捕われしもの

■ショートシナリオ&プロモート


担当:谷口舞

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月21日〜11月26日

リプレイ公開日:2004年11月30日

●オープニング

 ギルドに一人の老齢の僧侶が訪れた。粗末な衣装を身にまとっているものの不潔さはなく、黒で統一したローブから下げた銀のコインのペンダントが印象的であった。彼は非常にゆっくりとした歩みでカウンターに歩み寄ると、しわがれた声で話しはじめた。
「お願いがあって参りました‥‥コインを取り戻して頂きたいのです‥‥」
「コイン、ですか」
「これと対になっているものです。大切に保管していたのですが、その保管先である教会がおかしなことになってしまって、中に入れなくなってしまったんです」
 僧侶は下げていたコインを、受付係によく分かるように掲げた。一見、どこにでもありそうな、模様がほとんどない簡素なコインだ。よく見ると表側に小さくジーザス教の教典の一部が彫られている。
 受付係は僧侶に必要事項を問いながらペンを走らせた。冒険者の任務としては手に余るほど簡単なものに思えたが、わざわざ冒険者ギルドに願い出る理由が何かあるのだろう。
「それで、おかしな事とは一体‥‥?」
「私もうまく説明できません。ご覧いただくのが早いと思いますので、一緒にきていただけないでしょうか」
 
 キャメロットより出発し、馬車に揺られること約3時間。小高い丘を越えた場所に教会はあった。
 馬車から降りた瞬間、異様なたたずまいの建物に、担当者は声を上げた。
「うわ‥‥なんだこりゃ‥‥」
 教会とおぼしき建物が、幾重にも重なるように絡まったツタに包み込まれていた。ツタに覆われている建物などあまり目新しいものではなかったが、ツタが出入り口や窓を遮るように伸びているものは少ないだろう。
 ツタに覆われているため、入り口の扉からは中に入ることはできない。窓の隙間から中をのぞこうとするも、あまり光が届かないせいか、非常に暗く、ほとんど確認することができない。
 切り崩せば何とかなるのだろうが、ツタの強度はそこそこあるようで、担当者が持っていた短剣では小さな傷しか負わせられなかった。
「もともとこの建物はツタが貼っていたのですが、少しとなり村にまでいった間にこのようなことになってしまったようなんです」
 ふと、教会の中から声のようなものが聞こえた。獣のうなり声にも人の叫び声にも、はたまた風の音にも聞こえるが、よくは分からない。
 担当者はツタをなでながら教会の裏手にまわり、辺りを丹念に調べていく。ふと、裏庭の湿った土に、わずかだが足跡が残されているのを見つけた。1つは人にしては大きく歩幅もある足跡が。そして、それを追いかけているような複数人数による足跡がつけられていた。
 それらはまっすぐに教会入り口へと向かっていた。途中、争いがあったようで、踏み荒らされた地表に、血のようなものが点々と残されていた。
 足跡だけでは正直、はっきりとしたことは分からない。だが、何者かが争い、大きな足跡の所有者が教会の中に入っていったということは予測できた。足跡がつけられてから数日は経っている形跡がみられることと、ツタが傷付いる様子も見られないことから、これらはツタが伸びる前の出来事なのだろう。
「僧侶様。以前、ここに怪我をした人がきませんでしたか?」
「近所の村の方が、怪我の治療を祈りに来ることはありますが‥‥最後に来られたのは先々月のことになります」
「‥‥となると、この中に僧侶様が留守の間に誰かが侵入し、閉じ込められているようです」
「おお‥‥なんということだ‥‥」
「しかもその人は怪我をしているようです。ここを見て下さい。まだ雨に流れていない血の跡が見えます」
 コイン一枚ならば後回しに出来ると思ったが、人命が関わるとなれば話は変わってくる。
「確かにこの件はギルドの方で対処した方が良いでしょうね」
「では、お願いできますか?」
「はい。それと、ひとつ聞いておきたいのですが、コインを手に入れる手段によっては建物の一部を壊さなくてはなりません。それは構いませんか?」
「‥‥この教会はちかくの村の皆様が貴重なお金を出し合って建てて下さったものです。傷つけることなくしておいて頂けますか‥‥?」
「‥‥分かりました。難しいかもしれませんが、そう致しましょう」

●今回の参加者

 ea7454 霧崎 明日奈(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)
 ea7623 ジャッド・カルスト(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea8108 土方 伊織(25歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea8218 深螺 藤咲(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8547 チリーン・リン(24歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

「静かなところですね」
 人気が全くない教会周辺を眺めながら、霧崎明日奈(ea7454)は素直な感想をつぶやいた。
 彼女がそう思うのも無理はない。この辺りは街道からも離れているのだし、丘一つ超えた先にある村人も、月に一度の礼拝位にしかここへ訪れない。教会の異常に気付いていない者が多いのも仕方のない話なのだろう。
 蔦が幾重にも巻きついた教会は、森に溶け込んでいるようだった。
 遠くに聞こえる鳥の鳴き声しか聞こえない静寂さが、それを増長させているのかもしれない。
「それじゃ、見てまいりますね」
 そう言ったかと思うと、淋麗(ea7509)は鳥の姿へと変化した。翼をはためかせ、あっという間に教会の天窓付近へ飛び上がり、中へと消えていった。
「さて、入り口をどうしましょうか」
 ツタがはう扉付近を撫でながら土方伊織(ea8108)は言った。
 依頼には、扉をできる限り傷つけるなとあったが、そこそこ頑丈に絡まっているツタをひとつづつ剥がしていくのは面倒である。
「麗さんが戻ってくるまでに、少し整えておきましょう」
 伊織は刀で無造作に伸びているツタを刈り取っていった。こうすれば少しは扉の位置を確認しやすいだろう。
 明日奈も教会の周りを歩き、どこかに入り口はないものかと探していた。その様子を眺めていたチリーン・リン(ea8547)とジャッド・カルスト(ea7623)は、かすかにだが、屋内からうなり声が響いてきたのを聞いた。
「今のは‥‥?」
 窓の隙間から見えないかと、覗いてみるが、薄暗くて良く分からない。大きな影のようなものがうずくまっているのは何となく分かるのだが、光が殆ど差し込まない室内の闇にすっかりと溶け込んでしまっていた。
「こちらの読んでいた通りの相手のようだな‥‥」
「どういうこと?」
 ぽつりと告げたジャッドに、チリーンは小首を傾げて問いかける。
「話し合いの通じる相手ではない、ということだ」
 報告書にあった、人より遥かに大きい足跡。そして先ほどの大きな影。怪我をしているのならこちらに分があるな、とジャッドは言葉をもらす。
 程なくして鳥に変化した麗が戻ってきた。
「どうでしたか?」
 歩み寄ってきた深螺藤咲(ea8218)に麗は怪訝な表情を見せる。
「中にいる人‥‥いえ、魔物は怪我を負っていました。動けない様子でしたが、上半身だけは動かせるようで、もがいていました」
「やはり、戦は避けられないか‥‥」
 覚悟を決めていたかのようにジャッドはつぶやく。
「なら、例の作戦どおりに僕は左翼を守ればいいんだね」
 チリーンはさり気なく麗の左に移動する。
「それでは、まいります‥‥」
 麗は大きく深呼吸をし、数珠を絡めた両手を掲げた。麗の体がゆっくりと黒い光に包まれていく。
「我が眼前に立ち塞がりし忌わしきものに制裁を!」
 麗の体を覆っていた光が集まり、ひとつの球へと変化する。強い風を巻き起こしながら、球は轟音と共に覆っていたツタごと扉を砕いた。
 緑覆う壁にぽっかりと開けられた穴。奥へと続く暗い世界は、彼らを待ち受けるように深く、光をも吸収してしまうような錯覚を感じられた。
「‥‥魔法の力とは偉大なものだな‥‥」
 こうもあっさりと破壊でき、魔術の力を改めて実感させられたな、とジャッドは苦笑いを返す。
「そういえば、依頼に扉は壊すなと、あったような気がするな」
「えっ‥‥」
「でも、ほら。ツタもきれいに掃除できたことですし、中に入りやすくもなりましたよ」
 きわめて明るく明日奈は言う。壊してしまったものは仕方がない、依頼人には悪いが頑張って修復してもらおう。
「しかしこれで、彼に宣戦布告したようなものですね」
 藤咲はそう言い、厳しい表情を浮かべた。剣を持っている者達に獲物を見せてもらい、それらに付与の力を与えてやった。
「これで少しは有利になるはずです」
「ごめんなさい‥‥これで依頼失敗と言われてしまったら‥‥私の責任ですね」
 申し訳なさそうに麗は頭を下げる。そんなに謝らなくてもいい、と明日奈は笑顔で言った。
「それより、到着を待ちわびている方にご挨拶にいかなくては、ね」
 そう言って明日奈は、細く差し込む冬の日にぼんやりと照らされた暗闇に視線を移した。
 
 もともとわずかな採光用の窓しかない教会は薄暗く、ろうそくの光と細く差し込む光だけがたよりだった。今は、その窓からの光もろうそくの明かりもない。入り口に大きく開けた穴から差し込む光が唯一のたよりだ。
「先に少し行ってまいりますね♪」
 偵察役の明日奈は軽やかにがれきを飛び越えながら、奥へと進んでいった。
 ほどなくして、明日奈は駆け足ぎみに戻ってくる。
「どうだ?」
「えーと、まあ‥‥がんばって下さい♪」
 明日奈は笑顔で、ジャッドの肩をぽむりと叩いた。
「いや、中の様子なのだが‥‥」
「ずいぶんとお怒りのようですね、私のお願いを聞いてくれそうにないです」
 少し肩をすくめて、残念そうに明日奈は言った。
「罠とかはないのですね」
 他に誰かいないのかと、藤咲は辺りを見回す。
「罠とかは大丈夫ですよ、どちらかというと奥の‥‥あの方が‥‥」
 全員の視線が教会のほぼ中央にうずくまる存在に注目された。
「ぐるるるる‥‥」
 『彼』は豚のような醜い顔をさらに歪ませて一行を睨み付けてきた。
「どうやら話の通じる相手では、なさそう‥‥ですね」
 なんとか説得できないものかと期待していた藤咲も刀を構え直した。
 それと同時だった。うずくまっていた『彼』は近くのがれきをつかみ取り、強い力で投げ付けてきた。
「危ないっ!」
 ジャッドは素早くチリーンを抱き寄せた。がれきはチリーンの背を通り抜け、壁を強く打ち付ける。
「怪我はないかね?」
「‥‥あ、はい‥‥」
 静かなジャッドの微笑みに、チリーンは思わず言葉を詰まらせた。
「まったく‥‥美しき方々に怪我でもあったらどうするんだ‥‥!」
 踵を返し、ジャッドは『彼』に詰め寄った。『彼』は耳障りな叫び声をあげながら、次々へとがれきを投げ付けてくる。
「‥‥まって下さい! 彼は脅えているだけです。彼の中には恐怖と怯えしかありません、聖なる場所を汚す行為はしないで下さい!」
 麗の言葉に、ジャッドは動きを止めた。
 その直後だった。『彼』の手元に転がっていた鎚(つち)がジャッドに襲いかかろうとした。
「ジャッドさん!」
 伊織はすり足ぎみに詰め寄りながら体を捻らせ、一気に刀を引きぬいた。ジャッドがその身で鎚を受け止めるのとほぼ同時に、伊織の刀が深く肉厚の腕を切り裂いた。
「大丈夫ですか!?」
 彼の後方にいた麗がジャッドのもとへ駆け寄った。
「大丈夫‥‥掠っただけです」
 少しよろめきながらも、ジャッドは立ち上がる。麗の癒しの術を受けながら、ジャッドは礼の言葉を彼女に告げる。
 切り裂かれた傷口から血を流しながらも、『彼』は鎚を振り続ける。
「一筋縄ではいかないだね‥‥!」
 タイミングを見計らい、チリーンが『彼』の上半身に短剣を突き立てる。
「これで終わりにしましょう‥‥!」
 渾身の一撃をこめた藤咲の剣が『彼』の顔を縦に切り裂いた。
 『彼』は悲痛な声をわずかにあげると、その場に崩れ落ち、動かなくなった。
「終わったみたいですね」
 そう言いながら、明日奈が長椅子の影から顔を出した。そういえば、戦いの最中、彼女の姿を見ていない。そのことを問おうとした藤咲より早く、明日奈は一枚のコインを差し出した。
「はいっ、救出してまいりました」
「なるほど、それを取りに行っていたわけですね‥‥」
「よかった。これで依頼人さんも喜んでいただけます」
 ほっと胸を撫で下ろす麗。その傍らでちらりとジャッドが入り口の穴を眺めながらつぶやいた。
「‥‥コインが無事なら、な」

 コインは無事に僧侶のもとへと返された。
 彼は何度も深く頭を下げて、冒険者達に礼をのべた。僧侶にとって、聖なるシンボルは神そのものとも言える。それが無傷で帰ってきたのだから、奇跡の御業に近いのだろう。
 しかし、教会の状態を聞き、僧侶の顔は一瞬にして青ざめた。
「な、なんということを‥‥それでは、定期礼拝が出来ないではないですか‥‥」
 戦いの後、少しはがれきの整理をしたが、それでも壊された扉の修理や清掃が残っている。すっかり元通りになるには時間が必要だろう。
「そ、そういえば。あれは何故、教会の中に入っていたのでしょう?」
 麗が苦笑いをしながら、僧侶の同伴のギルド担当者に問いかけた。
「ああ、それなんですが‥‥どうやら、この付近で戦闘をし、この中へオークを追い込み閉じ込めたチームがいるようです。『仲間が負傷したため、空き屋に敵を動けなくさせてから引き返してきた。体制が整い次第、任務を続行する』という報告があったそうなんです」
 報告は一行が出発したのと入れ違いで届いたのだという。担当者は申し訳ないと頭を下げた。
「だからあの方‥‥いえ、オークは体を起こせないでいたのですね」
「討伐もついでにして頂いたため、報酬を多めに‥‥と思いましたが、この分は教会の修理費にまわさせてもらいます」
「えっ! それじゃあ特別報酬は?」
「ありません」
 きっぱりと言い放たれ、明日奈はがっくりと肩をおろす。
「明日奈、気をおとすな。仕事も終わったことだ、ギルド近くに良い店を知っている。飲みにでも行こう」
 気分転換に良いぞ、とジャッドは言葉を続けた。
「そうですね、まずは旅の無事を祝いましょう」
 ぽむりと両手を打ち鳴らす麗。
「‥‥おごりですか?」
「ん、まあ‥‥多少ならな」
「それなら、折角ですし、チリーンさんの誕生祝いを致しましょう♪」
 にっこりとチリーンに微笑む明日奈。その笑顔につられて、チリーンは笑みを浮かべる。

 一行は明るく話し合いながら、店へと向かった。
 冬の寒い町に彼らの声が響く。それはやがて一件の店の中へと吸い込まれていった。