イワンの牧場〜ゴブリン略奪隊

■ショートシナリオ


担当:谷山灯夜

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:3人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月16日〜01月23日

リプレイ公開日:2009年01月25日

●オープニング

「何とか冒険者を送ってもらえないだろうか」
 冒険者ギルドに一人の男が訪れたのは日も傾きかけた頃のことである。彼の名はイワンと言う。キエフから徒歩で2日ほど離れた平原で牧場を営んでいた。羊の飼育が主であるが馬の育成にも定評がある。
「数週間前から大きなゴブリンがやって来てうちの羊、そして馬たちまで襲って連れて行くんだ。追い返そうにも奴ら、数も多いみたいで3体とか、ある日なんて一度に6体も来た事がある。こっちも迂闊に手を出せないんだ」

 10棟ある家畜小屋は3棟まで破壊されたらしい。被害は甚大である。イワンは冒険者ギルドの受付が運んで来たホットワインを飲みながら溜息をついた。ちなみにワイン自体はイワンの差し入れでもある。
「はあ、だけど来ないかも知れないよな。こっちに来るまで知らなかったんだ。キエフの辺りも随分と物騒になっているんだな。最近は景気も悪くて冒険者に来て貰える報酬を出せるほど、こっちも余裕がないんだよ」
 お金でのお礼はできないけど酒や食べ物ならうちに来れば食わそうと思っていたんだ、とイワンは落ち込みながら話を続けた。

「壁に貼ってある依頼書を読んだよ。ああ、俺もこれくらいの文章なら読めるんだ。みんな報酬の良い依頼ばかりだよな‥‥。うちに来てくれるような冒険者がいる訳ないよ」
 イワンは再び溜息をつきながら外を見やった。真冬にも関わらず冒険者ギルドには多くの冒険者が行き交う。馬を繋いで入ってくる冒険者。扉から出て行き馬に跨る冒険者。ぼーっとしながらイワンは受付に問うてみた。
「なあ、馬って必要か?」
 不意の質問に受付はきょとんとする。
「だから、冒険者に馬って必要なのか、と聞いているんだが。うちも馬なら育成しているからな」
 ああ、そういう事でしたら、と受付は返答をする。依頼によっては素早く移動しなければいけない時もありますから馬がいると助かりますね、と受付は答える。

 暫く何かを考えていたイワンは受付にある提案をした。
「仔馬なら。駿馬、ライディングホースの仔なら。報酬になるか。仔馬と言っても立派なもんだぞ」
 受付は突然の申し出に驚き、イワンの意思を確認した。
「仔馬と言ってもライディングホースですよね? そちらではどのような価値と思われているのかは分かりませんが、成長したライディングホースならキエフのエチゴヤでは結構な値がしますよ。よろしいのですか?」
 受付の問いにイワンは目を輝かせながら答えた。
「なに、このままだといずれあの大きなゴブリンたちに襲われて喰われてしまうんだ。最悪、俺もな。ゴブリンを退治してくれるような冒険者の役に立つのなら、俺は喜んで差し出すさ。馬だってそんな乗り手の役に立てる方が嬉しいに決まっている」

 かくして、新しい依頼書が冒険者ギルドに張り出される事になった。



※依頼書抜粋※
・牧場:徒歩で2日。1Km四方に柵が張り巡らされている。北西の方向が集中して破られているとの事
・ゴブリン:深夜から早朝にかけて襲撃するらしい。通常のゴブリンよりも大きい。奪ったと見える鎧や防寒着を着ている
・地理:北西の方向には洞窟がある。雪上を歩くのに慣れていないと辿り着けない可能性が半分ほどある。多少でも心得があれば牧場から徒歩4時間〜半日で到着する
・地形:牧場は見晴らしの良い平原。柵が破られた付近は防風林としても利用している直径500m、ほぼ円形の林がある
・資材:木材は自由に使用が可能
・雪:積雪30cm。移動に不自由を感じるほどではない
・なおゴブリンは少なくとも6体はいる。一度に牧場に襲ってくるのは最少で3体、最大で6体。6体を牧場で殲滅した後の翌日にゴブリンの襲撃がないか、あるいは洞窟の内部にいるゴブリンを殲滅する事ができれば成功。牧場付近に存在する全てのゴブリンの半数の掃討で普通とする
・現地は寒いので防寒対策は抜かりなく。洞窟までは徒歩で最低でも4時間掛かる事を考慮。1〜2時間程度の防寒着を纏っている場合は道中で暖をとる必要はあり
・なおゴブリンは獣道のような最短ルートを知っている模様。イワンの推測になるが臭いや足跡の追跡ができるのであればもっと速く住処に着くことは可能かも知れないとの事

●今回の参加者

 ea1181 アキ・ルーンワース(27歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec5609 ジルベール・ダリエ(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

木賊 崔軌(ea0592)/ コバルト・ランスフォールド(eb0161

●リプレイ本文

ゴブリンの襲撃を受けたと言うイワンの牧場に到着したアキ・ルーンワース(ea1181)はレンジャーのジルベール・ダリエ(ec5609)と合流した。少ない人数での討伐になってしまったのだが、それでもイワンは冒険者が来てくれた事が余程嬉しかったようで、がっしりとした拳で握手を求めてきた。馬が好きだとジルベールが言うと意気投合して牧舎を案内した。そこには山羊や羊、農耕馬、そして美しい駿馬がいた。母馬の近くには昨年の夏に産まれた仔馬が寄り添っていた。
「成功したらこの仔を貰えるんやな。飼育のコツとか教えて欲しいもんやね」
 人数が揃わなかった状況は厳しい。しかしジルベールはそれを見せずに喜んだ顔を見せた。一度依頼を受けた以上はいかなる状況であろうとも必ず成功させる強かさがあった。
 被害があったという牧舎に向かうと扉は破られ壁は叩き壊され、おびただしい血の跡が残っていた。ここには羊が飼われていたとイワンが教えてくれた。
「普通のゴブリンよりも大きな感じだね」
 壊された壁の高さや破られた扉の状況を見ながらアキは考える。
「‥‥せやね、アキさん。ゴブリンやのうて、ホブゴブリンの方かも知れへんね」
 ジルベールもアキの考えに同調した。ホブゴブリン。ゴブリンよりも体躯が優れ、何より巨大な斧から繰り出される攻撃は、ファイターの習得するスマッシュの威力に並ぶ。
「こちらはふたりで相手は少なくても6体のホブゴブリン。策が必要やね‥‥。俺は罠を作ろうと思うんやけど」
「来る位置が大体掴めるのが助かっているかな。俺はここから北西の林の近くに監視用のテントを張って、それから偵察に行って来るよ。ホブゴブリンが林のどこから来るのか判れば罠も効果的になるしね。琥珀、行こう」
 アキは同行してきたノーマルホース、琥珀に跨ると雪原となった牧場を駆け抜けて行った。
「ほなネイト、俺らも行こうか」
 ジルベールが「ネイト」と呼ぶと一頭のウォーホースが雪の中をまっすぐに駆けて来た。ネイトの精悍な顔を二度三度撫でると、ジルベールは罠作りを開始する。イワンやその家族も、罠の材料に使う木材や縄を運んで来てくれた。
 日が暮れる前にアキが戻って来た。猟師としての技能を持ちながら優れた五感を持つアキは林の雪に残った跡を見つけることに成功したのである。
「動物を引きずったような足跡が残っていたね。襲撃に通る道は判ったよ。ついでに琥珀の力も借りた。雪に琥珀の足跡を付けて来たから今晩その跡を追ってくるかも知れない」
「アキさん、感謝や! 早速、罠の設置といこうか」
 後は現地で組み立てるだけにしていた罠を見せてジルベールは喜んだ。確定されたホブゴブリンの移動ルート。監視用のテントから見渡せる位置に罠を設置して行く。数は5個。間伐した木を障害物として配置した上で罠には雪を使い偽装を施す。
「力自慢のホブゴブリンなら、明らかに障害として置かれた物を壊さない訳はないと思う」
 アキの意見で障害用の木材を破壊すると起動するように縄を結んで行った。全ての用意が整った時は既に陽は西に消え入ろうとしていた。イワンに琥珀を預けたアキは「しろくろ」と名づけたボーダーコリーを抱いて暖を取る。家事もできるアキは体を温めるための鍋を作った。イワンが差し入れた野菜や鶏肉、ヤギ乳などで思いがけず豪華な料理になった。
「ロシアはほんまに寒いんやね」
 勧められた鍋を口にしながらジルベールは笑う。日が沈む瞬間に吹き付けてくる風は寒かった。が、夜になり感じるのは寒さではなく痛さである。防寒着を着込んでいても突き刺すような痛みをアキも感じていた。静寂しかない世界。空気も凍る寒さと人は言う。空は澄み切り星は瞬きもしない。風はおろか空気さえ全く動きを止めている。吐く息が肩で白い霜となり層になっている。
「外に出ると鼻が痛くなるよね」
 アキも笑って答える。一瞬で呼気が凍りつくのだ。体験した者でなければ通じない話でもある。
「ほんまや‥‥」
 そこまで話をした時。林の中から乱雑な足音が聴こえて来た。二人はランタンの灯りを絞り、息を殺した。ジルベールはオーガ殺しの長弓「柊」に矢を番える。
 木を斧で叩き割る音が聞こえて来た。柵の外周にダミー用に設置した障害を次々に壊し続けている。3体のホブゴブリンの姿がはっきりと見て取れた。そして、ついに罠を発動させる障害を叩き壊した。樹上に取り付けていた丸太が外れ、勢いを付けたままホブゴブリンに襲い掛かる。5つの罠の内、2つが鈍い音を立ててホブゴブリンに命中する。
「行くで、ネイト!」
 ジルベールはウォーホースに命じた。受けたネイトは高くいななくとホブゴブリンを取り囲むように最前線に位置する。怪我を受け激怒したホブゴブリンはネイトに向かい、大きく斧を振りかざすと一気に叩きつけようとした。一撃で深刻な傷を負いそうな攻撃。だがネイトは冷静に見切るとそれを交わし続けた。
「ダリエさん、援護をお願いします!」
 アキが飛び出して行く。
「おおきにアキさん! ネイト、待ってえや。今、楽にしたるさかい」
 ジルベールの放つ矢はこの世に存在する全ての「鬼」を殺す力を持つ。ホブゴブリンも鬼の亜種である。一撃を受けると、それまで振るっていた斧が途端に目標から外れ始めた。そこにアキが3mの至近距離まで接近するのに成功した。瞬時に詠唱を遂げる。するとホブゴブリンの一体が黒い塊に変わってしまった。黒の施術、ダークネスである。中ではホブゴブリンが暴れまわっているのだろうが、この状態で攻撃を当てる事は奇跡の確率になるに等しい。再びジルベールの放つ矢が、3体目のホブゴブリンに命中した。ここからは一気に冒険者の優勢が決した。頭に血が上ったホブゴブリンはスマッシュを連発するも当たることはなかった。一方2人の冒険者と1頭のウォーホースは冷静に間合いを取りながら着実に相手に傷を負わせ続けていく。ジルベールの放った矢が刺さった傷を、ネイトの蹄とアキのブラックホーリーが更に大きくして行く。遂に一匹、二匹とホブゴブリンは致命傷を受けて倒れて行った。最後となった一匹がダークネスの戒めから解かれた時、恐慌を起こしてすぐさま逃走を始めた。
 アキとジルベールは視線で合図を交わすとその後を静かに追い続けた。林を抜けた雪原は雪深く、移動が困難に見えた。だが瀕死を負っているホブゴブリンは、それでも歩き続けている。風が作った通り道があることに二人は気がついた。日中は陽の光に反射し見抜く事が出来なかった道だが、月の光の中でははっきりとそれが見える。しかも風の抜け道だけあり一直線に続いているのだ。追う事、小一時間ほどだろうか。崖に開いた洞窟の入り口が見えて来た。その中に逃げ込もうとしたホブゴブリンにジルベールの矢が命中した。

「この中だね」
 ランタンに火を灯しアキが中の様子を確認して中に入って行く。ネイトも中に入って行く二人について行った。警戒しながら忍び足で前へ前へと進んで行く。途中、通路の幅が広くなる場所に出た。こちらへ向かって来る足音をアキが感じ取った。ジルベールとアキは急ぎ身を隠せる岩の後ろに付く。ジルベールが置いた灯りを目掛けてやって来るホブゴブリンに最初の矢を放った。
 そして再び戦闘が始まった。アキはホブゴブリンの視界を奪っていく。ジルベールの放つ矢は一撃で相手を負傷させた。しかし、大振りを控え戦うホブゴブリンの斧が、前に立って戦っているネイトに命中してしまう。一撃目はまだ軽傷程度だったが、二度目に当たった攻撃は傷を深くしてしまった。
「ネイト、もうええ! 下がれ」
 ジルベールは急ぎ命令し、弓を持ったままホブゴブリンの前に立ち塞がった。巨大な斧が体をかすめるが、決して当たる事はなかった。相手の攻撃をかわすと弓を撃つだけの間合いを取り、矢を射つづけた。アキもホブゴブリンにとどめを刺していく。こうしてその場に現れた3匹のホブゴブリンを退治することに成功した。
 ネイトに応急手当を施して、ジルベールとアキは前に進んだ。こうして洞窟の最深部に到達した。アキはデデティクトライフフォースを詠唱する。しかし、自分達の他に何の生物もいない事が判る。
「ネイト、堪忍な。そしておおきに」
 ジルベールはネイトを撫でて労った。洞窟の奥は臭いが酷かったがそれでも暖かかった。夜が明けるのを待って、ふたりとネイトはテントに戻って「しろくろ」を呼び寄せた上でイワンの家へ向かった。朝日と共に風がゆっくりと動く。
 突然、空から白く輝く破片が降ってきた。雪ではない。ごくごく薄い氷の欠片。まるで宝石を砕いた欠片のようなそれは勝利を祝福するように碧い空から降ってきた。不思議な光景は一瞬で終わった。イワンの家に着いた時、勝利の報告と共にその話をすると、時折、早朝に降ってくるものだと教えてくれた。
 イワンはふたりを労い、そして今回活躍したネイト、しろくろ、琥珀も労った。馬には牧場で採れたニンジンを、そして犬のしろくろにはトナカイの肉を与える。そして2頭の仔馬を二人の前に牽いて来た。
「お前たち。素晴らしいご主人に出会えたな」
 にっこりと微笑むイワンが、アキとジルベールに「この子らをよろしくお願いします」と頭を下げるのであった。