【黙示録】ネルガルの楔

■ショートシナリオ


担当:谷山灯夜

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:12人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月31日〜01月05日

リプレイ公開日:2009年01月10日

●オープニング

「‥‥ほう、人間どももなかなかやるということか」
 一時の攻撃を退けた地獄の門の前。三つ首の魔犬ケルベロスは憎々しげにつぶやいた。
 冒険者たちの連続しての妨害に、地獄の門からの増援は滞りなく行われたとは言い難い。彼の獅子の大公であろうとも、予定が変わっては苦戦はせずとも、一瞬の隙ができるかもしれない。
「忌々しいことだが、念には念を入れるとしよう‥‥」
 そうして、3つの口端が大きく歪む。
 それとあわせて、気がつかないほどの動きで、本当に少しずつ、門が揺らいでいた。
「お前たちはこれから、ゆっくりと絶望を味わうことになる‥‥十分に、楽しんでくれ」
 その悪魔の声と哄笑の後ろでは、徐々に、地獄の門が閉じようと動きつつあった。


 キエフの近くに時空を歪め開かれた地獄への門へと通じる道から8体のデビルが出現した。巨大なインプの型。ネルガルの名を持つデビルである。
「閉じるまでの間死守せよ、だってよ」
「しかしこの地はアラストール様の支配下だろ。俺はあまり関わりたくないのだが」
「仕方あるまい。何もせずに帰った所でコキュートスに送られるだけだろう。存在が無くなるまで責め立てられるかあるいは討ち死ぬか、のどちらかかも知れぬな。ロシアには名の通った戦人もいると聞く」
 デビルの性格も色々であるが彼我の差を分析せずに突撃するのはインプかアガチオンくらいであろう。ネルガルは諜報の役目を請け負うデビルだけあり策略や奸知に長けている。死んでも守れ、と言われて意気を感じるような猪突猛進の輩とは異なる。
「まあ待て。我らは諜報を得手とする者であり逆に戦闘は不得手だがそれでも人間を嵌めるのは寧ろ楽しいではないか」
「とすれば策があるのか」
 ネルガルの一体が顔を歪めて笑みを浮かべる。
「策という程ではないが、ロシアには都合の良いアンデッドがいると聞く。ルサールカというが」
 溺れ死んだ彷徨う魂、ルサールカ。霧を纏い水系魔法に精通する霊魂であるが魔法以上に最大の特徴があると言う。
「なるほど。その力に我らの技を加えれば、楽しい戦になりそうだな」
 くっくっく、とネルガル達は口元を歪める。
「それだけ強い冒険者なら門を閉ざす事に協力して貰うのも良いだろう」
 味方に裏切りの行為が出れば士気も下がる事だろう。それは楽しいイベントのように思えた。

●今回の参加者

 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5929 スニア・ロランド(35歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6320 リュシエンヌ・アルビレオ(38歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8539 セフィナ・プランティエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 eb8542 エル・カルデア(28歳・♂・ウィザード・エルフ・メイの国)
 eb9943 ロッド・エルメロイ(23歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec0038 イリーナ・ベーラヤ(32歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0129 アンドリー・フィルス(39歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

貴白 百合(eb2856

●リプレイ本文

「8体もいやした。あんなにたくさんのネルガルが現れるなんて、何かタチの悪い冗談かと思いやした」
 先行し偵察してきた以心伝助(ea4744)が報告する。ロシアに開いた歪んだ空間の前に冒険者は歩を進めていた。この歪んだ空間を通り抜けるとケルベロスが待ち構える地獄の門がある。だがその空間の前には一定の陣形を取りつつ防衛に当たっているネルガルの姿があった。伝助はつい最近もこのデビルと戦ったばかりである。防戦を決め込まれると厄介なデビルである。
「ネルガルの真ん中には護られるように霧のような女の人もいやした」
 それを聞いたディアルト・ヘレス(ea2181)が「霧のような衣服を着ていましたか?」と伝助に確認する。伝助が頷くとディアルトは腕を組んで思案顔になった。
「厄介な存在を連れ出してきたものですね。ルサールカですよ。溺死した死体が変化するアンデッドです。ロシアでは水の精霊魔法の全てに精通し、その歌を聴く者は必ず魅了されると恐れられてます」
「ネルガルは火、ルサールカは水。それに加えてデビルの魔法に魅了。正念場その1、って所ね」
 リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)が手と首の緊張を解す。
「敵の目的がなんとなく見えた感じね。相手は門を守るだけ。近づいたらそのルサールカが魅了の力で私達を仲間に引き込む、って言う所かしら」
 シェリル・オレアリス(eb4803)が敵の作戦を喝破する。
「ルサールカの魅了は闘気の力で弾き返せるとも聞いてます」
 ディアルトがルサールカの伝承を付け足した。
「ならば俺が行こう。未だ未熟の身為れど、世に悪を通すべくも無し」
 アンドリー・フィルス(ec0129)が前に進み出る。強靭な肉体を持つ彼から発せられる闘気に皆は圧倒される。即時に作戦が練り上げられた。第一目標はルサールカ。補助魔法で防御力を上げた上で術士が戦線を混乱させアンドリーが飛行の魔法で使い空から急襲し撃破する。次にネルガルを各個撃破。今までの戦いの経験からネルガルはカオスフィールドを作りエヴォリューションで防御を行うだろうと予測される。
「聖なる光よ、護り給え」
 シェリルがレジストデビルを詠唱する。
「僕の力も持って行って」
 イリア・アドミナル(ea2564)が淡い青の光に包まれながら一人一人に触れて行く。レジストファイアである。
「俺の力も貴方達に託させてくれ」
 赤い光に包まれたロッド・エルメロイ(eb9943)がいた。フレイムエリベイションを次々と付与して行く。予測される攻撃の全てを封じた形を作ったのだ。
「行きましょう!」
 側面に回りこんだエル・カルデア(eb8542)が合図を送って来た。了承を伝えるとネルガルの隙を抜けグラビティーキャノンがルサールカに向けて放たれた。その距離100m。ネルガルと言えども反応しきれる速度ではなかったようだ。
「ぐぐぐ」
 ルサールカが転倒している。
「好機っ!」
 オーラ魔法で力を向上したアンドリーはグリフォンに跨ると天空を駆け抜けた。ディアルトもペガサスに跨り後に続く。
「しまった!」
 ネルガルの思惑の一つがここで破綻する。空を飛ぶ冒険者の存在を考慮していなかったのだ。
「スモークフィールド、展開頼む」
 前衛のネルガルが後衛に指示しアンドリーの眼下は暗黒の煙に包まれるが上空から見ればルサールカは範囲に入りきってはいなかった。
「笑止っ!」
 アンドリーが魔法を詠唱すると瞬時にその姿が消えてしまう。エネルギーに満たされた空間であれば跳躍できるパラスプリントの力である。皮肉にもネルガルのスモークフィールドに満たされた空間が転移可能な場となったのだ。一瞬でルサールカの後背に跳躍したアンドリーはその背中に剣を突き刺す。死してなお瀕死に見えるルサールカが振り返り呪歌を歌おうとしたがアンドリーは空間を離脱していた。そして呪歌が途切れる。スモークフィールドの効果も切れて、ルサールカの姿が露出した。
「いかん、させるな」
 ルサールカを攻撃の要にしていたネルガル達が中央に集まって来る。アンドリーの目の前に炎の壁が現れたがレジストファイアに護られた身にはカスリ傷しか与えない。そして、ルサールカはネルガルの前で消滅した。

 残すは8体のネルガルだけとなる。
「カオスフィールド。中に入っちゃえば攻撃当たるのがわかっているので」
 伝助が戦場を駆け抜けた。一瞬、勘が何かを告げる。空中で体勢を変え、降りる足の位置を変化させた。ちっ、と前衛のネルガルが舌打ちをしたのが聞こえる。
「そっちの本職も隠密でやしたか」
 だが、と伝助は続ける。
「こっちの方が技能が上でやしたね」
 気をつけて、と伝助が後に続く皆に声を掛けた。ネルガルは高速詠唱でファイヤートラップを張り巡らせていたのである。
「伝助さん、ありがとう!」
 伝助の指差した箇所を避けながらイリーナ・ベーラヤ(ec0038)が突撃を敢行する。大きく振りかざした剣の切っ先がネルガルに降ろされる。だが目の前には黒き炎を上げる壁が現れ再び透明になる。カオスフィールド。壁を挟んだ攻撃は全てを無効化する。
「上等よ!」
 伝助と共にイリーナは見えない壁の中へと踏み込んで行った。そこは邪の者以外は阻む空間であった。体中が黒き炎に包まれるが伝助もイリーナも一歩も引く事はなかった。
「エヴォリューション、使えるのでやしたら使うがいいっす」
 伝助のダブルアタックがネルガルを撃つ。同じ武器の攻撃が効かなくなるなら一度に当てれば良い。それが伝助の出した答だった。だが、倒しきれなかったネルガルの反撃が来る。
「隙だらけよ」
 イリーナがその攻撃を受け流すと崩れた体勢にカウンターを打ち込んだ。

「この地を、穢れから守る為に」
 セフィナ・プランティエ(ea8539)はシェリルと共にニュートラルマジックを用いてネルガルのカオスフィールド、エヴォリューションを打ち消し続けていた。危険な領域まで飛び込む。しかし揺るがない信仰がセフィナの行動を支えていた。手詰まりを感じたのか。目の前にいたネルガルの姿が消えてしまう。
「リュシエンヌ、お願い!」
 セフィナの声にリュシエンヌが応じる。
「セフィナと闘っていたネルガルにっ!」
 リュシエンヌは姿を消したネルガルに向けてムーンアローを放っていた。月の光の矢は何もない空間に突き刺さって消え、ネルガルが姿を現した。
「魔法を使わないの? 透明になる事ってハンデが付くのかしらね」
 あまりのあっけなさに疑問を感じながら、リュシエンヌは思いついた事を試してみた。ネルガルにイリュージョンを送り同士討ちを狙ったのである。目標は負傷している方が良い。一瞬で印を書くとファイヤーウォールを作り続けていたネルガルに幻覚を見せる事に成功した。思ってもいない方向から挟撃を受けたネルガルの戦線は混乱する。
「私は私にできる事を為します!」
 ギリシャ風の衣を風に躍らせながらマロース・フィリオネル(ec3138)も消えたネルガルの探知に加わる。戦士としての力量は未熟だが、それでもリュシエンヌとセフィナを護るために前衛に立った。
「くそ、まずあいつらから先に倒そう」
 戦線に大きく突出したセフィナとリュシエンヌ、マロースのチームにネルガルが群がる。

「エヴォリューションは障害になりません」
 風を切り裂く音。
「簡単です。一度にダメージを与えれば良いのですから」
 音が発せられた先には弓を番えているスニア・ロランド(ea5929)の姿があった。弓弦には3本の弓が添えられている。別のネルガルに標準を合わせ再び射抜く。スニアは次々と矢を放ち続けた。カオスフィールドで防御される場合もあったが構う事無く矢を射続けた。同時に放たれる3本の矢のダメージは着実にネルガルを重傷へと変えて行った。

「一度体勢を整える、散!」
 ネルガルの一体の号令に合わせ、一斉にネルガルが散らばった。重傷の身で高速詠唱は無理と悟ったのだ。しかし、最後の策も冒険者には通じなかった。
「貴方方の思い通りには事は運びませんよ」
 天空から白い影が舞い降りる。刹那の間にネルガルの体を貫く。ディアルトであった。ネルガルの行動を読み切っていたイリーナ、神速の移動を見せる伝助も駆けつける。逃げ行くネルガルにもエルのローリンググラビティーが足止めをし、ロッドのマグナブローが止めを刺していく。イリアの巨大なウォーターボムが最後に全てを押し流した。

 冒険者は取り急ぎ腹に食料を詰め込み休息をする。不足分の食料はマロースが祈り神から与えて貰った。一旦息を整えて体調と精神力の回復に努めた。
 そして歩み続ける。目の前には烈火を吐き続けるケルベロスが迫ってくる。
「私の技が効くか、試してみたい」
 イリーナが呟く。エル、ロッドも最大級の魔法の詠唱を開始しようとした。
『死ぬ気か。父から与えられた命は粗末に使うものではない』
 イリーナが、そして皆が一斉に後ろを振り返った。そこには誰の姿もない。スニアが弓を構える。皆、散会して陣形を構え直した。
『かのデビルを牽制したいのであるならば力を貸せ』
 不遜な物言いに激高する冒険者もいたが、ディアルト、イリア、リュシエンヌ、エル、ロッドはその声の主が何であるのか、あるものはおぼろげに、あるものははっきりと分かった。
「て、天使様、ですか?」
 仲間の冒険者はあまりの事に驚愕する。
「天使様。聞いてもよろしいですか。なぜ天の軍は‥‥」
 全員が言いかけた言葉を天使は遮った。
『時が惜しい。門が閉じる前に結界を張る。我に汝らの鍛錬した力を示せ。我が父の授けた宝である故』
 神の世界の理。人の知らぬ叡智があり、今は寸刻を惜しむという。ならば見せようと冒険者は瞑想に入る。今まで鍛え続けた技巧。それに掛ける想いと努力。12人から12色の光が溢れ天を裂き地に走る。
『確かに受け取った。我を触媒とし大いなる父の御業を現す』
 12色の光が、ケルベロスを枷する鎖に変わった。門を閉じようとする力に巨大な干渉の波動が掛かる。

 そして。門は固定されたように見える。
「終わったっすか?」
 目を開けるとそこには何もいなかった。悔しがり暴れ回るケルベロス。ここに冒険者の為した一つの奇跡が結実したのである。