思い出の地へ

■ショートシナリオ


担当:谷口舞

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 86 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月02日〜09月06日

リプレイ公開日:2005年09月11日

●オープニング

「もう一度見てみたいの」
 窓から外を眺めていた少女は、そうぽつりと呟いた。
 もう外を出歩かなくなって何年になるだろうか。
 毎日ただぼんやりと外を眺めるだけの日々。自由にならない己の身体が忌まわしく感じられる。
「二度と見られなくなる前に、あのナデシコの丘に‥‥」
 昔一度だけ見に行ったあの丘に行きたいと少女は言う。
「分かった‥‥お父さんがお前のその願い叶えてあげるよ」
「本当? 約束だよ!」
「ああ‥‥約束だ」

 数日後、少女の父親は冒険者ギルドへと訪れていた。
「ここで護衛が雇えると聞いてきたのですが‥‥」
「はい、こちらで受け付けております。どなたの護衛でしょうか?」
「実は‥‥うちの娘をある場所へ連れていって欲しいのです」
 娘の名はソフィア。今年で16になるという。
 3年ほど前に山で事故にあい、両足が動けなくなったため、それ以来ずっとベッドの上の生活を余儀なくされているそうだ。
 そのためか身体もすっかり弱くなり、もう長くはないらしい。
「最近、ずっと外ばかり眺めておりまして‥‥せめて親として何か出来ないかと思い、娘を大好きだった花畑へ連れていってやりたいのです」
 街道を少し進んだ先にある森を抜けると小さな丘に出る。
 この時期、丘には淡い桃色のナデシコが咲き、娘はたいそうその場所を気に入っているのだとか。
「あの森はどうもうな獣が多いそうで、私一人では不自由な娘を連れていくのは無理な話‥‥何人か腕の立つ方を同行願えたらと思うのですが‥‥僅かですが、金の工面はしてまいりました。どうかこれで、お願いします」
「分かりました。依頼をお引き受け致しましょう」
 そう言って、小さな革袋を彼は差し出した。
 袋を受け取り中を確認した後、ギルド員は手慣れた動作で羊皮紙に筆を走らせた。

●今回の参加者

 eb2621 フレイア・エヴィン(30歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb2674 鹿堂 威(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2874 アレナサーラ・クレオポリス(27歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb3148 レン・カーディフ(25歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb3260 賀上 綾華(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb3468 シルリィ・フローベル(22歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

タチアナ・ユーギン(ea6030

●リプレイ本文

●不安感
「この辺りはちょっとぬかるんでいるな‥‥足元に充分注意しろよ」
 一同の先頭を歩いていた鹿堂威(eb2674)が一同に告げた。
 雨上がりのためか、森の中は随分と湿り気を帯びていた。
 早くも落ち始めた枯れ葉が露を吸い、膨れ上がっているため、足元の地面がふわふわと頼りない。
 ソフィアを乗せた馬が転ばぬよう、しっかりと乾いた道を選び歩を進めていく。
「気になるものがあったら遠慮なくおっしゃってください。折角ですし、道中を満喫してまいりましょう」
 うつぶせの状態で乗る少女に、賀上綾華(eb3260)が優しく声をかける。
 いつもよりゆっくりと進んでいるため、少しは楽なのだろうが、それでも慣れない遠出の旅は少女にとって大きな負担だろう。
 少しでも気分を和らげようと、アレナサーラ・クレオポリス(eb2874)は隣を歩きながら、自分の故郷の話をしてやっていた。
 最初は暗い表情だった少女も、綾華のさりげない心配りやアレナサーラが話す異国の物語に、次第に表情を和らげるのだった。
 
「それにしても‥‥この森、何だか静かですね」
 ぽつりとレン・カーディフ(eb3148)が呟いた。
「別に変わりはない気がするけどな‥‥あまり気にしすぎることもないさ」
 一応辺りの気配を探ってみるが、別段変わった様子はない。単なる気のせいだ、とフレイア・エヴィン(eb2621)は笑い飛ばした。
「でも、一応気にしておくべきだろうな。何か災いがある時は決まってその前が静かになる。もしかすると何かの前触れかも知れないな‥‥」
 依頼人には悟られぬよう気をつけながらも、辺りの警戒を怠らぬようにとフレイアは仲間達に呼びかけた。
 そういえば、動物達の気配が殆どない。
 この時期ならば、そろそろ冬眠に備えて獣達が活発に動き始める時期だ。
「もしかすると狼辺りが近くに潜んでいるのかもしれませんね。彼らが近くにいる時は、動物達は自分の巣に逃げ帰りますから」
 先程から鳥の声も聞こえないし、もしかすると今夜辺りが危ないかもしれない、とレンは言う。
「確かこの先に小さな岩穴があったはずです。今日はそこで休むとしましょう」
 街道を離れると、途端に建物の姿はなくなってしまう。
 野宿は免れないが、せめて簡易テントでなく、雨露をしのげる場所で身体を休めた方がいいだろう。
「この辺りもまだ物騒のようだな」
「でも、山賊が出ないだけマシじゃないですか?」
「ま、それもそうだな‥‥」
 彼らなら余裕で返り討ちにすることは出来るが、不自由な客人を連れての戦闘は少々不利だ。
「さ、無駄話はそれくらいにして。少し急な坂になってるみたいだから、おしゃべりしてたら足を滑らせちゃうよ?」
 一同を注意を呼びかけるようにシルリィ・フローベル(eb3468)が言った。
 ぽつり。
 先頭をいく威の頬に冷たい雫がかかる。
「‥‥やばいな、また降ってきやがった」
「本降りになる前に岩穴へ急ぎましょう」
 滑りやすい足元に注意しながら、一同は急いで坂を下り始めた。
 
●招かざる客
 岩穴に到着してから程なく、ぱらついていた雨が次第に激しくなってきた。
「夜のうちに止むといいですね‥‥」
 雨雲にすっかりと覆われ、辺りは完全に暗闇の中へ閉ざされていた。
 森はしんと静まり返り、ただ雨音だけが響き渡っている。
「まあ、朝になれば少しは止むと思うよ。この季節はいつもこんな感じだからね」
 苦笑いを浮かべながらシルリィが言った。
「さて、少し見回りに行ってくるかな」
 昼のうちの妙な静けさも気になるからな、と威はゆらりと立ち上がる。
「火を絶やさないようにしておいてくれ。こんなに暗くちゃ、目印の明かり位ないと迷ってしまうだろうな」
「でも、変なのに見つかりやすくなるんじゃない?」
「獣なら逆に火を怖がって逃げるだろうよ。まあ、人間だった時は返り討ちにしてやればいいのさ」
 すぐ戻るから、と相棒の犬を連れて、威は闇の中へと走っていった。
「威が居ない間の見張りは私が務めよう。皆はゆっくりと今日の疲れを癒してほしい」
「分かりました。何かあったらすぐにお呼びください」
 フレイアの言葉に頷きながら、綾華は寝ぼけ眼のソフィアをそっと抱きかかえる。
 その時だ。
 低いうなり声と共に、茂みのすき間から獣が2頭程姿を現した。
 火を警戒しているものの、いつ噛みついてやろうかとこちらの隙を狙っている。
 腰の剣を抜き、フレイアは仲間達に声をかける。
「アレナサーラ殿、綾華殿。どうやらレン殿が気にしていた輩が来てくれたようだぞ」
「‥‥雨の中来てくれるとは、随分と血気盛んのご様子ですね‥‥」
 苦笑いを浮かべながらアレナサーラはひとつ息を吐き出す。
「今の時間、私の術は使えそうにないですね‥‥お2人とも気をつけてください」
「ここで倒れでもしたら威殿に見せる顔がないよ。戻ってくる前に仕留められれば尚良いんだが、な‥‥!」
 うなり声をあげている狼に向かって、フレイアは焚火の薪を放り投げた。
 当たるはずもない距離ではあったが、狼は火が怖いのか大きく後方へ飛び退く。
 その一瞬の隙をついて、アレナサーラが不意打ちを仕掛けた。
 不規則な軌道で繰り出される剣技に、狼は為す術も無く剣の舞いを浴びる。
「私達は殺すつもりはありません。どうか、森にお帰りなさい‥‥!」
 焚火の向こうでおびえながら様子を窺っている少女の姿をちらりと見ながら、綾華が一喝する。
 だが、敵は怯むどころかますます殺意を強くこちらに向けてきた。
 じりじりと互いの距離が狭まっていく。
「‥‥出来れば血を流したくないのですが‥‥このままでは仕方ありませんね‥‥」
 綾華が剣を抜こうとしたその時だった。
 ガゥッ!
 柴犬が、草むらから勢い良く狼の首筋めがけて飛びついてきた。
 そのまま押し倒され、背を強く打った狼は甲高い悲鳴をあげる。
「よーし! いいぞ、離してやれ!」
 柴犬が首元から離れるた途端、狼は鳴きながら一目散に森の奥へと逃げていった。
 ほっと安堵の息をもらし、悠々とした歩みで威は一同を見渡した。
「怪我はないか?」
「ああ‥‥何とかな。それより、濡れた身体を早く乾かした方がいいぞ。夜は冷えるからな」
 遠くから狼の遠吠えが聞こえてきた。
 仲間を呼ぶ声か‥‥それとも仲間に報せる声だろうか。不安げに外を見つめる一同に、安心して休むようにと威が声をかける。
「ざっと見てけたけど、この辺に変なやつがいるような気配はなかったぜ。心配なら俺が見張ってるし、こいつも頑張ってくれるさ」
 威の傍らにいる柴犬がワンと一鳴きする。
「それは頼もしいですね。それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
「ああ。おやすみ」
 岩穴の奥へ向かう彼女達に軽く手を振りながら、威は再び外の闇へと視線を戻した。

 娘達が眠りについてからしばらくすると、雨は少しだけ小降りに変わり、雲間が少しずつ見え始めてきた。
 それと同じくに、うっすらとだが空が白みだしていた。
「やっぱ、この季節の夜は短いな‥‥」
 干し肉を噛みしめながら、威は空を見上げながら目を細めた。
 
●森を越えて
 森の中に生い茂るヒースをかき分け進んでいくと、突然森が開けて、広い原っぱへと出た。
 緩やかな丘を登り、頂上より見渡すとふもと一面に花畑が広がっているのが見える。
「よかった‥‥まだ咲いていたのね」
 馬の背に乗る少女に笑顔が浮かんだ。
 緑豊かな大地に点々と桃色の花が散っている。
 風に乗って香ってくるのは、共に咲いている百合の香りだろうか。
 ほんのりと甘い香りを乗せた風に誘われ、一同はゆっくりと丘を下っていく。
「綺麗なお花‥‥」
 自分の顔を覆わんばかりに満開に咲く可憐な花を、レンはぎゅっと抱きしめた。
「そうしてると、何だか花の精みたいだね」
 からかい半分でシルリィが言う。
「シフールだからってからかわないでください‥‥」
 否定するものの、レンもまんざら嫌がっている様子ではない。
 レンは傍らに咲いている、ひときわ小さな花を摘み取り、そっとソフィアのひざに乗せた。
「はい、私からのプレゼントです」
「有り難うございます‥‥」
 艶やかな黄金色の髪に桃色の花がよく似合う。
 懐かしげに花を愛でる少女の傍らにさりげなく腰を下ろし、威は懐よりバラの形に象られたブローチを差し出した。
「今も充分可愛いけど、このブローチがもっと似合う素敵な女性になったら、俺の所に是非会いに来てくれ」
「でも、私ひとりじゃ‥‥」
「外に出るには手助けが必要だろ? 足となれる素敵な相手がきっと見つかるさ」
 呆然と見上げる少女に威はにこりと微笑みかける。
「こらこら、何ナンパしてるのよ。綾華の作ったごちそうを持ってきたけど、威には必要なさそうだねー‥‥」
 スープの入った皿をちらつかせながらシルリィが言う。
「はい、ソフィアの分。熱いから気をつけてね」
「は、はい‥‥」
「俺の分はー?」
「はいはい、いま渡すから待ってなさい」
 2人のやりとりを眺め、ソフィアはくすりと微笑んだ。
「こんなに気持ちの良い気分は‥‥久しぶりです」
「それは良かった。帰りも同じ道を通るけど、その分なら問題なさそうですね」
 彼女の体調を心配していた綾華もまずは一安心と、胸をなで下ろした。
「帰りのことも考えると‥‥そろそろ出発した方がいいけど‥‥もう少しだけのんびりしていきましょうか」
「はいっ!」
 直接肌に感じられる優しい風と草木の香り。
 ごろりと横になれば、どこまでも澄んだ青空が視界全体に広がっていく。
 しばしの安らぎを冒険者達は存分に楽しむのだった。