雪原の捕獲者

■ショートシナリオ


担当:谷山灯夜

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 10 C

参加人数:8人

サポート参加人数:8人

冒険期間:01月10日〜01月16日

リプレイ公開日:2009年01月19日

●オープニング

 広大なロシア。溢れた人口は政策もあり新たな開拓地へと向かって広がっていた。とある山麓があった。湿地帯の多いキエフの周辺に比べ多少山の傾斜はあるとは言え肥沃な土地と水に恵まれている土地が多く、土地を求めて移住して来た人も次第に増えていき、今では2つの開拓村、シム村とアシャ村が出来ていた。
 次第に山は切り開かれ、ヤギや羊、馬も連れて来られた。山の豊かな木の実と川で獲れる魚は村人たちを飢えから救った。
「本当にここはいいところだ」
 様々な理由から故郷を離れ、新天地を求めて移動してきた人々は、やっと人として安住できる場所を見つけることが出来たのである。今年は最初の移住者がこの地に来て5年目の冬となる。

 最初の犠牲者はシム村の中で山から一番近い家に住む7人の家族だった。家の木で造られた壁は叩き壊されて、それは中に侵入した。両手の爪が5人の子どもを頭から引き裂く。脳髄と血の海が両親の目の前に広がる。その光景に発狂した妻は首筋に噛み付かれた。夫は見ているしかできなかった。腸を貪るその生き物を。壁に立てかけていた斧が手に触れる。夫は力を込めて斧を振り上げ向かって行った。
 そして。再び静寂が訪れる。いや、湯気が立ち上る臓物と血をくちゃくちゃと味わう音だけが響いていた。

「シム村に冬眠から目覚めた熊が出たらしい。かなり危険なヤツだから絶対に外に行かないでくれ」
 アシャ村の村長が村民に声を掛けて回った。
「冬眠明けの上に。どうも手負いのようだ」
 アシャ村から、シム村に住む親戚を訪ねて行った者が血相を変えて帰って来たのは今朝の事であった。シム村の住人は50人をやや越える村だった。それが壊された家だらけの破壊された村へと変貌していた。重傷を負って治療を受けている者、あるいは弔われている者と緊迫した状況を見てきたと言うのである。怪我を負いながらも話す事ができる村人から、シム村に何が起こったか聞いた話を村長は伝えた回った。
「巨大な熊。それも全身に赤い縞模様のある熊、だったらしい。額に不気味な血のような宝石が埋まっているとも言っていた‥‥」
 今は真冬である。何かが原因で冬眠から目覚めてしまったのかもしれない。冬に現れる熊は最悪の動物である。その食欲を満たそうにも全ては深い雪の中に埋められているからだ。この季節、熊が狙える獲物はたった一つしか存在しない。
「ヤツは、人の肉、人の血の味を覚えた‥‥」

 馬そりを使い冒険者ギルドに村長がやって来たのは次の日のことであった。今現在にも村が襲われていないとも限らないからすぐ来てくれる冒険者が欲しいと村長は受付に訴えた。話の深刻さに受付はすぐさま依頼内容を羊皮紙に纏める。村長は冒険者が集まるまで待つと言い、冒険者ギルドの横につけた馬そりの馬を宜しくお願いすると別料金を払った。

「ところで、熊は手負いになっていると先ほど聞きましたが、それはどのような状況だったかご存知なのでしょうか」
 受付は冒険者に事の詳細を話さなければいけない。もし傷を負っているならそれは貴重な情報となる。だが、村長は中々口を開かなかった。受付に勧められたお茶のカップで手を温めるしぐさをする。少しの時間の後で「聞いた話だ」と重い口を開いた。

 吹雪の夜、風の音に隠れてヤツはシム村を急襲してきた。音も臭いも吹雪が全て隠したらしい。異変を村人が感じたのは4軒目の家が壊された後だったそうだ。急ぎ弓や鎌、鋤を取り出してシム村の連中は反撃に出たらしい。村中を探し回った。だがヤツの姿は無かった。村のすぐ後ろは森だ。もう逃げた後かと思った時。村人の頭の上からヤツは襲い掛かってきた。‥‥ずっと、木の上で待ち構えていたようだよ。一瞬で4人が重傷にされた。矢を放っても風が矢を落としたらしい。一太刀も与えられず俺達は死ぬのか、とみんな覚悟したそうだ‥‥

「‥‥それで、どうなったんですか。なぜ数人の人は無事だったのですか」
 再び口を閉ざした村長に、自分の非情を恥じながらも受付は話を促した。どんな些細な情報でも聞いておかなければ冒険者に危害が掛かる事もある。冒険者ギルドの受付は、時としてあまりに辛い仕事に感じる瞬間でもある。
「一人の老猟師が襲われた。肩口から噛み付かれた。ばきばきと骨が砕かれる音が響き渡った。それでも彼は言い放ったそうだ。『俺に構わず全ての矢を放て!』と。皆、涙を流しながら言う通りに全ての矢を撃った。数発の矢が当たった。だから熊は逃げた。そして手負いになった」

 受付は、あまりの惨状に息を飲むだけしか出来なかった。




※依頼書より抜粋※

・熊:アゲイトベアと推定。宝石は骨であり魔法とかはありません
・キエフから徒歩だと積雪の影響もあり2〜3日掛かる山村ですが、村長の馬そりに乗れば1日で到着します
・熊は軽傷を既に負ってます
・どこにいるか分からない熊を探す事から始めて頂きます
・村の位置関係:襲われた村・シム村は山のすぐ近くで、ギルドに来ている村長の村・アシャ村から徒歩半日ほど北東に離れてます。
・シム村:応急処置はしてますが無事の人は20名、重傷者は10名おります。冒険者が付き添うならアシャ村まで移動は可能です。すぐ裏は小さな山で鬱蒼とした森に囲まれてます。山を全部捜索するには山岳・森林のいずれかのスキル専門所持者でAPが2なら1日かかります。初級だと遭難の危険もあり山の3分の1〜半分(装備・APによる)しか捜せません。猟師が専門以上であれば山の捜索が楽になります。なおスキル保持者が一人同行していれば他のメンバーもハンデを受けません。
・アシャ村:山までは徒歩半日〜一日。APに応じて変化します。村の近くは川があり直径10kmほどのほぼ円形の森があります。森の捜索は森林のスキルがある程度必要です。狩猟のスキルがあればほとんど影響は受けません。猟師達人以上ならアゲイトベアの行動もある程度予測できます。
・雪が積もってますので、土地勘(雪上)で失敗すると移動が鈍重になると思われます。

●今回の参加者

 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0655 ラザフォード・サークレット(27歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3232 シャリン・シャラン(24歳・♀・志士・シフール・エジプト)
 eb5856 アーデルハイト・シュトラウス(22歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ec3981 琉 瑞香(31歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

サラサ・フローライト(ea3026)/ ゴールド・ストーム(ea3785)/ 双海 一刃(ea3947)/ リュリュ・アルビレオ(ea4167)/ 深螺 藤咲(ea8218)/ フィニィ・フォルテン(ea9114)/ ナスリー・ムハンナド(ec1877)/ 百鬼 白蓮(ec4859

●リプレイ本文

●雪山の村へ
 アシャ村に到着後、冒険者たちはすぐさま被害がないか確認をした。幸いにして熊を見かけた者はいないと聞いて以心伝助(ea4744)は安堵すると共に、被害が甚大と聞くシム村について気にかかった。
「畏れいりやすが村長さん、シム村の皆さんにお宿を貸してや頂けないものでしょうか」
 仕来りに従い口上を述べ仁義を切った伝助の手を取り、村長は心配無用、と手を固く握り締める。
「住む村は違えども同じロシアの地に生まれた同胞。そして血を辿れば同じヴァイキングの家族に行き着きます。家族が困れば救うは当然。ましてや異国から来た貴方たちが窮地を救おうとしているのに何もしないでは祖先の名を辱めます」
 集まった冒険者に村長は握手を繰り返した。老いたりと言えども手には力がある。ギルドで聞いたシム村の話も凄かったがこのアシャ村の住人たちも相当な人物だと歴戦の戦士にして狩猟の達人でもあるレイア・アローネ(eb8106)は直感した。
「レイアさん。罠はどのようにしましょうか。ただアゲイトベアという熊の名は初めて聞くのですけど」
 雨宮零(ea9527)がレイアを呼び止め罠についての相談を行う。零は熊に関しては知っているのだがアゲイトベアという熊は初耳だった。それは聞かれたレイアも同じであった。
「アゲイトベア‥‥。全身に赤い瑪瑙のような縞。額には宝石が埋め込まれているように見えるが実は頭の骨である」
 知識を持っているヴィクトル・アルビレオ(ea6738)が二人に解説をし、最後に注意を付け加える。
「何しろあのグレイトベアよりも大きく、そして凶暴だ。捕まると腕で締めつけられ大きなダメージを受ける」
 ヴィクトルとレイア、零は意見を交換した後に罠の方向性を決定した。ヴィクトルが村人に頼み金属製の物、特に刃物を中心に集めた。
「隠密性を放棄し、むしろ発覚させる事で村に近づかない罠にしよう。その上で囮を兼ねて私達が捜索に出る。襲うとしたら数が少なく罠がない方と思う」
「私も罠を設置させて貰うわ。キエフを出る前に知人に罠を作って貰って来たの。‥‥この村で猟師の生業に就いている人に同行して貰いたいのだけど宜しいかしら」
 ユニコーンに跨り村の周辺を確認して来たアーデルハイト・シュトラウス(eb5856)が鞍上から降りて会話に加わった。ユニコーンの頬を撫で「ローラントはここで待機してね」と優しく命じてから村の住人には一箇所に纏まって欲しいと願い出る。
「諸君。用意はいいかね。何もなければ出立する事にしよう」
 周辺の捜索を行って来たラザフォード・サークレット(eb0655)が声を上げたのとレイア達が罠を設置し終わったのはほぼ同時であった。熊の足跡や臭いなどは確認できなかった。ならば熊はシム村の付近にまだいる事が予想された。
「レイア、荷物を運んでくれて感謝よ。あたいらも頑張るからレイア達も気をつけてね☆」
 シャリン・シャラン(eb3232)が手を振る。零もいってらっしゃいと声を掛けた。物静かな琉瑞香(ec3981)がシャリンと零の見送りに頭を下げる。
 こうして伝助、ラザフォード、レイアの捜索班とヴィクトル、瑞香の救護班がシム村へと向かい出立した。

●地吹雪
 雪原の移動は意外と難しい。どこまでも真っ白な面が続く。何より地吹雪という最大の敵がいる。降り積もった粉雪は軽い。故に山から吹き付ける風に簡単に舞い上がるのだ。
「何も見えない。これ程酷いものだとはな」
 イスパニア生まれのレイアが絶句する。森の国であるイギリス出身のラザフォードはキエフの冬には慣れているのだがそれでも自然が作り出す障壁にはてこずった。
「‥‥大丈夫です。方向は間違っていませんから」
 後方に位置する瑞香の声がか細く聞こえる。
「もう一息頑張りやしょう」
 先頭で雪を踏みしめながら馬そりを誘導して進む伝助の声も、遥か遠くから聞こえるように感じる。
「この風は敵になりそうだな」
 ヴィクトルは風の流れを気にする。伝助の忍犬・助(たすく)やレイアのコリー・クエルノは大人しく随行している。今の所熊はいないようだが、それも風がなければ、の話だ。
「もし貴殿が私達を狙うとすればどうする」
 ヴィクトルはレイアの傍まで歩み寄って抱えている懸念を話した。
「私が狩るなら風下から狙うのが鉄則だな」
 二人は思わず風下の方向に目を移した。山から続く傾斜と風の向きは同じくする。熊は、下りが遅く登りは速い動物である事をヴィクトルは知っていたのである。
「諸君、着いたようだぞ」
 二人の懸念はラザフォードの声によって打ち消された。地吹雪に閉ざされていた視界が急に晴れたかと思うと、そこは既に村の中であったのだ。

●山狩り
 話を聞いた以上の惨状に冒険者は言葉を失った。ドアは叩き割られ床には黒い染みが色濃く残っている。そんな家を4棟も見た冒険者は、簡単に祈りを捧げすぐに行動に移った。
 ヴィクトルと瑞香は休む事無く治療を続けた。一方、シム村の周辺に罠を設置した上で捜索班は山の中へと踏み込んで行った。伝助もさることながらそれ以上にラザフォードとレイアにとって山や森は自分の家の庭のようなものである。特にレイアは動物の行動に精通していた。
「おかしい。気配を全く感じない」
 犬のクエルノだけではなくイーグルのラクリマも発見するものは何もないようだった。
「確かに変っすね。ここまでは臭いが続いていたのに、ぷっつりと消えているようで」
 臭いを辿っていた伝助の犬、助は一本の木まで追った後、周辺をぐるぐると回り続けていた。
「足跡が消えている、という事か」
 ラザフォードが思案した。その時、ラザフォードは別の事を考えていたのである。積雪地帯の移動方法の手段として森の枝を飛んだ方が早く進めるのでは、と考えていた。不意に寒気がした。依頼主はなんと言った? 木の上から襲い掛かって来たとは言わなかったか?
「急いで戻るぞ! まんまとおびき出されたやも知れぬ」
 レイアと伝助を呼び寄せてラザフォードは走り出した。
「奴は臭いを消すために樹上を飛んだ可能性がある」
 あくまでも可能性である。しかし伝助やレイアの犬が天啓を与えた気がしたのだ。シム村にはヴィクトルと瑞香しかいない。

●襲撃
 明日には村人を誘導する事になる。怪我のままでは血の臭いが危ない。何より痛みが辛いだろう。少しでも村人が安全であるようにヴィクトルと瑞香は治療を続けていた。冬の弱い太陽がゆっくりと沈んで行く。夜になれば空気さえも凍る。そのため風の精霊は夕刻にもう一度だけ動くのだ。
 風が、山から吹き降ろして来た。
「寒いな。傷を負っている者のいる家をもう一度見回ろうか」
 ヴィクトルが瑞香に声を掛け、二人は村を回った。一本の大きな木がある。そこを通り過ぎようとしたその時。巨大な何かが瑞香の背を目掛けて襲い掛かって来た。
「ピー!」
「危なーいっ!」
 刹那、遠くから呼子の笛の音、そして絶叫が聞こえた。反射的にヴィクトルはホーリーフィールドを高速で展開する。何者か。既に判っている。アゲイトベアは警戒したままこちらを睨み付けていた。間合いを計りながら放たれるソニックブームに牽制されているのであった。
「貴殿ら、なぜここに」
 ヴィクトルは目の前に展開された光景が信じられなかった。いるはずのない零、シャリン、アーデルハイトがここにいたからである。
「シャリンさんが未来予知してくれたんです」
 最前線へと立ち塞がった零の紅の瞳が、ヴィクトルと瑞香を労わるように微笑みの色を浮かべた。
「あたい、血に染まったチーズが食べられちゃうヴィジョンを見たのよね。最初は判らなかったけど。それって瑞香の荷物にあった事を思い出した時は慌てたわよ! 間に合った良かった☆」
 戦闘態勢をとったままでシャリンは皆の無事を喜んだ。
「正直に言いますが、私は血の臭いに惹かれると思っていたのですが。脂の臭いに惹かれたという訳でしょうか」
 三人は互いの力を合わせることで雪道を突破してきたようである。

●集結
 アゲイトベアは目の前にいる5人の冒険者の力量と己の力量を即座に測った。自分を傷付けた憎むべきヒトがそこにいる。痛みと怒りに狂う理性と撤退すべきとする本能がせめぎ合う。ヴィクトル、シャリン、アーデルハイトの放つ遠距離からの攻撃を受けて傷が深くなる。忌々しいそいつらを爪で裂こうと思っても零の持つ赤銅色の剣がそれを許さなかった。

 一度、退く。一体ずつになる事を待つ。

 アゲイトベアの本能が狂気についに勝った。だが。
「‥‥枷をくれてやる」
 静かな声が聞こえた時、アゲイトベアは己の動きに重さを感じた。
「恨むな、とは言わん‥‥」
 ラザフォードが立っていた。その瞳はあまりに深い色を湛え真意を読み取る事が出来ない。
「気の毒っすが、これだけ被害が出ている以上見過ごすわけにはいきやせん。覚悟を」
 伝助と、クナイを加えた助が己自信を刃とするが如くにアゲイトベアの懐に飛び込んだ。鮮血が雪を朱に染めて行く。
 再び、狂気に満ちた咆哮をアゲイトベアが上げた。死の迫る身でありながら、血を吹き上げながら、それでも爪を振り回している。
「私はお前に同情はしない。村人の無念、晴らさせて貰おう」
 剣を下に下げたままレイアは前へと進んで行った。爪の攻撃は当たる寸前に弾き飛ばされる。その動きさえ見えない神速の剣戟であった。そして剣を頭上に構えた。全ての重さを乗せた一撃が振り下ろされた。静かな、本当に静かな一撃であった。恐らくは痛みも感じさせなかった、だろう。
「‥‥終わったのですね」
 瑞香が祈りを捧げた。犠牲になった村人へと。シャリンが村人に告げに行く。歓声と共に現れる村人。だが住めない程壊れた住居も多い。明日はやはり移動になるかもしれない。
 手伝い出来る事もあるかも知れない。
 その冒険者の申し出に村人は涙を流し、貴重な植物を渡して感謝を述べるのであった。