誓いの泉
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■ショートシナリオ
担当:谷口舞
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 85 C
参加人数:12人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月10日〜11月16日
リプレイ公開日:2005年11月19日
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●オープニング
「‥‥身分を越えた愛というは‥‥美しいものですね」
羊皮紙の巻物から視線を外に移し、地方騎士の娘エレナは物憂いようにひとつ息を吐いた。
「決して結ばれない運命(さだめ)を背負いながらも、手を取り合い愛しい人と乗り越えていく‥‥何て素晴らしいんでしょう。私も‥‥いつかは素敵な御方と‥‥」
うっとりと目を細めるエレナの耳に、突如乾いたノブ音が響き渡った。
びくりと肩をすくませ、エレナは「どうぞ」と固く閉ざされている扉に向かって告げる。
「お休みのところ失礼します。先日の魔物討伐についての報告書をまとめて参りました」
「ご苦労様。書類はそちらの机にまとめておいてください。後程、父にお届け致しますわ」
「あの‥‥それと‥‥エレナ様に、これをと渡されました」
従者が差し出してきたのは大きな花籠であった。籠一杯に詰められた美しい花々に、エレナは瞳を険しくさせる。
「どなたからです? そのような物を受け取る覚えはございません」
「いえ、これは‥‥我々よりエレナ様へ日頃の感謝の気持ちです。このところずっとお忙しいようでしたので、せめて気持ちが楽になれば、と‥‥」
「‥‥そうでしたか。有り難う、その心嬉しく思います」
ようやく見せた彼女の笑顔に従者はほっと胸をなで下ろした。
「それで、例の件は進んでおりますの?」
「‥‥は?」
「‥‥西部の森に潜むと言われる誓いの泉の調査です。随分と遅れているようですが、そろそろ報告書が届いても宜しいのではありませんか?」
エレナは再び厳しい表情で部屋を訪れた若い従者をじろりと睨みつけた。
彼はあわてて、申し訳ないと頭をさげた。
「現地調査はほぼ終わっておりますが、実はひとつ問題が発生しまして‥‥」
「どのような?」
「はい、あの泉に現れると言われる精霊ですが‥‥愛する2人が泉に誓いの言葉を述べると姿を現すそうなのです。残念ながら我々は独り身でして‥‥その‥‥相手役の女性がいないことには‥‥」
言葉をどもらせながら、彼はちらりとエレナを見つめた。恋人役を願うつもりなのだろうか。
「‥‥仕方ありません。冒険者の方々にご協力をお願い致しましょう。仮初の恋人同士より、真に愛する者同士の方が良い結果が出せるでしょう?」
「えっ‥‥いや、でも‥‥冒険者というのは少々性質が悪い連中が多いと聞きます。エレナ様もいずれ子爵の娘として良き伴侶を得てこの地を収めるが運命(さだめ)‥‥もし品位の悪い連中が出でもしたら‥‥」
「あら、それほど心配するものではないですよ。まあ、私も少し羽根を伸ばしたいと思っていたところです。見張り役として同伴致しましょう」
その言葉に従者が小さく歓喜の声をあげるのをエレナは見逃さなかった。
「浮かれている暇はありませんよ。冒険者ギルドへの依頼と旅の準備を早急に手配致しなさい。さあ、今すぐに!」
●リプレイ本文
●それぞれの心中
「実は非常に気になっていることがあるんだ」
森の中を歩いている道中。リオン・ラーディナス(ea1458)がぽつりと言葉をもらした。
一緒に肩を並べて歩いていた伊達和正(ea2388)は黙って首を振ると、総てを悟っているかのようにぽむりとリオンの肩に手を乗せた。
「リオン部長、おっしゃりたいことはよーく分かります。ですが今それを言っては自分の身が淋しくなるだけですよ‥‥」
「‥‥やっぱキミもそう思うか‥‥」
大きくため息をひとつ。
リオンがせつない気持ちになるのも仕方ない話だ。気付けば周りはカップルだらけ。日頃一緒に旅などしないとか何とかしらないが、いちゃいちゃと羨ましい‥‥もとい、目の毒である。
「でも仕方ないですよ。何せ依頼の内容が内容ですから」
恋人達の中でも、とりわけ仲が良さそうなのは皇蒼竜(ea0637)と弥生雛(eb1761)の2人である。
せっかくだからと蒼竜が雛を誘ったようだが、泉の伝説に乗り気なのは雛のようだ。彼からもらったらしい左指にはめた指輪を時折嬉しそうに眺めている。
「あのお2人、とてもお似合いですね。まるで私達みたいだと思いません?」
妙に楽しそうにマナウス・ドラッケン(ea0021)にじゃれつくようなそぶりをしながら、央露蝶(ea9451)は彼の顔を見上げた。
当のマナウス本人はというと、普段とそう変わらない様子で露蝶の頭を撫でていた。積極的な彼女の発言に少々困りがらも言葉を選びつつ「そうだな」と返事をする。
「もう、ボケるのはまだ早いですよー? この際はっきり言ってみたらどうです?」
「‥‥何をだ」
「そうだぞ、マナウス。自分の心に素直になるのも大切なことだ」
きらきらと満面の笑顔でリオンはマナウスに語りかける。
曇り1つないその笑顔の裏側に潜む邪気を何となく察し、マナウスは軽く会釈で返した。
「むう‥‥隙を見せない奴だな‥‥」
「何か面白いものを見つけたの?」
考え込むリオンの顔をひょいとサラ・ヴィテランゼ(eb0431)が覗き込んできた。
すっかり隙をつかれ、リオンは思わず大きく後ろにのけ反った。
丁度彼らの後を歩いていた山本修一郎(eb1293)にぶつかり、リオンはそのまますとんと尻餅をついた。
「あいたたた‥‥」
「ああ、申し訳ない。怪我はないか?」
「ん、平気平気。俺だって冒険者の端くれ、この程度で怪我はしないさ。あえて怪我をするのなら‥‥そう、美しき女性に声をかけ、冷たくあしらわれたその時。俺の心は儚くも砕け散ってしまうだろう‥‥」
「胸に怪我を!? それは大変だ!」
「いやいやいや。違うから」
そんな彼らのやりとりを、少し離れたところから眺めていた名無野如月(ea1003)が、呆れるように息を吐き出した。
「あいつらをみていると、まるで遊びに来ているようだな」
「まあ、何かひとつ楽しみもあったいいんじゃないか?」
彼女の隣にいた狭堂宵夜(ea0933)が苦笑いを浮かべる。
確かに森をただ歩いているだけでは退屈にもなろう。季節柄、森には生き物の気配は少なく、一行を襲う恐怖は見当たらない。強いていうならば、森を住み処にしている魔物や賊が現れないかどうかだ。今のところそのような気配もみられないし、この人数なら簡単に返り討ちに出来るだろう。
「たいくつなのでしたら、今宵一曲踊って差し上げるわ。今日はとても綺麗な月が見られそうだしね」
穏やかな微笑みを浮かべながらシェリス・ファルナーヤ(ea0655)が告げる。
今日は比較的霧も少なく、雲も殆どみられない。この分ならば、あと数日は良い天気に恵まれるだろう。
早くも顔を覗かせはじめている夜空を見上げながら、シェリスは宴には持って来いの夜だと嬉しそうに言った。
「宴や戯れもいいが、警戒も怠るんじゃないぞ。かよわい娘さんを同行させているのを忘れては困るな」
交代の夜の番はかかさぬ方がよい、と一文字羅猛(ea0643)は言う。
「まあ、一緒に番をするのは‥‥仲の良い者達同士というのはどうだ?」
「それでは下手をするとろくに番も出来なくなるぞ」
からかうように宵夜は低く笑いをたてる。ちらりと伴侶である如月に視線を送るも、彼女は冷たい視線でじろりと彼をにらみ返すだけだった。
「でもまあ‥‥久しぶりに2人だけで話すのも悪くは無いか‥‥」
「ちょっと待ったー! カップルがいる奴らはともかくとして、俺達のことを忘れてませんか!?」
くわっと目を見開き羅猛に詰め寄る和正。その後ろでリオンが大きく頷いている。
「夜の見張りなのですから、別にペアだろうと気にせず担当すれば良いと思いますよ」
少し的を外した発言をさらりと修一郎が言う。彼の言う通りだと、同意するカップル達に独り者のコンビ2人は納得出来ないと詰め寄った。
「文句があるなら同伴出来る相手を連れてくればいいだろう」
正論だ。これ以上反論も出来ず、彼らは大人しく列の中へと戻っていった。
●恋人達と独り者
程なくして、一行は泉へと到着した。
「ふむ‥‥少し周りを見てくるとしよう」
野営の準備を終えると、マナウスは泉へと向かっていった。その後を露蝶が追うように付いていく。
じっと彼らの後ろ姿を見据えるリオンに、そっとサラがスープを差し出した。
「はい、冷めないうちにどうぞ」
「あ、ありがとう‥‥」
優しく微笑み掛けられ、何となくリオンは照れ笑いをする。
焚火を挟んだ向かいから暖かく見守っていた蒼竜と雛。特に雛は彼のお相手のことを少々気にしていたようで、ほっと安堵の表情を浮かべている。
気付けば、それぞれの恋人達が思い思いに寄り添いあっていた。
背中に哀愁を漂わせて、和正は独り淋しくスープをすすっていた。
「そういえば、泉の伝説についてなんだが‥‥」
不意に修一郎が話題を持ち上げた。全員の意識が修一郎に向けられる。
昼頃、マナウスと共に泉の伝説について聞き込んできたことを一同に説明した。
あまり収穫らしきものは手に入らなかったが、それでも泉の精霊について少しだけ話を聞くことが出来たようだ。
「この辺りによく訪れる狩人が言ってたんだが、水面に光る滴のようなものを見かけたことがあるそうなんだ。もしかすると‥‥それが泉の精霊かもしれない」
「滴のようなものか‥‥うーん‥‥」
イメージは出来ても、どういう存在かまでは分からない。実在する魔物ならば貴重な生き物だろう。
「さて、そろそろ皆様のお腹も落ち着いたようだし、1つ余興を披露するわ」
ふわりと立ち上がり、唄うようにシェリスは力ある言葉を解き放つ。
シェリスの掌に光の玉が生まれ出した。明々と照らされる光に、艶やかな髪と肌が闇夜に浮かび上がる。
そのまま手の先に意識を集中させつつ、緩やかに踊り始めた。
珍しい民族の踊りに一同はすっかり魅入ってしまう。
いつの間にか如月と宵夜が姿を消しているのに気付いたのは、踊りが終わった後だった。
「‥‥この暗がりの中、2人っきりになるとは‥‥」
「というか、もしかして、このままでいくと男3人で野営番?」
「エレナちゃんはもう寝ちまったしなー‥‥」
もう夜も遅いということで、美容に悪いと依頼人のエレナはすでにテントへ戻っていた。リオンのアプローチも殆ど相手にせず、始終雇い主と護衛の関係を貫かせていたのだった。
「恐るべき鉄壁具合だな‥‥」
「あら、リオンさんには私がいるじゃない♪」
サラがからかうようにリオンの首に絡みついてきた。
彼もまんざらではないようで、表面ではうっとうしく振る舞っているも、内心は少し嬉しそうだ。
「あはは。あーでも、夜更かしはお肌に大敵だぜ? 悪い奴らが来るかもしれねーし、キミは安心して休みなよ」
「それとも、泉を見回りに行くというのも有りだと思うぞ?」
「‥‥それって、もしかして‥‥俺達を実験台にしようとしてないか?」
じろりと睨みつけるリオンの視線を修一郎はさらりと躱す。
「おや、気付けばカップル全員いないじゃないか」
「あっ! こらっ、ごまかすな!」
「ね、ね。覗きにいってみましょ♪」
「‥‥じゃあ、遠くから見守るってことで‥‥」
忍び足ぎみに、彼らはこっそりと泉の方へと向かっていった。
●夫婦の想い
「そういえば、こうして一緒にいるのも久しぶりだな」
月夜に照らされる泉を眺めながら宵夜がぽつりと呟く。
「それで‥‥話したいことは何だ?」
煙草をくゆらせながら如月は流し目気味に彼を見つめた。
「大したことじゃないんだが‥‥もしその気があるなら、近いうちに一緒に俺の郷里(くに)で暮らさないか?」
ぽかんとした表情の如月に、宵夜は言ってから少々たじろいだ。
「ああ、すまん。いきなりじゃ答えられねぇな‥‥」
「‥‥不思議なこともあるもんだな」
「‥‥ん?」
「‥‥丁度私もそう思ってたところだよ」
煙管を口から放し、如月は艶やかな笑みをたたえる。
月の光に照らされたその姿はまるで聖なる母の微笑みだった。
●泉の伝説
「あっ、ちょっとリオンさん達まで来たらばれちゃうじゃない‥‥!」
泉にほど近い茂みに潜るった先に、マナウスと露蝶がいた。
「来てしまったものは仕方ない。それより、あの2人。いい雰囲気だと思わんか?」
マナウスの視線の先には羅猛とシェリスの姿があった。
シェリスの指に何か光るものが見える。先程の踊りの最中には見られなかったとなると‥‥今その場で渡したものなのだろう。
「うーん、ここからだとあんまり良く聞こえないな‥‥」
何か話し合っているのは分かるのだが、あいにくとこれ以上近づくことは出来ない。
ふと、辺りの気配が変わりはじめた。月の輝きが急速におぼろげになっていくのを感じる。
「‥‥なんだ?」
泉の水面がさざ波立つ。じっと視線を凝らしていると、ぽんと何かが弾けるような音と共に、金色に輝く光が生まれ出した。
「あれは‥‥ブリッグルか」
ぽつりとマナウスが呟く。
「何だそれ?」
「珍しいな、こんなところで目にするとは思わなかったが‥‥成程、恋人の伝説もこれで合点がいく」
「だから何だよ、そいつ」
「あまり詳しくはしらないが、奴は色恋沙汰を好む魔物だ。どうやらあの2人の熱に誘われてきたのだろう」
突然、和正ががばりと立ち上がった。
何を思ったのか剣を抜き、勢い良く魔物に斬りかかった。
「こいつぅうううっ!」
「やめろっ! そいつは魔法を使うぞ!」
警告はすでに遅かった。振り下ろされた剣はあっさりと宙を斬り、体勢の崩れた和正の足元で爆発が起こる。
「あーあ‥‥」
文字通り儚く散った戦士を、一同は失笑しながら見守るのだった。
その夜起こった出来事をエレナは非常に嬉しそうに聞いていた。
「それで? どうなさったのです?」
「邪魔が入ったせいで途中で逃げたようだ。だが、面白い夢を見せてもらったそうだぞ」
マナウスはちらりと当事者達に視線を向けた。
魔物はお互いの妄想を膨らませる魔法をかけたようだ。もう魔法の効果は切れているはずだが、何となく互いに顔を見合わせられないでいるようだ。
「ふーん‥‥そっか。でもこれで伝説は本当だって証明出来たわけですね。あとは‥‥素敵な殿方が‥‥」
うっとりと瞳を閉じるエレナ。その後ろで何やら独り者の男共がうじうじしているようだが、完全に眼中にないようだ。
「残念だったな‥‥」
恨めしそうに眺めている従者達をいたわるように、蒼竜が彼らの肩を叩く。
「さ、早くこのことをまとめなければ。城へ戻りますわよ!」