器に香りを付けたいっていってたよね。お湯に浸したら楽器が悪くなると思うから‥‥その袋を楽器といっしょにしておけば、香りが移って良い感じになると思うよ」
「有り難うございます。これは‥‥何の香りでしょうか?」
「ラベンダーって言うんだよ。甘くて優しい香りでしょ♪ なかなか眠れない時とか、落ち着きたい時に嗅ぐと気分がほんわか出来るよ」
にこりとエルは穏やかな笑顔をみせる。
「ただ、そのままにしておくと他の物にも香りが移っちゃうから、入れるのは2〜3日程度にしておくか、他に何も入れないようにしておいた方が良いかな。それに、確か‥‥横笛につけたいんだったよね、あまり強いと逆に臭くて大変になっちゃうから、本当に香るかなって程度がいいと思うんだ」
「確かに‥‥そうですよね」
「みなさーん、準備が整いましたよー」
アクテの声が聞こえる。
「さ、行きましょうか」
身重のエルを支えるように手を貸し、彼らはのどかなイギリス庭園を眺めながら、アクテ達の元へと向かっていった。
●足湯体験
「ふむ。足だけつけていても、温かくなるものだな」
素直な感想をノース・ウィル(ea2269)は告げた。
湯の温度は少し熱めで、数分も過ぎれば足の方からじんわりと全身が温かくなっていく。
湯の中に浮かぶカモミールの葉が少しくすぐったかったが、それがあったとしても充分心地よい。
春の陽気の相乗効果も加えて、湯に足を付けてぼんやりとしていると、何だか眠くなってきた。
少し船を漕ぎ始めたノースの姿に、アクテがくすりと笑みをもらす。
「ノースさん、ここで寝てはお風邪をめされてしまいますよ」
「ん‥‥あ、ああ」
「良かったら、これ使いなよ」
エルは自分のひざにかけていた毛布を差し出した。
「貴殿こそ風邪を引いてしまってはお子に触るのではないか? 私はこいつを使うとするよ」
そういって留め具を外し、肩にかけていたマントを外した。
湯に浸けないよう気をつけながら小さくたたみ、ひざの上にかける。
ちょっとごわつくが、何も無いよりはましだろう。
「ただ座っているのも退屈ですし、一杯楽しみますか?」
「あ、お酒はちょっと‥‥身体に負担がかかりすぎますし、すぐに酔ってしまいますよ」
足湯で温まる行為は、軽い運動をしているのと同等の効果があるようだ。
発泡酒程度のアルコールならば、すぐに酔いはさめるだろうが、念を押しておくことにこしたことはない。
「代わりに香草茶は如何でしょう? そのお湯に浸けているのと同じカモミールティーですよ」
そう言って、アクテはお茶をそれぞれに配っていく。
茶請けに出されたバノックにもハーブが混ぜて有り、薫り高いバノックの湯気に混じって、爽やかなハーブの香りが漂ってくる。
たっぷりとチーズを塗り、口にほお張る。
味の薄いフレッシュチーズのため、バノックだけでは少々物足りなく感じたが、濃いめに入れたカモミールティーがさっぱりとした後味を加えてくれて、何杯でも食べられるような気がした。
「これならお腹一杯食べられそうだね」
「でも、あまり食べ過ぎるとお腹を壊してしまいますよ?」
「平気平気、その時は僕のお薬を飲めば良いんだから♪」
いつでも用意は出来るよ、とエルは明るく言う。
「まあ‥‥どんなものでも程々が一番ですね」
バーゼリオは苦笑いを浮かべながら、ゆっくりとお茶をすすった。
音楽の道も無理をすると、自滅に陥るおそれがある。
「酒も飲み過ぎると良くないと聞く。薬草も似たようなものなのだな」
「そうだね。たくさん飲んだり、使い方を間違えると‥‥中毒になるんだよ?」
楽しそうに言うエル。
その発言に思わず一同の手が止まった。
「これくらいのものなら大丈夫だよ。そんなに濃くないしね」
直接絞った汁ならともかく、煎じた茶であれば殆ど気にすることはない。
普通にたしなむ程度なら尚更である。
「でも、足だけでもこれだけの効果があるのなら、全身浸かってみるとよさそうですね」
ぽつりとアルメリアが言った。
その言葉に同意し、アクテが言葉を続ける。
「ジャパンでは、全身をゆっくりと湯に浸かり、疲れを癒すそうですよ。でも、全身が入れる分の湯を用意するのは大変ですし、慣れないとお身体がびっくりしてしまうでしょうね」
「疲れをとるために入ったが、逆に疲れてしまうということか?」
「そうかもしれません」
「ふむ‥‥色々と大変なようだな‥‥」
「あまり深く考えなくていいんじゃない? 気持ちよければ良いと思うよー」
にこやかにエルが言った。
「エル殿の言う通りです。ああ、そろそろ湯が冷めてきましたよ」
「あら、ごめんなさい」
そそくさとアクテは鍋の湯を持ってきた。
「直接かかると火傷をしますから、一端出ていただけますか?」
全員が足を退けたことを確認し、湯を桶へ注いでいく。
たちまち湯気が再び立ち上り、むせるような香りが一同の鼻をくすぐった。
「さ、皆様どうぞ」
「んー‥‥っ、さっきよりはあまり熱く感じないね」
「大分身体が慣れてきたのでしょうね。何だか熱くなってきましたし」
「そろそろ足湯の方は終わりにしましょうか。湯も丁度先程ので終わりましたから」
湯につかったあとは軽い休息と水分補給が大切だ。
程なくして、夫人が一同に話しかけてきた。
「お疲れさまでした。横になれるよう、毛布を用意してもらいましたの。皆さん、リビングの方へ移動して下さい」
濡れた足を布でぬぐい、一同はリビングへと向かっていった。
●心地よい風に誘われて
大きく窓を開放したリビングは、心地よい風が舞い込んできており、明かりがあまり届かない分、外よりひんやりとしている。
冷たい部屋の空気はほてった身体に丁度よく、一同は思い思いの姿で腰を下ろし、ゆっくりと身体を休ませていた。
「んー‥‥気持ちいい。このまま寝ちゃいそうだね」
「寝ておられる方もいるみたいですよ」
すやすやと寝息を立てるノースを見て、アルメリアが苦笑いを浮かべる。
「では、寝た子を起こさないよう‥‥子守歌をご提供致しましょう」
そう言って、バーゼリオは琴をつま弾き始めた。
優しい静かな曲が部屋の中に広がっていく。
外からわずかに漂ってくる花の香りと混じり合い、一同の心を穏やかにさせていった。
「少し落ち着いたところで、冷たい飲み物を頂きましょう」
夫人が用意してくれた薄茶のミルクティーは少しほろ苦く、さっぱりとした後味を与えてくれる。
「タンポポを燻したものをいれておりますの。エル様には特におすすめですので、是非お家でもおためしくださいね」
「うん。でも‥‥本格的にお世話になるのはもうちょっと先だけどね」
幸せ一杯の笑顔でエルは言う。
「早いうちの準備に越したことはございませんよ。どうぞ立派なお子が生まれますことを‥‥心よりお祈り申し上げますわ」
「うん、この子もきっと‥‥皆に会えるのを楽しみにしてるもんね」
楽しい会話と静かな音色が安らいだ時間にかえていく。
冒険者達は穏やかなこの時をいつまでも楽しんでいた。