商売人の苦悩

■ショートシナリオ


担当:谷口舞

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月15日〜06月20日

リプレイ公開日:2005年06月24日

●オープニング

 その日訪れた男性は見るからに怪しい風貌(ふうぼう)をしていた。
 無造作に生やされたあごひげと、浅黒い肌。彫りの深い顔立ちにぎょろりとした大きな瞳。
 恰幅の良い身体は黒いローブで包まれており、子供より少し背丈が高い程度の、随分と小柄な男だ。
 彼は辺りをじろじろと見ながら、ぽつりと呟いた。
「ふん‥‥どうやら少しは腕が立ちそうな輩が集まっとるようだな」
「あれー? ギルモアのおっちゃんじゃん。どうしたの?」
 シフールの少年の呼びかけに、男は不快そうな表情を見せながら返事をする。
「なんだお前らか。よわっちい輩には用はない。帰った帰った」
「なんだよー。人がせぇっかく声かけてやったのにさー。そんなんだからお客少ないんじゃないのぉ?」
「うるさい、子供は黙ってろ」
 じろりと睨みつけ、ギルモアはさっさと受付まで歩いていく。
 その様子をあきれ顔で眺めていたギルド員に、彼は不機嫌な口調で語りかけた。
「全く俺の仕事にケチを付ける輩が多くてかなわん。そう思わんか?」
「はあ‥‥」
 昔の記憶を頼りにギルド員は彼の職を思い出していた。確か‥‥詐欺めいた品を売り払う仕事をしている傍ら、金貸しもしているらしい。
 彼の商売相手はもっぱら裕福な商人や旅人だ。機知に富んだ冒険者達では商売にならないはずだが‥‥
「今日は商売に来たんじゃねぇ。ちょいと用心棒を雇いに来たんだ」
 先日買い物をしたとある商人が、品物の代金をいっこうに払ってくれないために困っているのだという。
 家に訪問しようも、庭に獣が放っており、中に立ち入ることすら出来ない。シフール便を送っても音沙汰がない。
 かくなる上は強引に押し掛けるまで、と屈強な用心棒を依頼したいのだそうだ。
「言葉で言って分からん奴は身体で分からせるまでだ。そうだろう?」
「はあ‥‥」
「あっちも腕っぷしの立つ奴を見張りに置いているそうだ。なるべく戦力になる奴を紹介してもらいたい」
 ギルモアは完全に力勝負で挑むつもりのようだ。
 ふと、それよりは交渉に長けた人の方が良いのでは‥‥と思ったが、彼の様子からしてギルド員の提案は程よく却下されてしまうだろう。
「分かりました。接近戦が得意な方を何名かご紹介致しますね」
 ギルド員の言葉に、彼は満足げに頷いた。

●今回の参加者

 ea1083 国定 悪三太(44歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea1745 高葉 龍介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8544 エンジェル・ハート(33歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

●依頼初日
 依頼人から説明を受けた高葉龍介(ea1745)は怪訝(けげん)な表情を浮かべた。
「正面からの訪問か。あまりことを荒立てては後が大変だと聞くが‥‥」
 護衛の仕事というよりはむしろ取り立て人のようだ。
 だが、料金をもらうことは正当な行為であるし、少々行き過ぎてる感はあるが、色々と策を練った末の行動なのだろう。
「いいか、こちらから手出しは一切はするなよ。最近は先に手を出してきた方が悪いといちゃもんを付ける輩が多いからな。向こうから仕掛けてきたら存分に暴れて構わんぞ」
 そう言って男はにたりと笑みを浮かべた。
 いやらしい笑い方だな、と龍介は心の中で呟きながら了承の言葉を返す。
「‥‥他にも護衛がいると聞いたが、まだ来てないのか?」
「ああ、何やら下見をしておきたいと言って、先に屋敷へ向かっていったよ。何のつもりかはしらんがな」
 護衛役であるアザート・イヲ・マズナ(eb2628)は国定悪三太(ea1083)と共に出掛けたようだ。
「なら俺達も行くとしよう。騒ぎになっていては大変だろ?」
「‥‥うむ、主の言う通りだ。仕事がやり辛くなっては敵(かな)わんぞ」
 あわてて用意を整える依頼人を眺め、龍介は肩をすくめてため息を吐いた。
 
●乙女のお願い
「ねえ、おじ様‥‥お話してもよろしくて?」
 しなりと身体を寄せて、エンジェル・ハート(ea8544)は甘い声でささやいた。
 だらしなく顔を緩ませ、男は何のようだと彼女に返事をする。
「ここのぉ‥‥証書のお値段だけど、ちょっと高いんじゃないかなって私思うの。少しお安くしてあげてもよいんじゃないかしら」
「‥‥そんなに高いと思うのか?」
「うーん、ちょこっと大変かも」
 素直な彼女の反応に、彼はうーむと何やら考え込み始める。意外にも他人の反応はひどく気にする性質(たち)のようだ。
「だが、これまでもこの料金でやってきたんだ。そうそう変えるわけにはいかんのだよ」
「まぁ、おじ様ったらいじわるねぇ。私のお願い‥‥聞いてくれないの?」
 小首を傾げ、少し上目遣いでエンジェルは男を見上げた。
 潤んだ青い瞳で見つめられれば多くの男が虜になるだろう。男もその例にもれず、思わず「分かった」と言葉をもらした。
「そんなに頼まれちゃ仕方ないな。この値段は、お前の言う通り少し高いかもしれん。もう少し安くするよう考えておくよ」
「嬉しい! おじ様素敵よ!」
 エンジェルは男の胸に飛び込み、そっと頬を寄せる。
 鼻を伸ばす男の胸元で彼女はこっそりとほくそ笑んだ。
「‥‥女ってのは恐ろしい生き物だな‥‥」
 そのやりとりと横目で眺め、龍介はぽつりと呟くのだった。
 
●視察
 生け垣の塀にぐるりと囲まれた、こじんまりとした造りの屋敷。
 庭に数頭の犬がいる他は人影も見られない静かな家だ。
 小高い場所から屋敷全体を眺め、悪三太は静かに呟く。
「裏手は随分と手薄のようですね。これなら‥‥仕事がしやすそうです」
「仕事‥‥? 俺達の仕事は護衛だろ」
「ええ勿論です。ですが、双方がより歩み寄れば心地よい商いが行えるというものです。そのための手伝いを致そうと思いましてね」
 ふと、屋敷のそばに見慣れた姿をみかけ、悪三太は徐に立ち上がった。
「依頼人の方も来られたようです。拙者達も仕事を務めると致しましょう」
「あ、ああ‥‥」
 すたすたと屋敷に向かう悪三太を追うように、イヲはゆっくりと歩を進めた。
 
●番犬の襲撃
「またあんたか‥‥あんなものに払う金はないと言っただろう! さっさと帰っておくれ!」
「約束は約束だ、今日こそは払ってもらうぞ。痛い目に合う前に義務ははたすんだな」
 男はちらりと傍らにいる冒険者達へ視線を送る。
 彼らの姿をぐるりと見回し、商人は小さく舌打ちをした。
「その後ろにいるのは用心棒ってところか。ずいぶんと手荒な真似をするんだな」
「手荒な真似はそっちも一緒じゃないか?」
 イヲはちらりと庭に放たれている犬達に視線を送った。
 見知らぬ訪問者に気付き、犬達はうなり声をあげている。
 襲ってはこないものの、主人の命令さえあれば、その牙をもって訪問者の喉を食い破らんかの気配だ。
「別にいいんだぜぇ? 金を払わないなら、代わりに家の中の物を頂くまでよ。おい、おまえ達。目ぼしい物を運び出してくれ」
「ま、まってくれ!」
 商人のあげた叫び声と同時に犬達が襲いかかってきた。
 イヲは素早くマントをひるがえし、視界を一瞬遮らせる。
 動きの止まった隙をつき、龍介が鋭い一撃をくりだした。
 思わぬ反撃に怯む犬達を更にエンジェルが追い討ちをかける。
「私は愛の戦士、キューティエンジェル! アナタの人生変えるわよ♪」
 華麗な一撃で敵を切り裂くその姿は正にその名にふさわしい美しさだ。
「さあ。次にお仕置きされたいのはどの子かしら?」
 ゆっくりと振り返るエンジェル。
 商人はあわてて家の中へ駆け込み、その扉を堅く閉じた。
「あっ! こらっ!」
「さすがに‥‥扉は壊せられんな‥‥」
 苦笑いを浮かべながら、龍介は一度引き返そうと提案する。
「ここで下がっては奴の思うつぼじゃないか」
「そうカッカするもんじゃないぜ。ま、あいつの手並みを拝見といこうぜ」
 そう言って龍介は屋敷の裏手へ続く道へちらりと視線を送った。
 
●交渉人
 取り立て人達が居なくなったのを確認し、商人はほっと安堵の息をもらした。
「やれやれ‥‥全くしつこい奴だ。とはいえ‥‥証書が向こうにある限り、奴の思うがままか・・」
 扉のノック音が響き、侍女が静かに室内へ入ってきた。
「お客様がお見えですが‥‥如何致しますか?」
「また奴か?」
「いえ。違います」
「‥‥奴でないならいいだろう。中に通してあげなさい」
 しばらくして訪れた姿に、商人は表情を険しくさせた。
「お前は‥‥さっきの‥‥」
「ご安心下さい。拙者は先程の方々のような真似は致しません。少し‥‥お話がしたくて参りました。よろしいでしょうか」
「‥‥何も話すことはない」
「ですが、このままではずっと平行線ですし、お互い不利なことも出てくるでしょう。どうですか、そろそろ歩み寄ってみるのもご一興と思いますが」
 穏やかな表情を浮かべ、悪三太は告げる。
 悪意はなさそうだ。話し方も丁寧で品がある。
「‥‥だが、どうすれば良いのか、私にはわからんよ」
「貴殿が何をお求めになられたかは、拙者が知る道理では存じませぬうえ、貴殿の好き好きでございましょう。ですが、商いを行った以上、手に入れた物の対価を払うが人の常たるもの。如何でしょう‥‥お話次第では色良い答えが導きだせるかと思いますよ」
 そういって悪三太はにこりと微笑んだ。
 
●支払い手続きをしに
 それから2〜3日後、軽いこうちゃく状態の末、ようやく相手側が支払いに応じることで決着がつけられた。
「支払いの金は少なくなったが‥‥まあ、無いよりましだろう。今日で最後の護衛だ。しっかりと頼むぞ」
 まだ完全に相手を信用しきれていないらしく、彼はいつでも反撃に出られるよう警戒だけはしておけ、と冒険者達に告げる。
「大丈夫よ、おじ様。このキューティエンジェルがアナタのこと守ってあげるから♪」
 さりげなく腕を回し、エンジェルは艶やかな笑みを浮かべる。
「はっは。それは心強いなぁ」
 情けない表情で笑顔を浮かべる男。
 そうとうの好き者のようだな、とイヲは苦笑いを浮かべた。
「どうやらおまえの作戦が効いたようだな」
 シフール便で送られて来た報せを読んでいた悪三太に龍介はぽつりとささやく。
「正面から行くばかりではこういった物は上手くまいりません。拙者のような者が必要な時もあるというものです」
「へいへい」
 相変わらずだな、と龍介はひとつ息を吐いた。
 
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「そういえば、一体何を売ったんだ?」
 ふと疑問に思ったイヲがそう呟いた。
「払いたくないのなら返品すれば良かったろうに」
「なんでも‥‥ハゲを治す秘薬だとか‥‥お聞きしましたよ。値段の割に効果が少なく、おまけに日を経つごとに料金が増していったとか」
「‥‥なるほど。返品は‥‥難しいか」
 持っていることで少しでも淡い期待を持ちたかったのだろう。
「商売というのも色々あるんだな」
「そうですねぇ」
 様々な思いを胸に抱きながら、冒険者達は報告のためギルドへと向かっていった。