●リプレイ本文
●Scene1「寒風の吹く街」
聖夜祭も近いと言うのにキエフの街では華やいだ雰囲気をあまり感じる事はできなかった。食料品を取り扱う店には聖夜祭を祝うためのお菓子も並んでいるのだが店は閑古鳥が鳴いている。何より子どもたちが来ないのである。無理もない。デビルの侵攻が伝えられている昨今、人々は皆、家に閉じこもっているらしい。何より、何が起こったのか、そして起こるのかが知りたかった。戦いが始まるらしい。物々しい出で立ちをした戦士が街を歩いている。
そんな日々の中、不安に押しつぶされそうになる住民達が目にしたのは愛くるしい絵が溢れている告知であった。見ると人形劇の案内である。元々娯楽の少ないキエフでは収穫祭を除けば人形劇の公演は珍しい。必然、人々の口に話題が上がった。
「ちまっと歌劇団ねぇ」
「あ。僕このおねえちゃん知っている!」
「歌に人形劇ね。子どもたちは遊ぶことさえできなくて不憫な想いをさせているからみんなで行ってみましょうか」
子どもたちには久しぶりの笑顔が戻った。
●Scene2「ちまっと舞台の準備中」
『ちま』。二頭身デフォルメ人形にして愛くるしいその姿を嗜好する冒険者は多く、世界中に愛好者がいるとも言われている。今回はちまを使い歌劇を演じることで人心が荒廃したキエフの人々に夢と希望を思い出して貰うのが目的でここに歌劇団が結成されたのである。その名も「ちまっと歌劇団」。
「歌劇の内容はどうしようかなのだ〜。サンタさんのお話を元に、みんなが幸せになるようなお話にできたら素敵かなぁ〜〜なのだ」
例えばデビルに困らされている人の元へサンタが現れ『夢』や『希望』を象徴するような贈り物をするのはどうだろう、と玄間北斗が舞台を組み立てながら筋書きを考えている。何しろ準備期間が一日である。舞台準備に台本作りと非常に忙しいのだがそれさえも楽しんでいるようだ。
「お話は、僕もサンタさんのお話賛成デス。可愛くてほんわかなおはなしにしたいデス〜」
ラムセス・ミンスがその案に手を上げる。
「玄間さんのお話を軸にして、キエフを囲んだデビルさん達、そしてサンタさん率いる僕たち冒険者軍団が登場するのデス。キエフの人が抱える悲しい事を助けてあげて、プレゼントして、最後にデビルさん達が浄化されたりとかどうデス?」
「えーっと、その流れだとサンタさんや冒険者が何かしてくれるのを待っている受け身なかんじがするので、自分から動いた結果幸せになれる様な形の方が良いのではないかと思うのですが?」
フィニィ・フォルテンが首を傾げる。受身でいても幸せが来る、という夢のような話には違和感がある。
それまでミィナ・コヅツミが所持する2体のちまのうち「トナカイちま」を見つめながら腕組みをしていた以心伝助が「それでやしたら」と筋を提案した。
「まず、ミィナさん扮するトナカイさんが悪魔の手下になっちゃって大暴れするっす。そこにサンタさんがやってきて『悪魔からトナカイさんを救ってくれないか』と観客に頼むっす。そして皆一緒に聖なる歌を歌うんでやす。で、人心の荒廃が大好きな悪魔さんには凄ーく嫌な状況にして『こんな所にいられるか!』みたいに帰っちゃう‥‥」
なるほど、とミィナが手を叩く。
「あたしはOKですよー、あたしも悪役というかイタズラっ娘の役柄とかは楽しそうですし」
ミィナはそうとなれば、と自分のトナカイちまに舌を出せるようなギミックを付ける細工をし始めた。フィニィは手先も器用にちま用のサンタの衣装を作り上げて行く。
「こんな感じでいかがっすか?」
手先の器用な伝助は悪魔界に存在するという山羊、レヲなるどを模した『まるごとレヲなるど』を参考にして『レヲなるどちま』を作り上げた。
「あたいはどんな配役をしたらいいだろ?」
うーん、と悩む明王院月与にミィナが助言する。
「明王院さんは動物や植物好きな女の子で良いんじゃないですかね。ちまトナカイが荒らした花壇を修繕するとか、動物さんが見つけた手紙のお届け主を教えてあげるとか」
てへ、っと月与は照れる。
「じゃあ僕はわんこさんちまを操って明王院さんと一緒に出るデス」
ラムセスは「ちまは作らないといけないデスが」と言うとミィナが作成の手伝いを申し出た。。
「おいらはサンタさんの呼掛けに応えた冒険者って形で、困った人たちに親切にして回る役をしようかな? なのだ」
たぬきの着ぐるみを着た冒険者を模した「たれたぬきちま」を完成させて北斗が微笑む。
「ならば俺はトナカイに悪戯される者を演じよう」
きりっとした表情で手先を動かすのはシフールの飛天龍である。手元には愛くるしいシフールにしてちまなんばー45、ふたつ名『つんつんちま』がある。
「シフール飛脚便の鞄、それに手紙が必要だな。悪戯されてばら撒かれるんだ。それとお菓子も必要だ」
「お菓子、ですか?」
集まったみんなが不思議そうな顔をするも天龍は熱のこもった眼差しで「そうだ」と答える。
「聖夜祭と言えばお菓子だろう」
天龍は持参来た調理セットを取り出すと手際よく焼き菓子をこしらえてしまった。サンタにトナカイ、ツリーの形の焼き菓子が見る見るうちに焼き上がっていく。それが終わるとちまに持たせる鞄や手紙を器用に作ってしまった。家事に関して超越的な技能を持つ天龍の技に皆、目を丸くする。
「手伝いが必要なら遠慮なく言ってくれ」
こうして準備は滞りなく進んで行った。天龍が作った焼き菓子を試食しながら作業は楽しく進み、舞台衣装を纏った7体のちまと舞台セットが完成した。
「じゃあ、開演だね」
扉を開けると中の様子を伺っていた子供たち、そして親たちが入ってくる。どことなく疲れ元気がない親たちや少し沈んだ顔をしている子どもたちもいる。今一度みんなで輪になり舞台の成功を誓ったのであった。
●Scene3「ちまっと歌劇:うたのおくりもの」
「俺は天龍。シフール便をみんなに配るのが仕事だ。手紙を待ってる人の為に今日も頑張るか」
舞台中央に『つんつんちま』ことシフールのちまが登場する。操るのは天龍である。
「おや、落ちそうな葉っぱが。俺は気になる物があるとつんつんしたくなるんだよな」
舞台にある葉っぱをつんつんと突くと、場内の子どもたちがくすくすと笑った。そこへ舞台袖からトナカイちまが現れる。操るのはミィナである。「トナカイさんだ!」と子どもたちが喜ぶが、トナカイは子どもたちに向かって「べえ」と舌を出す。
「おや、あそこにはたらいているシフールがいるでち。ふん、おしごとなんかイヤでち! じゃましてやりまち!」
子どもたちが一斉に「トナカイさん、どうしちゃったの?」と叫び天龍に向かい「うしろ、うしろ」と注意するも天龍のつんつんちまは気が付かない。トナカイちまは手紙が入った鞄を奪うと中の手紙をばら撒いてしまった。
「だ、大事な手紙が…」
つんつんちまは慌てて手紙を拾い集める。そして怒ってトナカイちまに向き合う。
「拾うのを手伝うなら許してやるぞ」
怒るつんつんちまをからかうように舌を出すトナカイちま。喧嘩になりそうな雰囲気に小さな子どもたちはびくっとしている。そこへラムセス扮するわんこちまと共に月与が操る女の子のちまが歌を歌いながら登場してくる。手にはジョウロを持ち、舞台に作られた花壇に水を注いで行く。
『お花ってね、辛い冬を耐え忍んだから、綺麗な花を咲かせるんだよ。皆が優しい気持ちになれるとっても綺麗な花を』
『歌おっ、希望を紡ぐ幸せの歌を。傷付いた心を癒す、希望の歌を』
歌を歌い終わると月与のちまはトナカイとつんつんちまに向き合った。
「まあ、これは一体何があったの」
驚く月与のちま。ラムセスのわんこがトナカイを吠え立てる。だがトナカイは月与のジョウロを取り上げると、ぽい、と捨ててしまう。そして月与が手入れした花壇に入ると地面を蹴り上げて荒らして行った。
「ふん。なにがおはなだ。おはななんかじゃまっけでち!」
「まあ、そんなひどいことをしちゃだめよ」
その時、ちょっと待つのだ〜! と、颯爽と現れる影がある。狸の姿をしたその名も「たれたぬきちま」。操るは北斗である。
『そんな悪い事ばかりしてちゃ駄目なのだぁ〜〜。人に親切にする事、優しくする事…それは心の奥からの大切な贈り物なのだぁ〜』
歌いながらトナカイちまに向かいあう。つんつんちま、月与のちま、たれたぬきちまに囲まれたトナカイちまは「べー」と舌を出すとそのまま消えてしまった。
「シフールさん、だいじょうぶ?」
月与とラムセスわんこは手紙を探しまわり天龍のちまに渡して行く。観客の子どもたちからも「元気をだしてー!」の声がかかり、つんつんちまは元気を取り戻した。
「あのトナカイさんはどうしちゃったのかしら?」
酷い事をされたのに、それでも恨む素振りを微塵も感じさせずに月与のちまは首を傾げた。そこに真っ赤な服を着て大きな袋をもつ「あの人」が登場して来た。場内の子どもたちは騒然とする。中には立ち上がる子さえいる。皆がその人の名を呼んだ。
「サンタさんだ!」
フィニィが操るサンタちまが舞台中央に登場するとつんつんちまや月与のちまに頭を下げてトナカイの非礼を謝った。その上で話を続ける。
「毎年、一緒にプレゼントを配っていたお友達のトナカイさんが、デビル達に唆されて悪い子になってしまったのです」
「それは大変。どうしたらいいの?」
月与のちまの問いにサンタちまが優しく答える。
「トナカイさんは夢と希望のこもったみなさんの歌を聞けばきっと元に戻る筈です」
観客の方に向かいにっこりと微笑む。
「どうかみなさんも力を貸してくださいね」
サンタちまが耳に手を当てる仕草をすると観客席からも「わかったー!」「わたしもお歌、歌うー!」と返事が返ってくる。
「悪魔と戦うのならおいらも力を貸すのだ〜」
たれたぬきちまが「おー」と声をあげる。こうしてたれたぬきちま、月与のちま、わんこちま、つんつんちま、それにサンタちまはトナカイの後を追い舞台の袖に消えて行った。
そして舞台が変わるとトナカイちまは山羊の姿のちまと向き合っている。
「われはあくまヤギ『レヲなるど』、わるいことはたのしいぞ〜」
いかにも愉快であるようにレヲなるどちまは「けけけ」と笑った。操るのは伝助である。
「にんげんよ〜。もっとかなしめ〜 もっとにくめ〜。そしたらわれはもっとつよくなれるんだ〜」
観客席の子どもたちに向かい両手をあげる。ミィナのトナカイちまもそれに倣って子どもを脅かしている。
「まちなさい!」
その時、舞台の裏から声があがった。次々と舞台中央にちまが現れ勢ぞろいする。
「デビルめ、思い通りにさせないのだ〜!」
たれたぬきちまは掛け声をあげるとデビルに向かって突進して行った。
「俺も戦うぜ」
つんつんちまも加勢をする。
「おのれ、こしゃくな冒険者め」
デビル、レヲなるどが応戦し会場が一気に湧き上がった。
「今のうちにトナカイさんをたのむのだ〜」
サンタちまがトナカイちまに一度向き合う。そして静かに歌を歌い始めた。神の御業を讃える歌が静かに場内にこだまする。その歌に合わせて月与のちまが合唱を始めた。ラムセスもそれにあわせる。つんつんシフールも、たれたぬきも一緒に歌い出した。観客たちからも歌が響く。歌は大きな波動となり、ここにいる皆がひとつになれた気がした。
「や、やめろ、『やさしさ』や『きぼう』なんてだいっきらいだー!」
デビル・レヲなるどちまは耳を塞ぎ苦しみ出す。トナカイちまはまるで金縛りにあったように呆然と立ち竦むのみである。「でびるになんかまけないぞ!」「みんなでたすけあうんだ!」立ち上がった子ども達に親も一緒になり声援を送った。レヲなるどちまはばたばたと身もだえながら退場する。
「ふん、きょうのところはひいてやる! けどここがまたあれほーだいになったら、いつでももどってくるんだからな!」
「そんなことにならないよー!」の掛け声が観客から掛かる。そして舞台は大団円を迎えた。舞台中央では改心したトナカイちまがサンタちまに抱きついている。
「ごめんなちゃい…ごめんなちゃい…! あたしもちゃんとがんばる!みんなとなかよくしまちゅ!」
一斉に拍手が沸き上がる。観客の瞳には希望の光が蘇っていた。
●Scene4「カーテンコール」
観客の間を天龍が飛び交い、子どもたちにお菓子をプレゼントしている。出演した皆も手にちまを抱きながら挨拶を行った。ちまに「ばいばい」「またね」と手を振る子どもたちを見送り、冒険者は思う。明日の事は分からない。でも、あの笑顔を絶やす訳にはいかない。この大地には希望が溢れていなければいけないのだ。
決して希望を諦めてはいけない‥‥
優しい気持ちを、共に手を取り合い助け合う心を‥‥人を信じる事を‥‥
一人一人が幸せになる努力をし、心に宿る悪い心に負けない事を‥‥
北斗が即興の詩を詠じた。皆はそれぞれに想いを新たにし、再び冒険者に戻り帰って行くのであった。
(Fin)