コックローチの襲来
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■ショートシナリオ
担当:谷口舞
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月09日〜11月14日
リプレイ公開日:2004年11月20日
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●オープニング
収穫祭も終わったある日のこと。
村一番の働き者カーシーは、今日も朝から元気に仕事を始めていた。
牧場の手入れを一通り終え、街に売りに出す農作物が入れられている納屋に入り‥‥彼は異変に気付いた。
「なんじゃこりゃ?」
麦が詰められていた袋に小さな穴が開けられており、収穫したばかりの麦が、細い筋のようにもれ出していた。地面に転がっている麦の粒をよく見ると、わずかに何者かにかじられたような形跡があった。麦の粒にまじって、細かな黒い粒があるのに気付き、カーシーはやられたか、と頭を抱えた。
「ネズミの野郎は収穫祭前に殆ど追い払ったはずだし、豊作の今年は特に用心しておいたはずなんだがなぁ‥‥まさか、森の獣の仕業じゃないだろうな」
ネズミの糞にしては粒が小さすぎる。かといって、いくら餌があるといっても、森の獣がそう易々と人家に侵入してくるのだろうか?
その時。足下を何かが走る気配を感じ、カーシーは素早くその影を踏み付けた。
それは小さな虫だった。体長は親指程、茶色い羽根を背中に背負い、全体的に油を塗っているかのようなつやを帯びている。潰されたショックで混乱しているのか、6本の足を無秩序に動かしながら、頭部にある2本の長い触覚をぴくぴくと小刻みに揺らしていた。
「……気味の悪い虫だな。村の長に聞いてみるか」
この辺りでは全く見かけたことのない、奇妙な虫をそっとつまみ上げ、カーシーは村一番の知識人である村長に正体をたずねることにした。
「こりゃ、コックローチじゃよ」
「コックロー‥‥? なんすか、それは」
「ここよりずっと南の方によくいる虫でな、主に家庭の台所を荒し回る害虫じゃよ。最近はキャメロットの酒場辺りにも、結構住み着いとるそうじゃ。大方こいつらも、ノルマンからの輸入物に乗っかって、この辺りまで来たんじゃろうな」
踏みつぶされて半分ぺしゃんこになっているにも関わらず、その虫は足をわさわさと動かして、箱の中を駆け巡っている。恐ろしい生命力だ。
「お前さんの話から推測すると‥‥おそらく4、50匹は納屋の近くに潜んでいるかもしれんの」
1匹見たら最低30匹はいる。害虫を見かけた時の心構えのひとつだ。
「しかし、お前さんで‥‥3人目じゃな」
「は?」
何気なくつぶやいた村長の言葉にカーシーは眉をひそめた。
「いや、なに。同じような被害がほかの農家からも出ておってな、わしもどうするかと考えていたところじゃ」
聞くところによると、カーシー以外にも主に新鮮野菜を扱っていた農家の倉が、同じような虫の被害にあっていたらしい。ひとつひとつの被害は大したことはないようだが、虫が付いてしまったものは売り物にならない。そんなものを売っていては、下手をすれば村全体の信用に関わる。
「駆除するにしても、うちはうちだけで手いっぱいだ。第一、踏みつぶしたはずなのにまだ生きてる、けったいな生き物をどうやってやっつけるんですかい?」
「うーむ。わしらだけでは難しそうじゃな。仕方あるまい、冒険者でも雇って手伝ってもらおうかの」
それからしばらくして、冒険者ギルドの依頼掲示板に小さな張り紙が足された。
「害虫駆除の助っ人募集! 南国出身の冒険者大歓迎、三食昼寝つき、成功時には今年できたばかりのワインを堪能できます。ナタリー村村長、ジュリアス」
掃除をしながら掲示板を眺めていた、受付嬢のひとりがつぶやいた。
「南の国から来た害虫かぁ‥‥なんでも輸入すればいいってもんじゃないのかもねぇ」
●リプレイ本文
その日訪れた1台の馬車に、村は騒然となった。
馬車から降りてきた冒険者を見ようと、村中の人が興味津々といった様子で集まってきていたのだ。
そうなるのも無理はない。彼らのような一般庶民は村を出ていく機会などほとんどない。村人以外の人間と出会うことなどめったにないイベントのようなものだ。
「ようこそいらっしゃいましただ。狭いところですまないですが、ゆっくりしていってくだされ」
人垣を分けるように通り抜け、一行は村一番の屋敷に案内された。駆除作業の間、この住居で寝泊まりするらしい。
「ここにはあれは出ないんだよね?」
ユーディス・レクベル(ea0425)は部屋をぐるりと眺めながら言った。今のところ倉だけでしか発見されていないが、住居内に姿を現すことも充分にありえるのだ。
「大丈夫だとは思うが、一応罠をここにも置いておくとしよう」
双海一刃(ea3947)は丁度作り終えた罠のひとつを、入り口の近くにそっと置いた。油を周囲に塗り付けたコップに発泡酒を少量だけいれた簡素なものだが、本人いわく、子供にでも作れて効果の高い便利な罠なのだという。
「そんなので効果あるのでしょうか?」
コップに手を伸ばそうとした夜桜翠漣(ea1749)を琥龍蒼羅(ea1442)があわてて制した。
「手が油で汚れるぞ。それに必要以上に触ると人のにおいが移ってしまうんだ。そうなったら奴らは近寄ってこないからな、触らないでくれ」
「そ、そうなんですか‥‥」
びっくりした様子で翠漣は自分の手の匂いを思わず掻いてみた。特に変な匂いは感じられない。
「ほら、個性はあるが体臭というのがあるだろう。獣や昆虫類は物についた体臭を警戒するんだ」
「へぇ‥‥そうなんですか」
「ま、雑学のひとつだけどな」
ふと、蒼羅が握っているものに視線を移らせた。一見芋のまんじゅうのようだったが、蒼羅の話ではコックローチ用の毒の餌なのだという。
「毒草を混ぜた餌を食べれば死ぬんじゃないかと思ってな。作ってみたんだ」
「虫に効く毒草なんて良く知ってたな‥‥」
ぼそりとつぶやく一刃。
「多分、これなら効くんじゃないかってのを混ぜただけだ。正直あまり自信はないけど、な」
そう言って、蒼羅は苦笑いを浮かべながら肩をすくめるのだった。
それぞれの準備を終え、まずは食事前の明るいうちに、倉内部の巡回をすることになった。
ツウィクセル・ランドクリフ(ea0412)とゼファー・ハノーヴァー(ea0664)は、それぞれ自分の知識を持ち寄り、彼らの住処となる場所を検討していた。彼らの話を聞きながら、笠原直人(ea3938)は大きく頷く。
「敵を滅ぼすなら、まずは敵の出所を徹底的に調べる作戦か。確かにそれは必要だな」
いつ現れても良いよう、直人はぎゅっと手に持っていた棒を握りしめる。
「あまり殺気たてるなよ、奴らは臆病だからな。出てこなくなってしまうぞ」
「そうか‥‥無心の心が必要なんだな。気をつけよう」
その一方、農業に詳しいミュウ・リアスティ(ea3016)が、倉に置かれた穀物類やその他被害に遭いそうな農作物を同伴者に伝え、予防方法を指示していた。
気のせいだろうか、彼女は倉の中へ一歩も入ろうとはしなかった。それに気付いた蒼羅が手製の毒まんじゅうを並べながら問いかける。
「何で入らないんだ?」
「えっ‥‥ほら、べ、別に入る必要もないじゃない。ここからでも倉の中は充分見られるもの‥‥ね」
「でも、奥の棚や地下の倉も一応見ておく必要があるしな。中に入らないと分からないと思うぜ」
穀物類を高い場所に移動させていたツウィクセルも不思議そうに告げた。確かに彼の言う通り、入り口は狭く、様々なものがつめられているため、死角になっている場所が多い。よく見ると何年も放置されたままになった野菜や果物が隅の方に転がっていた。腐敗した野菜類は標的となる昆虫類にとって最高のごちそうになる。攻撃による駆除も大切だが、こうした見落としがちなものを排除していくのも害虫駆除には大切なことだ。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だ。敵は見つけ次第、私が排除‥‥」
そう言いかけたゼファーの眼前に、黒い何かが横切った。ざわりと体中の毛が逆立ち、全身に震えが走る。
嫌な羽音を立てて飛来するそれはミュウの額にぶつかり、そのままぼとりと地面に落ちていった。
「‥‥!!」
声にならない悲鳴が上がる。
比較的ミュウの近くにいた翠漣が、ほぼ反射的動作でスリングに堅くなった芋を巻き付かせ、思いきり投げ付けた。投げられた芋は見事命中し、にぶい音とともに粉砕した。芋が頭に直撃したのか、胴体だけの姿となった昆虫はじたばたと芋の屑の中でもがいている。
「頭がなくても生きてるのか‥‥」
まさに悪夢のような姿にゼファーは悪態つく。このまま生かすわけにもいかない、と傍にあった棒切れで思いきり叩き潰した。
「ミュウさん、大丈夫?」
顔面蒼白のミュウの頬をユーディスはそっと撫でてやる。人肌の暖かさに触れて、落ち着きを取り戻したのか、ミュウはその場に力なく座り込んだ。
「あとの準備は俺達がしておく。ミュウ達は先に食事をして休んでおくといい」
直人にすすめられ、女性陣は先に屋敷へと戻ることにした。男性陣も、まだ設置していない罠を置き終えたら夕食につく予定だ。
「ついでに軽く掃除でもしていこうか」
「そうだな。気が付いた時にまめにしておくことが大切だからな」
そう言って、彼らは見つけたゴミ類を片端から焼却用の麻袋に詰め込んでいった。
旅の疲れもあってか、彼らはその日の夜は見張り番をたてることなく就寝についた。
翌日、罠の成果を調べにきた一刃は思わず声を上げそうになった。
「‥‥なかなか壮観な図だ、な」
罠の中にはびっしりと昆虫達がはまりこんでいた。酒に浸り込んでいるというのに、ゆっくりとではあるが、まだ足をばたつかせている。さすがの生命力だ。
さすがは経験者のなせる技というところだろうか。ツウィクセルが仕掛けておいたとりもちの罠には、一番多くのコックローチがかかっていた。
一刃と同じく、罠が気になって様子を見にきていたゼファーも、眉をひそめながらつぶやいた。
「これはさすがに、ミュウ殿が見たら卒倒するかもしれないな」
「まあな。こなくて正解だったな‥‥」
ミュウは翠漣と蒼羅を連れて、村長のところへ今後の対策方法を説明に行く予定だ。
これから繰り広げられるであろうコックローチとの対戦は、彼女にとって辛いものでしかない。
「それより朝食はまだだろう? 今ならまだ暖かいスープが飲めると思うぞ」
「そうだな、腹が減っては戦は出来ん。準備を整えてくるとするか」
そばに来ていたコックローチを逃さず瞬殺し、2人は一旦暖かいスープの待つ宿へと戻っていった。
腹の具合も整い、いよいよ戦闘開始となった。
先日の調査で敵のすみかは把握ずみだ。後は一掃させて、これ以上増えないよう予防させるだけだ。
元凶はやはり、輸入品であったノルマン産のたるだった。管理が不十分だったせいか、中に入れられていた運搬時保護用の干し草が湿っており、そこが昆虫達の温床となっていたようだ。中身を取り出した後、すぐに干し草を捨てれば良かったのだが、何かに使えると保管しておいたらしい。
「たぁああ!」
手に持った木の棒を振り下ろし、直人は手当たり次第に出てきた虫をたたき潰していた。まだ生きているものの止めを一刃がさし、倉の外でユーディスが焚いている焼却用の火に亡骸を放り投げる。見事な連携プレイに、虫はあっという間に一掃された。
日が暮れる頃にはすっかり倉の内部はきれいに掃除され、すっかり跡形もなくなっていた。残った罠を全て火に放り込み、ユーディスは大きく伸びをした。
「ようやくこれで一段落付いたね。ミュウさんの方はうまくいったかなぁ」
掃除の最中、村人に指導をしている姿は何度か見かけたが、依頼されたものとはいえ、偏見の多い田舎に新しい知識を与えるのは結構骨が折れる。
「先程、向こうの畑で、蒼羅さんが指導してるのを見かけたな。上手くいってるようだったぞ」
出身地でない異国語も使える時はこういう時便利なのだろう。的確に指示を出している蒼羅を見ながら、浅く広い知識より、もう少し深い語学も学んだほうがよいかな、と小さくつぶやくのだった。
「さて、今夜はごちそうだな。たっぷり飲ませてもらうとしよう」
にんまりと笑顔を浮かべながら、ユーディスは楽しげに言った。
冒険者達の活躍のおかげで、その後コックローチはぴたりとその姿を見せなくなった。
そればかりか、村から出荷される作物の品質が上がったと評判があがった。それというのも、虫発生の原因が、日頃の不衛生が原因と分かり、村人は定期的な倉の清掃や衛生管理を厳しく見張ることにしたおかげである。
「あの方々には感謝しなくてはならんのぉ」
「んだんだ、今度村にきた際はこの間より、もっといっぱいごちそうをふるまってやるだ」
村人達はそう語りながら、今日も元気に農作業を始めるのだった。