神が創りし造形
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:谷山灯夜
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月19日〜09月24日
リプレイ公開日:2008年09月26日
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●オープニング
風の冷たくなる季節をいよいよ迎えようとしているある日のこと。
冒険者ギルドの受付は、ちょうど休憩に入ろうとしていたところを呼び止められて内心不機嫌ではあった。
「すまんの、忙しいところを」
朴訥そうな男性は、既に初老の域と言っても構わない年齢に見えた。
「いえ、とんでもありません。それでどのような依頼でお見えになったのでしょうか」
少しでも早く仕事を片付けるのが懸命と思い、受付は依頼主の男性の話を促す。
実は、と語りだした男性の話は、俄かには信じられない内容であり、受付は次第に話に引き込まれて行く自分に気が付いた。
「で、結局この依頼は洞窟を探検するだけ?」
冒険者ギルドに仕事を求めに来た一人の冒険者が受付に声を掛けた。
「探検するだけって‥‥。ひょっとしたら大発見とかあるかもしれないのですよ!」
興奮を抑えられないように受付が熱っぽく語りだす。
そう言えばこの子、熱くなったら話が長いし離してくれないんだったっけなぁ。
やれやれ、と思いながらも受付の話す内容を要約してみた。
依頼主は崖から足を滑らせ落ちた事があったそうだ。
幸い怪我も無かったので元の道に戻ろうとすると、崖に人一人が通れるくらいの洞窟を見つけた。
それから数日後にふと気になり、洞窟の中に入ってみることにした。
すると緩やかに下る傾斜の穴は、すべて磨かれたような石で出来ていた。
ゆっくりと滑らないように足元に気を付け前に進む。
進むごとに洞窟の内部はより複雑に、より美しい姿を見せた。
しっとりと濡れた石が光る姿は、神が創った物にしか思えない造形の美であった。
石で出来た氷柱、石で出来た巨大なテーブル、石で出来た巨大な椅子。
ここは本当に神が住む家なのではないか?
依頼主は畏れつつもこの芸術に魅了された。
だが。
「男性が言うには。入り口から進んで行くと急に大きく広がった、まるで大広間のような場所があるそうなのです。そこは本当に神秘的で美しい場所なのだそうで! しかもそこはまだ行き止まりではないようで、奥の方でそそり立つ石の上に横穴が開いているそうなのですが!なんとそこにはバットが棲みつき、近寄ると襲ってくるため‥‥。結局それ以上は前に進めなかったそうなんです。何度か挑戦したのですがやはり駄目だったとか。そうこうしている間に齢をとった事に気が付いた男性がギルドに依頼を出した、のです!」
そこまで言い切って受付は息を整えた。
「つまり、男性に代わってその洞窟の奥には何があるのかを調べて欲しいんです!」
目を爛々と輝かせる受付に軽く目をやる。そう言えばこの子、彫刻や絵画とか芸術が絡む依頼の時は妙に熱っぽく語るんだったなぁ、と周囲に居合わせた冒険者達が肩をすくめた。
「あ、そうでした。依頼主の男性からこれも言い付かってます。もし、何か特殊な光景が発見できたら発見者にちなんだ名を付けさせて貰っても構わないだろうか、との事でしたよ」
わたしが行けたら良いのにぃ、と身を捩じらせながら語る受付に、再び皆はやれやれ、と肩をすくめ合った。
●リプレイ本文
集まった冒険者たちの手をひとりずつ握りながら、依頼人である初老の男性は謝辞を繰り返す。ごつごつとした手と木訥とした話し方が彼の誠実さを物語っているように思えた。
「それで洞窟の中のことですけど、岩肌の色とか内部の形とか詳細を教えては頂けないかしら?」
手をぎゅっと握りかえしながらチュチュ・ルナパレス(ea9335)は尋ねる。
「アタシもぜひ聞いておきたいわね」
マティア・ブラックウェル(ec0866)が机に羊皮紙を広げて会話に加わる。
記録用に羊皮紙を買う事を考えていたマティアだが、依頼人の方から分かった事があれば書いて欲しいと切り出されたのである。
それ程質の良い羊皮紙ではないが、その中の一枚には入り口から「大広間」と彼が名付けた地点までの間が何度も炭で上書きされながらも事細かく書き込まれている。
その、広げた羊皮紙の上でエレメンタラーフェアリーが羽ばたきながら腕を組み覗き込んでいる。名をデメテルと言う。マティアが「メェ」の愛称で呼ぶペットである。
目の前を上下するデメテルを一向に気に留めず、ヴィタリー・チャイカ(ec5023)は地図を見ながら思案する。
「これによるとバットが出てくる横穴は、少し高い位置にあるようだな」
依頼人は頷き、羊皮紙を指差しながら話を始めた。
岩肌の色は最初は白亜で徐々に乳白色や黄色みがかり光沢を帯びてくる、バットの出る横穴は人の背丈の3倍強くらいの位置で、灯りを向けない限りはやつらも襲っては来ない、そしてその横穴の近くで彼方から水の流れる音を確かに聞いた、など。依頼人は説明を重ねた。
準備を整え「期待していてねー!」と男性に手を振り、3人はギルドを後にする。
天気に恵まれ、宿営を早めに済ませた彼らは次の日、まだ夜が明ける前に移動を開始し、日が高くなる前には洞窟の入り口を発見する事ができた。
「きっと、夕方になる頃まではバットも眠っていると思うわ」
そう言うとチュチュはランタンに灯を点け先頭になって洞窟の中に入る。
「神が創りし‥‥と言える光景か。どんな物が見られるか楽しみだ」
先に進むごとに下への傾斜になる洞窟を慎重に足を選びながらヴィタリーは暗がりの奥へと視線を移す。始めはただの砂岩でしかなかった岩も奥へ進むにつれて岩肌の色が変化していく。段々と乳白色へ。透けるような美しさへ。殺風景でしかなかった石達が、きめ細かで滑らかな質感を帯びてくる。
「なに、ここは!」
先行していたチュチュの声が、洞窟内に反響する。
「大広間」と名付けられたその空間。
ランタンに照らし出されたのは遙かに見上げる天井から無数の氷柱が伸びていた。
否。洞窟内部の温度は寒さは感じさせない。
つまりあの氷柱は氷ではない?
3人は顔を見合わせる。あれが、全て石で出来ているというのか?
「これって、本当に、神様が創った物じゃないの‥‥?」
呆然として立つチュチュの横でヴィタリーも嘆息する。
さらに驚く事に、氷柱のような乳白色の石の下で乱立しているのは石像、あるいは彫刻にしか見えないものが乱立していた。
それは人の姿に見える像でもあり、石柱が重なり合って祭壇にしか見えない物もある。
規則正しく積み上げられた石の燭台のような物も存在する。
ただ、一つだけ言えるとしたらこれを創れるのは人では無理である事。
「見上げるだけでも圧倒されるわね」
自分の背丈の倍を超える石柱を見上げマティアは呟く。
人が作るには、あまりにも巨大、あまりにも無数、そしてこの暗闇の中でそれらはあまりに美しく創られていたのである。
もしかしたら人が触れてはいけない物では。
畏敬の念が脳裏をかすめるも、未知なる物への探求心がそれに勝るからこそ冒険者であった。交わした契約を完遂する矜持があるからこその冒険者であった。
やらねばいけない事がある。
大広間を中程まで進んだ先にあった平らな場所にテントを設営し、周囲を警戒しつつ探索を行う。
ヴィタリーがレミエラを使い感覚を研ぎ澄ませ、マティアのバイブレーションで探りを入れた結果は、やはりバットが棲みつく横穴の奥から僅かだが水の音と振動を感じた。
行くしかない。この先には何かが必ずある。
「みんな、用意はいいか」
ヴィタリーはたいまつに火を移した。チュチュは持ち込んだ毛布を石の柱の間に張った。その後ろに位置するマティアは、詠唱の体勢に入っている。
「行くぞ!」
ヴィタリーの手が横穴の正面へと伸びる。
すると甲高い声が上がった。同時に夥しい黒い影がこちらへ向かって伸びてくるのが見える。
だが、機先を制した冒険者の優位が数の優位に勝った。たいまつの下へと攻撃しようとしていた影が、急に落下する。
神の住処に朝来る
地に立つ者は勇気に目覚め
逆さに舞う者は眠りを刻め
チュチュの澄んだ歌声が響く。
その炎の赤を映す目が見据える先には、ヴィタリーの灯すランタンに映すバットの影がある。それを、シャドウバインディングで拘束していく。
一方のヴィタリーは巧みにたいまつを操り、バットを叩き落とせないまでも集団を一点へと集める事に成功させた。
「準備はいいぞ、頼む!」
たいまつを高く放り投げ、暗闇の彼方に合図を送った。
「みんな、下がって! いっくわよぉっ」
障害物として張られた毛布の後ろから、マティアの声が響き渡った。
暗闇の中にレミエラの光点が輝き像を結ぶ。
その瞬間、空間を歪める波動が走った。
グラビティキャノン!
レミエラの効果で円錐を描くように張られた重力波が集められたバットの集団を捉えた。半数が突き出した地面へと叩き落とされる。残りも痛手を負い、そして洞窟の入り口へと逃げて行った。
「これで全部か?」
ひとまず、安全を確かめた後、ヴィタリーはミミクリーでフクロウに変身した。デメテルと一緒に飛び立ち、ロープとランタンを掴んで横穴へと入っていく。
するすると引かれていくロープが不意に動きを止めた。
チュチュとマティアに緊張が走る。が、再びロープが小刻みに揺れると、くいくい、と二度ロープが揺れた。合図である。
クライミングに長けるチュチュが先に上がり、マティアに結わえたロープを引きながら慎重に壁を登り横穴を潜り抜ける。
「わぁ‥‥」
登りきったチュチュが感嘆をあげた。後ろから来たマティアも同じく声を上げる。
「メェ、これは、何なの?」
戻ってきたデメテルに声を掛ける。デメテルはマティアの周りをはしゃぎ踊っている。
ランタンに照らされているのは地の中に在るはずのない光景。
緑色に光る湖がそこには在った。
「灯りもないのに、なぜ」
チュチュの声が静寂を破る。
「光っているんだ。水の側で、あの苔が」
運んで貰った服に袖を通しながらヴィタリーが暗闇の中から現れた。
「苔ですって? ならアタシに話をさせて」
マティアはヴィタリーに導いて貰い、光る苔へとグリーンワードで話しかけた。
「ここはどこ? ここに人はいたの? 何か生き物はいるの?」
「水辺、飛ぶ物」
問いへの応えはあるも、どうも話がかみ合わない。
飛んでいたのはバットであろう。「人」という言葉も意味不明のようだ。
ならば、と思いマティアは聞き直す。
「アナタ達はどこから来たの? まだ先はあるの?」
「滝」「川」「上」
一斉に応えが返る。が、意味する事は一つである。この苔達が産まれた場所がまだ先にある、と言う事。
残りの油を確かめると既に11個を使い切っていた。帰りを考えれば予備に用意した油の分の時間しか活動はできない。
光る苔を追い、湖の周囲を調べて行く。苔に照らされた湖水は翡翠のように輝き、波も立てぬ湖面は鏡のようである。
辿って歩くうち、ひときわ苔が密集している石の壁を見つけた。音も立てず水が湖へと流れている。この水はどこから来るのか。ランタンで上を照らしてみる。水に濡れつるつるとしている岩の壁は、上で切れているように見えた。
「今度は、崖を登るのか。気味が悪いだろうけど」
ヴィタリーが両手を前に出すとどんどんと伸びていく。ミミクリーによって伸ばした手でロープを岩の突起に巧くかける事ができた。
「じゃあ、あたしが登るね」
チュチュがロープを頼りに登り、突起を両脚で挟みながら皆を引っ張り上げる。それを何度か繰り返し、遂に滑る岩肌を登り切った。
そして視界に入る景色は。
幾筋もの水の糸。
それを静かに受け止める湖面。
放射状に伸び、行く先も見えず解らぬ川。
それらをうっすらと照らし出し光る苔の群生。
儚くも消えそうなまでの光に浮かび上がるもの全てが、黄金に輝いて見えた。
言葉を、失った。
地のウィザードであるマティアは、周囲に大きな精霊の存在を感じる。
チュチュの頬には涙が走る。
ヴィタリーはただ沈黙を守るのみである。
そして3人はなぜ依頼主の男性が危険があるにも関わらずこの洞窟に惹かれるのか解る気がした。
ここは、遠い遠い昔に自分が体験した記憶を蘇らせるのだ。
ほのかに暖かく、荘厳さと神秘さの中に包み込む優しさが存在する。
そう、まるで母に包み込まれたような。そんな安堵を覚えさせるのだ。
目を閉じ耳を澄ませば聞こえるのは、大地を血流のごとく走る水の調べ。
それはまるで、母胎で聞いた鼓動を想起させるのだ。
そして冒険者達は、静寂の中無言でその地を後にした。
ギルドに戻った彼らの話を、依頼主は感慨深げに聞き入った。
マティアから受け取った羊皮紙を広げ「大広間」の、更にその先の地形を刻み込んでいく。
時間を掛け、時に冒険者と話し込みながら丁寧に記していく地図には、「ヴィタリーの池」「マティアの川」「チュチュの滝」と。
柔らかな字体で書き込まれていった。