【黙示録】天才は忘れた頃にやってくる

■ショートシナリオ


担当:谷山灯夜

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月21日〜01月26日

リプレイ公開日:2009年01月29日

●オープニング

 キエフ、マリンスキー城の宮廷絵師であるアンドレイ・サヴィンがいつものように酒場【スィリブロー】で食事をとろうとした時の事である。6人ほどで卓を囲んでいた客の1人が通り過ぎようとするアンドレイの肩をぐっと掴んだ。

「いてててて。ボクに何か用なのかな?」
 視線を後ろに向ける。肩を掴んで離さない老人がいた。同じ卓を囲んでいる客は興味もなさそうに黙々と酒を飲んでいる。雰囲気はそれぞれに違うのであるが6人全員に一種の凄みをアンドレイは直感で感じ取った。宮廷絵師も長く続けていると人物を見る目もそれなりに養われるものである。
「若いの。聞きたい事がある。最近の冒険者は何か忙しい事でもあるのか」
 アンドレイの肩を掴んだままで老人は尋ねてきた。人に物を尋ねるのに礼を失しないなどと言う概念はこの老人には無いらしい。アンドレイは老人に向き合うことで肩から手を外させて卓の人物をもう一度眺めた。
「これはこれは。伝説に登場しそうなお歴々の横を挨拶もせぬまま通り過ぎたとはこのアンドレイ、一生の不覚でした。ご存じないとは思えませんが不肖の身から説明をさせて頂く非礼をお許しを」
 慇懃に口上を述べた上でアンドレイは現状を説明する。世界各地に地獄に通じる道が開いた事、そこからデビルが攻め入ってくる事、デビルは地獄にある門から現れる事、門番はケルベロスというデビルである事、そしてケルベロスは地獄の門を閉めようとしていた事。分かっている範囲でアンドレイは答えた。
「役に立つとは思えないけど、ボクも地獄の門の前に行っている所だよ」
 つい、いつもの口調で答えてしまったアンドレイの目の前で、老人は杖を「どん」と突いて窘めた。
「つまり、そのケルベロスが邪魔で門を通り抜ける事もできない。しかも開閉の自由を与えたままなのじゃな」
 ふん、と鼻を鳴らし老人は髭を撫でた。いかにもつまらなそうな顔をしている。
「どうしたものかの。世界の興亡など儂には興味はないが、冒険者がそんな所に行っているとなると儂の芸術を鑑賞する者がいないと言う事になる」
 まったく余計な事をしてくれる、と老人は忌々しそうに声を上げた。
「ケルベロスを排除するのに協力すれば冒険者の手は空くのじゃな。‥‥規約に基づき結社の了承を仰ぎたい」
 老人が卓の上に手を置く。他の5人も同じように手を置く。
「‥‥。諸君の裁量に感謝する。まずは儂が動くとするか。若いの。名をアンドレイ・サヴィンと言ったはずじゃな。儂のために冒険者を集めるのじゃ」
「えーとー。カリン師。ボクは何をすればいいのかなー、じゃなくてよろしいのでしょうか」
 事態が今ひとつ飲み込めぬままアンドレイは老人に問うた。老人の事はアンドレイもよく知っている。稀代の魔法使い、なのに何を間違ったのか難攻不落のダンジョンの設計と研究に生涯を傾けてしまった人物。ステバン・カリンである。他の面々も錬金術、古代魔法研究、神智学などの分野で名が通っている人物達であった。魔法を研究し世界の理を探る結社があるという噂をアンドレイも聞いた事があった。
「何をすればいいかじゃと? そんな事はお前が考えれば良かろう。いや、しかし邪魔をされても困る。やれやれ、噛み砕いて説明せねばなるまいとはの」

 ステバンはアンドレイでも分かるように2つの要求を出した。

1.修練を積んだ冒険者を集める事。その者の生業と生業に付随する技能の力を持って攻撃力へと変換する
2.儀式は5日掛かる。デビル如きに遅れを取る儂ではないが儀式は簡単に破綻する。必ず魔法陣を護る事

「分かりづらい気がするね‥‥じゃなくて、します、あ、痛いっ」
 アンドレイの頭をグーで殴り、ステバンはうんざりしたような顔をした。
「森の中で儀式を行うからそこに高レベルの冒険者を集めろ。そして儂の儀式が成功するまで魔法陣の中へデビルを入れない事、じゃ!」

●今回の参加者

 ea7242 リュー・スノウ(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ec0140 アナスタシヤ・ベレゾフスキー(32歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec3981 琉 瑞香(31歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4348 木野崎 滋(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

シルバー・ストーム(ea3651)/ シャリン・シャラン(eb3232

●リプレイ本文

●森の中の結界
「リュミイ、お邪魔してはだめよ」
『よ?』
 森に作られた魔法陣へとフィニィ・フォルテン(ea9114)が到着した。2年以上前、成長前のエレメンタラーフェアリーの頃からずっとフィニィの友であったミスラの少女、リュミィは魔法陣の中でぶつぶつと念じている老人に興味を持ったらしく、魔法陣の周りをぐるぐると旋回していた。
「ふむ。噂に聞くステバン氏が登場かえ。そのお手並み拝見といくかのぅ‥‥」
 上品な物腰にして見る者の心を奪うような艶やかさを醸しながらアナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)も現地に到着した。
 琉瑞香(ec3981)とリュー・スノウ(ea7242)は到着後、手分けをして魔方陣に接近するデビルはいないかを確認した。この魔方陣は地獄の門番であるケルベロスへの間接攻撃を行う儀式と聞かされている。滞りなく完了すれば良いが黙ってそれを見逃す程デビルも甘くはないだろう。いつ襲撃があってもおかしくはない。
「此度舞わすは櫻華ではなく血色の花弁‥‥。其の為の得物、なればそうせねばなるまい?」
 ジャパン出身の木野崎滋(ec4348)はリューが所持して来たテントを張った後で、剣を構え二度三度と振った。手にした得物は嵐の如くデビルを裂く魔剣である。
「木野崎殿、であったか。拙者はアンリ・フィルスと申す」
 目力の強さが印象的な巨躯が木野崎の前で一礼をした。剣豪として世界で伝えられているアンリ・フィルス(eb4667)の名を聞いた滋は剣を収め礼を返す。いつ襲撃が来るのか判らない敵を相手にするには不寝番が必要になる事をアンリが説くと滋も同意した。その中に皆も集まってくる。
 今回の依頼での護衛対象は先刻より魔方陣の中心で詠唱を続けているステバン・カリンとその魔法陣になる。そしてステバンから直接依頼を聞いてギルドに話を持ってきた宮廷絵師絵師のアンドレイ・サヴィン(ez0155)と出発前に話をした結果、ステバンはネルガルの襲撃を予測していると伝えて来た。
「ネルガルは魔界の諜報と言われているらしいよ。力はそれほどではないらしいけど頭の方が他のデビルより高いようだね」
 それにしても本当に来るのかさえ判らない、しかもどの程度の規模で来るのかも判らない敵を相手に防衛を余儀なくされるのは骨が折れる行為である。しかし冒険者たちは丹念に作戦を練り防衛戦の計画方針を作り上げて行く。最終的には魔法陣の全てをムーンフィールドの結界で覆ってしまい、かつ即時迎撃ができる体制を整える事で方針を決めた。灯りと暖のためにアナスタシアが集めてくれた焚き木に火を灯し、厳寒の夜と朝を乗り切った。

●分身の術
 何事もないまま4日目の夜を迎えた。明日の昼には詠唱が完了しケルベロスへの攻撃が行われる。リューの見つめる白光の水晶球に何の変化もない。確かに事実として探知される物はなかった。しかし、リューの危機感がひとつの予兆を発見させたのだ。闇の中、魔法陣を囲む森の木が遠くで僅かに揺れるのを見逃すリューではなかった。急ぎデティクトアンデットを詠唱する。
「反応、ゼロ? そんな‥‥」
 ならば森に近づく気配はデビルやアンデットではないという事になる。しかし、背中に感じる危機感がそれを否定させた。そして気付くのはリューだけではなかった。リューのペットであるフロストウルフのぽちがまっすぐに森へ向かうと何かと戦闘に入る。
「皆さん、恐らく敵襲です!」
 デティクトアンデットに掛からない敵。皆はそれが動物なのかオーガなのかも判らないまま戦闘隊形を取る。しかしおぼろげながらではあるが事態を判断できた者もいた。
「不死者ではない襲撃者。そして魔法陣に灰が積もる事態は避けるべし、でござったか。成程」
 どれ程の数が接近しているのか、実はアンリも瞬間では読みきれなかった。多数に囲まれている実感だけはひたひたと迫りつつある。戦場に緊張が走った。しかしアンリは冷静に対応する。戦場を一瞬の暴風が駆け抜けた。
「各々方、敵の正体が判り申した。灰の代理人。ネルガルは火の魔法、アッシュエージェンシーで分身を量産しているのでござる!」
 偽りではあるがアッシュエージェンシーはデビルと異なる擬似生命体である。元の素材が灰であるそれらは、一撃のダメージで次々と元の灰へと戻っていった。しかし。
「キリがないのぅ」
 アナスタシヤが呟く。もしかしたら本体が紛れ込んでいる可能性も否定できないのは精神を蝕ませる戦いになるはずだった。
「しかし、相手がいささか悪かったのぅ」
 戦闘に気付き参戦した冒険者の姿をみてアナスタシアは艶やかに微笑んだ。
「瑞香さん、一緒に守りきります!」
「フィニィさん、よろしくお願いします」
 2人が息を合わせる。あまりに巨大なムーンフィールドの結界と更にホーリーフィールドの結界がアッシュエージェンシーの行く手を遮った。
「後顧の憂いが無い今。我が剣を見せるのみ」
 滋の剛剣が風を斬り唸る。足下には灰の山が積み上げられていた。灰とは言え殺傷能力を持つ代理人である。一体たりとて魔法陣への接近を許す訳にはいかない。
「アンリさん、本体がいます! 右斜めの集団の中!」
 リューの叫びが聞こえるや否や、アンリの剣が宙を叩き斬った。姿を消したままで近付いていたネルガルがそこに倒れていた。
 一方、魔法陣を護るムーンフィールドの内部からも動きが起こった。
「リュミィ、ライトをお願いね」
『ね』
 陽の精霊・ミスラたるリュミィが光の精霊を呼び出して暗闇に灯りを燈した。そのライトで作られた影に向かいフィニィはシャドウバイディングの戒めを架して行った。束縛されたまま魔法の効果時間が切れて灰に戻るアッシュエージェンシーが一体二体と続いてくる。
「もう少し数を減らさせて貰おうかのぅ」
 アナスタシアが一瞬の間に詠唱を完成させる。アイスブリザードの猛吹雪がアッシュエージェンシーを薙ぎ払う。
「ぽち、お願いします」
 反対方向に向かいぽちが凍結の息を別のネルガルの集団に吹き付けた。そして、いつしか目視できる範囲にいるネルガルは4体を残すだけになった。
「間違いありません。あれはアッシュエージェンシーではなくネルガルの本体です」
 白光の水晶球を見つめていたリューが皆に告げた。
「然らば斬るのみ」
 ネルガルに化けた灰を斬り続けていたアンリと滋が左右に分かれ剣を構えなおす。挟撃の形となったネルガルが前面に向かい何かを詠唱したように見えた。だが。
「させません!」
 その力も瑞香の放つニュートラルマジックが干渉し消滅して行った。
「最早趨勢は決したようじゃの」
 アナスタシアは手にした水吟刀の切っ先をネルガルに向ける。クーリングにより超低温の冷気を纏った刀は一度に相手を創痍に変えてしまう。
 冒険者はネルガルを魔法陣に近づけないように牽制しつつ各個撃破に努めた。純粋に戦闘ではネルガルに分が無い。次第に一体、また一体と地獄に送り返されて行った。
「これで終わりでしょうか」
 アッシュエージェンシーを含めると80体目になるだろうか。遂に一体のネルガルも現れる事はなくなった。それでもまだ襲撃の可能性はある。
 冒険者たちはステバンの様子を覗い声を掛けようとするも断念した。あれだけの戦闘があったのにも関わらずステバンは目を開かず中央に座ったままで詠唱を続けていた。
「さすが、と言うべきなのでしょうか」
 リューの言葉に皆が苦笑する。5日目と言うからにはそれまで動く事もないのだろう。冒険者は互いの傷を確認しあった後、再び割り振りに基づき見張りと休息をとる者に分かれた。

●ケルベロスへの攻撃、そして
「力を貸してくれ」
 5日目。ロシアの弱い太陽が南中する時刻。魔法陣の中からステバンが冒険者に向かい大声で呼びつけた。慌てて集まる冒険者に向かい、そこ、そこ、と立ち位置を一方的に指定する。どういう原理でそうなるのかは判らない。しかし指定の位置に付くと魔法陣の中央には門の前で立ち塞がっているケルベロスの姿が見えた。
「あれをこれから撃つ。お前達の力も貸して欲しい」
 再度、ステバンが声を上げた。言われるままに円の中央に向かい手をかざす。すると今まで経験して来た様々な経験や想いが熱い力となり魔法陣へと注がれるのが実感できた。瑞香は一身に祈りを捧げ、滋は心の内側から護ってみせるという強い意志がこみ上げるのを抑える事が出来なかった。アンリが重ねて来た武勇を力に変えて注ぎ込む横で、アナスタシアが髪をかき上げながら魔力を注ぎ込んで行く。そしてリュミィとフィニィは共に手を組み静かに目を閉じて祈る。リューの横ではぽちも頭を垂れて一つの思いを注ぎ込む。
 人の世界を蹂躙しようと企てるデビルがいる。地獄の門を守りデビルの出現を自在にすべく画策しているケルベロス。倒さない事には根源である地獄の中へと進むことが適わない。
「地上は、渡さない」
 静かな想いは大きなうねりとなり魔法陣に満たされた。瞬間、爆発するような白い輝きが森を包み込んだ。巨大な力。それが大地を穿つ雷の如く地中奥深くへと撃たれた。
 そして静寂が再び森を包んだ。魔法陣の中でステバンが神妙な顔でひげを撫でている。
「成功、したのですか?」
 おずおずとフィニィが質問してみる。
「ん? このわしが失敗する訳はなかろう。そして付け足すようじゃが先刻、他の冒険者の力もあってケルベロスは退治されたようじゃぞ」
 皆は歓声を上げた。だがステバンは一向に浮かない顔をしている。
「予想はしていたのじゃが、な」
 尻の部分をぱんぱんと叩き立ち上がるとステバンは冒険者に向かい真剣な面持ちで言い放った。
「即刻この場を離れるのじゃ。追っ手が来るぞ」
 事態が飲み込めない冒険者をせかすようにステバンは撤収を急がせると共に、魔法の力で結界と罠を張り巡らせて行く。
「これは、近く全面戦争になりそうじゃのう」
 ステバンは面倒な事になったと嫌そうな顔を見せ、皆と共にキエフに向かい駆け抜けて行った。

 それから半日が経過した後。
「存外、動きが速い」
 魔法陣があった場所に黒い集団が到着した。一瞬で空気が変わるようなおぞましい存在がそこにいた。
「ケルベロスは倒された。それは認めよう」
 黒き鳩が黒い集団の先頭で、翼に持った剣を振りかざす。不気味な赤い目がらんらんと輝いていた。
「だがモレクや私を同じように思うな!」
 剣が一閃する。
 これまでの戦いはただの前哨戦に過ぎなかった事を冒険者が知る事になるのは、この時点からそれ程時間を要さなかった。