風の謡

■ショートシナリオ


担当:谷口舞

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月06日〜07月11日

リプレイ公開日:2005年07月17日

●オープニング

 その日。旅人は不思議な光景を目の当たりにした。
 月夜の晩、街道より離れた野原を歩いてた時のことだ。
 夏の終わりにしか咲かないヒースが丘一面に咲き乱れ、薄紫色のじゅうたんのようであった。
 丘の上に幾人かの人の姿が見える。
「‥‥あれは‥‥」
 彼らが舞うたび、艶やかな金色の髪が優雅に揺れる。薄い布地から見える肌は雪のように白く、髪のすき間から見える長い耳が、彼らが何者であるかを克明に物語っていた。
 竪琴の音に合わせて、彼らはヒースの中で舞う。
 舞いながら、彼らは歌とも言えない呟きをもらしていた。
 
 この踊りはいかがでしょう どんな歌がにあうでしょう
 踊りに合わせて歌えればいいのに 私達は歌を知りません
 小鳥達に踊りを見せても 彼らが歌うは春の別れを惜しむ歌ばかり
 新しき季節を 若葉の伸びゆくこの時を 
 謡える風よ教えて欲しい 我らは何を歌えばよいでしょう
 ヒースが森に咲く頃までに 紡ぎ上げましょう 風の歌
 
 ぼんやりとその光景を眺めていると、くらりと立ちくらみを起こした。
 気付けば、彼らの姿もなく、いつも通りの原っぱが広がっているだけであった。
 
「もう一度見たいものだねぇ‥‥あの美しい人達と舞いは見たらきっと忘れられないだろうな」
「ふーん‥‥私も見てみたいな。どうすれば会えるかな?」
「そうだなぁ‥‥歌を探してるみたいだったから‥‥歌ってみるのはどうかな。もしかすると、会えるかもしれないよ」
 旅人から話を聞いた少女は、それから幾度となく丘で歌を歌った。
 だが、彼女の歌では彼らの興味を惹けぬのか、一向に彼らを見ることはかなわなかった。
 どうしても会いたいと願う少女は冒険者達に相談をもちかける。
「歌を教えて欲しいの。森の住民を魅了出来るだけの素敵な歌を謡いたいの」
 ずっと無理をして声を出していたのだろう。彼女の喉はもう歌を謡えるだけの力はなかった。
 彼女の願いを叶えるならば、代わりに歌を謡うしかない。
「どんな歌が良いでしょうか?」
 冒険者のひとりが問いかける。旅する詩人はこう答えた。
「この爽やかな季節を喜ぶ歌がよいでしょう。伸びゆく緑、そよぐ風、そして鮮やかな空を讚える歌ならば、きっと彼らの耳にも届くはずです」

●今回の参加者

 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea3140 ラルフ・クイーンズベリー(20歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3142 フェルトナ・リーン(17歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)
 ea7234 レテ・ルシェイメア(23歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb0117 ヴルーロウ・ライヴェン(23歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0444 フィリア・ランドヴェール(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb2791 セリア・オルブライト(21歳・♀・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

沖鷹 又三郎(ea5928)/ ルディ・リトル(eb1158)/ 神哭月 凛(eb1987

●リプレイ本文

●森にかけられた力
 娘の案内を頼りに森を進んでいたラルフ・クイーンズベリー(ea3140)とフェルトナ・リーン(ea3142)は、ふと耳慣れぬ音楽が聞こえてくるのに気がついた。
「ラルフ兄様、今何か聞こえなかった?」
「ああ‥‥この近くに彼らがいるのかもしれない。行ってみよう」
 ロバの綱を握り直し、2人は森の奥へと進んでいく。
 夏を迎えたばかりだというのに、森は霧がたちこみ肌寒いくらいだった。
 この時期は雨の多いイギリスでも、比較的晴れた良い天気が続く。
 そのため、霧もそれほどたちこまないはずなのだが‥‥まるで外から侵入を拒むかのように、奥へ進むたび森に霧は濃く、2人の視界を遮ろうとしていた。
 森に慣れているとはいえ、霧深い道を無闇に歩くのは危険だ。
 せめて離れないよう、ラルフはフェルトナの手をぎゅっと握り、先程音の聞こえた方へと向かっていった。
 
 同じ頃。森を訪れていたヴァージニア・レヴィン(ea2765)、セレス・ブリッジ(ea4471)、レテ・ルシェイメア(ea7234)とフィリア・ランドヴェール(eb0444)の4人は、森の小高い丘で曲を奏でていた。
 ヴァージニアとセレスの演奏に合わせてレテが歌いフィリアが舞う。
 軽やかで流れるような音楽は、風に乗り森へと響き渡る。
 聞き慣れない音楽に興味はあるものの、見知らぬ人々の姿に警戒しているのか、丘より少し離れた森の傍に動物達が集まってきていた。
「大丈夫よ。いらっしゃい」
 にこやかな笑顔で話しかけられて徐々に歩み寄っては来るが、どれも一定の場所から近づこうとはしない。
「この辺りの獣は‥‥人をかなり警戒するみたいですね」
「貴族達の狩り場が近くにあるのかもしれませんね。一度人に襲われると警戒するそうですから」
 逆に人を見るのが珍しいのであれば、不思議がって近寄ってくる方が多い。
「動物達と一緒に歌えれば楽しいかなと思ったけど、少し難しいかもね」
「怖くないって分かってもらえれば、来てくれるかもしれませんよ」
 そのためにも踊りましょう、とフィリアは笑顔で言う。
「それもそうね」
 苦笑いを僅かに浮かべ、ヴァージニアは再び竪琴をかき鳴らし始めた。

 日も暮れ始め、辺りは夕闇に覆われようとしている。
 鳴いていた鳥達も自分の巣に戻っていったのか、森は静寂な眠りへにつこうとしていた。
 一通り歌い終えた後、レテは小さく息を吐き出す。
「少し休憩にしませんか?」
 レテの言葉にヴァージニアが頷く。
「丁度良かったわ。知人が作ったお弁当を持ってきているの。皆で頂きましょ」
「ラルフさん達‥‥戻って来られるでしょうか?」
 エルフの集落を訪ねに行くといったきり戻ってこない2人を心配し、フィリアは薄暗い森の方を見つめた。
 今日は月の出がずいぶんと遅い。いや、普段と変わらないのだろうが、待っているという気持ちが時の流れをゆるやかにさせているのかもしれない。
「大丈夫よ。同じエルフの民ならば、受け入れてもらえるはずだし、この程度の森ならそうそう道に迷うことはないと思うわ」
 特に入り組んだ地形にある場所でもない。木々のすき間から空を視ることも出来るし、この季節はたわわに実る果実や葉が目印にもなる。
 焚火を囲み、のんびりとパンを食べていたフィリアが、ふと森に人影が見えるのに気付いた。
「あら‥‥」
 再びその場を見るも既に姿はなく、フィリアは小首を傾げた。
 それからしばらくしないうちに、ラルフとフェルトナが4人の元へと戻ってきた。
「あら、随分早かったのね」
「それが‥‥見つからなかったんです」
 森を歩けど、いつの間にか同じ場所に戻ったり、森の外へと向かっていたり。
 故郷と似たような場所だろうと気楽に思っていただけに、ラルフは残念な思いを隠しきれなかった。
「あ‥‥もしかしたら。魔法がかけられていたのかもしれないですね」
 先程人影らしき物が見えたことをフィリアは告げる。
 話を聞いた状況に少し思い当たることがあるのか、セレスもフィリアの言葉に頷いた。
「探して欲しくないのかもしれないですね」
 都に住む者達ならともかく、こうした自然の中に住む人々は閉鎖的な面が多い。彼らも外部からの接触をあまり好んでいないのかもしれない。
「とりあえず一緒に頂かない? このパン、とても美味しいわよ」
 そう言ってヴァージニアは2人にパンを差し出した。
 
●看病
「まったく‥‥無茶をするにも程があるぞ」
 飽きれたようにため息を吐き、ヴルーロウ・ライヴェン(eb0117)はじろりと少女を睨みつけた。
「‥‥でも‥‥」
「無理して出した声の歌など、人の心を動かせるものじゃない。とにかく、今は喉を休めることだな」
 ハーブを煎じたジュースを飲ませ、しばらくは安静にするように、と少女に告げる。
「‥‥あの‥‥みなさんとご一緒、しないんですか‥‥?」
「声を出すな。そんなことは気にしなくても良い。それより、そんな状態じゃ‥‥エルフ達と一緒に歌も歌えないだろう? 折角会えても、何も話せないのではつまらないぞ」
 ヴルーロウの言葉に、少女は苦笑いで返す。
「心配するな。折角よい音楽に触れられる機会を逃しはしないさ。それより、俺はおまえの喉の方が心配だよ」
 とはいえ、ヴルーロウに出来ることと言えば、ただ傍にいてやるか、身の回りの手伝いをすること位だ。
 医療の心得がない自分には、彼女の喉がどれほど悪いのかよく分からないし、その治療法も特に思いつかない。
 仲間に作ってもらったハーブのジュースがどれほどの効果があるかは分からないが‥‥何もしないよりはましだろう。
「‥‥気分転換に一曲聴くか?」
 さりげなく竪琴を手に持ち、ヴルーロウは問いかける。
 にこりと笑顔を浮かべ、少女は小さく頷いた。
 
●一夜限りの夢
 夜も大分更けてきた時のことだ。
 ふと、自分達が奏でている曲に、違う音色が混じってきていることに冒険者達は気がついた。
 演奏の手を休めず、互いの顔を見合わせて頷き合う。
 わざと気付かぬそぶりをしながらも、曲調を徐々に変えていき、やがてひとつの歌を導き出していった。

 光が舞い 風が舞う そして緑が踊る
 鳥が歌い 花が笑い 風がささやく
 空はどこまでも青く 暖かい光が降りそそぐ
 風は緑を震わせ 花を躍らせ 駆け抜けていく

 光を浴び 草木は伸びる 青い空に届けとばかり
 風は舞い 鳥は歌い 花は踊るよ
 緑は健やかに伸び 風は優しく走り抜ける
 空はどこまでも高く 青く青く 光り輝く

 鳥は歌う 風の歌を 青く高い空に届けと
 
 炎と月の光に照らされながら、フィリアは舞い踊る。
 仲間達の音楽とフィリアが紡ぎ上げる歌とが混ざり合う。
 パチリ‥‥と大きく薪がはぜた。
 不意に、甘いベリーの香りが彼らの鼻をくすぐる。
 顔を上げて森の方をみやると、白いローブに身を包んだ人々が佇んでいた。
 彼らは深く一礼し、先程奏でていた曲を繰り返し歌い始める。
 彼らの歌に合わせ、冒険者達も再び詩を奏で始める。
 そこだけ時が緩やかになったように、詩は優しく冒険者達を包み込むのだった。
 
「‥‥あれ‥‥?」
 気付くと、いつの間にか彼らは姿を消していた。
「帰ってしまわれたのでしょうか‥‥」
「どうかしら。多分まだ、私達見ているとは思うけど‥‥」
 彼らがいなくなったことに残念ではあったが、少しは進展していることに一同は安堵の笑みを浮かべた。
「少し、横になろうよ。疲れてては良い音も出せないもんね」
 焚火はもうずいぶんと小さくなっていた。
 残り火を惜しむように、フェルトナは小枝を火に放り投げた。
 
●住民達のプレゼント
 だが。次の夜になっても、再び彼らは姿を現すことはなかった。
「‥‥まあ、じっくり待てば動きがあるだろうな」
 依頼人の治療手伝いのこともあり、少し遅れてきたヴルーロウが呟く。
 昨夜の出来事を聞きたがる少女をなだめ、今はただ自分達に任せて欲しいと彼は言った。
「それで、あの2人はまた森に入っていったのか?」
「いいえ。飲み水を汲みに行かれましたわ。時折だけど、森から地の魔力を感じるの‥‥多分、今は行っても無駄ですわね」
 そう言って、じっとセレスは森を見つめた。
「やろうと思えば通り抜けられるとは思いますが‥‥それではまた警戒心を強めさせてしまうだけです」
 空には再び月が昇っていた。
 昨夜と同じ条件ならば、また来てくれるだろうと信じて、彼らは再び歌い始める。
「あ‥‥」
 少女が声をあげた。
 冒険者達は少しだけ演奏の手を休めて森に視線を送る。
 昨日と同じように、白いローブ姿の人々の姿がそこにはあった。
 だが、ひとつだけ。彼らの手にはすずらんの花が握られていた。
 彼らは踊るように地を蹴り、一行の元へと近づいてきた。
「昨日は素敵な歌を有り難う。あなた方はとても良い歌い手です」
 彼らは1本づつ冒険者達にすずらんを手渡す。
「昨日の歌をまた聴かせてください。今日の夜にぴったりの素敵な歌が聞きたいです」
 少したどたどしい英語で、彼らは言った。
「喜んで」
 早速とばかりにヴァージニアが竪琴をかき鳴らす。
「一緒に踊りましょう」
 彼らは冒険者の手を取り、軽やかに踊り始めた。
 踊りは一晩中つづき、歌はいつまでも静寂な森に響き渡っていた。
 
 目が覚めると、空はすっかりと明るく、森の小鳥達が朝を告げる歌を歌っていた。
「まるで夢のような‥‥心地ですね」
 だが、夢ではない。
 その証拠に彼らの手にはすずらんが握られていた。
「‥‥聖なる母の涙の花‥‥贈られた人には幸せが訪れる‥‥」
 ぽつりとフェルトナが呟いた。
「一体何の話です?」
 きょとんと首を傾げるレテにフェルトナは微笑みながら答えた。
「私の故郷の地方に伝わる詩のひとつなの。すずらんを贈ると幸せになるんだって」
 すっと風が彼らの頬を撫でた。
 その中に、彼らの歌が混じっているように冒険者達は感じたのだった。