春のお祭り ブリヌイを焼きながら

■ショートシナリオ


担当:谷山灯夜

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:5

参加人数:12人

サポート参加人数:6人

冒険期間:03月11日〜03月16日

リプレイ公開日:2009年03月19日

●オープニング

「お祭りを開こうと思うのですが」
 武装商人のクリル・ミツ・グストフ(ez1200)は久々に面会したキエフのギルドマスター、ウルスラ・マクシモアに深々と謝辞を述べてから話を切り出した。
 両名は不思議な縁によって絆を持ち、ウルスラは一時であるがクリルを保護していた事がある。だがその話を思い出せばどうしても、今はいないもう1人の人物のことを思い出すことになるので二人は示し合わせたように過去の話には触れることはしなかった。

「それで、今の時期にお祭りと言うと春の復活祭になるのかしら」
 ウルスラは記録係を呼び寄せて記述させながら世間話をするように話を進めた。
「復活祭も含めてお祭り、というところでしょうか。ロシアからも地獄へ戦いに向かった方が多いので今の時期にと言われそうですが‥‥。でもこんな時こそお祭りを行うべきだと思うのです」
 どんな時であっても人である以上腹も減るし歌や踊りは必要だと思うとクリルは言う。
「もっとも未熟な身であるとは言え、私も商人なので稼ぎを得るために行うのですが」
 クリルは「ひとつ、商売は世の為、人の為の奉仕にして、利益はその当然の報酬なり」と詠じてみせた。ウルスラは口元に微笑みを浮かべる。なるほど、あの女なら確かに言いそうな事である。
「それで冒険者ギルドに訪ねてくる以上何か仕事を依頼したい訳よね」
 ウルスラが本題を促すとクリルは手短に答えた。
「仕事と言ってもバターを買い集めてブリヌイを作って売るだけ、なんですけど。ただ、人が来ないことには商売にもならないので客寄せをして貰いたいと言う事もあります」

 ロシアの冬を乗り切った時、人々は家中からバターや卵を集めてブリヌイを焼き客を招き食べるという習慣がある。これはジーザス教がこの地に浸透する以前からあったロシアの風習である。それ程ロシアの冬というのは長く辛いものなのだ。人々は生きる喜びと春を迎えた喜びをこの時期に謳歌する。
「いいんじゃないかしら? 戦地から帰って来る人たちだって喜んでくれると思うわよ」

●今回の参加者

 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea6144 田原 右之助(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6320 リュシエンヌ・アルビレオ(38歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7222 ティアラ・フォーリスト(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3232 シャリン・シャラン(24歳・♀・志士・シフール・エジプト)
 eb3530 カルル・ゲラー(23歳・♂・神聖騎士・パラ・フランク王国)
 eb6340 オルフェ・ラディアス(26歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec2418 アイシャ・オルテンシア(24歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4178 キミ・カロニコフ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ec5210 リンデンバウム・カイル・ウィーネ(47歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)/ 花井戸 彩香(eb0218)/ 橘 一刀(eb1065)/ 和泉 みなも(eb3834)/ 齋部 玲瓏(ec4507

●リプレイ本文

 春が訪れた。他国から来た人には分かりづらいが寒さはこれでも格段に緩んでいる。木の枝では芽が膨らみを見せ、ドニエプル川に張っていた氷も消え始めている。漁師はまだ冷たい川へと船を出している。
「魚は自分の目で確かめねぇとな」 
 田原右之助(ea6144)が市場を歩きながら食材の調達を行っている。事前にリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)から聞いた情報を頼りに店を覗き目利きを行っている。
「右之助さん、あちらの店は腕のいい漁師が魚を卸しているらしいです」
 右之助に同行しているオルフェ・ラディアス(eb6340)の「なかなかの情報通」の称号は伊達ではなかった。市場の店主や買い物に来ている婦人たちと会話を重ね安い店や食材についての情報を集めている。
 そして買う段になって活躍するのはリンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210)の交渉の術になる。
「あなたの取り分はこれくらい見込めるはずだから」
 一度にたくさん仕入れる事で相手にも花を持たせる。
「うーん、多少計算を間違えているようだが‥‥、だが年越えのバターを捌くには悪い話でもねえな」
 商談が無事成功しリンデンバウムが店主と握手を交わす。
「春に向けて色々と新しい物を取り揃えるお手伝いになれば、と思いましてね」

 夜と昼の長さが同じになる日。ロシアではその日を境にして前後数週間に渡り、長く辛かった冬が明けたことを祝う。家々では貯蔵していたバターと卵を処分するために小麦粉とバター、卵をふんだんに使い薄く焼くブリヌイを作り振舞う。そしてブリヌイはその形から太陽と月の象徴とも言われている‥‥。
「と、言い伝えられています」
 じゃん、とタイルトゥの竪琴をかき鳴らしクリス・ラインハルト(ea2004)は伝承を語り終えた。
「なるほど〜、ぼく勉強になったんだよ☆」
「へえ、それがこのお祭りの始まり、って訳ね☆」
『わけね?』
 クリスの演奏に耳を傾けていたカルル・ゲラー(eb3530)とシャリン・シャラン(eb3232)、そしてシャリンのペットである陽妖精のフレアが声を上げる。
「えへへ、ご静聴ありがとうです!」
 クリスが竪琴の前で一礼をすると皆は拍手を送った。
「いずれにしも、芸を生業にする者としてはこの手のお仕事は見過ごせないわよね☆」
 気合をいれるシャリン。その横でカルルはたった今聞いたばかりのクリスの歌を記録した。
 とんとんと小気味よい音が聞こえて来る。アーシャ・イクティノス(eb6702)が屋台の木組みを作っているのだ。
「任せてください、力仕事には自信があるのです。つい最近もデビルをぶっ飛ばしてきたんですよ〜」
 アーシャが手伝いを申し出たクリル・ミツ・グストフ(ez1200)に手を振る。
「屋台はもう完成ですし、アイシャがいるからこちらは大丈夫ですよ」
「クリルさん。志士のアイシャ・オルテンシアです。どうぞよろしくお願いいたしますね。ところでお姉、こっちが終わったら何をすればいいのかな?」
 アーシャとアイシャ・オルテンシア(ec2418)があまりに似ている事にクリルは驚く。姓は違っても本当の姉妹なんですよ、とアーシャはにっこりと微笑んでアイシャと共に資材の運搬へと向かって行った。
「えっと、ティアラさんの方にお手伝いは要りますか?」
 アーシャとアイシャを見送ったクリルは色とりどりの看板、メニューを作っているティアラ・フォーリスト(ea7222)に声を掛けてみた。
「クリルさん、ありがとう。お願いと言えば、もう少し木材と絵の具が必要かな」
 木材と絵の具を運び込んだクリルはティアラの作った看板を見て感心する。淡い色彩でブリヌイだけではなく鳥や花が描かれている。春の訪れを確かに感じさせる美しい絵であった。
「見ているだけでうきうきしてきますね。ティアラさん」
 クリルはティアラの描く美しい看板を飽きずにしゃがみこんで見ていた。その後ろから、ぽん、と背中を叩く人物がいた。
「お久しぶり! クリル、元気でやってる? アクアおねーさんが助っ人として手伝いに来たわよ!」
 後ろを振り返るクリルの目に、純白のワンピースが揺れる。
「アクアさん! お元気でしたか」
 クリルは喜んで声を上げたがすぐに目を横に逸らす。声のする方向を見たクリルの目の前にはアクエリア・ルティス(eb7789)の小さくはない、と言うより大きな胸とそれが作る谷間がある訳で。14歳になったばかりのクリルも色々と多感な季節である。
「こら、人と話す時はきちんと相手の目を見る」
 アクアに諭されてクリルは立ち上がる。あれ、こんなに大きかったんだ、とアクアは心の中で思った。クリルと縁を持ってから既に半年が過ぎた。小さな子供でしかなかったクリルはいつの間にかアクアの身長を超えていた。
「そうそう、クリル。みつさんの供養にジャパンの食べ物を持って来たの」
 敢えてその名前を出してきたアクアの真意を瞬時に悟ったクリルはくすっと笑ってから差し出されたそれを口にしてみた。口の中で粘る食感と臭いが気になるが、実はクリルはこの食べ物をよく知っていた。
「納豆ですね。先代は『うちとこの敷居は跨がせまへん』と言っていましたから私が頂きますね」
「そう、残念だわ。‥‥でも、クリルが元気そうでよかった」
 保護者であった人物は既に他界した不憫さが胸を締め付ける。ならばその代わりをできるだけ務めようとアクアは思い調理場に向かう。そして二分後、崩壊音と絶叫と怒号が聞こえてきた。
 クリスと一緒にブリヌイを焼いていたキミ・カロニコフ(ec4178)は困った顔をしている。
 準備は万端に整った。あとは明日の天気を願う次第だ。クリルは布を丸めて作った「おまじない」を軒先に吊るす。
「クリルさん、これは?」
 尋ねるティアラにクリルはジャパン由来のおまじないで、「てれてれ坊主」と聞きましたと答えた。
「じゃあ、ティアラもてれてれ坊主とセーラ様にお願いをするね」
 その様子を眺めていた右之助が溜息を吐き出した。
「なあ、クリル。その丸めた布は、てるてる坊主って言うんだぜ‥‥」

 当日。てるてる坊主を見ながらシャリンが面白そうに声をあげる。
「ジャパンの陽の妖精って、変わった姿をしているわね」
 天気が悪ければウェザーコントロールを使う気持ちもあったのだが、てるてる坊主の力か神のご加護か、穏やかな春の晴天の朝を迎えた。日が昇るに連れて春霞が漂う。春の香りが混じった空気を吸うとそれだけでいい気持ちになる。
「春も近いわねぇ。こういう賑わいを見てると、‥‥護らなくちゃいけないって気分にもなって、気合が入るわ」
 日が高くなるに連れて次第に増えてくる人手を目にしながらリュシエンヌはウァードネの竪琴をぽろんと鳴らした。昨夜遅くまで手がけていた屋台の飾り付けが陽光を受けて煌めいている。夜は灯火に照らされて幻想的に見えることだろう。
「それにしても随分と人の集まりが早いわね」
 もう少し時間が掛かる事も考えていたリュシエンヌに、以前キエフで開かれたサーカスを見た人たちがシャリンさん、リュシエンヌさんが演奏すると聞きつけて集まって来たそうですとクリルが説明する。
「ちょっと気合が入るわね☆」
「わね☆」
 盛り上がるシャリンとリュシエンヌが舞踏と演奏の準備を行う。シャリンの周りではアーシア、フレアの両フェアリーが飛び交っている。目敏く見つけた客がわっと集まってきた。
「むむ、これは楽士として燃える状況ですね」
 クリスが竪琴を手元に寄せる。3人は目配せを行い呼吸を合わせる。テーマは【春の訪れ】。ゆっくりした曲調が徐々にテンポを上げていく。シャリンの手首から伸びた布が大きく揺れるごと、フェアリーの動きが見事に同調するごと観客から拍手が沸き上がる。演奏の終了と共に割れんばかりの拍手が降り注ぎ、場の熱気が未だ残る寒さを吹き飛ばす。手を引かれた子どもが空腹と喉の渇きを思い出したように訴えると、そこには可愛らしい看板があった。『創作ブリヌイで世界の味めぐり♪』という宣伝に興味を示す者も多く、いい匂いに誘われて覗き込む。
「いらっしゃいませ」
 そこにすかさずリンデンバウムの心地よい接客が入る。客は導かれるままに席へと進んでいった。

「おっっいしーっ!」
 何だか大きな声で絶賛している少女がいるので興味を惹かれた者もいる。実はこの少女もキエフではちょっとした有名人だったことを当の本人はすっかり忘れていた。というか忘れたかった。
「おや、君は確かあの時の」
 真冬だというのに下着姿で現れた一団にあっという間に取り囲まれてしまったアクアは内心泣きながらもサクラを演じ続けた。
「アクアさんって顔が広いんだな」
 今や戦場と化した調理場でカルル、右之助、キミが格闘し続けていた。大人の客には右之助が作った燻製が好評で、子どもやご婦人はカルルの前で長い行列を作っている。カルルはまるで分身の術を使っているように焼いてはトッピング、そしてサーブを繰り返す。キミは圧倒されながらも、困っている人を見かけては手を差し伸ばし応対をし続けた。

「やーん、アイシャ、超可愛い〜〜!」
「お姉こそ可愛いです〜〜!」
 一般階層では見たことさえないメイド服を身に纏ったアーシャとアイシャの周りでは若い男性が集まってきていた。
「美味しいですよ、どうぞ食べに来てくださ〜い♪」
 手にした看板を見せつつ焼き上がったばかりのブリヌイをつまみ食い‥‥もとい、味見をしてみせる。
「俺に奢らせてくれ」
 【めにゅー】と書かれた看板は絵を見ればすぐ商品がわかるようになっている。しかも愛らしく彩りに溢れている。これであれば識字率の低いロシアでも間違えることはない。ティアラの労作であった。

・プレーンブリン(素のままのブリヌイだよ〜)
・はちみつブリン(蜂蜜をトッピングしたブリヌイだよ〜)
・カスタードブリン(カスタードクリームをトッピングしたブリヌイだよ〜)
・ジャムブリン(柑橘系かベリー系のジャムがあればそれをトッピングした感じになるかにゃ〜)
・チーズブリン(炙ったチーズをトッピングした大人のブリヌイ)
・フィッシュブリン(塩味の効いたチョウザメのバター焼きを乗せた大人の味)
・サーモンブリン(サーモンの燻製を乗せた定番メニュー♪)
・王様ブリン(キャビアを乗せたおいち〜ブリヌイだよ〜)

 客が訪れ客を呼ぶ。焼き上げる右之助、カルルが見せる妙技が更に更に客を呼ぶ。着ぐるみ「まるごとウサギ」を着込んだクリスと「まるごとおちば」を着込んだオルフェの集客も手伝って場は大賑わいになった。二人が交差する度、着ているジャパン服に描かれた月と太陽が入れ替わり、春の日の訪れを着衣で表現し続けた。
「商売の手伝いですからそれなりに利益はないといけないですけど、やっぱり皆さんに楽しんでもらいたいですよね」
 まるごとのなかで汗をかきながらオルフェが呟く。

くーまじゃないけど まだ眠い♪
ふーゆはなんだか 眠い眠い♪
おっきろ起きろと 春が呼ぶ♪
くーまじゃないから はよ起きろ♪
あったか毛布はもういいでしょ♪
代わりにブリヌイどうかしら♪
おなかに入れたら 目も覚める♪
お好きな味で さぁどうぞ♪

 遠くから流れてくるリュシエンヌの歌が耳に心地よい。合わせるように即興でクリスと芝居を行う。時折、声色を変えて行う劇は子どもたちの笑顔を誘った。

 夜、ようやく静かになってきた会場。リンデンバウムが集計を行いクリルと精算を行っている。まだ灯りの灯されている席では地獄から帰還した兵士が互いの無事を祝しあっていた。キャビア&チョウザメの白身、スモークサーモン、ロブスター、その他魚介類、卵、熱々のチーズ等、それに付け合わせのザワークラウトやピクルス。右之助の作る数々の料理がテーブルに並ぶ。
 兵士達はクリスが奏でリュシエンヌが合わせる歌を肴に酒を酌み交わす。ティアラが用意してくれたトリュフは戦地を共に駆けた貴族と兵士が共に分け合って食べていた。
 ここでは階級もなくただの人間が酒を酌み交わしているだけである。日中、賑わっていた街の様子をアーシャとアイシャに聞いた兵士達は差し出されたブリヌイを食べて涙をこぼした。

「みんなで守った平和なんだよな」
 座る人のいない席に置かれた酒の数が帰って来ない命の数を示していた。ティアラがそっと灯りを交換し、キミは酒を注いで回る。夜も更けていく。静かな春の夜は、優しく冒険者とキエフの全ての人を包み込んでいた。