消えやらぬ火炎

■ショートシナリオ


担当:谷山灯夜

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:3人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月27日〜06月01日

リプレイ公開日:2010年02月17日

●オープニング

 残雪が溶け陽気に照らされた大地。日中は陽炎が舞う。いつもながらの春の日。だが悪戯な風が吹き降ろした事が全ての始まりだった。
 山上で雨を降らせてから降りて来る風が暖気を含んでいる事を山の人間なら誰でも知っている。春とは言え寒いロシアにとってその暖気は自然の恩恵の一つでもあった。だが、その風は大地と森を乾燥させてしまう。
 風が荒れた夜。森の木が激しく揺れて枝が擦りつけ合う。そして遂に乾いた生木から煙が立ち上りそれは瞬く間に炎と変わった。

「大変だ!」
 気がついた時には既に遅かった。辛うじて身一つで難を逃れた木こりは、自分の家が炎に飲み込まれるのを走りながら振り返り見ることしかできなかった。炎は炎を呼び、それは巨大な旋風へと姿を変えていく。
 離れて存在する民家を次々と飲み込みながら炎は貪欲に成長を続けた。そして森に沿うように獲物を狙って行く。

「何とかして消せないのか」
「このままでは村が飲み込まれてしまう」
 森が続く先に比較的大きな村が存在した。その村に森林火災の一報が届いた時、はるか山間から立ち上る煙が既に見えていた。
「村に来るまで、2、3日というところじゃろうか」
 村長はゆっくりとこちらに向かい来る煙の動きを見つめ続けていた。村には女年寄りと子供たちしかいない。男達はデビルとの戦いの予備役、後方支援として出て行ったまま、まだ帰還はしていない。
「この村もお終いじゃろうか。じゃが若い者たちが帰って来た時、なんと思うじゃろう‥‥」
 老いた村長の目から熱い滴が頬を伝わり落ちる。
 仮に火が消えたとしても森から得られた恵みの全ては失われてしまうだろう。

 その時。納屋からふたりの少年が馬を駆って飛び出した。
「俺の親父、何かあったらこれを使えって言ってくれたんだ」
 後ろにしがみ付いた少年は握り締めた皮袋を前の少年に見せる。口が閉められた皮袋がじゃらじゃらと音を立てた。
「そっか。すげえ親父だな。だけど俺の親父も何かあったらこの馬を使えって言ってくれたんだ」
 気性が荒そうな馬は、だが少年の手綱には逆らわなかった。
 ふたりの少年はまっすぐに、ただひたすらにキエフを目指した。不可能を可能とする冒険者であれば、あるいはこの災害を何とか収めてくれるのではと希望を乗せて。

●今回の参加者

 ea7465 シャルロット・スパイラル(34歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3232 シャリン・シャラン(24歳・♀・志士・シフール・エジプト)
 ec1182 ラドルフスキー・ラッセン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ ヴィクトリア・トルスタヤ(eb8588

●リプレイ本文

 迫る炎に、いつ逃げるかと不安を募らせていた村の人々は、自分達の方向に飛んでくる巨大な人影を見てもはや祈るしかないのかと、とっさに思ったらしい。それが精霊だと聞かされても、信用するに到ったのは行方不明だと騒ぎになっていた少年二人が合流してからだ。
 それでも村を訪れた冒険者は僅か三人。一人はシフール、しかも女性。それから男性だが、エルフとハーフエルフのどちらも細身の二人。少しでも村への類焼を防ぐべく周辺の木を切り倒していた、戦地に駆り出されずに済んだ少数の壮年男性と多くの老人、子供と女性達が不安な表情を拭えなかったのもある意味仕方がない。
 最初は驚いた巨大な精霊がいればあるいはと思われたが、つれてきたシャルロット・スパイラル(ea7465)とシャリン・シャラン(eb3232)は、残る一人のラドルフスキー・ラッセン(ec1182)の補助だと言う。
「直に見ないと信じられんのも仕方がないがな、この男はこれでもかなり役に立つのだ」
「かなりとはなんだ、俺の必殺呪文に対して、もっと言うべきことがあるだろう」
 シャルロットとラドルフスキーの言い様は自信たっぷりだが、何をどうするつもりか分からない村人達はまだ困惑を隠せなかった。
「二人とも火の精霊魔法使いだから、ちゃんと消火活動できるのよ」
 やたらと偉そうだけど信用しても大丈夫とシャリンが言い、少年達がここへ来るまでの空飛ぶ絨毯のすごさなどを熱っぽく語って、『すごい魔法使い』とはようやく認知されたらしい。絨毯の持ち主がシャリンだろうが、乗ってきたのはラドルフスキーと少年達だから、彼らの言葉には説得力があった。
 もちろん三人は手分けして村人から現在の火災の様子を聞いて回り、更に周辺の地勢も確かめていた。特にシャルロットは周辺の森に詳しい木こりから植生を、ラドルフスキーは村人達に火災の原因の心当たりを尋ねている。シャリンはすでに焼失した地域と今の火災場所を聞いて、自分の目でも確かめようとしていた。
 三人の間では、放火の可能性にも注意すべきとの意見もあったし、時節柄デビルなどの暗躍にも念のため注意を払っておくに越したことはない。だが村人達が口を揃えて降雨の少なさからくる乾燥を挙げたので、過度の警戒は必要なさそうだった。もちろん炎への警戒は十分に必要だが‥‥
「プットアウトが役に立つ時が来たか‥‥今までも便利に使ってきたけどな」
「炎熱の魔術師としては‥‥見過ごせんなぁ」
 どうも男性二人は、妙に偉そうだったり、高笑いが混じったりするところが怪しげである。シャリンが思うくらいだから、村人はなかなか安心してはいられなかっただろう。
 でも。
「人助けは大事だ。お前ら、せいぜい気張れよ」
 シャルロットが不意にそんなことを口にして、二人から『当たり前だ』と怒鳴り返されたのを見て、少し気持ちが明るくなったようだった。

 村から見える範囲で燃え盛っていた場所は三箇所。それぞれが結構離れていて、歩いて移動していたら途中で煙に巻かれそうだ。しかも三箇所共におおよそ三百メートルの広い範囲で激しく燃えているらしい。
 らしい、となるのは、炎が強くなって乾燥した木ばかりではなく若い立ち木なども燃え始めたからだろう、煙が相当上がっているためだ。これはまずいと三人同時に思ったのは、いずれも魔法を使うから。
「風上に回る手間もあるか。いざとなったら、手を借りるぞ」
 ラドルフスキーが忌々しげに呟いた前半の言葉は、炎が上がっているはずの場所も煙で見えないからだった。視認しなければ効果を及ぼさないのが大半の魔法で、見えない場所の火は効果範囲にあっても残る可能性が高くなる。当然その分魔法を掛ける回数も増えるから、時間も魔力も要することになる。
「そうか、風上じゃないと危ないわね」
 シャリンは呼び出したヒューリアに抱えられていたが、向かう方向を若干修正して伝え直している。精霊は煙があろうとものともしないが、一緒に行動するシャリンが喉でも痛めれば細かな指示を出すことが出来なくなってしまう。
「この地形では風の渦も方向がいつ変わるかわからん。危ないのはおまえだからな」
 物言いがどうしても高飛車なシャルロットだが、こちらも精霊リオートをつれている。もしもの時は彼女がつれて逃げてくれようが、ラドルフスキーだけは空飛ぶ絨毯を使う分高速とはいえ自力移動だ。相互の様子を細かく確認する余裕もないが、ラドルフスキーはプットアウトを使うからその効果が出なくなったら危ないと考えて助けに行くしかないだろう。
 当人は『そんなへまなどするものか』と、こちらもまた偉そうに言い放っていたが。
 なお村に一番近い巨大火柱はシャルロットがリオートと一緒に森の伐採を行う。シャリンは二番目に近い炎に芭蕉扇をヒューリアに持たせて向かう。もう一体のフレアにはファイヤーコントロールで延焼の食い止めを。ラドルフスキーは一番遠い炎の輪まで絨毯で移動してプットアウトとなった。村から遠い場所から行くのは、そこの植生が最も燃えやすい種類の木で、更に炎の進路に村が木材にするため大事に育てている木々が存在するからだ。他の場所も焼けていい訳はないが、生計に直結する部分から守ることにはシャルロットもシャリンも頷いたので、三人それぞれに分かれて移動を始めた。

 リオートの身の丈にはどうしても小さいヘビーアックスを渡して、シャルロットは目の前でその範囲を広げている炎を眺めやった。
「燃える燃える、燎原の火‥‥」
『火をつけた当人のような言いっぷりだな』
 心の中では『全て消し去ってやる』と考えていたのは伝わらず、リオートの発言はシャルロットに渋面を作らせた。怒っている場合ではないから、表情は変わらないままに消火活動を開始する。あいにくとプットアウトは使えないので、ファイヤーコントロールで今以上の延焼を食い止めつつ、リオートに境目の木々を切り倒してもらう方法だ。
 普通ならこれをする時はまだ燃えていない木々を切り倒すが、リオートは炎を避ける必要がないのですでに燃えている木々を倒していく。ついでに境目から出来るだけ内側に運んで、多少でも隙間を作り出した。
 ある程度木々が倒されたところで、ファイヤーウォーキングを自身に掛けたシャルロットが、ファイヤーコントロールを使うか、手にした生木の大きな枝で足元に燃えている火を叩いて消していく。
『すごく地味』
 指摘通りだが、煙を避けつつ、でも確実に消火となると、どうしても自分の目が頼りだ。事前にこの時期だが水を浴びて、たっぷり濡らした布地を首周りに巻いて口元を覆い、目も時々湿らせているが、派手に走り回るなどは出来かねる。せいぜい真っ赤に充血した目でリオートを睨むくらい。
『任せろ』
 なんだか妙に嬉しそうなリオートが、切り株に残った火はげしげしと踏んで消しつつ、すごい勢いで木々を切り倒す作業に邁進していた。
「おまえ一人だけ活躍出来ると思うな」
 言い返したシャルロットの声には、先程より随分と熱っぽいものが含まれていたようだ。

 話を聞いた時には急がなきゃと思ったが、この熱さはただ事ではないとシャリンはほんのちょっぴり後悔していた。いつもの調子で着てきた踊り子の衣装に火の粉が飛んだら大変だからだ。いきなり飛び出すものではないと、今更考えたところでどうにもならないけれど。
「曇ってれば、一雨呼んだのに〜」
 これまた言っても詮無きことだが、空は小憎たらしいほど晴れている。つまりはシャリンは指示役に回るしかなくて、消火活動そのものは精霊達にお任せということ。シャリンより大きいくらいの芭蕉扇もヒューリアが持つと余りに小さいが、役目の重要さは理解していて、珍しく厳しい顔付きだ。火の中に突っ込んでいきそうなフレアを捉まえてもいる。
『どこから始める?』
 緊張感が今ひとつ共有できないフレアはシャリンがしっかり見ておくとして、ヒューリアが示された場所に向かって、芭蕉扇を一振りした。
「やったぁ、その調子よ」
『よ〜』
 芭蕉扇は魔力消費が一振りごとと結構あるが、届いた範囲の炎は確実に消してくれる。村に近付きそうな範囲の火から消して貰い、燃えている範囲を狭めていく。フレアにはまた外側に広がりそうな火を操ってもらい、少しずつ村から引き離すのに成功していた。
「フレア、向こう側の火が小さくなってるか、見てきてちょうだい」
 完全消火は叶わないだろうが、ともかくも自分の役目はまっとう出来そうだと安堵した様子で、シャリンは芭蕉扇を使わせてもらえずに唇を尖らせていたフレアを様子見に行かせていた。

 空飛ぶ絨毯を駆って、いささか大回りに風上に到着したラドルフスキーだったが、慌ててはいなかった。これまでのところ状況の把握は滞りなく出来ている。予想から極端な変化も生じてはいない。後はやるべきことをきっちりと済ませていけば、さほど掛からずに消火が出来るはずだ。
 問題があるとすれば、日が暮れるまでにどこまで作業を進められるかだ。
「火は見えやすいが、移動が難しい‥‥さて」
 早朝にキエフを飛び出して、冒険者三人それぞれの方法で道を急ぎ、村での情報収集にしばし時間を要した。当然昼はとうに過ぎて、夕方との中間。下手に消し残しがあって、そこからまた火が広がると日が暮れた後に走り回ることになりかねない。地の利もない場所で、それは避けたい事の筆頭だ。
 それでも残り時間が二時間余りはあると見て、ラドルフスキーは目の前に吹き上がる炎を眺めやった。燃え盛っていると風も渦を巻いて、煙が一定方向に流れるとは行かない。でもしばらく眺めていると、時折煙が一気に上空に噴き上げられるときがあった。この時は、火の粉が飛んできて熱いのだが‥‥
 高速詠唱を使うでなし、間を計って一度に六割くらいの範囲を消し止め、残りは二度に分けたが最後は僅かの範囲で魔力の消費を抑え気味に。少しばかり髪が焦げたが、髪型に支障はないようだ。
 ちらちらと熾き火のようなものは残っているが、これが広がる前には他を消し止められるはずと絨毯に乗る。
「あんたの連れには、順調だと言っておけ」
 移動の途中、フレアに出くわして伝言を預けたが、それが伝わるより先に移動している姿が見えたかもしれない。
 少なくとも、リオートは気付いて、ブンブンと手を振っていた。

 翌日のこと。
「やっとあたしの出番が来たわ〜!」
 小さい拳を振り上げて、シャリンが朝もやの中で叫んでいた。
 昨日は無事に燃えていた炎の大半を消し去り、夜間にまた大きく広がるようなら手を打つことにして、見張りは村の人々に頼んで休むことが出来た。日が暮れて、どうにも動き難いので村に戻ったときには三人とも煤けてひどい有様で、湯浴みや衣類の手入れを村の女性達が請け負ってくれたのはありがたかった。おかげで夜も明けぬうちに十分な睡眠をとって起きられたからだ。
 あとは夜明けを待って、完璧な消火を目指すべく見回りと火消しに努める予定でいたが、夜のうちから広がった雲が夜明けの光をかろうじて届かせる程度に厚みを帯びてきて、シャリンが浮かれ踊っている。フレアも一緒。
「雨を呼ぶわよ」
 別に雨乞いの踊りではなかったが、魔法の効果で間もなく降り始めた雨は彼女の踊りでもたらされたと思われたようだ。また後で何かいい踊りをと願われて、もとよりそのつもりのシャリンは非常に嬉しそう。
 ただ気持ちよく踊るためには、雨の中でも残っている火を消し止めて歩かねばならず、これは依頼に来た少年達はじめ複数の協力者を得て、地道に進めて行く。
「燃え尽きたように見えても、火がなければ残しておけ。下手に手を入れないほうが、後の回復が早い」
 シャルロットが少年達を指揮して村に近いところから見回り始め、ラドルフスキーは木こりと一緒に実際に火が見えるところに向かっていた。途中で倒れかけて不安定な木だけは切り倒し、あまり燃えていない木々からは傷んだ箇所を取り除いて、火は念入りに消し尽くす。後の燃えた痕跡は、ほとんど手付かずだ。
「この辺りも木材用の林だったようだな。ここから村の方向は消し止めてあるが」
 何年も掛けて育てた木々を、頃合を見て伐採し、冬の凍土を滑らせて出荷する。そういう営みを繰り返していた村にしたら、一部でも欠けるのは大きな損害だろうが‥‥
「村に近いところから消火に回っていたら、もっと被害が出たろうし」
 村を守るにはそれを囲んで、強烈な吹雪から守っていた木々を全て切り倒さねばならないかと覚悟していた、それ以上に村を捨てる準備もしていた人々は、消火が間に合わなかった木々を改めて見やっているラドルフスキーに『なんとか出来る』と大分強がりを混ぜてはいたが、返してきた。
「そうか。ならば後二日半は手伝える」
 冒険者達の手助けを必要とすることは、後片付けから慰労の踊りまで、まだまだあるようだ。

(代筆:龍河流)