妖精の花嫁
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■ショートシナリオ
担当:谷口舞
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月03日〜11月08日
リプレイ公開日:2004年11月10日
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●オープニング
眠れよ我が子、たわわに実る果実は露をまとわせ。
芳しき涙がお前の頬に降り注ぐ。
夜風が撫でる牧場の海は、静寂の中へと包ませる。
快き調べの妖精の唄、優しく辺りに響く。
おまえの館にさらわれてから、侘びしい年月が過ぎていった。
華やかな広間の宴も、さらさらと鳴る笑いも、故郷のざわめきにはあたわず。
この歌を聴いたなら、かなえて欲しい私の願い。
美しき森の奥深く、銀の光のさすところ。
ラース(囲い地)に匿われるは若き乙女。
森の聖者に見初められ、彼らの花嫁とされて早幾月。
愛しき我が子授かれど、故郷の暖かさに勝るものなし。
急いでおくれ! あした朝日が昇ったならば、
新たにかかろう忌わしき呪い。
私の心はこの地より離れられない。
歌を聴きし勇者よ、闇に紛れて来ておくれ、良き人々眠る間に。
私に翼を与えておくれ!
眠れよ我が子、はらはら散るは鮮やかな落ち葉。
あでやかなベッドでお前を包む。
快き調べの妖精の唄、優しく辺りに響く。
ーーーーー
「‥‥という唄なんだが、聞いたことあるか?」
「ああ、俺も聞いたことがある」
酒場で密やかに噂される歌があった。
その歌は、街道ぞいに広がる森の中で時折聞こえ、月夜の晩に一晩中聞こえるのだという。
美しい女性の声で、まるで自分の子に聞かせる子守唄のように優しくきれいな音色に、耳にした旅人はしばしその場に立ち止まり、歌に聞き惚れていた。
この森には妖精が住むと昔から信じられており、彼らの声を聞き、それに誘われて、思わぬ場所へ行ってしまっていたり、森の中で迷子になるものもいた。
「人を惑わすニンフ(妖精)の歌」。森の周辺にすむ者ならば、子供の頃より聞かされていたおとぎ話のひとつである。
この歌もそういった、「森に住む妖精たちのいたずら」だと思っていたのだが、歌詞に奇妙な点があり、どうしてもいたずらだけどは言い切ることができない。
女性の歌は徐々に広まり、冒険者ギルドの耳にも入るようになった。
噂が本当かどうか調べるうちに、ひとつの事件とつながる事が分かった。
数カ月ほど前、とある富豪のひとり娘が森の中で行方不明になっていたのだ。
彼女は森へ散歩に出かけていったきり、行方が分からなくなった。
その当時、森は霧に覆われていたためと「ニンフの歌」が聞こえる噂高い場所でもあったため、もしかすると森の中で、道に迷ってしまったのだろう。そう判断した富豪は、彼女の捜索を冒険者や傭兵達に依頼していた。
彼女の捜索を始めて数週間後に、無惨な姿へと変わり果てた馬車と護衛の死体が、森のはずれで見つかったのだという。馬車には数匹もの動物の爪痕と、斧のようなものが叩き付けられた跡が残っていた。馬車の中からはわずかに衣服の切れ端と大切にしていたペンダントが見つけられた。
悲しいかな、富豪の娘は森に住む何者かに何処へとさらわれてしまったのだろう。
彼女はもはや死んだものと諦めかけられ、捜索は一時中断されていた。
だが、彼女はまだ生きているようだ。
依頼人である富豪の話では、彼女は歌が上手く、よく似た子守唄を吟遊詩人でもあった母親から聞き、小さな頃から口ずさんでいたのだという。
おそらく、敵にばれないよう子守唄にすり替えて、助けを求める歌を歌っているのだろう。
歌の噂を信じ、冒険者ギルドは新たな依頼として、彼女の救出の依頼を掲示した。
●リプレイ本文
街道ぞいにおおい茂る森。キャメロット建国以前よりその営みを続けており、未だ人間の足が踏み入れられていない世界が広がっている。
一歩足を踏み入れれば彼らの世界、人の常識は通用しない。
草木を払い、道なき道を越えて。冒険者達は森の奥へと進んでいった。
「なんだか‥‥同じ道をぐるぐる回っているような気分になれますね」
十字架のネックレスを握りしめ、セラ・インフィールド(ea7163)は不安げにつぶやいた。
「まだ、完全に日が落ちきってないし、森は俺の得意分野だぜ。心配いらねーよ」
セラの肩にちょこんと座り、劉蒼龍(ea6647)は軽く胸を叩く。
頼もしいですね、とセラはほっと安堵の表情を浮かべた。
森の中を歩いて数時間ほど進んだ頃だろうか、少し開けた場所に一行は到着した。
広場の中央に湧き水でできた泉があった。とうとうと湧く水は静かに広がっていき、小川を生み出すことなく、そのまま地面にしみ込んでいく。そのためか、湖の周辺は少しぬかるんでおり、泉の表面と濡れた草花が月の光を浴びてきらきらと輝いていた。
暗い森ばかり歩いていた中、不意におとずれた自然の輝きに、一行の心は一息もらした。
「まるで、ここだけ切り取られたみたいなかんじだな」
そらに浮かぶ月を見上げながらぼんやりと辻篆(ea6829)は言った。
慎重に歩を進めながら、わき水の音すら聞こえてきそうな静かな湖畔を、アーヴィング・ロクスリー(ea2710)はじっと見つめていた。不意に彼からもれた言葉を耳にしたセラは、通訳係の蒼龍に問いかける。
「‥‥いま、アーヴィング殿は何とおっしゃられたのですか?」
「えーと、銀は月の光を意味していて‥‥もしかすると、例の歌の場所はこの辺りじゃねーか、だってさ」
ほかにも何か言っていたようだが、適当な言葉が分からないため、まぁいいかと開き直る蒼龍。
そんなことはつゆ知らず。セラはなるほどと大きく頷いた。
「確かに、この場所ならば歌の意味にあてはまりそうですね‥‥」
傍らに腰を下ろし、水に触れようとしたセラを、さりげなくアーヴィングが制する。
「‥‥気をつけて、何か聞こえます」
かすかにだが、声のようなものが聞こえた。その正体を確かめようとアーヴィングは手に提げていたカンテラで、ゆっくりと辺りを照らす。獣の気配は感じられない。
気の迷いかと思い直した時、不意に蒼龍がセラの肩から飛び立った。
素早く脇にいた篆が蒼龍の眼前に回り込み、その行く手を阻んだ。
「単独行動は危険だ!」
「あ‥‥っあれ? 俺、どこに行こうとしたんだっけ」
「まさか、今の囁きが噂のニンフの歌なのでしょうか」
気をしっかりと持っていれば大丈夫のようだが、何となくこの場所にいては駄目だ、どこかへいかなくては。そんな気持ちになったのだという。
ふと、アーヴィングは湖にほど近い場所の木々が不自然に茂っていることに気付いた。
今までどうして気にならなかったのか不思議なほど、そこははっきりと「壁」の姿をしていた。
「どうやら、妖精達はここを知られないように、私達の気をそらせさせていたのでしょうね」
この場所に気付いたのは声が聞こえなくなってからだ。そう考えた方が自然だろう。
とん、と蒼龍がセラの肩を叩く。セラは小さく頷き、腰に下げていた剣を構えながら、祈りの言葉をつぶやきはじめた。
セラの体が黒みを帯びた淡い光に包まれる。光がおさまりからしばらくして、セラは蒼龍に短く言葉を告げた。
「‥‥どうでした?」
言葉の壁に少々うんざりしながら、アーヴィングは蒼龍から伝えられるセラの言葉を待った。もっとも、蒼龍も正確にセラの言葉を理解しきれているわけではない。だが、全く分からないよりは大体の意志の疎通が出来るだけ、少しはましなのかもしれない。
「中に何かいるみたいだってさ、結構大勢らしいぜ」
「よし、まずは自分とアーヴィング殿の2人で先にいく。セラ殿、ロープがあっただろう。それを貸してくれないか」
受け取ったロープを縛り付け、合図をしたら来てほしいと言い、2人は壁の隙間から入っていった。
程なくして、ロープがわずかに揺れた。
残りの3人も慎重に奥へと進み始める。
壁の向こうは古びた館の中へ続いていた。腐りかけた床板はところどころ穴が開いているようだ。
「何だか‥‥獣臭くないですか?」
セラは眉をひそめながら言った。
「確かに変な匂いがするな……」
冒険者ならば嗅ぎなれた匂い。すなわち獣の死臭と血の匂いが入り混じり、辺りに充満しているらしい。
用心のためにと明かりをつけておらず、暗い室内で頼りになるのは、か細く差し込んでくる月の光だけ。血と獣の臭いが漂う室内には、いくつか何かが横たわっているような姿の輪郭が、ぼんやりとみえた。その正体が何となく気になったが、今は先に進むことが先決だろう。
「こっちです」
階段を上った先でアーヴィングのカンテラのわずかな炎が揺れている。
小さな明かりとロープを頼りにゆっくりと慎重に歩んでいく。
館の最上階、丁度、入り口の真上に当たる部屋の前で一行は足を止めた。
薄汚れた館内で、その部屋の周りだけ綺麗に掃除がされていた。扉は新しく取り付け直されて、閉じ込めるために使用されているのだろう、かんぬきが備え付けられていた。
かんぬきをそっと引き抜き、ゆっくりと中へ入っていく。外の森の匂いに混じって、甘い花の香りが漂ってきた。
「‥‥どなたですか?」
少し震えた女性の声が聞こえてきた。
案ずることはない、とアーヴィングはカンテラに半分だけ覆いかぶせていた布をはぎ取り、自分の姿を照らし出した。
「貴女を助けにきた者です。モリー・チャップマンお嬢様」
「この館は‥‥この森の番人達の住処なんです」
自分達はそう名乗っているが、本当のところはただの盗賊なのだとモリーは告げた。森にやってきた者達を意図的に迷わせ、欲しいものは全て奪う。それが彼らの活動なのだという。
「私も森の中で変な歌を聴き‥‥気が付いたらこの辺りをさまよっていました。行く道も帰る道も分からずにいるところを番人達がやってきて‥‥」
「襲われた、というわけですね」
肩を震わせモリーは小さく頷く。
「私、恐くてどうしていいか分からなくて‥‥ずっと地下牢に入れられていたんですけど、このままでは駄目だと思い、勇気を出してお願いしたんです。湖の見える、この場所に移して欲しいって。そのかわり‥‥」
彼女は腹の部分にそっと手をそえて、瞳に影を落とした。同性である篆はその意味を素早く察し、そっと彼女の掌に両手を重ねた。
「大丈夫だ。モリー殿のお父上もきっと分かって下さるはずだよ」
「よしっ、抜けた!」
ガコンッという鈍い音と金属の跳ねる音が鳴った。はっと息を飲み、篆とアーヴィングは同時に扉を見つめた。
「聞かれましたでしょうか」
「大丈夫だろう。入り口の獣の方は始末しておいたし、な」
「足につながれてる方は鍵がかかってるな。さすがにこれは俺達の手に負えそうにないぜ。どうする?」
「私の馬に運ばせましょう。それまでは‥‥モリー殿、失礼致します」
そう言って、セラは軽々とモリーを抱きあげた。きょとんと目を瞬かせる彼女に、セラは笑顔で返事をした。
「さすがにそろそろやばいでしょうね。急いで脱出しましょう」
階下の方で人が動く気配を感じ、アーヴィングは慎重に扉を開けて外を確認する。
「少し揺れるけど、我慢してくれよな」
モリーの腕に腰を下ろしながら蒼龍は言った。
アーヴィングがカンテラの火を噴き消す。それを合図に一行は闇を翔る風となって、館内を抜けていった。
ーーーーー
数日後、娘が無事に戻ってきたと報告を受けた依頼人が、豪華な馬車に乗ってギルドへやってきていた。
娘が乱暴されていた事実を知ると、さすがにショックを隠しきれないでいたようだが、何にせよ生きて帰ってきたことには変わりないと寛大に彼女を迎えた。
「そういえば、あの館。城の討伐隊が制圧にいったってさ」
それ以来、森の中で奇妙な「ニンフの歌」は聞こえなくなったのだという。妖精が歌っているままにしておいた方が謎めいて良かったかもしれないが、モリーのような女性を、これ以上増やすわけにはいかない。
「モリー殿、これから‥‥少し大変かもしれないな」
穢れた娘である事実はもう拭えない。社会が彼女をどう扱うかは彼女自身にかかっていることだろう。
「命がある限り、自分を信じる限り、なんとかなりますよ」
「‥‥そうだな」
彼女はきっと大丈夫。
冒険者達はそう信じたのだった。
おわり