罠にかかったキツネ

■ショートシナリオ


担当:谷口舞

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 36 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月18日〜09月23日

リプレイ公開日:2005年09月29日

●オープニング

 その日。ギルドに1人の男が訪れた。
 厳つい風貌のその男は、大きな木箱を背負い、大股で受付に向かって歩いてきた。
「なんだ‥‥あれ」
 たまたま遊びに来ていたシフールの少年がじっと男を見つめる。
 彫りの深い顔の中に埋められた黒い瞳がじろりと少年を睨みつけた。
「えー‥‥と、おいらに何か‥‥用?」
「‥‥お主、名を何という」
「へっ!? えーっと、おいらはアドニスだよ」
「アドニス‥‥お主、生き物に詳しいか?」
 何の脈絡もなく問われ、少年は眉をひそめながら首を振る。
 どうしてか、と聞いた方が良かったのだろうか? そう思いもしたが、一切の質問も受け付けないさそうな雰囲気に、少年はどうしていいわからず辺りを見回した。
 他の者達もそうなのか、明らかに2人から視線を外している。
 仕方ない‥‥
 少年は勇気をもって男に話しかけた。
「お、おいらは‥‥生き物に詳しくないけど、おいらの知り合いになら詳しい奴がいるよ‥‥多分‥‥」
「おお、そうか。それならば、こいつをしばらく預かっていて欲しい」
 どさり。
 男は背負っていた木箱を目の前に置いた。
 木箱の中には、小柄の狐が入っていた。足を怪我しているらしく、後ろ脚にむちゃくちゃに巻かれた布がじんわりと赤く染まっている。
「森の中でウサギの罠に引っかかってるのをみかけてな。おおかたウサギを追いかけていて自分が捕まったとこだろうよ。そのままにしておいても良かったんだが、まだ若い奴だからな‥‥生かしてやろうと思ったのさ」
「じゃあ、おじさんが看病すればいいじゃない」
「おいおい。俺が手当てなんかしてたら、治すどころかうっかり殺しちまうよ。それに、狩りの仕事を休むわけにもいかんからな‥‥今が稼ぎ時なんだ。分かるだろう?」
「‥‥で、代わりに治療出来る人がいないか連れてきたんだね」
 何処から連れてきたのかまでは分からないが、怪我をしてから1日以上は経っているのだろう。
 このまま放って置いては衰弱し、死は免れない。
「しょーがないなぁ。おじさん、こいつはおいらが預かるよ。元気になったら森に帰してやればいいよね?」
「ああ、それで結構だ。じゃあ、宜しく頼む」
 それならば、と少年はくるりと振り返り、冒険者達に大声で告げた。
「おーい、みんなーっ! ちょっと手伝ってもらえないかー?」

●今回の参加者

 ea1923 トア・ル(33歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ea5321 レオラパネラ・ティゲル(28歳・♀・レンジャー・人間・エジプト)
 eb0529 シュヴァルツ・ヴァルト(21歳・♂・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3087 ローガン・カーティス(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3526 アルフレッド・ラグナーソン(33歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ハイラム・スレイ(eb3219

●リプレイ本文

●お手伝いをしに
 キャメロットの街を颯爽と駆ける少年を見つけ、花売りの少女は明るい声で声をかけた。
「そこのお兄さん、そんなに急いでどちらまで?」
「ちょっとお手伝いしに行くんだ」
 にぱりと笑顔を返し、シュヴァルツ・ヴァルト(eb0529)は少女に見せるように両手で抱えていた籠を掲げた。
 中には少しばかりの食料と布が入れられている。一緒に混じってはいっている草木は薬草だろう。
「それじゃ、急いでるから!」
「あ‥‥お兄さん、そっち行き止まりだよ?」
 角を曲がりかけたシュヴァルツを呼び止めようとするも、少女の声に気付くことなく、彼は細い路地へと駆けて行った。
 程なくして大きな叫び声と共に、何かがぶつかる派手な音が鳴り響く。
「あいたたた‥‥何でこんな所にゴブレットが転がってるんだよー」
「そりゃあ酒場の裏口だからねぇ」
 背後から艶やかな声が聞こえてきた。
 振り向くと上半身をあらわにした風体のレオラパネラ・ティゲル(ea5321)の姿があった。
 刺激的なその姿に聖職者であるシュヴァルツは思わず視線を背ける。
「あ、あんた‥‥その姿寒くないか?」
「迎えに来た相手にその言い方はないでしょ? ほら、立てる?」
 転がっている籠の中身をかき集めて、シュヴァルツは差し出された手をそっと握る。
「それで、材料全部揃えられたの?」
「ええと‥‥お肉と果物と替えの布と‥‥あと、薬草をいくつかもらってきたよ」
「んー‥‥これとこれは使えるわね、この葉っぱは‥‥あたしも見たこと無いわ。もっと詳しい人なら分かるかしら‥‥とりあえず分かるやつだけ混ぜて上げてみるわね」
「それより、一つ聞いていい?」
 先程から自分達に向けられる視線に耐えられず、シュヴァルツは頬を赤らめながら囁いた。
「そ、その‥‥その格好寒くない?」
 まだ本格的に寒い季節ではないとはいえ、朝夕はかなり冷え込んでくる。
 せめて上に何かひとつ羽織った方が良いのでは、と思わずにはいられない。
 もっともどちらかというと、通りすがる異性達の好奇心の視線の方が気になるのではあるが‥‥
 当の本人は全く気にしていない様子で、むしろどうどうと見せている風にも思える。
「そういえば、狐さんの様子はどう?」
「大分落ち着いてきたみたいよ。皆の手当てが丁寧なおかげかもね」
 世間話も交えながら、2人は冒険者街の入り口をくぐり抜けていった。
 
●狐の看病
「腫れの方は大分引いたようだね‥‥出血もしなくなったし、良い傾向だと思うよ」
 傷口を触らないよう注意しつつ、トア・ル(ea1923)はそっと狐を箱の中に戻してやった。
 動きを制限させるためにわざと噛みつかせていた手を、顎を開かせて引き抜く。
 分厚く巻いた布のおかげで怪我はしていないものの、まだじんわりと鈍い痛みが手に残っていた。
 口が開放された途端、どうしても気になるのか、狐はしきりに傷をなめたがり始めた。
「ああ、だめですよ。薬が塗ってあるのですからね」
 アルフレッド・ラグナーソン(eb3526)は優しくさとすように狐に話しかける。
 不慣れながらも甲斐甲斐しく面倒をみていたおかげか、最初は警戒心をむき出しにしていた狐も少しは彼らを許すようになっていた。
 だが、相変わらず薬を与える際に必死に抵抗する姿をみると、完全に信用しきってはいないようだ。
 せめて治療の間は暴れないように、と多少心得のあるトアが噛みつかれ役を買って出ていた。
「所詮は野良だし、餌か何か与えておけば、そっちに気が向くとは思うんだけどね‥‥」
「でも、まだ買い出しに行ってる皆さんは帰って来ませんしね」
 そう言いながらアルフレッドが扉に視線を向けた時だ。
 カチャリと扉を開けて、大きな布袋を下げたローガン・カーティス(eb3087)は入ってきた。
 机に布袋を置き、ちらりと自分を見上げる狐に視線を向ける。
「大分元気になってきたようだな」
「そろそろ走りたくてしょうがないみたいですよ」
「‥‥いたずらをしないよう、見張っておいてくれよ」
 ローガンは僅かに眉をひそめた。
 ふと、台所のほうから不思議な香りが漂って来ていることに気付き、彼は訝しげに呟いた。
「何の臭いだ?」
「レオラパネラさんが薬を作っているそうですよ」
「これは‥‥薬というより毒薬みたい臭いだな‥‥」
 鼻が敏感な狐が大人しいのは覚悟を決めているのか、それとももう既に慣れたからなのだろうか。
 相手が好意でしていることだけに、下手な忠告は出来ない。
「異国の言葉で良薬口に苦しとは言うそうだが‥‥怪我人も大変だな」
 これから来る彼の試練にちょっぴり同情するローガンであった。

●勉学に励んで
 夜。
 見張りの番をしていたシュヴァルツは、ふと奥の部屋の明かりが洩れているのに気がついた。
 そっと扉のすき間から中を覗くと、机に向かって読み物をしているローガンの姿が見えた。
 壁際にかけていたカンテラの明かりが、彼の頭上でちらちらと揺れている。
 視線の端に人の気配があるのに気付き、分厚い書物を閉じながらローガンはゆっくりと息を吐き出す。
「あ‥‥ごめん。邪魔しちゃった?」
「いや、丁度一息入れようとしてた所だから大丈夫だ」
 そう言って、手元に置いてあったカップに手を運ぶ。が、中身がすっかり空であることに、口元に運んでから気がついた。
「む‥‥」
「ミルクでよければ、お代わりがあるよ」
「‥‥それは狐のためにもらってきたやつだろう‥‥?」
 じろりと横目で睨むローガン。
「それより、見てなくて大丈夫か?」
「うん、今ぐっすりと寝てる。ローガンおにいちゃんも無理しないように、程々のところで休んでね」
「分かってる。これを読み終えたら寝るつもりだ」
 さりげなく、ローガンは傍らにある書物達に視線を向ける。
 どれも動物に関する書物ばかりだ。昼間の間にあちこちから借りてきたらしい。
「もう大丈夫とは思うが、万が一に備えて知識だけでもたくわえておいた方がいいだろう?」
 野生動物は痛みを表に出さないため、突然に体調を崩すことも多々ある。
 そういった場合も対処法を知っておけば、少しは助かる可能性も高くなるのだ。
「あ、こんなところにいたんだ」
 扉の影からトマが姿を見せた。
「見張りの交代にきたのに、姿が見えなくて心配したよ」
「いくら僕でも家の中で迷子にはならないよー‥‥」
 苦笑いを浮かべるシュヴァルツ。
「そっちの魔法使いさんも少し任せるぐらいの気持ちでいてよ。僕だって少しは動物のこと分かるんだからさ」
「ああ、そうだな」
 ゆるりと立ち上がりローガンはカンテラの明かりを消した。
 一瞬にして辺りが闇に包まれる。真っ暗な足元を注意しながら、彼らはその部屋を後にした。
 
●森へお帰り
 3日程過ぎ、狐はすっかり元気を取り戻していた。
 もう自分で歩けるのだろうが、街中で歩かせてはまた怪我をする恐れもあるため、森へ向かう道中も箱に入れて運ぶことにした。
「彼がいれば、もう少し楽だったんだがな‥‥」
 ローガンが言う彼は、恐らくギルドから家に運んで来る間に協力してくれた人物のことだろう。
 だが、居ない者を求めたところで仕方ない。
 箱をロバの背にしっかりとくくりつけ、彼らは森へと脚を向けた。
 
 夕方。少し日も暮れかけた頃に、ようやく一行は狐を捕まえたという森の場所へと到着した。
 箱からそっと狐を抱きあげ、草むらへと下ろしてやる。
 久しぶりの大地の香りに緊張したのか、狐はおろおろと辺りを見回すだけで動こうとしない。
「ほら、森にお帰りなさい。あなたが戻るべき場所はここなんですよ」
 優しく背を撫でながら、アルフレッドが狐に語りかける。
 不意に、レオラパネラは傍の草むらに生えていた木の実で顔に模様を印し始めた。
 一同の視線が集まるなか、彼女は狐の鳴き声に似た声で歌いながら舞い始める。
 狐はじっと彼女を見上げていたが、やがて歌に合わせるように一鳴きし、森の中へと駆けて行った。
「元気でねー。もう罠にひっかかるんじゃないよー」
 精一杯声を張り上げてシュヴァルツは小さな両手を大きく振る。
 やがて、森の奥からコーンと狐の鳴き声がひとつ聞こえてきた。
 それはまるで彼らに向かって礼を言っているようであった。