日常の素描
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■イベントシナリオ
担当:谷山灯夜
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 13 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月05日〜12月05日
リプレイ公開日:2008年12月13日
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●オープニング
珍しい人物が冒険者ギルドに訪れた。
「絵を描きに行かないかい?」
宮廷絵師であるアンドレイ・サヴィンがふらっと現れギルドに集まっている面々に声を掛けていく。いつもはマリンスキー城のアトリエに籠もっているアンドレイだが、キエフ、そしてロシアを覆う気配を察したのであろう。かとは言え画家である身が戦の役に立つ事は少ない。それでも自分のできる事は絵を描く事しかない、そんな思考の末であろう。
「日常の風景なんかを気楽に描ければいいんじゃないかな。みんな大切にしたい光景ってあるだろ? その想いを筆に乗せればいいと思うんだ」
大好きな景色、大好きな建物、大好きな街の人々、そして大好きな人‥‥。
「下手とか巧いとか、そんな事関係ないんだよ。想いを込めた一枚をボクに見せてくれないかい?」
【日程の予定メモ】
日中〜:スケッチを行う。キエフの街にある施設なら自宅でも教会でも港でも、誰とどこへ行っても構いません
〜夜:キエフのスィリブローに落ち合う形で絵を持ち込み打ち上げ並びに寸評
参加して頂ける方が多くなると描写が日中か夜の一方になる可能性もあります。その場合はどちらに力点を置くか決めて頂けると描写が明確になります。
●リプレイ本文
●コロッセオ
キエフの冬は寒い。どのくらい寒いかの説明は難しい。なにしろ物が凍ってしまうので今の時期に市場へ行くと、魚は凍ったままで売り買いをされているほどだ。必然着る物も厚くなる。しかしここだけは冬の寒さに関わらず熱気に包まれている。キエフのほぼ中央に位置するコロッセオである。ここでは磨かれた肉体がぶつかり合い、魔法の攻撃も交錯する。
今まさに巨大な剣から繰り出されるスマッシュを掻い潜り必殺のシュライクを浴びせた戦士に場内の観客から喝采と拍手が降り注いだ。そんな観客たちの中で筆を構え構図を決めているシフールがいる。ケリー・レッドフォレストである。
「うん、今の一瞬は素晴らしいね」
大きなキャンバスに向かい体全体を使いながら寒さに負けない場内の熱気を刻み込んで行く。互いに向き合う戦士たち。勝者の喜びと倒れ運び出される敗者の姿、涌き上がる場内の観客。その一瞬を次々に描き続けて行った。
●ドニエプル河
大河ドニエプル。遠くキエフの北より出でそして遠く南は黒海まで静かに流れ往く。冷たい外気に比べ水温が高い川面からは湯気が立ち上っている。
ヴィタリー・チャイカは揚げたてのピロシキにかじり付きながら、いつも釣りをしているポイントでスケッチを続けていた。船着場にいるドワーフの親父さんが酒焼けした頬を綻ばせ手を振ってくる。ヴィタリーはこの川からみる光景の全てが好きだった。冬の弱々しい日差しの中、凛としてそびえ立つマリンスキー城の美しさ、船着場や漁をして働く人々が吐く白い息、寄せて返す川の漣の音と煌めき。それらをスケッチして行く。
ヴィタリーはこの光景を見る度ほっとするような安堵感に包まれた。特に依頼を受けて帰って来た時などは特にそう思われる。今回誘ってくれた宮廷絵師であるアンドレイにも、そんなお気に入りの場所があるのだろうか。もしあるのなら聞いてみたいと思いながら筆を進めて行く。
それにしても動きは少なく長い時間を要するスケッチをこの季節に行うのは自殺行為だったかも知れない‥‥。
船着場の親父さんに背中を揺すられて起こされた時、ヴィタリーは天然のアイスコフィンに包まれかけていた。いつの間にか覚めない眠りに就く寸前だったらしい。
●自室にて
「動かないで下さいね」
目線だけを移動させてヴィクトリア・トルスタヤはスケッチを続けていた。描いているモチーフはヴィクトリアのペット達である。今日はペットの観察日記に添付する絵を描くことに決めていた。長く連れ添った黒豹のБелыйはヴィクトリアの指示に大人しく従っていた。手早くかつ正確にデッサンを収めて行く。黒檀が走る音だけがさらさらと部屋に響く。その光景を見続けながらも少し飽きてきたのはもう一体のペットであるДраконであった。「竜」という名が示す通り、Драконはドラゴンのはずだが未だドラゴンパピーである。ヴィクトリアにじゃれ、仕舞いにはБелыйにちょっかいを掛け始めた。少しの間それを我慢していたヴィクトリアではあったが、黒檀をテーブルに置くと大きな胸の前で腕を組み、ペットを見つめて言った。
「私は動かない様にと言いましたよね?」
印を結び高速で詠唱を行う。唐突にДраконが凍りつく。
「今度動きましたら完全にアイスコフィンに閉じ込めますよ」
これ以降、パンサーもドラゴンパピーも従順に絵の完成を待ち続けた。
●スィリブロー
既に夜も更けた。キエフの酒場であるスィリブローはいつものように賑わっていた。カウンターの近くで話し込む者やペットの自慢を行う者が歓談を続けていた。それらの席を縫うように酒場のウェイトレス、キーラが奥の席に案内してくれる。
「やあ、今宵はありがとう。早速みんなが持って来てくれた絵を楽しませて貰っているよ」
ケリーが賑やかに酒盃を掲げ「かんぱーい!」の合唱が起こる。ようやく寒さを忘れる事ができたヴィタリーも楽しそうに杯を重ね互いに絵の鑑賞を行っていた。回ってくる杯を丁重に断るヴィクトリアは真剣に絵を眺めていた。皆、それぞれが楽しんでくれると嬉しいよ、とアンドレイはにこやかに微笑む。
「私は一瞬の光景を性格に写す技巧に惹かれます」
ケリーの描いたコロッセオの絵が素晴らしいとヴィクトリアは褒めた。ケリーはヴィクトリアの描くペットたちが強そうなモンスターなのに可愛いし何より生きているようだと驚く。アンドレイはヴィタリーの川面の煌めきと船着場の親父さんの表情に感嘆したと杯を掲げた。
「ボクのお気に入りの場所?」
ヴィタリーの問いにアンドレイは迷わず答える。
「冒険者ギルドの前だね。みんなが出発する時はハラハラしながら見守るしか出来ないけど」
ぐっと杯を飲み干してテーブルに置き、息を継ぐ。
「帰って来るみんなを見ると、どんな絵にも勝る光景がそこにはあるんだ」
それぞれに酒が回り、飲んでいないヴィクトリアも歌に付き合わされた。いつしか傍らで杯を掲げている人が増えている事に気が付いた。
「いやあ、初めて来たけどキエフの寒さはこたえるのだ」
遠くイギリスから来たと言う立派な騎士が乾杯に混じると興味深そうに皆が描いた絵を眺めた。
「ふむ、綺麗であるな〜冬の都は寒さが厳しくとも、その峻烈さが美しいであるな」
はるばるキエフまでやって来てみたのだ、と言う騎士はヤングヴラド・ツェペシュと名乗った。キエフに来たがまずは観光をしてみようと思った。しかしあまりの寒さに驚き、酒場に飛び込んで来たと言う。
「そうしたら素晴らしい絵を見る事ができたのだ」
きっと、これらはみんなにとって大切な光景なのだろ? ヤングヴラドはまだ震える体を温かな料理で暖めながらにっこりと微笑んだ。
冒険者ギルドではデビルと対決するような物々しい依頼が続いている。デビルが侵攻してくる話で酒場も街中も持ちきりだ。不安の影に心を暗くするのは市井の民に限った事ではないだろう。自分達の大切な光景を本当に守りきる事ができるのだろうか。
されど、熱く流れる冒険者の血が滾る。否、守りきれるかではない。自分たちが守るのだ。それは決して強がりではない。未来を紡ぐ意思である。
アンドレイの掛け声で何度目かの乾杯の声が響いた。ケリーが踊り、ヴィタリーが共に歌う。
「右も左も分からないから案内をヨロシク御願い致したいのだ」
夜が明けたら、とりあえず店と冒険者ギルドと王宮まで連れて行って貰えないかとヤングヴラドがヴィクトリアにお願いをしている。論理的に考えて必要があるのでしょうか、とヴィクトリアはしげしげと観察を続けていた。
ここにも、失いたくない光景がある。そうアンドレイは思う。急ぎ王宮に戻りキャンバスに刻み込みたい衝動に駆られるも、今はこの楽しい一時に浸っていたくて。
アンドレイはキーラにウィンクし、新しい杯を注文するのであった。