鋼鉄の足音
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■ショートシナリオ
担当:谷山灯夜
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:01月31日〜02月05日
リプレイ公開日:2009年02月09日
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●オープニング
「アイアンゴーレムが現れて家を破壊しているそうです」
冒険者ギルドへ仕事を求めて来たあなたに、ギルドの受付はちょうど良かったと言いながら依頼の説明に入った。
「詳細を順に説明すると、被害に遭った家は既に3軒目なのです。家は目茶目茶に壊され、みんな大怪我をされたそうです。それと被害に遭われた方の家は離れているのですが、その家主さんたちはかつて一緒の村に住んでいた知人という事がこちらでわかっている事です」
アイアンゴーレムが家を襲うとはあまり聞いた話がなかった。そもそもゴーレムは高レベルのウィザードが作ることができる擬似生命体である。そしてそんなウィザードとは浮世離れと言うべきか世俗に縁がない者が普通である。研究用の資材を強奪する、というならありえない話でもないが一般人の家を襲う理由がない。もし、あるとしたらそれは怨嗟による行動になるのではないか。
「被害者が全員知己であるならゴーレムを操る者も縁故がある者の可能性が高いな」
あなたが呟くと受付も「おそらく」と同意する。
「被害に遭われた方たちが今回の依頼主さんになるのですけど。皆さん教会で治療を受けた後、揃ってギルドに見えて当時住んでいた村の話をしてくれました。働き者の住むよい村だったのですけど、15年前、日照りが続き井戸も枯れてしまったので廃村になったそうなんです」
「依頼主を恨むような人物はいないのか?」
「わたしも依頼主さん達に恨みをもつ人物がいないかを聞いてみました。思い当たる節は皆さんない、との事なんですけど」
恨みというのは被害者に思い当たる節がなくとも加害者の方が一方的に持つものなのかも知れない。
「いや、正当な理由とも限らないだろ。例えば困っている時に放っておかれたとか、金の事とか、あるいは恋愛のもつれとか」
受付は羊皮紙を広げ依頼主から聞いた話の記録を確認する。廃村になった全ての村人の情報を聞いておいたらしい。
「病やお金に関しては中には困った人もいたようですが本当に良い村だったようで、相互扶助の精神があったようですね。ジーザス教徒の多い村だったと説明を受けていますが納得できます。あと、なんでしたっけ。そうそう恋愛がらみの話ですね‥‥。これに関しても‥‥。いえ、ちょっと待ってください」
受付は急に何かを思いついたのか羊皮紙の一枚に人名を書き、それに線を引いて行った。出来た線を見ながら受付はひとつの仮説を話し始めた。
「依頼主さん達のお話に、ひとりの女性が出てくるのですよ。アンナさんと仰るのですがとても美しくて村の男性はみな、恋をしたそうです。ところで被害に遭われた方たちは年下のアンナさんの面倒をよく見た方たちで、アンナさんが嫁ぐ先を決めるのにも尽力したらしいです。お陰でアンナさんは村が廃村になる前に裕福な商家に嫁ぐ事になったとかで、村の男達は素直に祝福をしながらも冗談口に3人に悪態をついたらしいですけど」
そこで、アンナに結びつかない一本の線がある事を受付は指差しながら説明する。
「ここに、村の若い男性でアンナさんにアプローチをしなかった人物が一人だけいるんですよ。名前はベルホルト・ユルゲンさん。廃村後の行方は判らないらしいです」
皆が恋をするような女性に見向きもしなかった、というのは理由になるのだろうか。ただ村人の中で唯一行方がわからないという事は気に掛かる。
「ところで、そのアンナという女性はどうしているんだ」
あなたは何の気なしに受付に聞いてみた。
「アンナさん、ですか。嫁ぎ先はキエフの商家になりますが、最近はデビルも現れるとか物騒なので湖の近くに建てた別邸でナターシャという10代半ばのお嬢さんと一緒に暮らしているらしいですよ。ナターシャさんはアンナさん似の美人だとか聞いています」
「それ程美人と言うなら是非お目にかかりたいものだな」
あなたは、冗談のつもりで言ったのだが、それも良い案なのでは、と受付が答えた。
「アンナさんの別邸は高台に建てられた平屋だそうです。キエフからなら徒歩1日で到着します。それであくまで仮定の話なのですが、この事件がアンナさんを中心に動いているなら最終的にゴーレムはアンナさんの前に現れるような気がするんです」
一方、その頃。
「あの時は僕には勇気が無かった。だけど今なら君を手に入れる事ができる」
雪深い山を進む一人の男と鋼鉄の巨人がいた。
「僕から君を引き剥がした三人はゴーレムが罰を下すのに留めたけど。もし、君と僕の事を今度も邪魔をする者がいるなら‥‥」
空中に素早く印を書く。轟音と共に紫の光が直線状に伸び、それは岩に当たると炸裂した。
「あと3日もすればアンナさんが捕えられた屋敷に着く。その時は大暴れするんだ、アイアンゴーレム。花嫁が僕を待っている。必ず奪い返すんだ」
濁った瞳の奥に狂気の炎が映る。男の名はベルホルトと言う。この日のために。奪われた花嫁を取り戻すために血を吐くような思いで魔術を研鑽して来たウィザードである。
●リプレイ本文
雪深い道を進んで行くと森が急に開けた。高台になっており眼下の先には湖が見える。真っ白になる息を吐きながら冒険者たちは馬から降りて屋敷の前に立つ。豪奢ではないが重厚な造りの建物はいかにもロシアらしい建築と感じられる。
普段は全く人が訪れない場所である。しかも物々しい出で立ちをしている冒険者の来訪とあって対応に来た使用人の顔にも不安の色が見えた。しかしアンドリー・フィルス(ec0129)が取り出した書状により事無くアンナへの面会が適う事になった。キエフを立つ前にアンナの夫が経営する商会に寄り、不審者出没の情報が寄せられたからと敷地への立ち入りの許可を得ていたのである。
「主人よりの言付けをお持ち頂いたとの事ですが、どのようなご用件でしたのでしょう」
中から現れた女性がアンナである事が冒険者はすぐに判った。物腰は柔らかく、もし微笑みを向けてもらえるなら見る者に元気を与えてくれそうなそんな雰囲気を持つ女性であるからだ。住んでいた村では魅了される男が多かったと聞くがそれも無理の無い事だ、とラザフォード・サークレット(eb0655)は思う。
「神聖騎士のメグレズと申します。よろしくお願いいたします」
メグレズ・ファウンテン(eb5451)が名乗り、突然の来訪への応対に謝辞を述べた。
「神聖騎士さま‥‥。見ると他の方も立派な方が多いように見受けられます。キエフから避難して暫く経っておりますので情報に疎いのですが、皆さまが来るという事はこの地にもデビルが現れたという事でしょうか」
顔に隠し切れない不安の色を浮かべながらもアンナは気丈に振舞い続けた。伝え聞く所によると、キエフに在住する商家の内、デビルに与しない数軒が焼かれ、家人や従業員が惨たらしい死体となって翌朝見つかるという事件が続いていたらしい。不安に思うのも無理の無い事と冒険者たちは思う。
「突然やって来て、驚かせてしまったらごめんなさい。デビルが現れた訳ではありませんので」
沖田光(ea0029)が慌てて間に入った。そうですか、とほっとするアンナの顔を見て、光は言いづらそうに言葉を継ぐ。
「デビルではないのですが‥‥。でも、危険が迫って居るのも確かなんです」
「それは‥‥、どういう事でしょうか」
アンナの顔が再び不安に覆われる。
「割り込み失礼。でも先にこれを読んで欲しいんだけど」
アルヴィス・スヴィバル(ea2804)が懐から手紙を取り出す。今回の依頼主から事前にアンナの護衛を一任すると一筆貰っておいた物である。内容は元の村に関わる人が住む家にゴーレムが現れているから念のために護衛を頼んだ、というものに留められている。冒険者ギルドで依頼内容を聞いたアルヴィスは失踪したと聞くベルホルトが怪しいのでは、と依頼主たちに聞いてみた。依頼主たちは顔を見合わせ「どうだろう」と首を傾げたが否定もしなかった。家に篭りがちでそう言えば何かに執着する子どもではあったけど、とそれだけ言って口を閉ざしてしまった。
「確かに、おじさま達のお手紙です。懐かしい‥‥。わたしのために色々と骨を折って下さった恩人なのです」
手紙を抱きしめたアンナにサラサ・フローライト(ea3026)が改めて護衛の許可を求めた。
「襲われた人の共通点が、貴方の住んでいた村としかないのだ。あるいはアンナ嬢、貴方にだ」
「それはどういうことでしょう」
「村人の中でベルホルト、という人物に心当たりがないか」
サラサの問いに対し、アンナは暫く悩んだ末にようやく思い出したような顔を見せた。
「そう言えば村ではよく、見かけたのですけど言葉を交わした事も無くて。でも、わたしを見る目が怖かったような気がします」
そのベルホルトが今回の犯人かもしれないのだ、とサラサは率直に答えた。
「あるいは違うかも知れない。それならそれで構わないのだが元の村人が襲われているのは事実だ。依頼人からのたっての願いでもある」
アンナは、一度下を向いてから冒険者の顔を見つめ、頭を下げた。
「そういう事でしたら甘えさせて頂きます‥‥。ナターシャ、あなたもお客様に挨拶をなさい」
アンナが奥の部屋に向かい声を掛ける。その場に現れた女性の姿を見て、改めて冒険者は納得するのであった。少女、ナターシャはまるで太陽のような微笑みを浮かべている。そして村にいた当時のアンナはナターシャにそっくりだったと聞いている。全てが凍るこのロシアで心を温めてくれるようなこの笑顔を独り占めしたいと思う男性が多かったのは当然だろう、と。
失礼ながら聞かせて欲しい、とアルヴィスが質問を投げかけた。
「君は今、幸せなのかな」
アンナは、ナターシャの肩を抱き寄せて微笑む。
「わかったよ。安心していて欲しい」
アルヴィスにはそれで充分な答だった。
「門の前に穴を掘っておき、チャージングにスマッシュ、それをバーストアタック合成するでも仕掛ければ破壊できますし依頼も解決できます」
セシリア・ティレット(eb4721)が屋敷の正面で宣言する。
「しかし、それだけでは依頼が成功した訳ではありません。ベルホルトさんを救ってまでが冒険者でしょう」
セシリアが拳を握り締める。
「だが、もし本当にベルホルトが仕掛けた事だとしたら、その心は病んでいるような気もするんだ」
アンドリー・フィルス(ec0129)は気が重そうに呟く。
「説得するのは容易でないかもしれないが‥‥」
それでも、セシリアは首を振る。
「本当は愛しているのなら幸せを願って欲しいと思うのですよね」
愛すべき夫がいるセシリアの立場としたら、それは当然の心境なのかもしれない。
「恐らく敵はアイアンゴーレムを正面から屋敷に襲撃させ、ゴーレムに自分達が気を取られている隙に別方向から屋敷に侵入、という流れで動くと思われる」
メグレズが雪の上に見取り図を書き状況を整理し始めた。メグレズがデティクトアンデットでゴーレムの、セシリアがブレスセンサーで来襲する人物の探知を行う事で話が決まった。
光はアンナとナターシャの傍につき、彼女らに安心して貰えるよう努めて明るい話題を行った。伝承知識に精通している光の話は尽きず、2人はいつしか不安を忘れ話に夢中となっていた。
はじめに、異変に気が付いたのはメグレズである。デティクトアンデットに掛かるものを探知したのだ。急ぎアンドリーに手で合図を送る。
受けたアンドリーはフライを詠唱し空中から森の様子を伺う。森の奥深くから雪を掻き分け進むゴーレムの姿が見えた。操っている者の姿は見えない。ゴーレムが被害を出してからで無ければ現れないのだろうか。冒険者たちは次第に大きくなるゴーレムの足音を聞きながらも待機を続けた。そしてゴーレムは敷地の中にどんどん踏み入り、遂に屋敷の前まで来ると入り口の扉を壊すべく腕を大きく振り上げた。
だが。
「そうはさせない」
ゴーレムの前にメグレズが割り込む。その姿は5つのレミエラの輝きに照らされ眩しくさえ感じられた。構えた剣に埋め込まれたレミエラが強く輝きを増した。
「飛刃、砕!」
魔剣・テンペストから放たれた一撃はレミエラの力でソニックブームとなる。バーストアタックを合成されたそれは、名前の通り嵐のような一撃となり、振り下ろそうとした腕を弾き飛ばした。まだ動きを止めないゴーレムにメグレズは正対する。力の差は歴然で戦いは一方的になった。メグレズの目から見ればゴーレムの動きなど止まっているようにしか見えない。
「魔術師が作ったゴーレム。じっくりと観察させて貰うとしよう。‥‥深々と凍れ」
メグレズの後ろから声が上がる。アルヴィスの放ったアイスコフィンが放たれた。一度では凍らなかったが二度三度と詠唱を重ねた結果、ゴーレムを氷の棺に閉じ込める事に成功した。
「さしずめ、無敵の氷盾と言ったところかな」
動きを止めたゴーレムの前でメグレズとアルヴィスは腕を掲げ互いを讃え合った。
一方。メグレズとアルヴィスがゴーレムと対峙していたその時。屋敷の後ろ、崖の方に反応が出たとセシリアが呼びかけ、冒険者が急行した。
アンナの娘、ナターシャの姿を庭に見つける。ゴーレムの襲撃に驚いて逃げて来たのだろう。男の口元が不気味に歪む。笑っているようだ。ナターシャの目の前にふわりと舞い降りるとその体を強引に引き寄せようとした。
「!?」
だが、それは適わなかった。ナターシャを抱こうとした腕は空を切ってしまう。
「違います。彼女はアンナさんの娘の、ナターシャさんです。間違えるなんて、やはり貴方の想いは自分だけで完結している。そんな貴方にはアンナさんを幸せになんて出来るはずがないんだ!」
光が屋敷から姿を現す。傍らには本当のナターシャとアンナの姿が見える。アンナが襲撃者の顔を見た。
「ベルホルトさん、本当に、あなたが」
アンナは青い顔をしている。その顔を見たベルホルトは「違う、アンナはそっちだ」とナターシャを指差した。
「迎えに来たよ、アンナさん。悪い人は僕がこれから倒すから一緒に逃げよう」
その時、どこからとも無く歌が聞こえて来た。
流るる時はその身に力を与え 流るる時はその身の姿を変える
時を刻みしその姿 愛する者のその姿 目を開きしかと見よ♪
「ベルホルト、だな。お前の思い描くアンナはこの世界に存在しない。このファンタズムと同じ、ただの幻想だ」
メロディーを詠唱しながらそれでもサラサは説得を試みる。
「未だ、やり直せる可能性があるのならばな」
ラザフォードが詠唱の構えを見せ、光が構えを取りながらも最後まで望みを捨てなかった。人として分かり合えると思うから。ベルホルトが首を振ってうずくまり、顔に手を当てて苦しみだした。認めたくないものを認めようとする素振りが見て取れたのだ。しかし、アンナが嫁いでからの15年の間にベルホルトの心は蝕まれたのかも知れない。
「認めない、認めたくない。アンナさんが、誰かの物になったなんて! みんな、僕の邪魔をする敵だ! いいよ、もう。吹き飛んじゃえよ‥‥」
ストームが発動する。アンナ、ナターシャが飛ばされ、更にサラサとラザフォードが暴風に飲み込まれてしまう。だが。飛ばされる直前にラザフォードが放ったローリンググラビティーがベルホルトの自由を奪う。それで充分だった。暴風の中踏みとどまったアンドリー、セシリアが一瞬で間合いを詰め、倒れているベルホルトを引き起こし揺さぶった。
「君は大切に思っていた人さえ傷つけようとしたのだぞ」
「アンナさんも娘さんも怯えているじゃないですか!」
騒ぎを聞きつけたメグレズとアルヴィスも駆けつける。その間にサラサとラザフォードも戻ってくる事が適った。アンナとナターシャは光がしっかりと護っていた。
「僕は。僕は‥‥。ただ‥‥君が傍に。君の傍にいたかった‥‥。もう、何かを失うのは嫌だったんだ」
勝てない事を悟ったベルホルトは人目を憚らず涙をこぼした。
ベルホルトは既に数軒の家に被害を与えている事から自警団に引き渡された。仕方がないこととは言え、アンナも気が重いだろう。しかし、その顔には微塵も見せず明るく微笑んでくれた。
「いつか、判ってくれると思っていますから。わたしは幸せなんです。そしてベルホルトさんの幸せを願っています、という事を」
アンナは机の上に宝石を置き始める。ルビー、エメラルド、ガーネット、アメジスト、ルビー、ダイアモンドの順で並んだ宝石が光に受けて輝く。
「皆さまには本当になんとお礼を申し上げて良いのか判りません。敬意(Regard)を込めて」
アンナとナターシャが頭を深く下げた。Regardは好意という意味も持つ。大好きだった村。その全ては愛しい思い出である。失った物は美しく思えるのかも知れない。