獣に襲われた村
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:谷口舞
対応レベル:1〜3lv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月03日〜12月08日
リプレイ公開日:2004年12月09日
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●オープニング
寒い雨の夜だった。
キャメロットからケンブリッジに続く道を一台の馬車が駆けていた。
カンテラの光を頼りに走る馬車はどこかはかなく、闇の中へ溶けていくように思えた。
ぬかるんだ道を転ばぬよう気をつけながら走っていくと、道の真ん中に何かが倒れているのを見つけた。
「‥‥なんだ?」
御者は馬車を止めて、おそるおそるそれに近付いた。
それは少年だった。全身を刃物のような切り傷におわれており、泥と血で薄汚れていた。
彼は水が跳ねる足音に気付き、ゆっくりと顔を上げる。
「おい! あんたどうした!」
「‥‥キャメロ、ト‥‥の冒険者ギルド‥‥」
「しっかりしろ! キャメロットだな、わかった。動けるか?」
少年はふらつく体を御者に支えられ、馬車の中へと何とか乗り込んだ。敏感に血のにおいを嗅ぎ付けて脅えている馬達をなだめると、御者は手綱を握りしめた。
「ぬかるんで走りにくいかもしれんが、頑張ってくれよ。そら、いけ!」
事件は数日前にさかのぼる。
キャメロットより少し離れた小さな村に複数のオオカミが迷い込んできた。オオカミは牙をむき出しにし、村の家畜や人々に襲いかかってきたのだという。
冬になると、森は休息の時にはいる。木々は葉を落とし、森に住む動物達は冬眠に入る。
そのため、冬眠をしない獣は飢えと寒さに耐え忍ばなくてはならない。飢えた獣が食料を得るために村を襲ったといったところだろうか。
だが、襲ってきたところで所詮は獣だ。それなりの知恵と武器で追い払うことも容易だろう。
もしかすると、村人が自分達の村を守ろうと強く抵抗したため、オオカミの闘争心に火がついたのではないだろうか。そのため、男手の少ない小さな村では、大きな被害を被っても仕方のない話だ。
「被害はヤギ数頭と1つの倉の半壊、負傷者が女性2人と子供1人と、あの少年か‥‥この規模の村にとっては結構な痛手だろうな」
「オオカミは森へ逃げていったようなので、これ以上ひどくはならないそうですが‥‥」
「うーむ。一度味を覚えると、再び来るというな。それは大丈夫なんだろうな」
「うーん‥‥相手も無傷じゃないだろうし、当分は大丈夫だと思いますよ」
自信なく受付係は言った。相手は自然だ、確証ある答えなど出せようもない。そう信じるしかないか、と上司である彼も頷いた。
「ならば、獣退治より復旧作業の手伝いが先決だな。そのように依頼書を作成してくれ」
徒歩でいっては時間がかかるため、今回はギルドが馬車を用意することにした。大きな馬車は用意出来ないため、大した物は持っていけないが、手荷物と人を運ぶのなら問題ないだろう。
「ギルドからも物資を送りますか?」
「うーむ。それは要求していないのだから大丈夫だろう。人手があれば充分だろうよ」
壊された納屋の修理・材木の運搬・けが人の介護など、村の復旧には、物より人を必要としているはずだ。
何より、若い人が来れば活気が増える。それだけでも村にとってはありがたいだろう。
「そうですね。それでは、馬車の手配と依頼書を作ってきます」
「うむ。よろしく頼むよ」
●リプレイ本文
「ひどいな‥‥」
揺られる馬車から牧場を眺め、サイ・ロート(ea6413)は表情を険しくさせた。
狼に襲われたのだろう、壊れた柵が直されぬまま、無惨な姿をさらしていた。点々と続く血の跡がその無惨さを物語っている。
獣に襲われたヤギ達はすでに埋葬処理されたようだ。村にほど近い丘に真新しい土盛りが並ぶ姿を見つけ、サイはそっと右手を胸に当てた。
馬車は村の入り口にほど近い宿場前に止められた。馬車の音を聞き宿屋から出てきたミュウ・リアスティ(ea3016)に、サイはわずかに手を挙げて挨拶をする。
「村の様子はどうだ?」
「少し落ち着いてきたところ。持ってきたポーションのおかげで怪我の方はなんとかなったんだけど、やっぱり力仕事できる人が少なくて困ってるみたい」
そう言ってミュウは村に視線を移した。一見すると、村は何事もなかったかのように静かに思えた。いや‥‥静かすぎた。こういった農村ならば、子供達の遊ぶ声や羊の鳴き声がどこからか聞こえてくるはずだ。それが今は、何者かにおびえているかのように、ひっそりと静まり返っている。
「やはり‥‥まだ襲ってこないか心配なんだろうな」
ひとつ息を吐き出し、馬車の同伴者である物見兵輔(ea2766)がつぶやいた。
「仕方ないやろ。ま、俺らが来たからには安心して野良仕事できるようにしてやろうやないか」
つとめて明るくフーレ・ウルフェン(ea9134)が言う。自分達はそのためにきたのだ。獣達も生きるためにしたこと、罪はないかもしれないが、自分達のいるべき場所へ戻ってもらおう。
旅の疲れを少しでもとるのと、今後の相談をするために、今日のところは早めに宿で休むことにした。
作業から戻ってきたミスト・エムセル(ea0672)は早速一行に、現状を報告する。
「兵輔殿より預かったポーションのおかげで、怪我人の方は無事に治療出来ました。有り難うございます。ですが、まだ獣はこの村を諦めていない様子で、昨日の夜、数頭ほど森からこちらの様子を伺っているのが確認できました。私達が来たことで警戒心が強まっていると思います。対策を練るなら今のうちでしょう」
「明日、村の猟師さん達が森に入られるらしいわ。ミストさんとフーレさんと兵輔さんにご同行をお願いしたいと思うのだけど、よいかしら?」
ミュウの言葉に同意しながら、それならば、とフーレは告げる。
「村へ寄せつけんよう、罠を早いとこ作っておいた方がええな。巡回中ついでに仕掛けておけば、奴らもそううかつに近付けなくなるで」
「そうですね。音を鳴らしておどすものが良いでしょうか。あれなら、板を加工するだけで簡単に作れます」
襲われた場所のほとんどが牧場や村のはずれなど、人の出入りが少なく静かな所だ。音を鳴らすなどして強い刺激を与えるだけでも十分効果があるだろう。
「獣達も愚かではない、こちらが警戒していると知れば無闇やたらには来ぬだろうな‥‥」
大きく頷きながら羽紗司(ea5301)は言った。
「それと‥‥当分、夜の間は明かりを絶やさずにいた方がよさそうだ‥‥」
窓の外は濃い暗闇に覆われていた。ほんの少し鎧戸を開けただけで強い換気が部屋に流れ込んでくる。少しでも暖炉の暖かさを逃さないように、とどの家もしっかりと扉を閉めるため、月のない晩は自分の足下すら分からないだろう。
だが、司の意見をミストは首を横に振って否定した。
「それは難しいと思います。今ある材木はもともと燃料補給のために置いてあったものですし、新たに木を切り出してくるのも難しいはずですから、そこまでの余裕はなさそうです」
この時期、木材は貴重な燃料となり、寒さをしのぐための命綱ともなる。外の明かり取りにまでまわす余裕はないだろう。切り出しに行くとしても、森には獣達が待ち構えている。わざわざ敵の陣地に赴く行為は、彼らを刺激するだけで得策とは言えない。
森の奥から獣の遠ぼえが聞こえた。闇夜に響く鳴き声は、彼らの心をさすかのように冷たくこだました。
ーーー
早朝。霧もやの中、偵察隊は森の中へと入っていった。
この地に住む猟師といえども、冬の森は油断がならない。小さな川やくぼみが雪に隠され、思わぬところで足をとられることがある。冒険者達は猟師の案内のもと、慎重に雪を踏みしめて歩みをすすめていった。
「気をつけて‥‥」
「ああ‥‥」
「じゃ、いってくるな」
森の奥へと消えていく一行を見送る司とサイ。2人は材木の運搬など力仕事を手伝う予定だ。
彼らの姿が見えなくなってから、2人は持ち場へと向かっていった。
ーーー
冒険者達がきてくれたことで、村は急速に活気を取り戻していた。人一倍良く働く彼らに、村人は深い感謝の気持ちを寄せていた。
体力に自信がないと言っていたミュウも、自分なりに出来ることを探し、家畜の世話や子供達の世話などをつとめていた。彼女の細やかな心遣いや明るい笑顔に、癒された村人も多いことだろう。
「みんなー、少し休憩にしましょー」
村を囲う柵つくりをしていた司とサイは、ミュウの声に顔を上げた。
「宿屋の奥さんが皆さんにってパンを焼いてくれたの。暖かいうちにいただいちゃいましょ」
「それはありがたいな、では言葉に甘えて、頂くとしよう」
こんがりと焼けたパンは少し硬く、苦い麦の味がした。パンの上に乗せたチーズのほのかな甘みと混じりあい、深い味わいをかもし出していた。
「こういうのを食べるとエールの一杯でも欲しくなるな」
疲れた体にチーズの酸味が心地よい。雪に体温を奪われないよう、毛布の上に腰を下ろして、彼らはゆっくりと村人からの贈り物を堪能していた。
その時。森の方から、大きな音と共に獣の叫び声が聞こえた。
「今のは!?」
「どうやら一戦あったようだな‥‥」
サイは静かに立ち上がり、柵ごしに森をじっと見つめる。だが、丁度茂みの影に入っているのか、ただ白い綿毛をかぶる木々の姿が見えるだけだ。無闇に行くわけにもいかない、とサイはそっと踵を返す。
「さあ、日の暮れないうちに仕上げておこう。こちら側だけでも、今日中に作業を終えておかないとな」
空を覆っていた薄い雲が次第に厚くなりはじめていた。今夜はきっと雪になるだろう。幸いなのは今日は比較的風があまり吹かず、穏やかな天気だったことだろうか。
「みんな、無事だと良いんだけど‥‥」
心配げに見つめるミュウに、彼らなら大丈夫だ、と司は軽く肩に手を乗せた。
ーーー
ミスト達が巡回から帰ってくる頃には、辺りはしんしんと雪が降り始めていた。
「うー、寒い寒いっ。やっぱ暖炉は温かいなぁ」
肩の雪を払い落とし、フーレはちゃっかりと暖炉の前を陣取った。
「やつらとあったようだが、成果はどうだった?」
「ああ、なんとか親玉をぶん殴ってきてやったで。ボスがやられたっちゅーことにびっくりしたんやろうな、何やしっぽ巻いて全員奥へ逃げていきおったわ。それにしても、あの時のミストの一撃‥‥あんたらにも見せたかったなぁ」
「こ、こら‥‥! フーレ殿!」
「こう、襲ってきた相手にカウンターで剣を一突き! ってな感じに斬りつけおってな。さすがは剣の道に生きる者の戦い方やっちゅーて、猟師らも関心しとったで」
フーレは火かき棒を手に取り、びしりと火に突き付けた。彼の話を興味深げに聞く一同の中、ミストは複雑な笑顔を浮かべていた。
「なるほど、それならば‥‥当分は安心出来るか。罠の設置はしてきたのか?」
「その点なら問題ない。俺と猟師殿とでしっかりと設置しておいた。最も、もう必要ないかもしれないがな」
ちらりとミストを見ながら兵輔は言った。賢い獣ならば、強い敵がいる場所へおいそれとは近付かないだろう。今回の戦いで人間の強さを充分味わったはずだ。
「後は後片付けと残りの納屋の修理位か‥‥結構早く帰れそうだな」
司は鎧戸を開けて外を眺めた。やはり村の外に明かりはともされていない。しんしんと積もる雪がやけに青白く、深い闇の中に浮かび上がっていた。
「今日は鳴き声が聞こえませんね」
ほっと胸を撫で下ろしながらつぶやくミュウ。気のせいだろうか、昨日とはそれほど変わっていない夜のはずなのに、今日はずいぶん穏やかな夜に思えた。
「ようやく村の人達も安心して眠れそうですね」
「そうだな‥‥」
柵という目に見える防護壁が出来たことで、村人の不安も少しは減ったことだろう。単純なことかもしれないが、見えない支えより形に残るものの方が、彼らにとっては嬉しいようだ。
たった数日であったが、彼らの働きは村人に大きな働きをもたらしていた。ただ、心配なのは、彼らがいなくなった後、獣達が反撃してこないかどうかだ。
最も、反撃が来たらまた新たに討伐の依頼が来るだろう。今回は討伐が依頼ではない。これ以上、獣達を刺激するのは逆に村に危険を及ばせる。
冒険者達もそれを重々承知していたのか、次の日からは村内の巡回は行ったものの、森の中へは入らないことにした。
時折森の方へ注意を向けるものの、あれ以来、獣達の姿は見えなくなっていた。
ーーー
そうして時はあっという間に過ぎ、冒険者達はキャメロットへと戻っていった。
「少しで悪いが、冬の間の備蓄品に回しておいてくれ。また何かあった時に役立つだろう」
馬車に乗る間際、司は懐におさめていた袋を村長へ手渡した。
「獣達もこれしきの事で懲りるとは思えない。充分気をつけておいてくれ」
結局、獣対策として出来たのは柵をつくることと罠を張ったこと位だ。時間や予算的にもこれが精いっぱいだっただろう。
「それでは‥‥」
馬車はゆっくりと動きはじめる。
冒険者の乗る馬車を村人達はいつまでも見送っていた。
帰りの道中。
ふと、ミストは馬の足を止め、森に視線を移した。
そこには1匹のオオカミが森の中にたたずんでいた。
彼は小さく頭をたれるそぶりをさせた後、ゆったりとした歩みで森の奥へと消えていった。