【悪魔と悪辣】悪魔に包囲される村

■ショートシナリオ&プロモート


担当:谷山灯夜

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 94 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月12日〜11月18日

リプレイ公開日:2008年11月21日

●オープニング

 ロシアには暗黒の国と言われる森がある。森の奥へ深く入るとそこは魔物が徘徊し悪魔が血の饗宴を広げる呪われた地であった。また蛮族と言われる先住民族がこの勢力に与している事も多い。住んでいた土地を追い払われ奴隷として狩られた先住民族や、諸侯の政治的な画策、それにハーフエルフ至上主義がもたらした怨嗟がロシアには暗き影を落としている。
 悪魔は、純粋なまでに悪であるからこそ悪魔である。人を不道徳の道に誘い幸せを奪う事は面白いから行うのではない。本能を満たす行動なのである。それは食欲に近い衝動とも言える。一度は暗黒の国へと押し込められた悪魔のテリトリーだが、徐々にキエフの近くへと浸食しつつある。大いなる時は間近である。我らが解放され地上に跋扈している弱き者たちを蹂躙する日は既に決まった。悪魔は勤勉でもある。その悦びの日を迎えるまでは本能に命じられるまま使命を果たす。憐憫、献身、愛、道徳。これらは全て力のない者たちが自己防衛のために産み出した詭弁でしかない。力が全てだ。悪魔であらずとも否定は出来まい。現にジーザス教はこの点で我らと考えを一致するするではないか。
 今夜も力なき者たちが狩られ集まっている。強者は弱者を自由にするのは道理であり悦びでもある。鎖で繋がれた者たちが次々とデスハートンによりその魂を吸い取られていく。こちらでは年端も行かない少女たちを買いあさる奴隷商もいる。救いを求めようと神の名を称える娘をインプたちが嘲笑する。神に救いを求めて何かあるのか。いっそ全てを憎み我らが眷属となれ。力が全てだ。こちらに来れば苦しみから解放されるぞ。

 配下のインプの仕事を眺めながらその悪魔は思案していた。黒き翼と尻尾が生えた体はインプに見えるが大きさは2mと巨大だ。その悪魔はネルガルと人に呼ばれている。地獄の密偵とも呼ばれ隠密の技に優れている。中でもこのネルガルは背信の道に誘う事で実績を上げ多くの配下を持つ者となった。
「エリン様、何をお考えで」
 新しく配下となったグレムリン達が恭しく尋ねる。だがエリンの名で呼ばれたネルガルはそれには答えず沈黙を保ったままである。
 先日、村を配下の悪魔たちと共に襲撃した。クルードの吐く霧と風雪で閉ざした村からは誰も脱出ができなかった。なのに見張りのクルードは2人の冒険者が迫るのを報告してきた。
「なぜ、漏れたのか‥‥」
 そう言えば別の村を襲撃した時も子供が包囲を破って冒険者ギルドに駆け込んだらしい。あるいはその子の話を聞く大人がいたか。確証は持てないが未来を楽観視する愚挙は人にあっても悪魔にはない。早急に確かめねばならない。我らの行動が漏れているのか、否かを。
「これより襲撃を開始する。一同、今度は戦を行う」
 エリンはそう宣言すると自らの体を変化させ始める。大きな体は縮み肌の色は白へと変わり、長い髪が豊満な乳房の前で揺れる。エリンはこの姿が気に入っていた。昔、陥れた村に最後まで心が折れず抵抗を続けた修道女がいた。死ぬまで神を信じていたその女を殺害した時、彼女の姿を借りる事にした。修道服を纏った姿のままで彼女を愛した村人を次々に殺し火を放ち村を消した。とても心躍る光景だった。その修道女を影ながら愛していた男がいた。全ての事情を知った男が流した血と怨嗟に染まった魂はとても甘かった。
「また味わいたいものだ」
 エリンには予感がある。我らに抵抗しようとする意志を感じるのだ。そこには人としての弱さや「愛」という詭弁の匂いがある。愛と人間が呼ぶ絆を切り裂く事を想像する。今度はどれ程の甘露が味わえるのか思わず舌なめずりをしてしまう。
「今回はあなたの協力も必要よ、ユーリー」
 傍らに立つ少年を抱き寄せる。ユーリーと呼ばれた少年は不敵な笑みを浮かべた。彼は親を同じ村の大人に殺された少年である。それはエリンが仕組んだ事なのだが、それを知っても彼はエリンについている。親とは言え弱き者は蹂躙されて当然、と今は思っているからだ。エリンの邪魔をする者を殺める事に躊躇はない。いや、それではまだ足りない。死しても苦痛を与えねば。生ける屍として呪われるがいいと。


 諜報の役を負っている部下が高速馬車に親書を忍ばせて来た。受け取ったのは醍醐屋の女主人、みつである。
「予想の範疇は超えていませんが、多少は知恵も回るようですね」
 親書には悪魔によって襲撃を受けた村についての記載があった。今度はキエフからかなり離れている。徒歩で行けば2日以上はかかりそうだ。これに対して打つ手はいくつかある。その中で最善の手は聞かなかった事にする事だ。敵は敢えてキエフから離れた地を狙ったと思われる。つまり冒険者が村の救出に行けば悪魔の動向を監視している者がいる証明になるのだ。
 しかしいつも通り醍醐屋の名を伏せる形で冒険者ギルドに依頼を出そうにも、さすがに今回は大掛かりになるのが予想される。まず高速馬車は出さねばなるまい。冒険者によっては他の移動手段もあるだろうが、それに賭けて村の滅亡を待つようでは逆に悪魔の意に沿う形になる。奴等は冒険者が村を見捨てたと言う事実を積み上げるに違いないからだ。早く依頼を出せと言う声が聞こえてくるようだ。冒険者ギルド周辺にも悪魔やその協力者の目が光っているのも間違いない。
「それでもうちは、うちの道を行くのみです」
 みつは、隠そうともせず冒険者ギルドに向かっていった。醍醐屋の従業員も皆みつに従うだろう。彼らもみつと一緒にロシアへ渡ってきた孤児たちである。戦乱を起こして笑う輩には鉄槌ならぬ算盤の裁きを、が醍醐屋の信条のようなものである。
 それでも以前ならこの状況下でも恐ろしさは微塵も感じなかった。失う物など全てジャパンで失ったと思っていたからだ。しかし、今は怖い。きっと奴等は気付くだろう。うちが抱え込んだ致命的な弱点を。
「みつお嬢さま、いってらっしゃいませ」
 軒先でみつに声を掛ける少年の名はクリル・グストフという。今回届けられた親書に名前が挙がっている悪魔、エリンの手により両親も友も故郷も失った少年である。そう、みつ自身がそうであったように。
「行って参ります。お仕事、お気張りくださいね」
 鈴が鳴るような声でみつはクリルや店員に挨拶を行う。今回の件は特にクリルに悟られてはならない。クリルと同郷でかつての友達だった少年が、エリンの側に付き黒の使徒としてアンデッドを作り襲わせている事も報告にあった。
 冒険者ギルドに向かいながらみつは依頼とは別の、ある計画の発動を決意する。みつの存在が発覚すれば敵はクリルの存在に気付く。そして必ず利用してくる。なぜならば彼こそがみつにとっての唯一の弱点だから。
 逃れられないもの、それを運命と人は言うが‥‥。
「冗談じゃありませんわ」
 うっすらと口元に笑みが含まれる。みつにとって運命という言葉は無意味だ。道を切り開くのはただ人の意志のみである。頼むべきは人が編み出す絆の力である。
 一手を打たれたなら一手を返すのみ。
「いよいよ本当の勝負ですね、エリン」
 不敵な笑みを浮かべながらみつは冒険者ギルドの扉を開く。思いを託す事ができる人がいる。それだけで人は素晴らしい存在だと思えるから。悪魔にも屈しない強さを得られるから。

●今回の参加者

 eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec1051 ウォルター・ガーラント(34歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ec3096 陽 小明(37歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec4140 ジョアン・シェーヌ(33歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 立ち込める霧の中、投げ出されたように転がっている樽を見つけたグレムリンがいた。匂いに誘われたらしい。定められた巡回のエリアから大きく外れている。
 その時、ひゅんと何かが小さく鳴ったような気がした。それと同時に激痛が背中から襲ってくる。ウォルター・ガーラント(ec1051)のルナティックボウから放たれた弓がグレムリンの背中を貫いたのであった。何が起こったか分からぬままグレムリンは透明になってこの場を退避しようとした。だが頭上からアクエリア・ルティス(eb7789)、通称アクアが構える大天使の剣が叩き落された。
 一緒に巡回する役割を担っていたクルードがグレムリンの断末魔を聞きつけ駆けてきた。その濃霧に影響されぬ目が冒険者たちを捉えた。怒りに目を赤くして詠唱、そして術式を完成させる。冒険者たちにアイスブリザードが襲い掛かる。
「ひひひ、これでしっかりと戦ってくれよぅ」
 ジョアン・シェーヌ(ec4140)が陽小明(ec3096)の肩に触れる。瞬時に燃え上がる龍叱爪を構えて小明は頷き突進する。容赦なく襲い掛かるアイスブリザードに身を切られながらも決して前進を止めない。五感全ての感覚を頼りとして立ち向かっていく。
「ここだ」
 見えない霧の中へ向けて龍叱爪を振るう。そして龍叱爪は確実に何かを捕捉した。一撃、二撃、三撃と思いを込めた打撃が叩きつけられる。悪魔は痙攣を始めたかと思うと、そのまま塵になって消えていった。
「次、行きましょう」
 ウォルターが徐々に晴れて行く霧の中から皆に声をかけた。物音を感知されたかも知れない。ジョアンのインフラビジョンを頼りに村の奥へと進んでいった。
 村の入り口らしき箇所を過ぎた辺りで再び濃霧が漂う場所に入る。不意に霧の中から手が伸びてジョアンを掴もうとした。ジョアンを術師と見破ったクルードが氷の棺に閉じ込めようとしたのだ。しかしすんでの所でそれを発見できた小明が、クルードの手を叩き阻止した。隠密に長けたウォルターが霧の中で別の気配を感じ取り、悪魔の魔法を使おうとしていたグレムリンと応戦する。視界の悪さと透明化が障害になるも、最後はアクアがチャージングで形勢が決まった。これらのデビルはかつて村を滅ぼし続けたと聞いている。今漸くにその罪業の対価を払わせる事ができた。
 息を整える間もなく冒険者は進んでいく。時間の遅れは良い結果をもたらさない事を皆よく知っていたからだ。そして3体目のクルードをジョアンが発見した。ウォルターを扇の要の位置としてアクアと小明が駆けていく。ふたりの移動をウォルターは援護射撃で守り続けた。その援護を受けてアクアの剣がグレムリンの喉元を貫いた。小明の連撃がクルードを刹那に切り裂いた。
「これで見張りは終わりか」
 小明は呼吸を整えながら周囲を確認する。
「俺にはなにも見とれないねぇ」
「同じく、こちらにも何もいないようです」
 ジョアンとウォルターが応える。
「見て、霧が晴れて行く」
 アクアが指差す先から大きな建物が現れた。木を荒く打ちつけているだけのそれは船の工房だろうと思えた。村人がいるとしたらここである。冒険者たちは息を殺し足を忍ばせながら工房の中の様子を伺った。
「そんな所にいないで、中に入ったらどう?」
 木の板を通して中から声がした。女の声だ。緊張感など微塵も感じさせないその声に冒険者は確信を得る。この工房の中には間違いなく村人がいるはずだ。そしてそれは村人を捕らえているデビルもそこにいる事を意味していた。
 ジョアンがアクア、小明、そしてウォルターの武器に一瞬でバーニングソードの術を纏わせていく。皆でもう一度目配せをする。頷いた後、アクアと小明が扉を蹴り上げ中へと入り込んだ。
 工房の中は暗かった。だが目を凝らせばぐったりしている村人、あるいは仰向けになり完全に呼吸が止まっている村人、そして壁の方に集められて打ち震えている村人たちがおぼろげに見えた。惨劇を見続けたのであろう。物音に怯えて抱き合うのみで立つ事さえできないようであった。
「あれ、ほんとうに来たんだ」
 暗闇の中から嘲笑するような声が響く。少年のそれに聞こえる声に、アクアと小明は声の主を推察した。
「あなた、ユーリーでしょ、なんで」
 アクアが、そこで声を詰まらせた。目の前に立っているのは黒い尻尾を生やしたデビル。4体のインプが冒険者とユーリーの間に立ち塞がっている。
「確かにユーリーだけど何で俺の名を‥‥? ああ、そっちにはクリルがいるんだ。なんで、って、それはこっちの台詞だよ。世界は強い者が支配して当然だろ? 弱い者に生きる場所なんてないんだよ。アンタたちこそなんでこっちに来ないのか、俺は不思議だよ」
 少し苛立ちを見せるようにユーリーは答えた。
「クリルがどこに飛び込んだか知らないけど無駄な事をしているもんだ。もうじき世界はこちらの物になるというのに」
 ユーリーの足元から何かがゆっくりと立ち上がってくる。アクアの瞳から驚愕と絶望が混じった吐息が漏れた。青白い顔をした人影は、かつてはこの村の住人だった。デビルに魂を抜かれ、ユーリーに生きる屍と変えられ、今はモンスターとして冒険者の前に現れたのだ。
「どう? 折角遠来から来て頂いたのだから、こちらも手厚く御奉仕したいと思っているんだけど」
 ユーリーの傍らに現れた修道女が、冒険者に問いかける。破れた屋根の隙間から入る月光に浮かんだ女の顔は、むしろ穏やかで優しそうな微笑に満ちていた。
「エリンだな」
 ぐっと拳に力を込めるのは小明だった。ずっと追い続けた相手が目の前にいる。貧しいながらもささやかな幸せを分ち合っていた村をこのデビルはどれほど壊し続けたのだろう。
 ウォルターも冷静に弓を構えた。少しでも動きがあれば弓弦を鳴らせるよう構える。
「確かにネルガルのエリンはわたしよ。折角歓待しようと思っていたのに名乗りもしないで尋ねるだけなんて礼節がなっていないんじゃない?」
 アクアは血が沸騰するような思いを覚え剣を振りかざすと突進した。だが後ろからジョアンの手が伸びアクアの肩を掴んで押さえた。アクアの目の前に炎の壁が一瞬で伸び上がった。
 しかしその瞬間の隙を突くようにウォルターはインプを射抜き倒していく。一方で唇をきっと結んだまま小明がズゥンビと化した村人を床へと叩きつけ脊髄を破壊した。ジョアンは村人を促し工房からの脱出を助ける。
「どうも色々と興ざめさせてくれる人ばかりのようね」
 エリンの視線を体に受けながらもジョアンは不敵に笑い続けた。
「いい、いいねぇ‥‥。別嬪さんに蔑むような目で見られると‥‥ひひひ、たまらないねい‥‥」
「まあ、別嬪さんなんてうれしいわ。そんな事を言ってくれるなら。あなたにはわたしの全てを見てもらいたいわ」
 照れたようにエリンは微笑むと修道服を押さえている戒めの麻縄をするりと解いた。そして纏っている修道服も脱ぎ捨て炎に投じた。裸体を恥かしげもなく月光に晒す。若い女性のそれは美しかった。
「今回はここまでのようね。わたしも目的は達成したし。あなたたち、もうお帰りなさいよ。きっとあなたたちの依頼主もこれで納得するはずよ」
 エリンはユーリーに声をかける。ユーリーはそれに答え何かの詠唱を開始した。
「待て、エリン!」
 小明が炎を物ともせず間合いを詰めていく。この技、ネルガルと言われる悪魔に通ずるかは分からない。だが私が隙を作れば恐らく、仲間たちが、必ず。
「これが、人間の力だ!」
 振り上げた拳に炎の霊力がみなぎる。小明の気力にアクアとウォルターが応え、3人がエリンに狙いを付けた、その時。エリンの姿が消滅してしまった。同時にユーリーの詠唱が完成してしまう。見る見る姿を変えるユーリーは梟へと変化するとそのまま夜の闇に消えて行った。
「そこにいるねえ」
 インフラビジョンを詠唱したジョアンが一つの空間を指差した時、何かを高速で詠唱する声がした。すると何か黒いもやのような物がジョアンの指差す方向に現れる。ウォルターは弓を放つが見えない壁に当たったように跳ね返される。大きな羽音が聞こえる。待て、と追いかけたアクア、小明が出口に向かうとして焼けるような痛みを感じた。見えない結界があるらしい。それでもふたりは突破して外に出た。しかし遠くに飛び去っていく梟の姿以外何も見ることは出来なかった。
 魔界の密偵、ネルガル。その能力は隠密と逃走に特化している。今日初めてエリンに近づくことが出来た。しかし捕らえる事ができなかった。いや、あのデビルは隠密と逃走の能力に特化していると言っても過言ではない。どうすれば捕まえる事ができるのだろう。

 高速馬車がキエフに帰ってきた。依頼人は傷つきながらも無事に帰って来た冒険者を喜び報告を聞いた。貴重な紙にネルガルの特徴を認めていく。火の魔法、悪魔の魔法の使用は確認、姿を変える事、空を飛ぶ事、高速で魔法を詠唱する、そして透明になる事も可能、と。
「ありがとうございます。これでうちとしても作戦が立てる事ができます」
 にっこりと微笑まれた。不思議である。ただでさえどこに現れるかも分からない悪魔である。その上で逃げる事に特化している悪魔なのである。どうすると言うのだろう。
「あと、ちょうど4着だけ入手できましたので宜しければ使って下さいね」
 話を唐突に変えるようにみつがマントを手渡した。なぜか、小明にはこれがもっと意味を持っている品のように急に思われた。
「みつ‥‥」
 何かを言いかけて口に出すのは止める事にした。口に出せば不吉な予感が本当になりそうで。

 冒険者が帰った後でみつは親書を綴り続けた。何枚目かの親書の宛名に懇意にしている貴族の名を書いた。意図せず、涙が頬を濡らす事に気付いた。そんな感情がまだ残っている事に自分が驚いて笑ってしまう。そして最後の親書はクリルの名を書いた。