村への帰還

■ショートシナリオ&プロモート


担当:谷山灯夜

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:5

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月12日〜10月17日

リプレイ公開日:2008年10月21日

●オープニング

 一人の少年が街の高台に佇んでいた。夕日に背を向け遠くを見るその目に生気を感じ取る事ができない。だが孤児や流民も多いこの街では、あまりにもいつもの風景でしか無かった。
 しかし今日はひとつの偶然がいつも風景を少しだけ変えた。

 一人の女がとある南方の村から帰ってきた時。たまたまこの道を通りかかった。この女も夕日の方向とは逆に目を向けていたので、視界に少年が入る事になる。特に気にもかけずその場を通り過ぎようとした時。そして何気なく少年の後ろ姿を見た時。

 手にしていた大切な財布を、道に落としてしまった。

 だが、音を立てて散らばる金貨に気をとられる事も無く、その少年の顔と容姿を見つめたままの女の顔は蒼白に変わっていくように見えた。

 女は、声を掛けようとして手を伸ばす。だが、そのまま逡巡してしまう。そして考えを振り払うように頭を振る。意を決するのに幾ばくかの時を経た。
 
 心に何かを決めたような表情を現した後、軽く顔を両手で叩く。そして声を掛けてみた。その時にはいつものように微笑みを顔に湛えていた。

「もし。何かお困りの事がありましたか」
 少年は突然の言葉に驚いて振り返る。そこには漆黒の髪、漆黒の瞳で見た事もないような服を着ている女が立っていた。
 
 今日、はじめて。いや、この街に来て初めてだ。人から声を掛けて貰った。けど。
 何を話すのか。そもそも話したところでどうだと言うんだ。

 声に出す事もできない。複雑な想いが少年の中で錯綜し、うな垂れる事しかできなかった。
 しかし女はその少年の思いを汲んだようにそれ以上言葉を発することもなく、少年と同じように立ち竦み夜の帳が街を覆うまで傍にいた。

 唐突に熱い物が胸からこみ上げて来て、自分では止める事ができなくなった。少年の両目から、耐えて堪えていた感情が溢れ、そして頬を伝わり落ちていく。
「僕の、住んでいた村が。村の人が」
 それだけを必死に言うと、少年は肩を振るわせ口を固く結んでしまった。
 飲み込んだ言葉は、とうさん、かあさん、だろう。それが女にははっきりと判る。女はそっと、その少年の柔らかい髪に手を当て、自身も視線を遠い空の彼方へと向ける。
 共に視線は遙か先。東の彼方へと向けられている。月と星がゆっくりと動いている。夜も更けていく。こんなにも星の綺麗な夜は、同時に寒さが天から星から降ってくるようにさえ感じる。

 だが、身を切るような寒さの中、ふたりはいつまでもその場所から動く事はなかった。人は同時に2つの痛みを感じないと言う。ならば体に突き刺さる痛みこそが心に開いた傷の痛みを束の間は忘れさせてくれる薬となろう。

「さて。依頼をお願いしたいのですが」
 その次の日の事。冒険者ギルドに訪れる者がいた。
 一人は最近ギルドでも有名になりつつある、ジャパンから来た女性商人。商家は醍醐屋という屋号を掲げ、当人の名前はみつと言う。
 そしてそのみつの横には布で包んだ荷物らしきものを背負った少年が立っていた。
 一瞬だがギルドの受付は奇妙な感覚を覚える。だが、それが何なのかはどうしても解らない。

「それで今回のご用件は?」
 受付はふと我に返ったように問いかける。
「こないな事で冒険者さんのお手を煩わせるのもなんなのですが、一寸うちらを東の方まで護衛していただきたいと思いまして」
 受付は羊皮紙に墨を走らせ、目線を上げず問い返す。
「護衛の依頼ですね。それは受けますが東と言っても一体どこまで」
 みつはにこっと微笑む。
「へえ、ここから東へ一日ほど行った所にあるとかいう村です。先般そんな依頼があったかと思いますが」
 ぎょっ、として受付は目を上げ、女と、その女の後ろにいる少年の顔を覗き込む。
「い、行って、何をする、つもりで」
「さあ? なにをするのかは行ってから考えるとしますが。今はただ、ご同行して下さる方を募集してみよう、かと」
 それだけ言うと、みつは再びにっこりと微笑んだ。
「では、お願いします。ではクリルさん、参りましょか」
 みつの後ろでこくん、と少年が頷きその後を追っていった。

 話のやり取りを見ていた者達が、ざわざわとする。
「あの子、クリルって言うんだ」
「でも、あの村って、人の姿に変身した悪魔に‥‥」
「なんでも、冒険者や修道女に化けたらしいぞ」
「あの女、一体なんのつもりで行くんだ」
「腹黒さで悪魔じゃないかとか噂になるのが、悪魔の出た村へ行くとは。穏やかな話ではないな」

「どうした、ぼんやりして。あの悪女に魂を捕まれたか?」
 嘲笑うような声が受付に向けて飛び交った。
 だが、受付の手にある重そうな報酬に気づいた時、一同がしんとなった。袋の中を開けてみると金貨が50枚以上は入っているようだ。
 依頼主、みつは金に渋い事が一種の称号みたいな女である。
 
「あ。そうか」

 受付が不意に素っ頓狂な声を上げたので、一同の視線が集中した。だが受付は一人で納得したまま頷くのみで何も言い出さない。
「おいおい、何がそうか、なんだよ」
 いらいらと、近くにいた冒険者の一人が問い質してみた。
「いや、あのふたりさ。髪や目の色は違うけど」
 ごくんと唾を一度飲み込み、受付は自分が感じた事を皆に言った。
「雰囲気とか顔の輪郭とか目元とか口元とか、少しずつなんだけど。似てはいないか? まるで姉弟、と言っても通るくらいに」
 その場に居合わせた一同は、爆笑した。が、ふと。そう言われればそうかも知れない、と皆はほぼ時を同じくして考え込んでしまった。
 そして、先程までざわついていたギルドの空気が急に静まり返る。
 いずれにしても、少年‥‥。クリルと言ったか。彼の住んでいた村は、確か、もう‥‥
 そこまで言いかけて皆は頭を振り、それぞれの仕事に戻っていった。

●今回の参加者

 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec2843 ゼロス・フェンウィック(33歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ec3096 陽 小明(37歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec5695 カフン・スギ(30歳・♂・ファイター・人間・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

 穏やかな秋の日差しの中、街道を進む4人の姿があった。
 ゼロス・フェンウィック(ec2843)はこれから向かう村から来た少年、クリルと共に歩いている。
「つらいだろうが村の事を話して欲しい」
 クリルの瞳を覗き込みながらゼロスは問うた。クリルは、後ろを歩んでいる陽小明(ec3096)の顔を見てからゼロスの問いに答えた。その瞳には僅かにではあるが輝きが戻っている。それは人を、冒険者を信じてもいいんだと言う安心感なのかもしれない。ゼロスの内に秘めた熱き心根に感応した事もあるのであろう。村の大きさ、家々の所在などについての話を始めた。
 村が心配で話す事さえつらいのだろう。メンバーの中に小明を見つけたクリルが不安から安堵の表情に変わったことを思い出すと、むしろ小明は胸が疼くのを覚えた。先日村の救出を訴えクリルが依頼を持ってきた時に、冒険者が間に合わずギルドから出立の制止を受けたのである。そして今、新たな依頼を受けてその村へと向かっている。一体村がどうなっているのか彼女は気にならずはいられなかった。そして意識は自分の横で歩く女へと集中する。みつと名乗る女商人が今回の依頼主であるのだが話がおかしい。村の住人でもないジャパン人の彼女がなぜ多額の依頼金を出すのか、なぜ同行して欲しいと申し出たのか。
「率直に言って、私はあなたの行動が解せません」
 納得する理由を聞かせて欲しいと問いかけた。
「商人が旅するとしたら、それは商売のため。そう思って頂ければよろしいかと」
 みつからの返答に小明は更に不審感を深める。急ぎ依頼金をみつに押し付けるように返し言い放つ。
「あなたは不幸があった村で何をしようとしている! 村人はもう‥‥」
 その時目にしたクリルの存在が、後の言葉を呑み込ませた。小明は現実を見据えていたのだ。これから訪れる村は悪魔に魅入られた村なのだ。考えたくはないが壊滅している可能性が高いのだ。そして人が完全に消えてしまった村に何者かがいるのだとしたらそれは悪魔以外ない。なのにその村へ行くこの女は何者なのだ。商売と言うからには相手が、要る。
 小明はきつく拳を握り、一旦それを解く。結論は全てを見届けた後に出せば良い。まずは村へ急ぐのみである。

 その頃、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)はようやく木こりの家を見つけることができた。キエフで情報を集めた結果、この木こりの家に傷病者がいるらしい。家主である木こりがキエフに治療薬を求めた際にゼロス、小明が向かっている村の者を助けたと話していたそうだ。
 質素な家の中にエルンストが入ると木こりは歓迎し酒を勧めた。丁重にエルンストは辞退すると傷病者がいると聞いていたが、と尋ねると木こりはヤツなら出て行ったと告げ、それでも聞いた限りの話はしようと酒を煽ってから話を始めた。

 ある家族が村から逃げ出した夜にそれは始まった、とヤツは言っていた。
 逃げた家族はギルドに行った。悪魔がまた冒険者のふりをして来る。
 行かせるな、殺せ! 皆で追いかけた。
 だけど子どもが一人、見つからなかったそうだ。
 次の日に今度は4人いなくなっていた。村の連中はすぐに探そうとしたらしい。
 だけどあんた、こんな恐ろしい話があったなんて俺は信じられねぇ。
 探すまでもなく4人はすぐに見つかった。死体になって、だけどな。
 どこで見つかった、だって?
 あんた、その死体ってヤツは、歩いて帰って来たんだってよ、村まで!
 それと、気になる事を言っていたな‥‥

 全てを聞き終えエルンストは家を飛び出した。悪魔とは、純粋に悪意だけで構成される魔である。分かってはいた事なのだが。急ぎ仲間の元へと道を急いだ。

 村に到着してすぐに村人の捜索を行っていたゼロス、小明たちは誰一人いない事に不安を感じていた。言葉にすれば現実になりそうで怖い。クリルの家で休息を取る事にした。慌てて出て行った家の有様がそこにはあった。入り口から中へ進めないクリルの肩を優しく叩き促した。
 交替で寝を取る事を決め、まずはゼロスが不寝番を務める。長旅もあり心労も重なったクリルは気絶するように眠った。傍らにみつがいる。浅い眠りに付いているのだろうか。唇が僅かに動くのを小明は寝たふりをしたまま読み取ろうとした。
 ダレカオトオト タスケテ
 ジャパン語らしいが、小明にはみつが何を言っているのか分からない。唇だけが動く。声に出せない本音が漏れているのだろうか。ならば一体何を言っているのだ?
 ネエサンオユルシテ イクサガニクイ
 この女は何かを憎んでいる。言葉は分からないが伝わってくる。にも拘らず寝顔は安らかなままである。例え無意識でも心を決して表情に出さないのか、この女は?
 戸口で小さな物音がした。小明は静かに起き上がるとゼロスの元へ向かった。ゼロスは頷くと家の外を指す。何かが動いている。村人であるならクリルを起こして確認すべきだが、不吉な予感がそれを押し留めた。闇を見据えていた小明がゼロスにそっと呟く。
「攻撃しよう。村人、だったかも知れないが」
 あれを、クリルに見せる訳にはいかない。闇で蠢いているのはアンデッドである事が夜目に強い小明に見て取れたから。

 10体ほどが家に近づくのが見える。小明は駆け出すと壁となり家への侵入を食い止める。ゼロスはウィンドスラッシュを撃つ。苦悶の表情を浮かべ歩く死体を倒すたび、小明の目から涙が溢れた。ゼロスも泣いていた。これほど酷い話があるのだろうか。せめて安らかに眠って欲しい。拳に、風の精霊に願いを込めて撃ち続けた。かの魂に安寧をもたらす事を。
 数体が動かなくなった時アンデッドに向けて魔法が飛んできた。エルンストが駆けつけてくれたのだ。そして全てのアンデッドは動きを止め死体へと戻った。
「クリエイトアンデット‥‥。卑劣な!」
 ゼロスは亡骸を集めて弔っていく。無言だが溢れる涙が彼の心中を物語っていた。
「黒、か‥‥」
 小明も目を晴れ上がらせ、しかしエルンストの言葉が気になった。ジーザス教徒は黒の教義。村はジーザス教徒が多い。修道女が来て教会も建てられた。
 村に現れた修道女が悪魔だとして、それは半年もの間、何をしていたのだ?
 寒気とおぞましさが襲って来るのを感じた。

 夜が明けた。
 クリルには小明が事実を告げ震えるクリルを優しく慰める。それでも、調査は行わなければならない。点在している村の家屋を一軒一軒皆で調べていく。
 その声は村の一番端に位置する農場に着いた時聞こえてきた。家畜小屋の扉が静かに開き、「クリルなのか」と村人が幾人も現れた。生き残った村人がいたのだ。
「クリル、申し訳ない」
 武器としていた農具を落し、村人たちは口々に懺悔した。クリルの両親をその手にかけてしまったのだ。
 クリルは頭を振る。悪いのは悪魔で、そして多分エリンだ、と。
 村人は冒険者にも頭をさげた。
「冒険者を疑って依頼を出さなかった。ギルドに向かった者も殺してしまった。だが、あんた達が来ると知って奴等は逃げ出した。もっと早くあんた達に‥‥・」
 小明は泣きながら、違う、顔を上げて欲しいと繰り返した。 
 村は、壊滅の危機にあったが、それでも救われたのだ。その事はもうひとつの意味を為す。人が、人を信じられる事。それを冒険者は証明してみせたのだ。

 エルンストが教会の中で起こった事を過去視の魔法パーストで調査する。木こりの家で得た情報を加えてひとつの事実を導く。木こりは言った。動く死体は死者の呪いのせいだと。村人にアンデッドになった者は誰かを殺さなかったか問うた。村人は否定しなかった。
 その者に子がいるはずだがどこに、と尋ねると数日前から見当たらないと言う。
 エルンストは言う。その子がアンデッドに変えた者であると。彼にとっては親を殺された復讐であると。
 死んだ村人は悪魔インプに魂を奪われ死んでいった。しかしエルンストはインプがここまで策を練れるとは思えなかった。別の悪魔がいる。もっと力がある悪魔が。エリンという女がそれなのか。だが過去視をしても教会では教義を教えているだけであった‥‥。

 エルンストの説明に皆は怒り、そして嘆く。だが同時に無力も感じてしまうのだ。クリルの家族が悪魔の囲いを破ったからこそ今回は発覚したに過ぎない。広大なロシアのどこに現れるか分からない悪魔をどうやって探し、誰がギルドに依頼を持ち込む?

 相談の末に村は解散を決めた。仕方もない事だ。クリルも再びキエフに戻る事になった。みつが預かり店で雇うらしい。
 小明がクリルの肩にそっと手を乗せた。
「少年、気に病むなとは言わない」
 自分の家族が逃げ出したため、悪魔が攻撃を強めた。クリルも、それを感じている。だが小明に向けたクリルの瞳には力が漲っていた。負けるか、負けてたまるか。悪魔でさえ奪えない、人の、人を信じ未来を信じる意志がそこにはあった。
 みつが冒険者の前に歩み出て深々と礼を述べる。今回の依頼はこれで満了です、ありがとうございます、と謝辞を述べた上、もう一度依頼金を小明に手渡した。
「悪辣と言う言葉はうちのためにある、と何度も言われました」
 受け取れないと言いかけた手を制し、みつは続けた。
「悪魔を凌駕する悪辣、とも言われてます。よろしいでしょう、ならば今日より悪辣は悪魔と対決します」
 商売のためですよ、人がいなくなれば商売の機会も利幅も減るからです、と微笑み宣言をする。
「今日より、醍醐屋の総力を持ち悪魔の情報を探ります。冒険者の皆さまには末永くご贔屓、よろしくお願いいたします」
 結局、この女は本当に商売のための視察に来たのだ。今までも戦で荒れた村には復興の資材を送り込んで商売をしているらしい。
 皆は半ば呆れつつも少しだけ、未来に展望が見えた気がした秋の穏やかな一日であった。