【黙示録断章】希望の詩編〜雪花の詩
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■ショートシナリオ
担当:谷山灯夜
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや易
成功報酬:5
参加人数:10人
サポート参加人数:6人
冒険期間:01月22日〜01月27日
リプレイ公開日:2009年01月31日
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●オープニング
クリル・ミツ・グストフが武装キャラバンの一員として旅に出てから半月が過ぎた。一旦途切れてしまった醍醐屋の販路を回復するためには誠実な商売、適切な需給の読み、何より人脈が大事である事をクリルは学びつつあった。キエフにいた頃は自分が何もしなくとも助けてくれた冒険者がいた。今思えばなんと恥ずかしい真似をし続けていたのだろう。受けた恩を返す術は今のクリルにはまだ無い。ただ、しっかりと前だけを見て歩く事しかできなかった。
ある晩の事。宿営地に停めた馬車の中、差し込む黎明の光の中に誰かが立っている気がした。未だ覚醒しきれないまどろみの中でクリルは以前もこんな経験があったように感じる。
『クリル、あなたにお願いがあるのです』
澄んだ美しい声がする。
『この先にある村は昨年デビルの攻撃を受けました。かつて明るかった村は希望を失い、喧噪が耐える事無い村へと変貌しました。大人たちはただその日を漫然と生きているだけです』
クリルの胸がずきんと痛む。かつて自分の村で起こった事件。それがロシアの地においては特殊な事ではないと聞かされるほど辛い事はなかった。
『しかし、子どもたちは違います。どんなに大人たちが希望を失い自暴自棄に陥ろうとも』
少しの間を置いてから光に包まれた人物は話を続けた。
『かつてこの村にいた精霊を忘れる事はありません』
「精霊、ですか」
思わずクリルが光に向かって問いかける。
『そうです。この地は精霊との繋がりが深い地であるのです。そしてこの村の最初の入植者は精霊の理を正しく理解した上でお互いが助け合い素晴らしい村を作ったのです。人と精霊が共に過ごせる村を』
光の中の人物がもう一度クリルに問いかける。
『改めてお願いいたします。かつて人と精霊に絆が結ばれていた頃。この村では冬に感謝の祭りがありました。みんなで力を合わせ巨大な雪像を作り精霊に感謝を捧げたのです。いま、再びその祭りを行って欲しいのです。多くの人の絆が必要になると思います。村の大人たちからは理解を得る事はできないとも思います。しかし、子どもたちとあなた、そして多くの人たちが想いを込めれば。精霊の奇跡が村を覆っている邪悪な念を払うことでしょう』
光の中の人物が徐々に姿を消していく。
『良いですか、クリル。難しく考える事はありません。皆で協力し合い楽しく雪像を作れば良いのです。そこに「希望」が生まれます。明日を信じる想いを込めて作りなさい。不遇を理由に怠慢へと誘惑される大人たちの魂を正しい方向へと導くために』
光は消えた。そしてクリルは目を覚ます。キャラバンが向かう先。地図の上には確かに小さな村の名が書き込まれていた。
村がキエフから徒歩で2日に位置している事を地図で確認して。クリルは冒険者ギルドに向けて親書を送った。
●リプレイ本文
「人と精霊が共に過ごせる村って良さそうな所よね、あたいも精霊達と暮らしてるから行ってみたいな☆ 」
シャリン・シャラン(eb3232)が楽しそうに声を上げる。それは昔の話であり今は希望を失い無力感に包まれた村へと変わってしまったようだよ、と冒険者ギルドから説明を受けてはいるのだがエジプトのまばゆい太陽のような心根を持つシャリンには関係がない。元気がない人に元気を注入するのが踊り子の仕事でもある。同伴して来たフレアと共に空を飛び進んで行く。
「精霊の伝承が残る村なのね‥‥。出来たら、その精霊さんに会ってみたいなあ」
アナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)がババ・ヤガーの木臼に乗って空を飛んでいる。木臼にはは〜りぃ・ふぉっくすとアッピウスも毛布に包まれたまま同乗していた。冒険者は別であるが一般人の中ではジーザス教の信仰が強いロシアにおいて精霊信仰への風当たりは決して弱くいものではない。ウィザードとして精霊の声を聞けるアナスタシアにそれは辛い現実でもあった。
「村が見えてきたよ」
ケリー・レッドフォレスト(eb5286)が声を上げる。それは山間に佇む静かな村に見えた。凍結してはいるが村を包むように流れる川が、まるで村を守っているようにも見える。
遠くの方に隊商の姿があった。その中の1人がこちらに気付くと頭を下げ、駆けだしてくる。かつて顔に色濃く残っていた陰はもう既にない。穏やかそうに見える表情の中、その瞳には燃えるような情熱、意志を感じ取る事ができて。その全ての経緯を知りうる陽小明(ec3096)の胸は僅かにだが痛み、だが既に青年へと変貌しつつある彼との邂逅を喜んだ。
「元気でやっている様ですね。何よりです」
「小明さん。ありがとうも言えずにごめんなさい」
今はクリル・ミツ・グストフと名乗っているとクリルが照れながら話をし始めた。
「ロシアではお父さんの名前をミドルネームにするのが普通なんですけど」
クリルにとって、その名前の人物は親以上の存在だったのだろう。小明の傍らで宙に浮いている存在にクリルは頭を下げる。
「小明さんのご友人ですか。クリルと申します」
「これはご丁寧に。わたしはアルテイラです。どうぞよしなに」
実は少しだけ小明は不安を感じていたのだ。アルテイラは小明に同伴するのは断らなかったが言う事を聞いてくれるような主従の関係にある訳ではない。寧ろアルテイラ自身が持つ使命を遂行するために小明に同伴しているようにさえ思える。しかも小明にはもう一つ、疑問があるのだ。もし、魂、そして輪廻という物が本当にこの世界にあるのなら、この目の前にいる存在はあるいは自分の知っている者ではないのか、という事である。
「ねえねえ、早速雪像を作りましょう」
先行して村に到着していたティアラ・フォーリスト(ea7222)が子どもたちを引き連れてその場に駆け寄ってきた。小明の隣で浮いているジャパン服の麗人の前で手を組みお願いをする。
「アルテイラさーーーんっ、お願い、モデルになってくださいなの!」
ティアラの、そして一緒にいる子どもたちの目がきらきらと輝いている。ボルゾイのショコラも楽しそうに尻尾を振ってついて来た。
「本当の精霊だ」「すごーい」
アルテイラやシャリンが召喚したジニールのヒューリアの近くに集まってくる。フレアやアッピウスを取り囲み、はしゃぎ回る子どももいた。
「私でいいのでしょうか。水の精霊と伺っておりますが」
アルテイラは口元を隠しながらくすくすと笑う。
「君たち、お姉さんに精霊のお話をしてくれるかな」
レティシア・シャンテヒルト(ea6215)が子どもたちに声を掛けた。同じ精霊とは言え月と水ではちょっと違うんじゃないのかな、と苦笑を見せる。
「この村にいたと言う精霊についてヒューリアやアルテイラは何かご存知ありませんか」
ヴィクトリア・トルスタヤ(eb8588)が2体の精霊に質問した。先だってレティシアと共に村中を尋ねて歩いたのだが結果は芳しくなかったのだ。予想していた以上に村人は荒みきっており他人に心を開く事がなかった上、精霊と村人が協力したという逸話も遙か昔の事であったのが原因である。
「フィディエルが昔いた。でも今はいない」
「そうね。今はいないようね。でも‥‥」
ヒューリアとアルテイラは遠くに流れる川を見つめていた。
「でも別のエレメントがこの村にはいますね。それも姉妹のようです。可愛らしい女の子ですよ。そう、そこの女の子のような」
ヒューリアとアルテイラがひとりの女の子を指差し微笑む。指を指された子はきょとんとした顔を見せる。
「なるほど。この子をモデルにすればいいんだね!」
腕組みをしながら話を聞いていたレオ・シュタイネル(ec5382)が明るく声を上げた。
「でも賑やかな方がいいよね。いっそ作れるだけ作っちゃおう! 『かまくら』って言うんだけど雪のドームもつくっちゃおう! でもその前に腹ごしらえだね。子ども達の分も」
子どもたちを呼び寄せ炊事を始める。
「あなた達のための料理じゃないわよ。‥‥でも食べたいのなら、好きにしたら」
纏わりつく子どもたちに口ではそう言いながらも、レオと同じ事を考えていたレティシアも調理に参加する。
完成したスープを一心不乱に食べる子どもたちを見て冒険者たちは心を痛めた。顔は垢あこびりつき衣類はぼろぼろで汚れたままである。クリルの話では村に来た当初は酒に浸り続ける父親、それを口汚く罵る母親ばかりで、子どもたちはお腹を空かせたまま隠れるように体を寄せ合い暖を取っていたらしい。このままでは人買いに子を売る親が現れるのは時間の問題と隊商の全員が思ったとも言う。
「報酬さえも用意できない僕がお願いするのは気が引けますが、どうかお願いします」
クリルが頭を下げる。商人として見習いの彼は稼ぎが未だに僅かである。冒険者に払う予定だった金も村への前払いで使ってしまったらしい。
「冬の間は人形を作って貰うように仕事を振ってみました」
冬の季節、金に変える仕事を与える事は村にとっても意義が大きい。数軒の家がそれに応じたので見本が完成するまで逗留するつもりだとクリルは言った。
温かな食事も終わり、いよいよ作成の段に入る事になる。
「ゴーレムにも想いがある事を見せてましょう」
ウォルター・ガーラント(ec1051)が同伴してきたゴーレムや愛馬と共に雪だるまを作り始めた。ゴーレムが力強く押すごとに雪玉がどんどん巨大になって行く。周りで子どもたちが歓声を上げて一緒に雪だるまを作成し始めた。
妙道院孔宣(ec5511)も愛馬の踊躍と共に額に汗しながら作業を続けていた。雪のブロックを多数作ると、次に足場のための木材を切り出し運搬を始める。レティシアも村で購入したそりを天馬に牽かせて雪の運搬を始める。
まるで本当の建設現場さながらの光景がそこに展開され始めた。ティアラとヴィクトリアが羊皮紙に図面を描きながら相談を行っている。特にヴィクトリアは縁あって先に作った雪像よりも大きく完成度の高い物を作ろうと綿密に計算を行う。
搬入された雪のブロックをウォルター、孔宣が積み上げて行く。アナスタシアが空飛ぶ木臼でブロックを持ち上げると身軽な小明が足場を使い位置を変えて行く。空中ではシャリン、ケリーがアナスタシアに声を掛けバックアップを行い続けた。風神・ヒューリアの手伝いも大きかった。巨大なブロックを片手の掌に乗せ次々と運んで行った。
いつしか、10mを超える巨大な雪の山が現れた。いよいよ彫刻の段階に進む。マイスターグレイバーを手にしたレティシアが顔の彫刻に入る。アナスタシアもフライを詠唱して宙を舞い頭部の彫刻に入る。それを下にいるヴィクトリアが意見を出す形で作業は進められて行った。一方、フライングブルームで空を飛ぶティアラがいた。身軽で器用なレオと一緒に胴体部分の彫刻に入る。
他の面々はそれらの作業を補助しつつ、各々雪像を作ることを楽しんだ。そう、この世界には「楽しい」事があるのだと伝えるためにも。
「あたいたちの雪像も作るわよ☆」『わよ☆』
シャリンとフレア、それにヒューリアが自らをモデルにした雪像の制作を始めた。近くではウォルターが兎の雪像を作って行ったので、特に女の子達が集まってそれらの作業を手伝い始め、見る見るうちに雪原は愛らしい雪像で覆われて行った。男の子はケリーが作る雪だるまの手伝いに夢中になっていた。
日が暮れる前に作業は一旦終了する事にした。アナスタシアが張ったテントに戻る前に、雪像用とは別に積み上げて貰った雪山を利用してティアラとレオはかまくらを作り始めた。
ある程度奥まで掘り出し排気用の天窓を付けた頃、入り口の方から奥を覗く少女の姿に二人は気が付いた。見れば雪像のモデルになった少女である。
「これ、何?」
少女は微笑みながらぺたぺたと雪の壁を触っている。
「可愛い女の子、ですわ! でも遊ぶにはもう遅いですわよ」
「かまくら、って言うんだ。明日には中も完成するから今日はお帰り」
ティアラとレオは優しく諭す。少女は少し考える素振りを見せる。どうも一緒に遊びたいらしい。
「明日、一緒にあそぼう。ね」
レオが少女に菓子を手渡しもう一度優しく諭す。
『ね?』
こくこく、と頷き少女は戻っていった。外を見ると結氷した川辺に少女を手招きする6人の子がいた。気のせいか皆、同じ顔に見える。
「レオ、この村にあんな姉妹って居ました?」
ふたりは顔を見合わせ暫く夕焼けを眺め続けていた。
日が明けて、作業を再開しようとした冒険者は驚くような光景を見た。雪像の周りに大人たちが集まり、しかも雪を運搬していたのである。額に流れる汗が蒸気になり立ち上っている。冒険者たちの姿を見た村人は頭を下げてお礼を述べた。
「俺たちが子どもだった頃。親がしてくれた事さえ忘れていたよ」
「あんたたちを見ていてそれを思い出したって訳でさ」
冒険者を見つけた子どもたちが一斉に飛びついて来た。
「じゃあみんなで掛け声を上げて気合いを入れよう。えいえいおー!」
ケリーの声が高らかに上がり、皆がそれに呼応する。いつしか村を覆っていた暗い影は薄くなっていた事にアナスタシアは気が付く。そして彼方の、川の上流に7人の少女の姿があるのにも気付いた。互いに手を取り合い天に向かって歌を歌い始める。
「ちょっと。なんだか素敵な歌が聞こえるじゃない?」
シャリンがそれに釣られ舞いを踊る。それは歓喜と情熱の舞い。
「この子等の笑顔がいられる世界であって欲しい」
レティシアが伴奏を始めると照れながらも小明が演舞を始める。
『あなたが、愛したロシアから暗闇が消えるように』
心の内深くでそう願う。
「ゴーレムだって強い思いがあるんだぞ」
ウォルターの皆の心が荒まないよう、そして平和であり続けて欲しいという願いもいつしか歌になる。孔宣がウォルターと視線を交わし、歌に合わせて祈りを詠唱した。
「あたし達も一緒に、ですわ」
完成させたかまくらの中からティアラとレオが現れ歌声を合わせる。それは巨大なうねりとなり、こだまが村を包み込んだ。空気が澄んでいく。7人の少女の内のひとりが、その姿を大きく変えて行くように見え、最後はにっこりと微笑みながら凍り付いた川の中へと入っていく。ひとりひとりと川に入るごと、地中深くを穿つ何かの音が聞こえた。
「先程、ケルベロスが倒れされました」
アルテイラがすっと現れ報告したのはお土産の人形を貰い村を出た後である。まず9体が完成したので、村に残って少女と遊ぶというレオを残し、皆は帰路についていた。
歓喜の声をあげる冒険者を制しアルテイラが言葉を続けた。
「門から魔界の猛者とその7人の配下が出現したようです。ですが」
アルテイラは微笑んだ。
「あなた達には希望の輝きが共にあります。精霊も皆さんと共にありますから」
一礼を述べて頭を下げるアルテイラであった。