【聖夜祭】パーティー・オブ・パーティー

■イベントシナリオ


担当:谷山灯夜

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月25日〜12月25日

リプレイ公開日:2009年01月03日

●オープニング

 あなたは冒険者ギルドに入るなりポンと背中を叩かれた。
「な、なんだ?」
 慌てて横を見ると宮廷絵師であるアンドレイ・サヴィンがにこにこと微笑んでいるではないか。手には布が張られたばかりのような真っ白なキャンバスを抱えている。
「ねえ、キミ。聖夜祭の予定はある?」
 聞きようによっては大変失礼な質問でもある。が、それを失礼とも思いもしないのがアンドレイのアンドレイたるところなのかも知れない。
「実は縁がある貴族の別荘を聖夜祭の一夜だけ借りる事が出来てね。折角だからパーティーを開きたいと思っているんだ。戦いの中にも心の余裕って必要じゃない? みんなで料理を作って、音楽を奏でて素敵な衣装を身に纏って、それで踊るんだ。どうだい、楽しそうだと思わないかい?」
 楽しいかどうかは別としても、戦い抜くためにはメリハリがあっても良いかも知れない。そう考えたあなたは、ふと一つの疑問が沸き上がった。
「ところで俺たちがパーティーの準備をするのは良いとしてアンドレイは何をしている訳?」
 アンドレイはきょとん、とした顔をしてから真顔で答える。
「え? 絵師が絵を描く以外の事で何か役に立てる事ってあるのかな?」
 あるなら喜んでするよ! というアンドレイの申し出を丁重に断って、あなたは買い出しや会場設営や楽士厚めなど、必要な事前準備のリストアップを行うのであった。

「あ。そうそう。言い忘れていたけどエールやワインのお酒にキャベツと豆と、あとソーセージに燻製の羊肉と鱒なら食品保管庫にあるんだって。それなら好きに使ってもいいそうだよ」

●今回の参加者

沖田 光(ea0029)/ ジェラルディン・テイラー(ea9524)/ オリガ・アルトゥール(eb5706

●リプレイ本文

●会場設営
「聞いていた以上に広いお屋敷ですね」
 50人は入る事が可能、と聞いていたオリガ・アルトゥール(eb5706)は目を見張った。
「会場はなるべく煌びやかになるよう設営しないといけませんね。こういうときこそ設計技能を活かすチャンス!」
 照明の配置を確認し実際に灯りを点してみる。光の角度を測定すると瞬時に計算を始めた。学究の道に携わる者として心踊るものがあった。
「オリガくん、これはどこに置いたら良いのかな?」
 いつものように少し間延びした物言いでアンドレイ・サヴィンが宮廷から運び出してきた美術品や装飾品の数々をどこに置けば良いのかオリガに尋ねた。
「そうですね。光の反射角を計算すると、右に7.2センチメートル移動して貰えますか?」
「7.2センチ。了解だよ」
 羊皮紙に書き込まれた設計図に即時に計算式と数値を書き込むオリガと、数ミリ単位での指示をさも造作も無く配置して行くアンドレイ。共に設計と美術を学ぶものであるので、寧ろ「適当にその辺に飾っておいて」などと大雑把な指示をされる方が困る性質なのかも知れない。
「なんだか大変な事になっているね」
 料理をするための材料を抱えながらオリガとアンドレイの微細な作業に呆気にとられているのはジェラルディン・テイラー(ea9524)である。
「ジェラルディンさん、来て頂けたのですか」
 ジェラルディンが抱えている荷物を見て、慌てて受け取り運ぶのを手伝う沖田光(ea0029)であった。
「光、今日は誘ってくれてありがとう」
「いえ、僕の方こそ光栄です‥‥」
 明るく微笑むジェラルディンと少し照れたような光が好対照であった。アンドレイは一種の癖なのだろう。両手の親指と人差し指で四角くフレームを作りジェラルディンと光の有様を構図に収めようと覗き込む。
「‥‥。アンドレイ。手が止まっていますよ」
 オリガの注意を要約すると「邪魔するものではないですよ」となる。芸術家という職業はそもそも一般常識をどこまで理解しているのかから疑わないといけないからである。とは言え設計図に集中しているようにしか見えないオリガの口元にもほんの僅かだけ微笑が浮かぶ。
「よき聖夜祭になるといいですわね」
 オリガの金の長い髪が揺れる。
「誰にとって、と尋ねても構わない?」
 アンドレイは指で作ったフレームを今度はオリガに合わせていた。
「皆にとって、です」
 そこまで言ってからアンドレイの視線に肩をすくめてオリガは言い直す。
「私には娘がおりまして。嫁いだので今は離れていますが‥‥。今日は娘と会った日でもあるのですよ」
「そうでしたか。じゃあボクからもオリガくんのご息女によき聖夜祭が訪れている事を願わせて貰うね」
 ありがとう、とだけ言ってから暫くオリガは考え込んだ。今日は聖夜祭、クリスマスである。家族が集い主に感謝を行う聖夜。家族として出会い共に過ごせた日々に感謝を分ち合えるのは貴重な時間と思えたのである。

●食料庫
「ところで光はなにか食べたいものはあるの?」
 光に運んで貰った材料をキッチンに並べた後で光とジェラルディンは更に食料庫の中に何かないか探しに行くことにした。食料庫はキッチンから続く地下にあった。備え付けのランタンを手にジェラルディンが先に進み光が後を追った。いつも酒場で働いているジェラルディンは今日もそのままの姿で現れた。頭巾で覆っている頭から、長く白い髪が溢れて揺れている。ランタンに照らされるジェラルディンの美しさに光はどきっとする。光とジェラルディン以外は誰もいない地下室で隣り合い食料を集めている今なら、高鳴る心音がジェラルディンに聞こえてしまうのではないかとさえ光は案じてしまう。
「食べたいものあったら言ってね‥‥。あ、でもどちらかと家庭料理の方が得意、かな?」
「好きです!」
 あっ、と慌てて光は言い直す。
「あの、その、家庭料理が、好きなんです」
「そう、良かった」
 ジェラルディンの微笑みにどきどきしてしまう光であった。
「肉と魚があったわ。肉はローストして魚は油でフライにするわね。後はパンを焼いて、その内の半分をプディングにするけど、そんな感じでいいかな?」
 イギリスの家庭料理の数々を説明しながら、ジェラルディンは光の手を引きキッチンへと戻る。ここが暗闇でよかった。紅潮した顔が今なら分からないだろう。触れた指先が炎のように熱く光は感じた。ロシアには絶世の美貌を持つ王妃がいる。しかし働き者の手を持つジェラルディンは、この世界の誰よりも美しいと光は思うのだ。

●聖夜祭〜会場
 オリガ監修の設営が完了して2人が一息入れていた時、小刻みな足音と元気な声が聞こえてきた。
「おまたせー! 料理できたよ」
 扉が開きジェラルディンと光が次々と料理を運んで来た。会場に用意された立食のテーブルが豪華に彩られていく。
「これは美味しそうだね! 早速頂くとするよ」
 4人にアンドレイの友人も交えてまずは主に一年の息災と今宵この場に皆が集まった事へ感謝の祈りを捧げ、一斉に祝杯を掲げた。
「ロシアの未来と」
「イギリス、そして祖国ジャパンへと」
「美味しく食事をできることへ」
「みんなの活躍に」
「乾杯!」
 グラスの澄んだ音が響き渡った。食事は楽しく進み酒も入る。ジェラルディンがきびきびと酒を運び、料理を並べる度にイギリスの伝統料理について教えてくれた。
「美味しいです、ジェラルディンさん」
「うーん。スィリブローのキーラくんよりも上かも‥‥」
 光とアンドレイは次々に皿を片付けていく。少しは遠慮するものですよと、口の周りを汚しているアンドレイをオリガは笑いながら窘めた。
 ジェラルディンの料理のご相伴に与った楽士たちが謝辞を述べながら席に戻り、演奏を再開する。まず初めに緩やかに、そして次第に軽快なテンポへと変化をつける。
「アンドレイ、踊りましょう」
 こういう事は楽しんだ者が勝ちなのですよ、とオリガが微笑んだ。
「これはしたり。レディの口からお誘い頂くなどアンドレイは不肖者。サヴィン家の伝統に泥を塗る事になるよ。改めまして。レディ、ボクと踊って頂けませんか?」
 アンドレイはオリガの前で一礼をする。
「よろしくてよ、アンドレイ」
 オリガはくすくすと笑いながら差し出された手を取る。2人は一度見つめ合うと音楽に合わせて大広間の中央へと足を進めた。オリガのドレスが揺れると光が揺れる。
「素敵な演奏。それにアンドレイもステップがお上手」
 オリガの口元が微笑みを浮かべた。
「素敵なのはオリガくんの監修の方こそだよ。ボクは圧倒されたね。素晴らしいよ」
 演奏に合わせて光が踊る。燭台の炎の揺らめき、弾かれる弦。揺れるドレス。影がより光を強調し、光は影を美しく見せる。それは生きている芸術であった。
「オリガくんは宮廷の芸術家としても食べていけそうだね。楽しい夜をありがとう」
「ありがとう。私も楽しいですよ」
 踊りながらオリガは胸の内をアンドレイに語った。
「この後。娘に会いに行こうと思います。こんなにも聖夜祭が楽しいから」
 うん、とアンドレイは頷く。
「大切な人と楽しい夜を」
 踊って頂き感謝を申し上げます、とアンドレイはオリガに深く頭を下げた。

●聖夜祭〜星降るテラス
「寒いね、光」
 息も凍ってしまいそうだよ、とジェラルディンが笑った。星が今にも降って来るような澄み切った空が見えた。
「寒いけど、綺麗ね。イギリスは曇り空の方が多いから」
 空気が、まるで塊のように動かずじっとそこにあるようだった。風も動きを止めている。本当に静かだった。ただ耳の奥にさらさらと何かが聞こえてくる。この地では星の囁きとも言われている。水のウィザードのオリガなら見る事ができるのだろう。囁いているのは実は星ではなく、氷の結晶となり降ってくる水の精霊達が囁いている事を。
「今日は星がよく囁いているね。何を話しているんだろうね」
 くるりと振り返るジェラルディン。月に照らされている姿は美しい一枚の絵であった。
「本当に綺麗な‥‥。いえ、星空ですね」
 ジェラルディンの大きな瞳に吸い込まれそうで、光は一度目を逸らす。
「あっ、そうだこれを」
 光は高鳴る鼓動を必死に抑えながらも意を決して後ろに隠していた包みを前に差し出した。
「西洋では大切な人に贈り物をする日だと聞いたので」
 綺麗な包みにリボンが掛けられているそれを、ジェラルディンに再び差し出す。『大切な人』という言葉が意外なほどすんなり口から出た事に、光自身は気が付いていなかった。
「え‥‥。あたしがもらって良いの?」
 当然、その言葉を受け止めたジェラルディンは少しだけ困惑しながらも。
「ありがとう、光」
 丁寧に包みを開けてみる。
「あ‥‥」
 解いた小箱の中からは髪飾りが出て来た。きっと光はこれを随分と探し回ったのだろう。白いジェラルディンの髪によく似合いそうな髪飾りであった。
「うれ、しいよ、光」
 胸が、すこしきゅんとなった。髪飾りをつけて見せたら光は喜んでくれるのだろう。でも‥‥。
「あ、あとで、家に帰ってから。ちゃんとした、綺麗なドレスを着てから、付けさせて貰うね!」
 ジェラルディンの瞳から一粒、涙が溢れる。
「何かありましたか、ジェラルディンさん!」
「ううん、何でも。嫌だな、あたし。嬉し泣きなんて柄じゃないよ。まったく‥‥」
 手でごしごしと目を擦り、ジェラルディンは光に微笑んだ。碧の瞳が涙で赤くなっている。手を伸ばせば触れる位置にいながら、触れれば壊れてしまいそうな何かを。光はジェラルディンの中に感じた。守りたい大切な人と思った。世界中の誰よりも貴方が一番好きです、と喉元まで上がった。ただ、今はこの女性とこのまま同じ時を生きる事ができたことを、誰かに感謝をする光であった。
「もうそろそろお終いのようですね。折角ですから一曲、踊って頂けませんか?」
「えっと、酔っぱらいとバカ騒ぎしてるノリでよければ、お相手してあげるわよ?」
 にっこりと微笑みを返すジェラルディンは元のジェラルディンに戻っていた。その微笑みに光はどきっとしながらもジェラルディンの手を取り会場へと戻っていった。
 オリガを見送って行ったアンドレイが2人の登場に、再び指でフレームを作り構図に収める。指の中の小さな世界。その中には他には何もない。ただ楽しく踊るたった2人だけの世界である。