●リプレイ本文
ディーテ砦は地獄に存在するただ一箇所の街と聞く。しかし街と言っても冒険者の目に映るのは複雑な構造を持つダンジョンである。
「デビルは眠らないと聞くから居住区なんてある訳もないか」
デビルにも生活があるのかなど興味はないが偵察、あるいはお宝の略奪に向かう今は行動の把握には重大な意味を持つ、とロックハート・トキワ(ea2389)は考える。
ごとん。
遠くからいつもの音が聞こえてきた。
「今度はこの区画が動く、のか‥‥」
目の前の壁が移動を開始した。考えるよりも先に体が動き巻き込まれることは回避する。
「やれやれ、バックパックを置いていく訳にもいかないしなぁ‥‥」
回避はできるのだがバックパックを持っての移動には限界もある。先刻まで見えていた通路の先は新しく現れた壁に閉ざされてしまった。再び複雑に変化した迷宮の先に向かうには大回りする事になりそうだ。
「花音、だいじょうぶ? 怪我はない?」
リスティア・バルテス(ec1713)がリカバーをかける相手は春咲花音(ec2108)である。
「ちょっと足を‥‥。でも、リスティアさんこそ、だいじょうぶ?」
「ティア、って呼んでね。あたしの怪我はもう治療したから。でも想像以上の所ね、ここは」
リスティアと花音は協力し合うことでディーテ砦の内部まで潜入することを成し遂げた。忍び歩きが得意なリスティアと隠密の行動に秀でている花音。特にリスティアのデティクトアンデットは警戒歩哨を行っていると思われるデビルをかわすのに、途中までは有効であった。
だが、奥に進むにつれ次第にディーテ砦は牙を剥いてきた。まるで、凶暴な野獣が理知的な紳士の外面を見せているような気分にもなる。
迫ってくる通路の壁を咄嗟に回避できるほどの技量をふたりは持ち合わせてはいなかった。必然、怪我を治癒しながらの前進になる。負傷を癒した後で一度休憩を取る事にして食料を頬張る。花音が何かの気配に気付きリスティアに目配せを送る。ふたりはじっと息を殺してそれが通り過ぎるのを待った。耳障りな羽音が通り過ぎ、再び静寂が訪れた事を確認してふたりはほっと息を吐く。
「まだ追いかけてくるようね」
うんざりしたようにリスティアと花音は顔を見合わせる。姿を変えて行く城塞の内部にあっては、例えデビルでも被害は免れないらしい。壁の移動と共にデティクトアンデットで探知していたデビルの存在が消滅した事がある。最初はなにかの間違いかと思ったが、実際挟まれて霧と変わるデビルを見たときに、この無秩序な砦に不用意に踏み込んでしまった事を、ふたりはその時初めて後悔した。
だが、そんな城塞の内部にあっても変化を物ともせず出現し行動するデビルがいる事にふたりは気が付いた。
できるだけやり過ごしながらもその秘密を得るために、デビルが一体となった時を見計らいふたりは襲撃を決行した時のことである。
「コアギュレイト!」
間合いを一気に詰めてリスティアが詠唱を瞬時で終える。だが、それを察知したデビルも何かを詠唱した。リスティアの放つ神の戒めはデビルに命中する前に暗黒の炎の壁の前で消滅してしまった。
「ティアさん、ここは引きましょう!」
花音がティアの手を引く。
「せめてあのデビルの事を報告しなければ‥‥。ホーリーフィールド!」
追いすがるデビルを阻む障壁が完成する。障壁が破られる間にふたりは潜伏に成功したのであった。
再び息を殺しながら様子を伺っていると、ふたりを見つけることができなかったデビルは、ある一点に立ち何かを待っていた。するとデビルが立つ位置に面する壁が急に開き、デビルはその中へと吸い込まれるように消えて行った。まるで、そこに新しい通路が開くことをデビルは知っているようであった。
「いえ、知っているのよ」
だとしたら、何故知っている? 不規則に動いているとしか思えないディーテ砦は、実は何らかの意図と法則に基づいて変化している?
リスティアと花音は互いに気付いたことを話しあった。リスティアは神学の知識や演奏家として気づく事と、花音は卓越した視覚、聴覚で何かを捉え始めていた。もしかしたら、城塞の仕組みを利用して前に進む事も可能かも知れない。
同じく、ディーテ砦に潜入したフォックス・ブリッド(eb5375)も奇妙な違和感を覚えていた一人であった。俯瞰でみるとあるいはこの城塞が象りたい真の意図が見えるのかもしれない、と漠然と考えていた。潜入してから数日、最初は手を焼いた城塞の変化も、今では法則性までは判らないでも変化の予知はできるようになっていた。隠密の技能が事前に起こる僅かな物音や景色のズレを見逃す事はなかった。そして襲い掛かるように閉ざされ開く壁、天井、床は回避の技に優れたフォックスにとって致命的な障害にはならなかったことも幸いする。奥に行けば行くほど変化は激しさを増したがそれでも何とか体が対応した。
「仮に盗賊だとしても、かなりの名が通った者でなければ進むのは難しいでしょうね」
乱れた銀の髪を整えてからハデスの帽子をかぶり直す。無残に破壊されたようなデビルの詰め所だったような建物を過ぎて行くと、平然と持ちこたえている建造物があることにフォックスは気付く。デビルの中にも盗賊はいるのだろうか? 入り口には厳重に鍵が掛けられているようだ。魔法で封印されている扉は無視して物理的な解除法で開く扉を探って行く。
かちり、と音がして扉が開いた。ここはそれなりのデビルが待機していた場所なのだろうか。明らかにデビルには不要と思える調度品が並べられていた。
「これは‥‥」
フォックスは指輪のひとつを見つける。何かはわからないが持ち運びに労する物ではない。バックパックにしまうとその場を去ることにした。
オラース・カノーヴァ(ea3486)にとっては、ディーテ砦の構造的変化や突如出現する敵など障害にはならなかった。天井が落ち、床が抜け、壁が迫り通路がなくなるといったような如何なる状況でも、一度脚に力を込めて駆け出せば簡単に回避する事が適った潜入した多くの冒険者たちが苦労したように大回りする事もなく、最短の距離で最奥へと侵入を果す、事ができたはずだった。だが、オラースは致命的な失敗を犯した事に気付く。
乾いた喉を持参した富士の名水で癒し、ポーションを飲み込む。それでどうにか飢えはしのげたが、それでもやはり十全な力は出し切れない。
「潮時かも知れないな」
最奥に潜んでいると伝え聞くデビル、ムルキベルの財宝を手に入れてみたかったのだが力を出し切れない以上は次善の行動を取るしかない。内部を探索している最中に見つけた工房らしき箇所に引き返す。そこに詰め寄っていたデビルの鍛冶師がオラースに気付き、手にしたふいごから炎を吹き出して応戦する。だが、いくら十全の力を出せないといってもオラースの剣を前にして立っていることなどできなかった。ソードボンバーの爆裂が響き、それが収束した時には既に雌雄が決していた。
デビルの鍛冶師を何体灰燼に化したかは覚えていない。最後の一体を前にしてオラースはその喉元に剣を突き立て問質す。
「貴様は殺す。いや消滅させるが正しいのか。どっちでも構わないが、とにかく」
ぐいと剣に力を込める。
「苦しんで死にたいか、楽に死にたいかは貴様次第だ。俺が満足する答を言うなら楽な死に方をさせてやる‥‥」
デビルの鍛冶師に負わされた火傷がより迫力を上げている。格負けを素直に認めたデビルは知っている限りの情報をオラースに教えた。
「確かにこの砦の変化には法則がある。だが、俺たちのような下っ端にはわからない。いや、ムルキベル様の配下じゃない限りわからないんだ。本当だ。仲間の多くは荒野に陣取るバアル様の下へ行ったんだ。なあ、あんた、俺を連れて逃げてくれねえか。ここは本当に怖い場所なんだ‥‥」
デビルの鍛冶師に聞けるだけの事は聞きだして、オラースは部屋を物色する。商人として多少の目利きはあるオラースは鍛冶師が材料として使っていた白金に目を留め、しかたがないとばかりにそれを持ち出すことに決めた。
「情報が欲しい。地獄に関する事、ディーテ砦に関する事、何でも構わない‥‥」
ただひとり歩く長渡昴(ec0199)の目には決意が宿っていた。デビルの隠し持つ財宝に魅力を感じないと言えば嘘になる。しかし、昴にはもっと欲しい物が存在した。ロシアに現れた魔王、アラストール。彼の者の情報が何よりも欲しい。いや、魔王に関する情報ならどんな些細なものでも構わない。
隠密と回避にある程度の腕前を持つとは言え、昴の行程は並々ならぬものがあった。壁に挟まれる事も既に数度経験し、その都度傷を癒しながら昴は前に進んだ。
満身創痍の昴がある地点に差し掛かった時の事である。
「紙‥‥?」
ジ・アースにおいて紙は貴重な品である。それが乱雑に散らばっている。
「もしかして、ここは書庫だったのでしょうか?」
疑念が確信に変わるのに時間を要しなかった。紙や羊皮紙が床に散らばっている。想像に過ぎないが、ディーテが構造変化を起こした時に破壊された部屋なのだろう。
様々な書の中から昴はひとつを取り上げる。恐らく、他の者がそれを見たとしても書だとは思えない物だったはずだ。アラビア語を多少理解できる昴は、それがデビルについて書かれている書である事にようやく理解した。
読めない単語も多い中、昴は断片的に知識を取り出す作業に掛かる。
「ディーテ砦が最終的に理想とする形」
「ディーテの先に控える万魔殿と嘆きの川」
「バアルと戦う者は無限に続く戦闘を乗り越えなければならない」
「この本を書いた者は‥‥、狂気に取り憑かれたのでしょうか」
読めないながらも書物が途中から乱雑さを増していくのを昴は恐ろしく想いながらも懐にその書をしまいこむ。
宝の発見は思うようにいかなかったかも知れない。しかし、冒険者のもたらした情報によりディーテ砦の攻略は次の段階に進む事になる。それは何よりの戦功だった。