ジャックの寄り道

■ショートシナリオ


担当:谷口舞

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月07日〜12月12日

リプレイ公開日:2004年12月13日

●オープニング

 肌寒い朝。体を震わせながら外に出ると、淡い銀世界が瞳に飛び込んできた。
「そうか、もうそろそろ‥‥なんだな」
 キャメロットより北にあるこの辺りは、都市より少し早く雪の便りが届けられる。家のすぐそばにある草花や畑に、うっすらと雪が白く一面に降りていた。
 この時期になると、どの家も本格的な冬に備えた用意を準備しはじめる。冬の間絶やすことの出来ない薪や食料は無論のこと、他にも冬ならではの仕事がまっているのだ。
 冬の間は野良仕事をすることが出来ない。そのため、キャメロット周辺にすむ村人の多くは、キャメロットへ出稼ぎにいく。今年はキャメロットに加えて、ケンブリッジにある学園へ行くものもいるらしい。
「だけど‥‥今年は『えろすかりばぁ』とかいう奇妙な剣の使い手がいたり、異人がたくさんいて奇妙な言葉がとびかっているとかという噂も聞くし、家でのんびりした方が良さそうかもしれんなぁ」
 冬の出稼ぎや教会の礼拝にしか村をでない彼らの情報源は、もっぱら各地を旅するシフール達の詩や語り話だ。内容を盛り上げるために、いくつか装飾はされているのだろうが、それらを抜いたとしても、充分に奇想天外な出来事ばかりである。
 ここエラス村でも、シフール達の話題で持ち切りだった。
「収入が減るのはおしいが、自分の身の安全の方が大事だな」
「だども、子供達を教会につれていくのはどうする? ケンブリッジの学校寮にいれられるほど、うちは裕福じゃないぞ」
「そうだなぁ‥‥隣村じゃ、僧侶様に村に来てもらって、子供達に勉強を教えてもらったことがあるそうだ。うちもそうしてみるか」
 早速村に住んでいる専属の伝言シフールに運んでもらうことにした。
「まかせといてー!」
 村長から受け取った羊皮紙を腰に縛り付け、若い少年のシフールは意気揚々と飛んでいった。
 
 それから20日が経った。
 伝言に出したシフールも、伝言の返事も戻ってこない。
 さすがに心配になってきた村長は、シフールの捜索を依頼することにした。
 依頼を受けたギルドは伝言シフール達に相談を持ちかけた。
「エラス村の伝言係? ああ、ジャックのことか。ジャックの奴、寄り道が多いからな。大方、どっかのラース(囲い地)に寄り道して、シェリーキャン達と飲み会でもしてるんじゃないか?」
 シェリーキャンの作る果実酒は彼の好物なのだそうだ。伝言シフール達は道中飛ぶのに疲れたり、運んでいるのが飽きないよう、休憩を取ることは多い。その際、本来の任務を忘れて遊んでしまう者もいるのは事実だ。
「奴の行きそうな場所は‥‥っと。ルートからして、ここにあるラースじゃないかな」
 壁に貼られていた地図の一部分を彼は指し示した。丁度、村とキャメロットの真ん中に位置する場所だ。
「俺達も忙しいからさ、これぐらいしか手伝えないよ。どうせ、酒飲んで酔っぱらってるだけだろうから、大きいあんた達なら簡単に連れて帰れるんじゃないか?」
 ついでにうまくいけばシェリーキャン特製の酒にもありつける。まさに一石二鳥の依頼だ。
「ただ、問題は‥‥このラース、人間が近付くと迷子になるようになってるんだ。まぁ、シフールの合い言葉を言えば人間でも入れるはずだよ。えっ、合い言葉を教えろ? ただじゃあ、教えられないなぁ‥‥」
 さりげなく差し出されるぶどうパンを受け取り、彼はにんまりと笑顔を浮かべる。
「合い言葉はシフール語で『クルミパン』さ。人間にはちょっと発音しづらいかもな」
 せいぜいがんばって、と素っ気なく告げて、シフール達は仕事へと旅立っていった。
 肩をすくませ、気楽なもんだな‥‥と、担当者はひとつ息を吐いた。

●今回の参加者

 ea1128 チカ・ニシムラ(24歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3970 ボルジャー・タックワイズ(37歳・♂・ファイター・パラ・ビザンチン帝国)
 ea4756 朱 華玉(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6004 エルネスト・ナルセス(42歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 ea9012 アイル・ベルハルン(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

「パラッパパッパ、プッパッパー! ぼっくらは、ようきなっぼうけんか〜♪ ど〜んな、てっきでもへっちゃらさ〜♪」
「‥‥ねえ、あの目の前の騒音を排除してもらえない?」
「‥‥それは難しい問題だな‥‥」
 陽気に歌う(果たして、歌と呼んでよいか分からない代物ではあるが)ボルジャー・タックワイズ(ea3970)の背後で、そんな会話が交わされた。
 彼の歌を呆れた様子で聞いていた朱華玉(ea4756)とエルネスト・ナルセス(ea6004)に、ユラヴィカ・クドゥス(ea1704)がのんびりと話しかける。
「お2人とも、そう申されるな。あれも聞けばなかなかに面白い詩じゃぞ?」
「そう言われても、聞きたくもない下手な歌を聞かされる身にもなって欲しいわよ」
「そうじゃの‥‥ここはひとつ皆で歌うというのはどうじゃろうか? 共に楽しめば、おぬしの言う不快感も少しは減るというものじゃよ」
「つつしんでお断りするわ」
 にこりと華玉は笑顔をみせた。だが、その瞳は笑っていない。
「ほんと、みんな仲が良いよね」
「‥‥その結論に達するのはちょっと違うんじゃないかしら」
 ドンキーの手綱を引きながらつぶやくチカ・ニシムラ(ea1128)の言葉にアイル・ベルハルン(ea9012)がさりげなくツッコミを入れる。
 でもね、とチカはにこやかな表情でアイルの言葉に応えた。
「喧嘩するほど仲が良いという言葉があるらしいの。だから、間違ってないと思うよ」
「みっちはぁどっこまでも、つづくよ〜♪ どんどんいっこう〜♪」
「ボルジャー! いいから静かにしなさいって!」
「お。入り口が見えてきたようじゃぞ」
「あそこか‥‥ずいぶんと小さいな」
 ユラヴィカが指差した先に大きな木がそびえたっていた。幹にぽっかりと大きな穴が開いており、その大きさは人間が四つん這いではって入れる程の大きさだ。木の周りは茨が互いに絡み合うように生えている。この先に行くには穴を通って進むしかなさそうだ。
「話では、この穴をくぐり抜けた先にあるそうじゃな。まずはわしが先に行ってみてくるとしよう」
 ふわりとユラヴィカは飛び立ち、穴の中へ消えていく。
「じゃ、おいらも〜♪」
 ユラヴィカの後を追うように、そそくさとボルジャーは穴の中へ入っていく。
 下手に後をついていっても迷惑だろうと、残された一同は大人しく彼らの帰りを待つことにした。
 
 それから半刻。
「‥‥遅いわね」
「やはり、所詮はシフールとパラね」
「パラはシフールほど単純ではない。一緒にして頂かないでもらおうか」
 パラもシフールも人それぞれのはずではあるが、総じてお気楽者が多いのは否めない。
 寄り道もするが、自分は与えられた仕事は忘れないぞ、とエルネストは念を押すように言う。
 これ以上待っても無駄と判断し、一番小柄なチカを先頭に穴の中へ入っていくことにした。
 穴は思ったより長く、どこか別の世界へとつながっているような感覚をさせられた。もちろん、そんなはずはないのだが、四つん這いという不自由な体勢であることと、視界が遮られていることがそう錯覚させるのだろう。
 穴の先には小さな広場があった。門をかたどった花のアーチの下で、シェリーキャンが静かに寝息を立てていた。指で頬を突くと、びっくりしたように両手をばたつかせて起き上がった。
「お、おどかすなよぉっ! っと‥‥ああ、お客さんだね。合い言葉をどーぞ♪」
「‥‥あのぉ、ちょっと前にこんなフードを被ったシフールと下手な歌を歌うパラのコンビが来たと思うんだけど、見覚えない?」
 ジプシーのフードをイメージさせるかのように、チカは両手をひらひらと舞わせながら言った。ああ、そういえば‥‥と、シェリーキャンは奥の広場の方へ呼びかける。
「おぉーい、お客さんーっ。お友達がお迎えだよーっ」
「おお、ようやく来たようじゃな。おぬしらも中にはいってこいー」
 視線の先に、果実酒の入ったゴブレットを抱えるユラヴィカの姿があった。すっかり迎えに戻ることは忘れてしまったようだ。
「と、とりあえず中に入れてもらえる? 私達、ジャックっていう子を迎えにきたの」
「あれ? お客さん達ジャックの知り合いなの? それなら悪い人達じゃないね。どうぞいらっしゃい♪」
 そう言ってシェリーキャンは入り口らしき低い柵の扉を開ける。
 なんとも拍子抜けの気分で入ってきた一同を、ボルジャーとユラヴィカは笑顔で出迎える。
「ようやく来たようじゃな。先に飲ませてもらっておるぞ」
「おっそいよ、みんなーっ。うっかり全部飲んじゃうところだったよー」
「ボルジャーお兄ちゃん、私達およばれされに来たんじゃないんだよ」
「あれ? そだっけ。まあ、堅いことはきにしない、きにしなーい。それよりさ、みんなに友達を紹介するねー」
 ボルジャーはひょいと傍らにいたシフールをつまみあげた。赤ら顔をさせたシフールはつまみ上げられながら、ぺこりと一礼する。
「どもー。僕、ジャックっていうんだ。よろしくー」
「よろしく‥‥って、ジャック君!? ‥‥私達あなたを迎えに来たのよ。見つけたのなら話は早いわ。さ、帰りましょ」
 ボルジャーから奪うように受け取る華玉。だが、状況を理解していないのか、ジャックは華玉に酒をすすめてきた。
「まあまあ、せっかく来たんだし‥‥とりあえず飲も♪」
「‥‥あら、おいしい‥‥」
 一口含み、華玉は目を瞬かせる。一瞬、酒の味に取り込まれそうになる華玉だったが、はたりと我に返り振り返った。
 いつの間にかアイルとチカも妖精達の輪の中へちゃっかりと入っていた。2人は持ち寄った発泡酒を振る舞い、妖精たちが語る不思議な話に耳を傾けていた。シェリーキャンとの会話を楽しみ、果実をかじる。その上酒も飲めるのだ、うっかり仕事を忘れて楽しんでしまうのも仕方のない話なのだろう。
「よし、ここは一曲わしの踊りを披露してやるのじゃ!」
 輪の中心に飛び出し、ユラヴィカは得意の民族舞踊を舞いはじめた。
「ぼっくもまぜてー!」
 両手を振りスキップをしながら、ボルジャーは妖精達の輪の中に飛び込んでいった。
 彼の姿に気付くなり、ユラヴィカはしっしと追い払うように必死に手を振る。
「おぬしの歌は酒がまずくなるっ! 黙ってみておるんじゃ!」
「えー。せっかくなんだし楽しもうよー」
「おぬしの歌はおぬしのみ楽しんでおるだけで、わしらは楽しくも何ともないのじゃよ。わしが踊り終えるまでは乱入禁止じゃ」
「ユラヴィカお兄ちゃん、ボルジャーお兄ちゃんにも歌わせてあげてもいいと思うよ。シェリーキャンちゃん達も聞きたいって」
「ふむ‥‥そう言うのなら‥‥」
「わーい♪ ではっ、りくえすとにお答えして、一番、ボルジャー・タックワイズ、歌いまーす♪」
 そんなやりとりを眺めながら、輪の隅でエルネストは長らしき老いたシェリーキャンと話をしていた。突然訪れた事への非礼とジャックのことについて、酒を交えながら語っている。
 話を中断させないよう、華玉はさりげなくエルネストの隣に座り、ひとつ息を吐き出す。
「はぁ‥‥何かあの連中見てたら疲れちゃったわ」
 隣に腰掛けてきた華玉にそっと果実酒を差し出した。
「遊び好きの奴らに、今は何を話しても無駄だろう。少し様子をみよう」
「そうね‥‥」
「じゃ、僕も遊んできまーす」
 ジャックはそそくさと華玉の手から逃げ出した。だが、すかさず華玉はその首元を捕まえ、両頬を強く引っ張った。
「あ・な・た・は、大人しくお仕事に戻りましょうねー。みんながどれだけ心配してるか分かってるのかなー?」
「イタイイタイイタイィーッ!」
「んー? もっと他に言うことがあるでしょー?」
「ご、ごめんなさいーっ!」
「よし、いい子ね。ちゃんと村の人にもごめんなさいって言うのよ?」
「はいぃい〜」
「まあ‥‥とりあえずその辺りで勘弁してやった方がいいぞ。本人も反省しているようだからな」
 エルネストは苦笑を浮かべてそう言った。ひと呼吸いれた後、さりげなくジャックに告げる。
「ジャック君。寄り道するのも良いが、勤めは忘れないようにするんだ。村の人々が君を心配していたぞ‥‥彼らをあまり困らせないよう気をつけなさい」
「‥‥はーい‥‥」

 結局。
 祭り騒ぎは一向に終わりをみせずにいたため、何とか長に頼み込んで強制的に終わらせ、ようやく一行は村へ向かうこととなった。
「まだ踊りたりないのじゃ‥‥」
「ユラヴィカ、自分の掌に書かれている内容を読んでみて」
 華玉に言われて、ユラヴィカはじっと己の手を見つめる。しばらく見つめた後、そうじゃな、と深く頷いた。
「分かっておるよ。わしらの仕事はジャックを村へ連れてくることじゃ。わ、忘れたわけじゃないぞ」
「しっかり夢中で踊ってたくせに‥‥」
「おぬしには言われとうないわい」
 ユラヴィカはじろりとボルジャーをにらみ付ける。
「それにしても、毎日楽しく過ごせるなんて、少しうらやましいわね」
 アイルはシェリーキャンとの話を思い出しながらそう呟いた。彼らの生き様をもう少ししっかりと聞いてはみたかったが、さすがに自分達のことはあまり教えてはもらえなかった。
「あまり深入りしすぎると大変よ。ジャック君みたいになってしまうかもしれないし、ね」
「何にしても、自分のすべきことを忘れなければいいのさ」
「あれ、華玉お姉ちゃん。それなぁに?」
 華玉の懐に見なれぬ瓶があるのを見付け、チカは小首を傾げる。
「これ? おみやげよ。1本だけしかもらえなかったけど、まあ‥‥大収穫な方かしら」
 貴重な1本だから大切に飲まなくては、と華玉は楽しそうに片目をつむる。
「ところで‥‥エスト村ってこっちで良かったっけ」
 街道の道を折れ曲がったところでぽつりとジャックが言う。
「ジャック君‥‥大丈夫? まだお酒抜けきってないんじゃ‥‥」
「んー。大丈夫ー。多分あってるかなー」
 からからと笑うジャック。飛び方にも大分ふらつきがあるのはやはり気のせいではないようだ。
「この分じゃ、村に帰ったらしっかりしぼられるわね」
 飲んべえに付き合うのは慣れている華玉であったが、さすがに飽きれた様子だ。
「プップクプ〜♪ でんごんはっこぶよ、あっのまっちこっのまっち、どっこまでも〜♪ まよったとぉーきはひっとやすみ〜、ひとばんたったらおもいだすぅーよ、ヘイ!」
 相変わらず下手な歌を唄うボルジャーを先頭に、丘を登る一行。
 ここを越えれば村が見えてくる。あともう一息だ。
「あ、煙が見えてきたよ。もう少しだね」
「やれやれ‥‥ようやく解放されるな」
 冒険者達はほっと安堵の息をもらす。
 彼らを迎えるかのように、煙突から伸びる煙はゆっくりと空へのぼっていた。