海の乙女

■ショートシナリオ


担当:谷口舞

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 44 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月04日〜10月13日

リプレイ公開日:2005年10月15日

●オープニング

 イギリス南部に広がる海岸ぞいに名も無い小さな村がある。
 深い森と入り組んだ海岸に阻まれ、他の村との交流が殆どないために、その村に住む人々は村が生活の全てと考えていた。
 彼らは海の恵みと森の恵みを村人同士で分け合い、共に支え合って生きてきた。
 そんな彼らの元に大きな変化が訪れたのは、先日の大潮に起きた出来事がきっかけだろう。
 いつものように漁をしていた彼らの網に、思わぬモノがかかっていたのだ。
 魚の尾を持つ人間、そうマーメイドである。
 本来、彼らは暖かい海の底に集団で生活を営んでおり、その姿を地上に住む者達に晒すことは殆どない。
 運の良いものならば、沖合いに出た時、イルカ達と戯れる姿くらいは見かけられるだろうが、彼らから人間の傍へ近づくことはないといって良い。
 艶やかな亜麻色の髪と豊かな胸元、何より端正な顔立ちは見る者を魅了させてしまうほどだ。
 伝説に聞く異形の者を目の当たりにし、村人達は困惑した。
 とりあえず逃げ出さないよう、マーメイドのヒレに枷をはめさせ、村の納屋に閉じこめた。
 捕らわれの身になったことを知り、彼女は嘆き、捕まえた人間を恨んだ。
 自分は何も出来ない、早く海へ返せと願うも、村人は首を縦に振ろうとはしなかった。
「そういえば、噂話なんだが‥‥マーメイドの肉を食べれば永遠の命を得られるそうだ」
 1人の村人の言葉にマーメイドの顔から血の気が引いた。
「‥‥私を食べる‥‥と言うのですか‥‥?」
「折角手に入れた貴重なモノをやすやすと逃がすなんて勿体なかろう?」
 恐怖と怒りに全身を震わせ、彼女はヒレを脚へと変化させ、その場に立ち上がった。
「に、人間に化けやがった‥‥!」
「このまま海へ帰っても良かったのですが、あなた方のような人間を放っておくのは許せません‥‥!」
 彼女は力ある言葉を解き放ちながら、右手を村人に向けてかざした。

 その日、いつものように依頼を探しにきていた冒険者は一枚の依頼書に気付き、眉をひそめた。
「村を襲った‥‥マーメイド?」
 依頼書にはこう記されている。
 3日ほど前、陸に上がってきたマーメイドが近隣の村人を襲った。
 辛くも逃げ延びた村人を探し、今もなおその村を徘徊しているのだそうだ。
 村の安全を取り戻すため、マーメイドを退治して欲しい。
「‥‥なあ、マーメイドが人間をいきなり襲うのか?」
「嫌っているというは聞いたことはあるが、これだけじゃあなぁ‥‥」
 依頼人はその村の近所に住む好事家の貴族となっている。出来れば生け捕りにとしてる時点からして、きな臭い。
「どうする?」
「そうだな‥‥」
 仲間達も眉根をひそめて依頼書を見つめた。
「海に逃がしてやるというのもひとつの手だよな」
 彼らはお互い見つめ合いながら小さく頷いた。

●今回の参加者

 ea0945 神城 降魔(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5115 エカテリーナ・アレクセイ(32歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb1224 グイド・トゥルバスティ(29歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3389 シータ・ラーダシュトラ(28歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

●イギリスの秋事情
 この時期のイギリス地方の朝夕はひどく冷え込む。
 インドゥーラ出身のシータ・ラーダシュトラ(eb3389)にとって、これからの時期は辛い物があるようだ。
 愛馬に載せていた毛布を引きずり出し、肩から羽織ると、焚火の前にちょこんと腰を下ろした。
「寒いねー」
 焚火の番をしていた神城降魔(ea0945)は、シータに暖かいミルクを渡しながら崖下の海から視線を戻した。
「潮風が無ければ、もう少し過ごしやすいけどな。任務中に風邪でも引かないようにな。それで、村の様子はどうだった?」
「うん、殆どの人は貴族さんの家に逃げてたみたいだよ。お屋敷の中にいるならちょっとは安全だしねー。人魚を捕らえるんだ! って何人か残ってたけど、グイド達が村の外へ避難させてくれていたからもう安全だね」
 キャンプ地の見張り番交代前にも、降魔も村人避難の手伝いをしていたが、まだ少し時間がかかっているようだ。
 身動きが取れる者の殆どは既に村からの脱出を行っていたため、村に残っていた者は人魚を退治したいと意気がっていた者と老人や重病人ばかり。
 応急手当を施したり、村を離れるよう説得を試みているうちに、気付けば1日が過ぎようとしていた。
 しばらくして、さっそうと馬に乗ったエカテリーナ・アレクセイ(ea5115)が2人の前に姿を現した。
 馬を傍の樹に繋げ、エカテリーナは少し疲れた表情で焚火の前に腰を下ろす。
「おつかれー。どしたの? そんなに疲れた顔しちゃって」
「少しわがままな領主様の話に疲れてしまっただけですよ。何となく理由は分かっていたのですけど‥‥」
 ひとつ息を吐き、エカテリーナは依頼人である貴族との話を説明しはじめた。
 何となく察してはいたが、マーメイドを手に入れようとする理由が「その血を自分のものにする」ことなのだそうだ。生け捕りにする理由が「より新鮮な血を得られるために」ということからして、村の安全を守るというより、己の欲を優先したと言って過言ではないだろう。
「だからこそ、あの依頼額か。まあ、当然といえば当然だろうな」
 村人の誘導を終えたらしい、グイド・トゥルバスティ(eb1224)がどかりと焚火の前に座った。目の前であぶられていた干し肉を何気なく手に取り、かぶりつく。
「あっ、それ僕のお肉だよ!」
「少しぐらいいいだろう? それよりマーメイド捕獲の方に集中しようぜ。村人の話じゃ、森の奥から全然出てこないそうだぞ。捕まえるのは結構大変かもしれないな」
 陸地ならばこちらが有利とはいえ、相手がどんな状況にいるのかが分からないうちは危険を伴う。
 少しは落ち着いて話が出来る状態なら良いんだがな、とグイドは苦笑いを浮かべた。
「今夜の火の番は俺がやるから、降魔とエカテリーナは先に休んでていいぜ。皆には明日も頑張ってもらわないといけないからな」
 そう告げたレインフォルス・フォルナード(ea7641)の言葉を、仲間達は素直にあやかることにした。
 マーメイドとは戦闘を極力さけ、話し合いで落ち着かせたい。下手なボロがでないよう、こちらの準備は万端にしておくべきだろう。そのためにもしっかりと睡眠をとり、ここまでの旅の疲れを少しでも減らしておくべきだ。
 海からの風がまた少し強くなった。心なしか、空の雲も増えてきているような気がする。
「今夜辺り降るかもしれないな‥‥」
 湿り気のある風を頬に受けながら、一同は暗い夜の空を見上げた。
 
●森に潜む海の乙女
 まだ霧が晴れぬ早朝。一同は行動を開始した。
 屋敷にいたという村人から教えてもらった情報を元に、マーメイドが潜んでいそうな場所を重点的に探し始めた。
「恐らく、彼女は自分に有利になるよう、水場の近くに潜んでいるだろうな。とりあえず河に沿って進んでいくとしよう」
 降魔の提案通り、一同は川を遡るようにして森の奥へと歩を進めていった。
 潮風のお陰で木々の成長が良くないのか、この辺りは森といえどそれほど草木が生えていない。
 殆ど踏みつぶしていける程度の低い草を越え、川の小さなせせらぎを耳にしながら、慎重に歩いていった。
 鳥達は久しぶりの人間の姿に驚き、歌うのを止めたようだ。
 しんと静まり返った森の中に、冒険者達の足音だけが響いていく。
 
 程なくして、小さな沼(と呼ぶにもおこがましい程の小さなみずたまり)に到着した。
「いるとすればこの辺りだろうな」
「僕が周りを見てこようか?」
 シータの申し出に、降魔は軽く断りの言葉を返した。
「いや、1人で行動するのは危ない。それに、探さなくともここで待っていれば相手の方からやってくるな」
「ふーん、そういうものなのかな」
 降魔の考えは正しかった。程なくして、美しい女性が河辺に訪れた。
 最初は村人なのではと思ったが、そうでもない。人間離れした端正な顔立ちと、魔物独特の気配。
 用心のためか、人間の姿に化けているが、彼女がマーメイドとみて間違いないだろう。
「あたしが話してまいりますわ」
 身を隠していた薮から立ち上がり、エカテリーナはゆったりとした足取りで女性に近づいた。
「誰!?」
「緊張する必要はないですよ。私達はあなたを傷つけようと思っていません」
「嘘よ。そういって人間は私を襲ったわ。もう信じられない!」
 警戒心を強め、女性は右手を掲げるように身構えた。
「平穏を好むおまえ達が戦うのならば、それなりに理由があるだろう。聞かせてもらえないか?」
 強い意志を持って降魔が問いかける。
 一瞬戸惑うも、彼女は警戒を解くことなく、力ある言葉を唱え始めた。
「‥‥しらじらしい、分かってるくせに今更善人ぶらないで!」
「あたし達はあなたに問いたいことがあり、参りました。戦いを行いたいのであれば、その話を聞いてからでも構わないでしょう?」
 一同に戦う意志がないのを認めると、女性は手に込めていた力を空に飛散させた。
「有り難う。それでは本題に入るとしましょうか‥‥」

●海へ
「成程な。それならば怒りたい気持ちもわかるよ」
 マーメイドの話した内容を聞き、グイドは憤りを隠せない様子だった。
 村人達や依頼人の本心は在る程度知っていたが、被害者本人から聞いた内容とでは言葉の重みが違う。
 海を彷徨っていたところを偶然捕まえられ、幾日も軟禁させられたあげくに殺されそうになった。
 生き物として、抵抗しない方が問題である。村人に恐れられる程暴れたことは問題だが、彼女の行為は生物として正しい姿と言えるだろう。
「決して謝るだけで済むことではないのは分かってる。だが、俺達に免じて、どうか許して欲しい」
 そう言ってグイドは深く頭をたれる。
 さすがに予想してなかったグイドの態度に、女性は目を瞬かせて驚きの声をあげた。
「あなた達はこの辺りに住む者ではないのに‥‥何故謝るのです?」
「人として、この問題は放っておくべきではない。そう感じただけです」
「‥‥」
 彼女はちらりと一同を見舞わした。彼らの真剣な眼差しと謝罪の言葉に、ようやく彼女は手に集めていた精霊の力を全て開放させる。
「分かりました。もう一度だけ‥‥あなた方人間を信じてみるとしましょう」

 その日の夜。夜暗闇に乗じて、一同は素早く港へと向かった。
 港から、丁度高台にある貴族の館の姿らしきものがぼんやりと見えるのが分かった。点々とついている光のようなものはろうそくの明かりだろうか。
「海の住民は海に還るのが理。誰かに気付かれぬうちに、急がれよ」
「有り難う、皆さん」
「もう捕まらないようにねー」
 黒い海にあっという間に消えていく後ろ姿を眺めながら、彼らは心暖かい気持ちで、その姿を見送っていた。
 
●依頼主の失望
「それで、逃がしたというわけか」
 この村の領主と呼ばれる男は、2度目の煙草をパイプに詰めて口にくわえ、落胆したため息を吐いた。
「捕まえてこい、と言ったはずだぞ?」
「戦いの最中、仲間がうっかり取り逃がしてしまったのです。これが証拠の剣です」
 エカテリーナが刺し出した剣の刃には赤黒い血が付けられていた。
 それはマーメイドと戦ったように欺かせる、獣の血を塗り付けただけのものだが、領主はあっけなく、それが彼女の血だとは気付いていないようだ。
「仲間がターゲットに攻撃をしかけたのですが‥‥あいにく、残ったのはその血のついた剣だけです」
「‥‥この血でも大丈夫かな」
「‥‥え?」
 ぽつりともらされた言葉にレインフォレスは目を瞬かせる。
「‥‥人魚の伝説にあやかりたいなら、血ではなく肉を食べる方が良いのでは? 第一、そんなに乾いている血を剣から削り取るのは大変ですよ」
 飽きれたようにエカテリーナは言う。それもそうだな、と領主はとりあえずお疲れさまと冒険者達にねぎらいの言葉をかけた。
「しかし勿体ないことをしてしまったものだなぁ‥‥」
 ぽつりと呟かれた言葉を耳にし、じろりと冷たい視線でレインフォレスは彼を見下ろした。
 彼が言葉をいいかけた時、傍らにいたエカテリーナが静かにするように、とたしなめる。
「ここで変なことを言っては今度はあたし達の身が危なくなるわよ」
「‥‥だが」
「依頼は依頼。傷を付けたってことで多少は成果を果たしてるんだから、早く戻りましょう。アレがばれたらそれこそ一大事ですよ」
 剣の血が偽物と分かれば、それこそ領主は怒って冒険者達を責めるだろう。それがばれないうちに報告を終わらせたい。
「とにかく、もう村は安全です。村へ戻してあげてください。それと‥‥危険ですから、その剣はあたし達の方で預かります」
「ああ。分かった。ご苦労さん」
「‥‥では」
 一礼し、彼らはそそくさと依頼人の館を後にした。
 
「今頃、ドーバー海峡あたりかな‥‥」
 やや荒れる海を眺めながらシータが呟いた。
「何とか戦わずに済んだな‥‥」
 ホッと安堵の息をもらすレインフォルス。
 程なくして白々と空があけてきた。朝焼けに染まる海をながめ、冒険者達はそれぞれの思いを抱くのだった。