【黙示録】人徳者と悪辣
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:谷山灯夜
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 87 C
参加人数:4人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月27日〜12月03日
リプレイ公開日:2008年12月06日
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●オープニング
話は数日前に遡るが、キエフのギルドマスターであるウルスラ・マクシモアの息子であるパーヴェル・マクシモアは恋人の一人であるジャパンの女商人である醍醐屋みつと夜を共にした時、床の中でオレグ・コセンコと言うキエフの商人についての話を聞かされた。
「商人としては立派なお方です。経営もしっかりされてます」
パーヴェルもオレグの名は知っている。オレグの経営するコセンコ商会といえば外国資本のエチゴヤが来るまではキエフで1、2の大店として通っていた。長い漆黒の髪をベッドに乱したままでみつが話を続ける。ロシアを南北に流れるドニエプル川を通じてビザンチンと北海をつなぐ交易で利を上げている事。取り扱い品目も塩や魚に小麦などの食品、鉄鉱石や木材などの資材が主体である事。
「なかなかの人徳者らしいな。孤児院を建てたり教会への寄進も多いと評判も高い」
「はい。噂に関してならうちとは正反対の御仁です」
絶世の美人だけど悪辣、と言われるみつの正反対となると、人徳者ではあるが‥‥になるか。オレグはハーフエルフであるが人間側の血が濃かったのかも知れない。見目の美醜の話をすれば後者の方になるだろう。みつと知り合い夜を共にするのがつい最近の事でもあるパーヴェルではあったが、この女がこのような言い方、つまり言外に嫌味を隠し入れる事をする時はそれなりの理由がある時だと知っていた。
「みつはオレグの何が気に入らない?」
一見、華奢に見える肩を抱き寄せる。華奢に見えても筋肉の張りが凄いことに最初は驚いたものだ。ジャパンの商人は一年でジャパンの北から南まで歩いて商売するもの、との答えがどれ程凄いのかはパーヴェルには想像できなかったが、広大なロシアを歩いて販売網を構築したと聞けば納得もできた。もしかしたら並みのファイターよりも筋肉はあるかも知れない。
「パーヴェルはんは鉄の値段が上がっているのはご存知ですか」
突然の話にパーヴェルは困惑する。市井の鉄の値段など興味も無かったからだ。みつは続ける。
「昨年大きな戦がありましたが、あれから暫くして鉄鉱石の買いが強まったのです。最初は軍需目当ての商いと見ていたのですが、ここ数ヶ月、むしろ何も起きていなかった頃から突然買いが強まって」
天井を見上げながら話すみつの目は真剣だった。
「なのに鉄や鉄鉱石の売りはないのです。それを使った武器や資材が流れたという話も聞きません。そして時を同じくして行方の知れなくなった鍛冶師が多数います。それと」
「それと、何?」
「北海から入ってくる塩の量が減りました。南から入る小麦、ライ麦も誰かが買いに入ってます」
鉄、塩、食品が大量に使われるのは何、と聞かれればパーヴェルでなくとも答えは分かる。戦の準備をしている何者かがいると言う事になる。しかも、このキエフの近郊で。
「オレグがそれに関わっている、と?」
パーヴェルの問いにみつは「はい」とだけ答える。醍醐屋は密偵も多いと聞く。
「でも、うちの話ですと誰も信じません。ましてや相手は人格者として名高いコセンコ氏ですからうちが何か言えばうちの方が疑われます」
全くこの女の話は回りくどいとパーヴェルは苦笑した。みつはかなりオレグの動向を調べた末にこの話を持ち出して来たに違いない。つまりオレグの計画とは武器の密売をして利を上げ、密売の事実が発覚する前に醍醐屋がそれに関わっているという噂を流すという流れなのだろう。それはもうじきのことであり放置すればみつは処断される、と。つまり「自分の女を助ける気はある?」と言いたい訳だ。パーヴェルは天井を見上げたままのみつの視界に割り込む。挑戦的に微笑むみつに、こちらも笑い返す。
「オレグはどこで何の取引を行う?」
「今は北海からの塩と材木が入用のようですね。ドニエプル川の東側に馬がつきやすい瀬があるんです。大体の場所は言えるのですが確実に行こうと思えば日中調査をした方が良いでしょう。5軒ほどの漁師小屋があるので分かります。当然ただの漁師ではなく仲間なので目立つ行動は控えた方が吉かと」
「そしてその仲間と言うのがデビルと通じた輩だとも言いたい訳だ」
時節柄、ここまで話されると相手はそれしか思いつかない。しかも材木と言えば軍事的な施設を作っている事も容易に想像される。例えばそれは砦や出城の類かもしれない。塩は人を厳しく働かせるのに必ず必要だ。極寒のロシアで大量の汗をかく事を想像すれば益々由々しき話に聞こえて来た。だがそれを突き止め暴いた時には手柄も建てられる。
「既に大量の武器や食料を流された今となっては、いささか後手に回りすぎた感もありますが。それでもオレグはんが処断されれば内密にオレグはんに協力していた商人たちも気を入れ直すでしょう。お天道様はいつも見ている、と」
「小者は処断しなくとも良い、と言いたいのか」
問いかけたパーヴェルは、少しだけ後悔した。自分の両手が抱きしめた女の気が一瞬変化したことに気が付いてしまったからである。みつは、目的だけを見るなら神の前に立っても何ら恥じることはない女だ。戦を憎み人に悲しみが降りかかる事を嘆く女であるから。しかし、目的のための手段となると話は別になる。
「商人である以上、しっかりと利息分付けて払うんじゃありませんか?」
それが商いの道であります、とみつは語る。恐らくはそれらの者たちからオレグに協力して蓄えた全ての財を奪う算段があるのだろう。あるいは裸にして極寒のロシアに放り出す予定くらいはしているのかもしれない。確かにその方がキエフにとっても助かる事でもあるのだ。だがしかし、時にみつの苛烈さは常軌を逸している気がする。恨んでも恨みきれない宿敵を倒すために商人になったのでは、とさえ思える。宿敵を倒すためなら平気で自分を捨てても戦いに赴き命を散らしかねない激しさをみつは内面に隠し持っている気がするのだ。
背筋に寒さを感じながらもパーヴェルは冒険者を雇う事を考えた。オレグを処断するに必要な条件を考えてみる。取引の現場を押さえるのは勿論だが、それだけではオレグの仕業とする証拠が無い。商会の中に潜入して帳簿を調べるとか内偵する者もいるだろう。現場から帰る者を尾行して誰に会うかを調べてもまっすぐにコセンコ商会に帰るとは思えないが誰に会うかを調べるのは意味の無い事ではないはずだ。
「パーヴェルはんがどんな依頼を出すかはわかりませんが、刃傷沙汰だけはよしておくれやすね」
みつは念を置いた。今回の件は密偵であり、必要なのは取引の事実を証拠として掴むことである。手下と斬り合いになれば、仮にその場を無傷でしのげても相手は蜥蜴の尻尾きりに回るだけである。ましてやデビルが相手の取引だ。無傷で帰るどころか気が付いたら教会で蘇生を受けている、という事さえある。
「うむ。何につけても密なるを持ってよしとする、にしようか」
冒険者ギルドの依頼書に全てを書く事も止めておこう。冒険者にはパーヴェルが直々にあって話をする事と決めた。そうとなれば朝まではまだ間がある。パーヴェルはみつの唇を吸う。死地に向かうのも厭わないようなこの女を繋ぎ止める糸を持っているのは自分である、と。そういう自負がこの時のパーヴェルにはあった。それが自惚れであったと慙愧することになるのは、もう暫く後の話になるのだが。
●今回の参加者
eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
ec4924 エレェナ・ヴルーベリ(26歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
ec5382 レオ・シュタイネル(25歳・♂・レンジャー・パラ・フランク王国)
ec5609 ジルベール・ダリエ(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
●サポート参加者
アニェス・ジュイエ(
eb9449)/
アイリス・リード(
ec3876)
●リプレイ本文
●コセンコ商会
「旅の路銀を稼ぎたいのだが雇って頂けないだろうか」
その日、旅の吟遊詩人がキエフの郊外に建つコセンコ商会を訪れた。エレェナ・ヴルーベリ(ec4924)と名乗りをあげ、諸国を回って芸を磨いている途中であり、久しぶりに故郷に戻ったとも伝えた。
「堅実かつ貢献的な商売をしているこちらなら間違いはないと思った」
エレェナが門で挨拶を述べている間にも大きな荷を積んだ馬そりが中に入り、また出て行く。幾つかの問答の末、シフール語に明るいエレェナは代書役として雇われることとなる。商会の建物に入る前に厩舎の前を通り過ぎた。厩舎の中で甲斐甲斐しく馬の世話を行っているパラの姿があった。レオ・シュタイネル(ec5382)である。レオは新入りのエレェナに対し、気さくに挨拶を投げかけてきた。エレェナもそれに答え挨拶をすると急かされながら商会の中へと消える。
「レオもうまく潜入できたようだ」
レオの姿を見届けた後でエレェナは仕事に就いた。発注書を作成する仕事は多く代書が追いついていない。 皆、エレェナが手伝いに来てくれた事を歓迎してくれた。
「いつもこんなに忙しいの?」
仕事を進んで片付けながらエレェナは朴訥とした雰囲気を纏い聞いてみた。
「忙しいことは忙しいが、それもここ数ヶ月の話だぜ。なにせ仕事はエチゴヤや新参者に取られていたからな」
気を許した御者や従業員が口々に愚痴のような話をエレェナに聞かせてきた。コセンコ商会は老舗とは言えここ数年はジャパンから来たエチゴヤに仕事を奪われ続けていた。商会の主であるオレグ・コセンコはハーフエルフである。あるが故にこのロシアで他種族の商人の後塵を拝す事は耐え難い屈辱だった。オレグは荒れ、商会が傾いたのは全て従業員のせいと叱責を続けていた。ところが数ヶ月前から突然商会の状況が一変する。商会の取引量が突然増えたのだ。
「すごいね、その商品は誰が買うの?」
一方、厩舎にいるレオは御者たちと他愛もない雑談の中に一番聴いてみたい事を混ぜていた。馬そりに積まれた荷物はあまりに多い。
「新入りが聞くのも無理はないよな」
得意げにひとりの御者が語り始める。夜になると商会に男が発注に来るのだという。妙に陰気な雰囲気を持つのであまり関わりを持ちたくないのが本音だが、今じゃコセンコ商会はキエフで一番の商会に戻れたとも言った。男が何者かをレオは聞いてみた。
「オレグ様は東の貴族の使い、と言っている」
それきり会話は途切れてしまったのでレオは「ふうん」とだけ頷き、もう興味は無いような素振りを見せた。
●漁師小屋
「お姉ちゃん、また引いているぜ」
竿が折られるような強い引きが来る。巧みに竿を操り魚を疲れさせていく。そして機を見て一気に引き上げた。
「こりゃ大きいや」
「やるな、姉さん」
魚を取り上げ「ど、どうも」と頷くのはアクエリア・ルティス(eb7789)、通称アクアである。暴れまわるガーを針から外した。
「アクアさん、めっちゃ大きいやん。俺も負けていられへん」
隣で川に針を投げ込みながら声を掛けるのはジルベール・ダリエ(ec5609)である。
「兄ちゃん、彼女の方が釣りはうまいよな」
「でもこんなおっぱいの大きな女の子を釣上げるんだから腕は確かなんだろうぜ」
口々に漁師達が囃し立てるとアクアは赤面しジルベールは「どもども」と手を振り会釈を続けた。
ここはドニエプル川の辺である。川はすっかり結氷しているのだが、一部は川面が見える箇所もあった。アクアとジルベールは恋人同士であり、貴族主催の大会に参加中で釣りのポイントを捜し求めやって来た‥‥、という事になっている。そして地元の漁師たちと偶然知り合った‥‥、という事にもなっている。
事実はアクアとジルベールは釣りに来た訳ではない。漁師たちとも偶然出会った訳でも無い。アクアとジルベールはこの漁師たちを見張りに来ていたのだ。この川に面した小さな漁師村がデビルとコセンコ商会の密売に関わっている事を確かめるためにここまで来た。アクアと多少の縁がある醍醐屋みつが情報源と聞き、アクアは素直に納得し調査に来たのだ。それが真実味を帯びてきたのは昨夜の事である。監視用に設営したテントの様子を伺う気配を二人は感じ取り、急遽恋人の振りをしたのだ。そして漁師たちが投げ掛けたのが先の発言である。誰がテントの中を伺っていたのかは言わずもがなであった。
「‥‥ジルベール、ちゃんと『アクア』って呼びなさいよ」
依頼のためとは言え、囃し立てられ顔から火が出そうなアクアは「もうヤケよ!」と言わんばかりにジルベールに寄り添う。漁師がひゅーひゅーと口笛を吹いた。放蕩息子と世間知らずの娘がお遊びで釣りに来たとして見ているな、とジルベールは感じ取りにんまりと笑った。しかし一方で奇妙な雰囲気を感じ取っていた。
「じゃあ、アクア」
軽く肩を抱きしめ耳元で囁く。
「今日になってあいつら、突然緊張が緩んどる。ロープとか台車は出しているから取引は続いているんやろ。こちらの動きがばれたとも思えへん」
「それってどういうこと?」
アクアも耳元で囁いた。遠目でみれば愛の言葉を交わしているようにしか見えないだろう。
「わからへん。ただ勘が当たるんなら『今までのように警戒しなくとも取引ができるようになった』と思うんや」
アクアは息を飲んだ。この依頼はデビルが関わっているのが濃厚で、しかもここはキエフの街に程近い。こんな場所がデビル側にとって警戒不要な場所になったとでも‥‥?
「今日になって、よね?」
アクアは胸が不安という雲に覆われて行く事を感じていた。キエフで何かがあったのだろうか。それでなくとも「デビルが攻めて来る」という予言、それも神託があったとも噂に聞く。不安そうなアクアの肩を抱くように寄り添いながら、ジルベールは今夜、潜入の決行をアクアに持ちかけた。
●帳場
未明、足音を忍ばせながら進む影がある。誰もいないことを確認しながらレオは帳場へと向かっていく。後方からはエレェナが続いている。ふたりはテレパシーで交信しながら決して見つかる事無く前に進むことができた。こちらでもジルベールが感じ取った異変を察していた。エレェナには今回の依頼を手助けしてくれた友人、アニェスとアイリスから密書が届けられていた。アニェスの手紙にはキエフの商会のうち幾つかが突然火事になったことが、デビルがいないかを調べていたアイリスからはコセンコ商会よりもキエフの街中でデビルの反応を検知したことが記されていた。深追いすると逆に囲まれそうなので一時撤退をしたと書かれていた。
「火事?」
テレパシーでそれを聞かされたレオから反応が来る。レオは少し気になるところがあって火事に遭った商会の名を尋ねてみた。エレェナは正確に記憶から名を読み上げる。数軒の名を読み上げた後に「醍醐屋」の名が出た時、レオがぎょっとした。そこにはみつという女性がいたはずである。
レオが今回の依頼を受ける時に少し気になっていた事があった。今回の依頼を受ける時にギルドマスターから初めて聞かされた話の中に剛毅にもデビルに逆らい続ける商人もいる事を聞いていたのだ。みつはその中のひとりである。他の火事に遭った商会も皆、デビルと逆らう姿勢を見せていた商会ばかりのようだ。エレェナにみつの行方を尋ねてみたがエレェナにも火事になったこと以外は伝えられていなかった。
「無事ならいいけど」
嫌な予感がするのだが、今受けている依頼を成功させることこそ誰かを救う道に繋がるとエレェナは何故か思えた。
帳場は暗闇に包まれてはいたが、レオの目には差し込む月明かりで充分だった。次々と台帳を確認していくと奇妙な台帳が見つかった。
「これって当たりかも」
数字の事はわからないが明らかに異質な帳簿である。斜線や矢印が後で加えられ改ざんの指示にしか見えない。中から数ページを切り取ると丸め懐に入れた。
「レオ、急いで隠れて!」
エレェナが誰か来た事を告げてきた。台帳を元に戻しパラのマントに身を包むとそのまま息を潜める。部屋の中にオレグともう一人、声に特徴がある男が入ってきた。商品の取引について打ち合わせを行っているがこの時間に行う事が既に尋常な取引ではない事を証明している。今夜の取引の成功と次の取引の日時についてレオは聞き出すことに成功した。依頼主のパーヴェルにこれを伝えれば密売は止めることができるだろう。あとは密売とコセンコ商会の接点である。この男の身元さえ分かれば。あとはアクアとジルベールを信じ任せるしかない。全ての話を聞き遂げ、レオとエレェナは夜が明ける前に撤収した。
●摘発
「ここで間違いなさそうやね」
夜半、暗闇に隠れて取引は行われた。遠くからそれを見届けたアクアはさすがにショックを受けた。デビルに協力する人間がいる。取引を終えた男を追い、キエフまで追ってきたふたりは、男がコセンコ商会に入るのを見届けた。そのままずっと張り込みを続けると今度はキエフの中心へと足を進めた。途中、何度か警戒する素振りを見せたがジルベールの追跡には気付かなかったようだ。
「あれは普通の人間やね」
デビルならここまでの不手際は行わないだろう。
「一度、皆と相談しましょう」
アクアとジルベール、そしてエレェナとレオはアクアの家で互いの情報を刷り合わせた。醍醐屋の焼失を聞き、途中で実際にそれを見たアクアは少し落ち込んでいた。アクアの知人である醍醐屋の面々はまだ発見されていないらしい。パーヴェルに事件の顛末を聞かせに行く足取りも重かった。
果たして報告を受けたパーヴェルの動きは迅速にして苛烈を極めた。男をすぐに拘束すると全てを白状させ、その上でオレグの告発に踏み切った。エレェナとレオが集めた帳簿や他の証言を付きつけるとオレグは観念する。その上で誰が醍醐屋を始めとする商会に火を放ったかを話すまで釈放はしなかった。結果、デビルに通じていたかなりの数の商人の拘束に繋がったのだ。
「パーヴェル、きっと大丈夫よ」
仮にも悪辣と言われた彼女なのだから、とアクアはパーヴェルに声を掛けるのが精一杯だった。しかし、キエフの目となっていた醍醐屋はこの世から消えてしまった事実は、アクアの、そして皆の心に不安を落とした。