秘蔵の酒
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■ショートシナリオ
担当:谷口舞
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月08日〜09月12日
リプレイ公開日:2005年09月18日
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●オープニング
「そうなんですよ〜。あの味、喉ごし‥‥今でも忘れられないわぁ‥‥」
うっとりとした表情を浮かべながら、赤髪のエレナはそう呟いた。
イギリスに来て早や半年。もうすっかりイギリスになれたエレナであったが、どうしても時々故郷をおもいだしてしまうのだという。
そんな時いつも思い出すのが、故郷で毎日飲んでいた酒なのだという。
「こっちのエールも悪くないんだけど、やっぱり物足りないのよね」
ゴブレットの中を満たしているのは、すっかり気の抜けたぬるいエール。
イギリスの酒場で極一般的に飲まれているものだ。
「エレナって確か‥‥ノルマンの方の出身だっけ? えーっとあっちのお酒というとー‥‥」
「ワインやベルモットなんかが有名ですよね。エレナさんの好みからして‥‥ベルモットの方かな?」
一同の中にいたシフールの青年がさりげなく、そう告げた。
ベルモットといえば、ワインに香草を入れた香り高い飲み物。
ノルマンの方では食前酒として良く飲まれているのだという。
「さすがは雑学王のシフール君ね。その通り、ベルモットよ。あの香りと味はこんな気の抜けたエールなんかじゃ味わえないわ!」
だが。望んだところで、容易に飲めるものではない。
輸入されてくる嗜好品の大抵は、好事家の貴族達の手に渡ってしまうため、一般民の口に届くことは殆どないからだ。
「そういえば‥‥ここの酒場の親父が妙なことを口走っていたな‥‥」
10日程前だろうか。大きな貨物船がイギリスに来航したその翌日の話だ。
とっておきの酒を手に入れた、と常連客に自慢しているのを彼は耳にしたのだという。
「どんな酒か説明してたんだけど、どうやら‥‥異国のお酒みたいだよ。オレっちみたいなシフールじゃ、相手にしてくれなくてね。どういうモノなのかすら、拝ませてくれなかったよ」
「ふぅん‥‥確かにここの親父はカタブツで有名だものね。ちょっとやそっとのことじゃ口を割らないかもしれないわね。よし、私にいい考えがある!」
カウンター越しにちらりとマスターの顔を眺め、エレナは仲間達を呼び寄せて小声で囁いた。
「あのマスターをどうにか誘惑して、お酒のことを聞き出せばいいのよ。上手くいけば少しばかり頂けるかもしれないわよ」
「でも‥‥どうやって?」
「それは‥‥専門家に協力してもらいましょ。ほら、冒険者なら口達者な人とか交渉が得意な人とか多いじゃない。ギルドで募集するのよ、お酒好きなら協力してくれるでしょ」
なるほど、と一同は大きく頷く。滅多に飲めない酒となれば、好き者の彼らなら飛びついてくるかもしれない。
とはいえ、彼らだけに全てを任せるのも得策ではないだろう。出来る限り、自分達でも何か出来ないものかと声が上がる。
「‥‥親父さんの趣味とかでも聞き出してみるかな‥‥何かの役にたつかもしれないだろうしな」
「なるほど、事前調査ってやつね。それじゃ私はギルドの方へ行ってくるわ。後は頼んだわよ!」
●リプレイ本文
●お店に訪れて
「パラッパパラッパ、パッラッパ! おっいらは陽気なパラ戦士〜♪」
ボルジャー・タックワイズ(ea3970)の陽気な歌声がキャメロットの街に響き渡る。
調子外れだが、どこか憎めない呑気な調子の歌に、同行している冒険者達は苦笑いを浮かべた。
「でも、店に入ったらとりあえず静かにしておかないとだめだよ。うるさいのが嫌いな人もいるかもしれないからね」
軽く小突くようにしながらユラ・ティアナ(ea8769)が言った。
酒場にも色々相性があるし、まずは雰囲気を掴むことが大切だろう。
様々な人が集まる大きな酒場ならば気にする必要はないだろうが、今から向かう場所は個人経営の小さな酒場。店のマスターの機嫌を損ねるような真似は避けておきたい。
「そんな大げさに考えなくてもだいじょーぶだって! 歌とお酒が好きな人に悪い奴はいないぞーってね♪」
そう言ってボルジャーがくるりと舞い踊った。何においても前向きな姿勢はもはや尊敬の域に達するだろう。
「お酒といえば‥‥パラーリアさんも良い酒持ってるって聞いたけど、どんなのだい?」
話題を振られ、パラーリア・ゲラー(eb2257)は思わず目を瞬かせてヲーク・シン(ea5984)を見上げた。
「んー‥‥たくさんあるかな。この間までノルマンにいたんだけど、そこでとっておきのものももらったしね」
「へぇ‥‥ちょっと俺にも見せてもらえるかい?」
「だめだめ。とっておきは最後までとっておかないと。ね」
楽しげにパラーリアは言う。
扉を開けて彼らが一番に目にしたものは壁にずらりと並んだ酒樽だった。
逆さにおかれているところを見ても、中身は入っていないのだろう。
どれも丹念に磨かれており、金属部分に錆び一つみられない。マスターがどれだけ店を愛しているのかが手に取るように分かる。
「いい感じの店ですね」
倉城響(ea1466)がぐるりと店内を見回しながら言った。
まだ少し時間が早いのか、客の姿はまばらだ。
いかにも常連客らしい男性が店の片隅でゴブレットを傾けている。
冒険者達の姿をみかけ、彼は嬉しそうに声をあげた。
「おまえさん達、初めてみるな。どうだい、こっちで一緒に飲まないか?」
「おっちゃん話が分かるねぇ! おいら冷えたエールが大歓迎さ!」
ちゃっかりと隣に座り、ボルジャーは早速とばかりに注文をしようとした。
すかさず男はボルジャーの頭を押さえつけ、じろりと睨みつけた。
「ガキに飲ます酒はないぞ」
「おいらは子供じゃないってば! こうみえてもおいらはキャメロットにその名を轟かせるボルジャー・タックワイズ様だぞ!」
「‥‥知らんな」
「ボルジャーさん、何してるのよー。ごめんなさい、ご迷惑をおかけしちゃったみたいで‥‥あ、そうだ。良かったらこれどうぞ」
ルナ・ティルー(eb1205)は手に下げていた籠から一口サイズのパイを取り出した。
「たくさん作ってきたので、おかわりいっぱいありますから、良かったら言ってくださいね」
ついでに感想も聞かせてもらえると嬉しいな、とルナは言葉を添える。
仲間達にも配り終えるのと同時に、テーブルにエールが入ったゴブレットが並べられた。
仏頂面の厳つい男がじろりとルナを睨みつける。
びくりと肩をすくませながらも、ルナはそっとパイを差し出した。
「悪いな、仕事中だ」
ひとことそう告げ、彼はカウンターの奥へと戻っていく。
ちょっとタイミングが悪かったかな、とルナはそそくさとパイを籠に戻した。
●給仕係
「人出が足りずに困って困ってたところだ、助かる。早速今日から頼むな」
マスターはそう言いながら、ぽむりとネフィリム・フィルス(eb3503)の肩を叩いた。
最低限の礼儀作法さえあれば、とりあえず給仕係くらいは務められるだろう。
客にさえ迷惑をかけなければ良いなどと指示を受けながら、ネフィリムは渡されたエプロンに袖を通した。
日も暮れ、そろそろ客が増え始める時間だ。
月道開放前後はキャメロットへ多くの旅人が訪れる。今日も客が多いだろうよ、と彼は告げた。
早速とばかりに扉が開き、若い男女が店を訪れた。
「ほれ、早く案内してこい」
「あ‥‥いらっしゃいませ」
にこやかに笑顔を浮かべ、ネフィリムは早速注文をとりに彼らが座ったテーブルへと向かうのだった。
●酒場に咲く華
賑やかなテーブル席とは対称的に、店の奥にあるカウンター席は穏やかな静けさを漂わせていた。
常連客が多いというのもあるだろう。ただ静かに酒を楽しみたい、そんな客がカウンターの席に集まる。
その中に混じってアリシア・ファフナー(eb2776)はゆっくりとエールを堪能していた。
少しだけ温いエールが喉を滑りぬけていく。味気ないキャメロットの料理には気の抜けてない濃い味のエールがよく似合う。
「ここ数日と、あまり見ない顔ぶれが目立つな‥‥」
ちらりとマスターはアリシアの顔を見つめた。
傾けていたゴブレットをテーブルに置き、アリシアは穏やかな表情で見つめ返す。
「踊り子が珍しい? それなら折角だし、一曲踊りましょうか」
「それは有り難いが‥‥ここには音楽を鳴らすものもないし、見ての通りの狭さだ。踊る場所も提供できないぞ」
「それには及ばないわ‥‥」
すっとアリシアは視線を背後に向けた。
視線に気付いたボルジャーが、靴を鳴らしてリズムを叩き始める。
近くにいた者達もリズムに合わせて拍手を鳴らしたり、食器を楽器代わりに鳴らし始める。
アリシアは音に合わせながら立ち上がり、その場で舞い始めた。
近くにいた男達が彼女が踊りやすいようテーブルをずらし舞台を作り上げる。
「あ、あのー‥‥マスター、どうしましょう」
困った様子でマスターと踊り子達を交互に見つめるネフィリム。
心配げな様子の彼女に、彼は動じてない様子できっぱりと告げた。
「少しぐらいは構わんさ。それより、無茶する奴がいないか目を見張ってろ」
「‥‥はい」
店内の視線がアリシアに注がれる中、空いたカウンターに2人の女性が腰を下ろした。
「冷たいエールを頂けますか?」
おっとりとした雰囲気で、先に腰を下ろした響が言う。
注文の品をゴブレットに注ごうと後ろを振り返ったマスターへ、すかさずアリシアの隣に座ったユラが告げる。
「あ、私もエールをお願いね」
ゆっくりと振り返り、ユラの姿を見て‥‥店主はふと眉をひそめた。
「‥‥ハーフエルフか?」
その問いに肯定するかのようにユラは僅かに口元を緩ませる。
「お前さんみたいなのはこんな人が多いところに来るのは辛いだろう。飲むだけなら、もっと落ち着いたところが良いんじゃないか?」
「‥‥お酒に詳しい人がいるって聞いたから、どんな人かなって思ってきてみたの。私、仕事柄色んなお酒に出会う機会があったので、お酒には興味あるんだ。良ければお話しません?」
成程、ユラはいかにも冒険者といった風貌をしている。
各地を旅する冒険者ならば、珍しい酒についても詳しいだろう。
まずはとばかりに、ユラは身近な話からきりだすことにした。
「例えばこのエール。普通に飲んでも美味しいけど、一緒に食べる料理でまた味わいが変わってくるんですよ。発泡酒だと‥‥」
「お? 何々? 面白そうな話してるねー」
ひょっこりとパラーリアがユラの肩に飛び乗りながら話に割り込んできた。
「お酒の話ならもっと面白いのあるよ。じゃーんっ! 私のお酒これくしょーん!」
バックパックに詰め込まれていた酒筒をパラーリアはテーブルに並べていく。
「左から発泡酒、シードル、ワイン、ベルモット! 他にもまだまだあるよー♪」
「ほう‥‥こいつは面白いな‥‥」
「でしょでしょ♪ ここのお店のにも負けない味なんだから。そだ、折角だから評価して欲しいな。このお酒達の味見してみてよ」
にっこりとパラーリアは笑顔を向けた。
少々不安にかられ、ユラはちらりとマスターの顔色をうかがった。
案の定、彼は少し困った表情を浮かべている。
「‥‥味の評価は‥‥自信がないが、そこまでいうのならば‥‥」
そう呟き、かれはほんの少し、筒にはいった酒を口に含ませていった。
●秘蔵の一品
酒場に訪れるようになってから早3日。
もうすっかり店の顔なじみとなっていた冒険者達に、ふとマスターが声をかけてきた。
「お前ら‥‥最近よく見るな。そんなにこの店が気に入ったか?」
「うんっ、料理はー‥‥いまいちだけど、エールの質はいいし、何より雰囲気が楽しいしねっ」
「ちょっとボルジャーさん‥‥」
ボルジャーの言葉をあわててルナが遮ろうとする。
わずかにだが穏やかな表情をみせ、マスターは気にするなと応えた。
「ここは料理店じゃねぇ、味を保障してもらいたければちゃんとした店に行けってなもんだ。料理は正直いって嬢ちゃんの手料理の方が美味かったからな。いっしょうちの店で働くか?」
ルナが答えるより早く、店主は冗談だよ、と言葉を添えた。
「マスター。仕込みが終わりましたけど、後はどうしますか?」
店の奥からネフィリムが顔を覗かせる。
「ああ、後は客が増えるまで待機してて良いぞ‥‥その前に、地下倉庫の一番奥にある赤い木箱を持ってきてくれ」
「はい」
それぞれカウンターに腰掛ける冒険者達をぐるりと見回し、マスターは静かに告げる。
「今日のおすすめはウサギの煮込みと鶏のハーブ焼きだ。どちらも食前酒と良く合うぞ」
「食前酒‥‥?」
パラーリアが「食前酒」という言葉にぴくりと反応して呟いた。
「それってもしかして‥‥」
「マスター。これで良いですか?」
渡された木箱を確認し、彼は確かに、と満足そうな表情をみせる。
縛られている紐をほどき、そっと蓋を開けると1本のワイン瓶が赤子のように布にくるまれて横たわっていた。
「5年前に仕込まれた最高級の白ワインだよ。ハーブがふんだんにブレンドされて熟成されたものだ。どうだい、ひとつ味わっていかないか?」
呆然とマスターを見つめる冒険者達。
状況が飲み込みきれずに言葉に戸惑う彼らを眺め、彼はにやりと笑みをもらした。
「この間の酒の話、実に楽しかった。それに、料理もダンスも歌も満足な逸品だったよ。こういう酒は、お前さん方みたいな面白い奴に飲ませるために取っておいてあるんだ。さ、他の奴らが来る前に存分に楽しんでいってくれ」