悪夢が来る
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:谷山灯夜
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月21日〜11月26日
リプレイ公開日:2008年11月29日
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●オープニング
「クリル。私の声が聞こえるか」
僕は多分、寝ているんだと思う。さっきまではゲルマン語の勉強をしていてそのまま寝てしまったはずだ。寝ているのにそれがなぜかわかるんだ。なのに呼びかけてくるあなたは、どなたですか?
「私は、汝らが天使と呼ぶものである」
天使様、ですって? 僕は畏敬の念を示す。でもどうしても。心の中にある黒い塊が湧き上がるのを止める事ができなかった。これは夢だから? それとも僕もエリンに‥‥
「ネルガルの放った悪意の矢が、汝にも突き刺さっていたのは知っている。村の件で汝が我らを以前ほど信じる事ができないでいるのもだ。だが、それでも汝は我が声を聞いてくれた。その信仰の心に感謝するだけだ」
僕の村に住んでいた人は、皆神様が大好きでした。なのに村は悪魔・エリンの手に落ち、何人かの人は死んでも呪われて生きた屍にされました。どうしてなんですか。何故あなたや神様は救ってくれなかったのですか? 泣きながら僕は天使様に訴えた。
「‥‥。いまは時間が惜しい。覚えていていてくれ。昨日、月道からひとりの男がキエフに来た。その男に起こる事、そしてその後の予言を汝にこれから私が見せる。なんとしてもこの予言を変えて欲しい。勝手な言い分だが、頼む。明日だ、明日の深夜に、頼む」
天使様は消えてしまった。すると突然視界が変わり僕の目は別の光景が映し出された。見知らぬ男の人がみつお嬢様と会っている。どこか大きな邸宅みたい。今度は日が変わって夜になったみたいだ。警戒する兵隊さんたち。大きな月が天高く昇った。その時、月を黒い影が横切った。1体、2体、3体‥‥。影の一つが空から降りるて来る。シフール、みたい。でも黒い尻尾を生やしている。それが兵隊さんの前に立った。すると兵隊さん達が変になった。ニヤニヤしている。そして自ら進んで門の鍵を開けてしまった。
それを見たもう一つの黒い影が中へ入っていく。鳥? 大きな鳥が翼を広げて中の人を殺していく。また別の光景が目に浮かぶ。邸宅の反対側に何か黒い影がいる。黒い羽に尻尾‥‥。僕は震えを止める事ができない。違う、でも同じだ。この影は前に見た事がある。エリン!? でも、こいつはエリンじゃない‥‥。その悪魔は手を広げると壁が壊れてしまった。悠然と邸宅に入り火を放っていく。兵隊さんも駆けつけるけどみんな次々に焼かれて殺されてしまった。戦おうにも煙幕を張られて同士討ちになってしまう。燃え上がる邸宅から男の人が連れ出された。また場面が変わる。悪魔がいっぱいいる。男の人は何かを聞かれている。駄目! その話をしたら、その世界の話をしたら、悪魔たちが‥‥。
「ゆ、夢?」
クリル・グストフが目を覚ますと、傍らには彼の主人である醍醐屋みつから手渡されたゲルマン語の教本が落ちていた。はあはあ、と荒く息をする。
「一体、なんだったんだろう」
落ち着かない心を静めるためにクリルは外に出た。みつお嬢様は昨夜から帰って来ていない。きっと、パーヴェルさんの所だろう、という事は少年であるとは言えクリルにも分っていた。みつはクリルにとって大切な主人であり、それ以上の感情はないのだが、時として胸が締め付けられるような思いに苦しめられる時がある。それが何なのかはクリルにも実は分っていない。姉を奪われた弟の気持ち、と言うのが一番近いのかも知れないが。
夢の件についてはみつお嬢様が帰って来たら話をしてみようかとも思った。だが、胸の中の何かがそれではいけないと警鐘を鳴らした。暗闇の中着る物を捜して冒険者ギルドへ走っていく。パーヴェルさんのご尊母であるウルスラさんはキエフのギルドマスターだ。みつお嬢様とウルスラさんは仲が良いので僕もウルスラさんには顔を覚えて貰っている。馬鹿げた話だけど聞いて欲しかった。天使様が夢に出るのは、何か良くない事の始まりを告げに来たとしか思えなかったから。
クリルから話を聞いたギルドマスターであるウルスラ・マクシモアは最初はクリルの来訪に戸惑い、次にクリルが悪夢について語る事に苦笑したのだが、月道から来た男の話、そして自分の息子パーヴェルが関わっている話を聞く段になって俄かに顔色を変えた。
そう、それは昨日の事だった。月道からひとりの男が現れたのだが、その男は全裸だった。月道が開放されて以来、様々な人たちが行き交うようになったがこのような件は珍しい。その男にある貴族が興味を示し自分の邸宅へと連れて行った。色々と会話を試した結果、ジャパン語を理解するのは分ったのでキエフ在住のジャパン人が呼び出された。その話を聞きつけたパーヴェルが懇意にしているみつを連れて出て行ったのだ。田村壮一と名乗るその人物は元々月道の向こうの世界の住人でさえない、という事が分った。
男は月道の向こうでは「天界人」と呼ばれていたらしい。みつはジャパン国の出身だが壮一は「ニホン」という国から来たらしい。壮一が言うにはジャパンとニホンは同じ国とも言うのだが、みつと壮一の話は全く噛合わなかったとパーヴェルが話してくれた。
「あれは、ジャパン人の『ふり』なのかも知れないですがね」
パーヴェルは苦笑しながら話してくれた。
「しかし、聞いたこともないような知識を持っているのは分かりました」
キエフは文明のレベルが高いとは言えない。しかし壮一が話す内容はビザンツともイギリスとも、あるいはジャパンのそれとも異なっていたそうだ。全く異質の未知の文明。そして天界人と言われた男。貴族はいたく気に入り、その壮一と言う男が自分の邸宅の客となった事を自慢げに話していたそうだ。確かに軍事でも商売でも壮一の知識は役に立つようだ。しかし、あの貴族にそれを使いこなせるだけの知恵があるのかは疑問だけど、と言うだけ言ってパーヴェルはみつを伴って自分の屋敷に帰ってしまった。あれから既に数時間経過している。そして目の前にいるクリルが話してくれたのは、ここまで一致している。
「クリル、その夢で見た黒い影が襲って来たのは、いつ頃の話だったか覚えている? 時間に余裕はあるのかしら」
目の前のクリルを見ると、かたかたと震え青ざめている。クリルの緊張が伝わりウルスラの背中にも嫌な汗が流れる。
「時刻は、深夜でした。ちょうど月が天頂に届いた時」
慌てて外を見ると月は既に天頂に届いていた。邸宅までは徒歩で一日掛かる。そしてもはや神託としか考えられない事件が起こるまでの時間は後24時間しかない。今から出発して間に合うのか。それ以上に冒険者が集まるのか。ウルスラは言い知れぬ不安が胸に広がるのを感じていた。
なにか、凶兆の始まりでなければ良いのだが。
●今回の参加者
ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
eb4721 セシリア・ティレット(26歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
eb5076 シャリオラ・ハイアット(27歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
●サポート参加者
アド・フィックス(
eb1085)
●リプレイ本文
「大きく遅れてしまったかも知れぬ」
エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)は馬から降りるなり門番へ紹介状を見せ侍従への取次ぎを頼んだ。途中、積雪を回避して進んだため移動に障害は発生しなかったのだがその分の遅れは出てしまった。気が付けば月は天高く昇ろうとしている。それが天頂に至るまであと2〜3時間という所だろうか。深夜に近かったがロシアにその名が通っている者が応対を望んでいると聞き中から侍従が現れた。アクアことアクエリア・ルティス(eb7789)が居住いを正しながら主への取次ぎを頼む。
「今は喫緊の事態に付き旧例の作法を略させて頂きますが、事は一刻も争うのです」
静かにその様子を見ていたシャリオラ・ハイアット(eb5076)が高僧の威厳を保ちながら邸宅に足を踏み入れる。止めようとする侍従も門番もその視線で制されてしまう。
「神託が降りました。主と、天界人、と呼ばれる方はどちらに」
屋敷の衛兵や侍従にざわめきが起こる。黒の教義への信仰が厚いロシアにおいてこの一言は無視できない意味を持つ。しかも貴族でありキエフの冒険者ギルドマスターから直々の紹介状まで持参をしているとあれば、事態の深刻さは計り知れない。急ぎ主の部屋へと侍従が向かい、それから長い半時が過ぎて冒険者達は目通りが叶った。
「説得がうまくいくといいっすね」
以心伝助(ea4744)が邸宅の間取りを測りながら部屋の外で待機している。
「シャリオラなら口が達者ですし他の方々もいますから、頼りにさせていただきましょう。ただ‥‥」
邸宅の部屋の配置が少年クリル・グストフの見た夢と一致している事に内心驚きを隠せないのはオリガ・アルトゥール(eb5706)である。
「嫌な夜になりそうですね、今夜は」
主人の部屋の扉が開き、中からエルンストが現れ外で待機していた面々の顔を見回してから頷く。交渉はうまく言ったらしい。
「主人と天界人である田村氏には退避を願ってみたのだが、今からではさすがに時間が少ない」
ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)が腕を組みながら少し考え込む。出来る限りを尽くしたしキエフを襲った豪雪の影響も最小限に抑えたが、標的となる要人を抱えての対決になる事を思えばあと少し時間が欲しかった。だが、今からでも出来る事は決して少なくない。皆は既に少年クリルが見た夢が予言のひとつとして確信している。そして壮一がデビルの手に落ちることは何か重大な事態を招く事になる事も。夢が予言であるならば夢で見た状況を変える事は有効だろう。主人の許可を取り衛兵の配置を変える。
「こんな時に誰かを守れるよう、常日頃から妖や魔については研究していますから」
微笑みながら沖田光(ea0029)がアクババの鋭い爪、リリスの魅了と解説を行う。ネルガルについては特に慎重に話した。魔法は火の属性に悪魔の神聖魔法を幾つか取得しているのが常であると言った後で、倒すに障害となる点を上げた。
「戦いはスタッキングを得意とし、透明化と高速詠唱が可能ですね」
アクアは先日体験した事を思い出した。アクア、それにエルンストもだが別のネルガルを追っていた事がある。しかしアクアがそのネルガルを捕らえる位置にまで接近した時、突然展開した結界に遮られ、全ての攻撃を無効にされた事があったのだ。一方、ヴィクトルには腹案が生まれた。高速詠唱は確かに厄介だが精神力を奪えばあるいは、と。また伝助も両手に構える小刀を確認した。結界さえなければ懐に入っての戦闘は寧ろ望むところ、と。
こうして策は決まり衛士と侍従には一部を除いて退去をして貰った。そして邸宅の前には光、シャリオラ、アクアが就き、邸宅の2階にはエルンスト、オリガ、セシリア・ティレット(eb4721)、ヴィクトル、伝助が就いた。エルンストは石の中の蝶を見ながらブレスセンサーを常に展開する。アクアも同じく石の中の蝶を見続けた。間もなく月が天頂に到達する。伝助は手を合わせてから聖夜のパンを食べた。壮一の前に立つと印を結ぶ。一瞬煙が涌き上がる。そして煙の中からは壮一が現れた。
「これで悪魔の撹乱を狙うっす」
異世界から来て天界人と呼ばれていたと言う壮一に、エルンストを介してセシリアが会話する。少しでも不安な気を紛らせようと思ったのだが、壮一は寧ろセシリアの騎士の正装や伝助の忍術に興味を示した。自分の住む世界では数百年前の姿であり技であり、それを現実に見る事が出来て嬉しいと言うが、顔は蒼ざめたままである。冒険者達が伝説の存在である壮一の世界では、同時にデビルも空想の存在とされていたのである。そのデビルが自分を連れ去ろうとしていると聞いたのである。無理は無いが。
「ジャパンではないジャパンの人間というものがいるのか‥‥」
ジャパンの知識を全く持たないのに会話はジャパン語しか通じない壮一にヴィクトルはタロン神の神意を考えてみる。なぜ今この世界に壮一は現れたのか。あるいは来てしまったのか。だが思案の時間を長く持つことは出来なかった。
「来たぞ」
デビルの来襲をエルンストのブレスセンサーが捉えた。先手はこちらが取ることができそうだ。
一方、アクアも遅れて石の中の蝶の動きで悪魔の来襲を察知した。それを受けてシャリオラが反応する。
「私は神の使徒としてそれはもうとてもとても寛容なんですよ」
詠唱を続ける。
「でも‥‥デビルを見過ごすほど人間が出来てはいません」
両手を前に出す。黒い球体が手から放たれ、先頭を飛んでいたアクババに命中した。畳み掛けるために光がファイアーバードを詠唱し空へと駆け上がった。
「燃え上がれ炎の翼、悪夢を切り裂く希望になれ!」
アクババが盾となるも烈火を纏う光の体当たりを受け、一瞬で駆逐されてしまう。アクババが作った僅かな隙を突き、リリスはアクアの魅了には成功したが同時にシャリオラの激しい抵抗を受け身を削られていた。そこへ天空から光の突きがリリスに命中する。出撃前、リリスは戦線の混乱を招きアクババが敵の数を減らすことがその役目とされ然るべきレミエラも拝領していた。然しこれで作戦は大きく頓挫する事が決まった。単独で館に侵入したネルガルはそれを察したがだからと言って退く事などできなかった。
「我らが主が頂に立つために、かの世界の情報を先んじて奪わねばならぬのだ」
そう言付かって来た。拝命した以上失敗などできぬ。確実性はないが勝負に出る事に決めた。
「今だ」
エルンストの掛け声に合わせオリガが巨大な水の塊を撃った。一瞬で相手を重傷に追いやるはずのその攻撃はネルガルに当たる前に見えない壁に阻まれる。その境界線で水が溢れ、階段を通じて下の階へと流れ落ちた。ネルガルは駆け部屋に侵入する。それを見計らったセシリアのチャージングを直撃で受け、体を大きく傾けるがそのまま進んでいく。エボリューションである。攻撃を受ける代わりに効果中は同じ攻撃を無効化する捨て身の戦法で来たのだ。そして視界を阻むべくレミエラで強化したスモークフィールドを展開した。強い刺激を持つ煙の中では目を開けることができない。しかしここに揃った冒険者にそれは効果をなさなかった。視界の悪さを補っても命中する攻撃をネルガルはカオスフィールドで打ち消しながら、遂に目的の元へと辿り着いた。そこには、ふたりの天界人がいるのだが。
「天界人に当たれ」
ネルガルが生み出した黒い炎は伝助の横を抜け壮一に命中する。
「ばれちましたっすか」
伝助は変化を解くと壮一の手を取ろうとしたネルガルの懐に飛び込んだ。再度カオスフィールドの壁が張られたがそれに構わず中へと侵入する。この結界は善なる者を焼く空間である。燃えるような痛みに襲われながらも伝助は怯まず斬り込んで行った。
「中なら攻撃は当たるんっすね」
エボリューションの効果中であるため、それでも止めはさせない。よたよたと壮一に向かい、その手を奪おうとした、その時。カオスフィールドの中にヴィクトルも侵入して、ある呪文を詠唱した。体の一部を欠損したネルガルはその傷を全て回復する。だが、ネルガルは初めて焦った表情を表に出した。
「魔法を封じさせて貰ったぞ」
ヴィクトルはメタボリズムをネルガルに掛けたのである。傷は確かに塞がった。だがネルガルの精神力は全て枯渇した。もうカオスフィールドで術を防ぐこともスモークフィールドで逃れることも出来ない。透明化してもエルンストの追跡を逃れる術は無い。そして空は光が制している。絶望の色を顕わにして、それでもネルガルは最期まで足掻いた。だが伝助の握る剣にはセシリアの贈った炎の力が既に宿されている。そのセシリアも接近戦用に武器を構えなおしている。
「これであなたは終わりですね」
オリガがもう一度巨大なウォーターボムを作った。今度は何にも阻まれず、激しい音と共にそれはネルガルを打ち据えた。エルンストのウィンドスラッシュがその体を切り裂く。ヴィクトルのブラックホーリーが傷を穿つ。そして伝助とセシリアの手で今度こそ止めが刺された。
邸宅の後始末に関しては問題ないと主は言った。リリスの魅了をヴィクトルに解いて貰ったアクアが、それを気にして訊いてみた所、誰かがデビルの情報には高額の懸賞を掛けているらしくそれは補修代を払っても相当の余りが出る額との事だと侍従の一人が教えてくれたのだ。ただ、壮一をあずかる事は遠回しで拒否を示したので冒険者がキエフまで連れ帰ることにした。壮一の存在がデビルを引き寄せた。今回は防げたがこのまま壮一がここにいたら、今度はどんなデビルが来襲するかは分からない。そして、それは冒険者も意見を等しくした。そう、当の壮一自身がそれを一番感じていた。壮一は元の世界、アトランティスに帰ると宣言する。
「アトランティスの皆に知らせるよ。勇敢な君達のような仲間がいることも」
皆に謝辞を述べながら、僕も頑張るとだけ言い残し壮一は消えて行った。