CATCH THE コールド?

■ショートシナリオ&プロモート


担当:谷山灯夜

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月07日〜10月12日

リプレイ公開日:2008年10月14日

●オープニング

 ちょっと前の話、と言っても数日前の話になるのだが。

 人の流入が激しく慢性的に住居が不足しているキエフに関しても、時として空き物件という物も存在する時があるにはあるのよね。
 そう呟いて溜息を吐く。通りに向けて開いている洋式の出窓から顔を覗かせ、半ば諦観して見えるのは醍醐屋という店の女主人である。
 自分の店の前で居を構えていた大店のご主人が高齢のため亡くなったのは一月ほど前のことである。
 醍醐屋も随分とこの店の主には助けて貰ったので、腹黒さで評判の醍醐屋、とは言え損得抜きに遺族の良いようにと手を方々へ回した。
 生憎と遺族には商いの才が長けている者もおらず、ならば賃貸にしてはという提案の末に店子を捜す事にも奔走した。
 そして一人の礼儀正しい紳士が現れて、この広さ、この立地、何より目の前が商家というのは助かる、という事でトントン拍子に話が動き、空き家は道場へと変わった。
 今のところ家賃の払いも悪くはない、らしい。
 大家となった遺族としても、その点だけなら満足だ、とも言っている。

 で、話は最初の溜息に戻る。
「あ、今日もやっぱり出てきた」
 ふう、と深く溜息をつく。
 出窓から見る風景は、筋骨隆々の男子。それも裸に褌を一丁の姿である。
 手には白い手ぬぐいのような物を持っている。
 すると通りに対し平行に並び、一斉に手ぬぐいで背を擦りだした。
 その奇怪な集団を道場の2階のバルコニーから満足そうに眺め、門下生と同じく手ぬぐいで体を擦っているのは、この道場と化した館の、店子にして道場主であるアレクセイ・ポリャンスキー氏である。

 褐色に焼けた肌に溢れる白い歯が眩しい。そう思えるし、そう見える。ここから2階のバルコニーまでは優に40mは離れているのにも関わらずに、だ。
 それにしてもこの寒さにも関わらず厚い胸板、そして額にに光るのは汗か。
 更に不思議と言えば彼も褌一丁には違わないのだが、なぜか。
 本当になぜなのか。
 擦り合う動作の度にはためく褌。
 そのひらっとした布で光る四角錐、いや、元は正八面体の物質が、光点を作り輝いてる。
 そして光点が大きく光る度に彼はなんだか。恍惚の表情を浮かべている、ように見える。
 見たくはないから、よく見てないから、分かんないんだけど。
 多分そうだ。きっとそうだ。

「レミエラが、こんなにおぞましく思える、とはねえ」
 こめかみに指を当て眉間に皺を寄せる。
 いくら金払いが良いと言っても、大家もあれが店子かと人に言われる度に落ち込み、遂に故人の奥方は寝込んでしまったと伝え聞いている。
「やれやれ、どうしたものかなぁ」
 今回ばかりはご恩もある事だしと、特に利も取らず善意のみで行ったのだが、それがかえって商売の神さまの機嫌を損ねる結果にでもなったのかも知れない。
 しかし例え商売の神さまの因果だろうとしても、自分が絡んだ事により起こった事である以上、自分が何もしない訳にも参るまい。
 眉間をぐりぐりと押さえながら考える。
 実力行使なら、うちにいる者に言えばなんとかはなる。だが、それでは悪評も多いわたしが絡んでいるのは容易に推察されるのが必至だ。
 すると、ちょうどその場に来客が現れた。番頭が言うには何でも一緒に南の村まで行かないか、と誘っているらしい。
 しばし考えた後、こういう面倒ごとは冒険者ギルドに頼んでしまうのが一番、と急に思えた。

「ので、依頼を出す事にしてみました」
 明るく朗らかに。台詞の後ろは弾むように言われた。
「で。どうすれば納得が行く結果になるんですか」
 受付も身構える。話を聞く限り、相手は変だと言っても善良な一般人だ。
 寧ろ依頼主の方が、服を脱いだら黒い尻尾と羽がついているんじゃないかと噂される醍醐屋の女主人である。
「いやぁ、別に簀巻きにして川に放り込んで、とまでは言ってないし」
 言ってるし、と心の中で突っ込んでみる。
「だから、とにかく街から出て行って貰えるのが一番。次点はとりあえずあのお屋敷から出て行って貰えれば良いかな、と」
「つまり嫌がらせでも誤情報で釣っても、いっそ力に物を言わせても構わないから追い出せばご満足、ということですか」
「そうね。それで充分よ。ただ、どういう訳かそれなりに人望がある人でしてねぇ」
 見た目は奇妙というより、それは既に精神衛生的にはキツイ物があるのだが。
 この手ぬぐいで擦り合う儀式を行うと、いかなる理由か万病を予防できるらしい。
 それも相当の人数が体験し、皆声を揃えて効果があると触れ込んでいるそうだ。
 そしてアレクセイは門下生からは特にお金を集める事もせず、ただ日々の糧を持ち合いながら生きているらしい。だが、そのストイックさに惚れて資金的に支える門下生も多いらしい。
 更に中にはこのような様式に趣を感じる貴族もいる、という噂も飛び交っている。

「だから、言うまでも無い事だけど、わたしが出した依頼である事は内密に」
 この場に居合わせた冒険者の顔を全て頭に入れたぞ、という顔をちらっと見せた後、再び優しい微笑みを浮かべるのを見て、胆力には自信がある冒険者も思わず首をすくめてしまった。
 その上で貴族やお金持ちとの衝突を避けるためにも、追い出したのが醍醐屋と名前が割れる事態だけは絶対しないで欲しい、と念を押された。
「そう言う意味では一寸不本意ではあるのだけど、穏便に出て行って貰えるのが一番ねえ」
 穏便に、と言たあたりで特に。微笑む顔のすぐ後ろに、どす黒いオーラが見え隠れした気がしてならない。

「と、言う訳だけど。季節の変わり目だしいろんな人が出るのは仕方がない」
 受付も、溜息を吐きだした。実際にどんなものなのかを見てきてしまった、らしい。
「で、問題がある事を先に言わないといけないな。件の道場なんだけど、褌一丁じゃないと入れないから」
 ああ? 頭を抱え聞くのも嫌だと拒絶していた冒険者の中の一人が声を荒げた。
 褌なら俺もしているけど、一丁ってどういう意味だ?
 まさか、この寒い中、裸に褌って姿で依頼に行け、というのか?

「おお、察しがいいな。その通りなんだ」
 がくっとその場に居合わせた全員の膝が崩れる音がした。
「何せ、それ以外の格好だと道場に入る事さえ難しい。それくらいの人数がわんさといる」
 み、見たくない。
「おっと、これはもう一つ重要情報だ。実はこの道場主、部類の可愛いモノ好きでな。2階の自室には可愛いぬいぐるみや人形で溢れかえっているらしい。そして、着ぐるみも、だ」
 着ぐるみ?
 それってもしかして‥‥
「その通り。『まるごと』を来た姿なら入館は可能さ。実際入り口で案内している女門下生はまるごとを着ていたよ。これなら寒くないだろ?」
 あんた、言う方は気楽かも知れないけど。
 筋骨隆々の男達が手ぬぐいで互いの背中を擦り合いしている中、あまりにも可愛らしいまるごとの集団がいて。
 その中に混じって真剣に要人を説得もしくは誘拐、あるいは‥‥、するのって。ものすごーく、難しいレベルの依頼じゃないか、いろんな意味で。
「人がやるのを見て記録するのだって。いろんな意味で難しいぞ」

 なんにしても。ろくでなくとも平和な一日が、今日もこうして始まった。

●今回の参加者

 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3759 鳳 令明(25歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb5758 ニセ・アンリィ(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)
 eb7789 アクエリア・ルティス(25歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ec4452 クレイ・バルテス(34歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 街では悪い病気が流行っているのだろうか?
 思案しながら歩くのはアレーナ・オレアリス(eb3532)である。通りすがる人は真っ赤な顔をしている。特に若い男がアレーナとすれ違う時は皆が皆、腹を押さえたり鼻血を出したりしている。
「大丈夫か? 私にできる事があれば手助けするよ」
 具合の悪そうな男たちに声を掛けてみても、平気です、と下腹部を押さえたまま走り去って行く。
 走る元気があるのなら大丈夫か。軽く金の髪を揺らすと純白の薄衣に包まれる豊かな胸も大きく揺れた。長く均整のとれた脚はすらっと伸び、まるで宮廷絵師の描く女神がそのまま抜け出してきたようだ。そして道行く人が動揺するのも訳がある。彼女が身に纏うのは透けるように薄い上衣とジャパン発祥の褌という下着のみ。各国を渡り歩いたアレーナは褌にも慣れており違和感を覚えないのだが、ロシアの男達には刺激が強すぎるようだ。
 人目を引きつけながらアレーナは目的地に到着する。ここがアレクセイ・ポリャンスキーなる人物が開いている道場だろう。路上だと言うのに褌姿で肉体の鍛錬に励む者が溢れているし着ぐるみを着用している集団がいるから間違いはないはずだ。
 アレーナは道場の中に堂々と入って行った。褌を見慣れているはずのここでもアレーナの、特に胸や褌付近を凝視しては鼻血を出している男が多数いる事に気づき、この道場は本当に健康に良いのか疑念を覚える。が、偏見はひとまず捨ててカリキュラムを受けてみよう。それにしても少し寒い。

 その道場の影でアクエリア・ルティス(eb7789)が立ち竦んでいた。自らをアクアと名乗る彼女は今、危機に直面していた。この道場はまるごとと呼ばれる着ぐるみか褌を着用すれば自然に入れるのだが、それ以外の格好では逆に目立ち潜入ができないと説明があった。依頼を受けてからまるごとを求めたのだが入手が適わず、仕方なく越中褌を身に付けたのだ。お尻を覆う白布の無防備さと注がれる視線に赤面してしまう。
「ちょっと、アレクセイさんはいらっしゃるっ!」
 気合いを入れて名乗りを上げる。だが勇ましいのは口だけで、上衣の裾を引っ張り褌と素足を必死に隠す彼女はただ愛らしいだけだ。
 師範は留守ですけどお話なら僕が、と言い寄って来た若い男が後ろから蹴り倒される。俺が、わたしが、とアクアの前には人の壁が出来上がってしまった。こんな美少女が同好の士だとはと妙な盛り上がりを見せている。
「ちょ、ちょっとあんた達怖いのよ!」
 涙目になりつつアクアは叫ぶのだがそれが逆に特定の男の心を鷲掴みにしてしまう。多分アレーナには声を掛け辛い一派らしい。
「わたしはあんた達と一緒じゃないんだから!」
 例えて言うのなら、火に油。今のアクアがきつい言葉で叫んでみても逆に取り巻きの心は萌え、もとい燃え上がるようだ。

 既に入門の手続きを済ませ入り込んでいたニセ・アンリィ(eb5758)は来る早々人心の掌握をしたアレーナとアクアを横目で見て、よくやっていると感心した。
 そのニセの周囲にもまるごとを着た女性たちが取り巻いている。道場に集まる者の傾向なのか鋼のような肉体に褌姿が逞しいニセは、彼女らにとって理想の存在になるらしい。任務は順調に進み、更にアレーナとアクアが加わる事で全ての門下生の心の掴んだ。今ならアレクセイに勝負を挑んでも止める者もいないだろう。

 黄色い歓声や熱い眼差しを受ける仲間がいる一方で孤独な任務に就いている仲間もいる。音もなく忍び寄る白い影。その正体は鳳令明(eb3759)であるのだが今はまるごと白鳥に身を変えての潜入中である。
「みんな巧く陽動をしてくれているようじゃ。今こそ道場主どのの部屋に侵入するのじゃ」
 こっそりと、鍵を開けて中に侵入する。まず視界に入るのはピンクと白で統一された内装、そして可愛らしい置物に人形。開けたクローゼットの中には話に聞いていたまるごと以外にも誰が着るのか想像をしたくない可愛いドレスに小物が溢れていた。
「わあ」
 と、一言だけ漏らして作業に掛かる。他人の趣味にとやかく言っている暇はない。アレクセイの可愛いコレクションに釣り糸を結んで行く。このコレクションを使い、先に見つけていた郊外にある空き家まで誘い出す作戦なのである。
 ふと、魔法の箒ベゾムで空を飛んだ方が効果的だと思い付き荷物を取りに戻る事にした。鳳の荷物はあまりに重過ぎるのでバックパックごと向かいの醍醐屋に全て預けてあるのだ。

 アレクセイが教え子である貴族の家から戻った時、道場の雰囲気がいつもと違う事に気が付いた。門下生が3つの集団に分かれ甲斐甲斐しく動いている。逞しい肉体の男と金髪の綺麗な女、そして項垂れて赤面している少女がいた。
 逞しい男がアレクセイの前に歩み寄ってくる。
「君も門下生だったかな?」
 アレクセイの問いに男は頭を振ると不敵に宣告した。
「道場破りだゼ」
 お前の時代は終わったゼ、オレたち3人がこの道場の主ダ、と告げた。周囲を見回すと門下生はそれを止める気もないらしい。寧ろ戦いを期待しているようだった。
 期待されるなら応えよう。それに道場破りを宣告した3人は皆素敵な人物ではないか。わたしが勝てば共に修行の道に邁進してくれそうな素養もあると見た。

 少なからず誤解を含んだままだが勝負は始まった。まずはアクアが先鋒として出る。寒さが体の芯まで達し唇も紫に変わっている。少しでも体を動かさないと風邪を引きそうだ。気合いを込めたアクアの蹴りが炸裂する。同時に越中の前垂れもめくり上がる。熱もあるのか紅潮した肌が大きく露出し男達からは拍手と歓声が沸き上がる。
 蹴りはアレクセイの顔面を強打した。顔は腫上がり鼻と口からは出血が見える。それなのに、アレクセイは快感に打ち震え、今の攻撃は良いよと白い歯を輝かせる。
 気持ち悪さを越えた場合抱く感情は恐怖だ。もうこうなったら構わない。目を瞑って勢いを付けレミエラだけを蹴り上げた!
 ぐにゃ、っとした感触が足の甲から伝わる。何を蹴り上げたかは考えたくもない。そっと目を開けてアレクセイを見る。顔は腫れ上がっている。視線を下すと両足の付け根も紫色に変わって見える。でもアレクセイは恍惚の表情を浮かべ悶えているではないか。
「な、ナニ蹴られて、喜んでいるの?」
 全身に鳥肌が立つ。それは寒さのせいではない。アクアは悲鳴を上げ逃げ出した。
「次はオレだゼ」
 ニセがゆっくりとアレクセイの前に立つ。
 ふたりの拳が交差する。一見いい試合にも見えるがアレクセイの技は通じていない。アレクセイも決して弱くはないのだがニセと比べると児戯に等しかった。拳を払いながら冷静にニセは分析する。アクアの蹴りは軽傷を与える蹴りに見えた。そして攻撃を受ける都度レミエラが光った。つまりアレクセイは快感に震えていようが見た目通り重傷を負っているのだ。
 ニセは慎重に的を絞る。一点だけを確実に撃破しなければアレクセイは多分、死亡する。
 神速の蹴りが飛ぶ。刹那、褌の前で輝いていたレミエラの光点は澄んだ音を立て砕けた。
 門下生達にはニセの脚が動いた事さえ見えなかった。しかし恍惚から苦悶の表情へと顔色を変え、口からは泡を吹き出したわが師を見て皆は凍りついた。
  その一瞬、一陣の風が舞い上がる。スタンアタックという名の風が吹きアレクセイの顔を撫でるように左右に揺すった。苦悶の表情が再び恍惚へと変わり、意識を失った。
「いい夢を見てよ」
 風が動きを止める。そこには豪奢な金色の髪をかき上げているアレーナが立っていた。ニセに、アレーナにと歓声が一斉に上がる。アレクセイを案じる者は既にいない。

 アレクセイが意識を取り戻すとそこは自室だった。ただ自室なのに何か違和感がある。そう、アレクセイの心の友とも言える人形達が室内から消えているのだ。
 驚愕し見回すと窓の外を飛んでいく友達を眼にする。慌てて窓から身を乗り出して見るとそこには箒に跨ったまるごと白鳥が飛んでいた。彼の大切な友達もまるごと白鳥に導かれるようにその下で舞っている。
「行かないで!」
 必死に哀願するアレクセイにまるごと白鳥は宣告した。
「いままでぼくたちを可愛がってくれてありがとう」
 その褌だけは我慢できないから。彼らは告げ、ゆっくりと空へ上昇して行く。
「ぼくたちはポリャンスキーさんの元を去ります」
 待ってくれ、と窓の下へと落ちそうなアレクセイを不憫に思ったか、最後にまるごと白鳥は付け加えた。
「ここじゃなく郊外の家でなら一緒に住んでもかまわないのじゃ」
 心の友の人形とまるごと白鳥は、そのまま屋根を越えて消えてしまった。追い掛けようと走り出そうとしたアレクセイをアレーナが呼び止め、「もう少し休んだら?」と頸椎を打ち据えた。はずむ豊かな胸と所作の美しさに見とれている若い男たちを手招きしアレクセイを教会まで連れて行くように命じる。元気になればアレクセイの方から郊外の家へ転居すると言い出すだろう。
 依頼は成功だろう。ならばこの道場はオレのモンだゼ。
 最後まで何の道場かは判らなかったがニセは尊敬の眼差しを集めながら稽古をつけていく。
 アレーナは取り巻く男たちが運ぶお茶や菓子を優雅に堪能した。思えばそんなに悪い道場でもないような気がする。ふと褌を止めさせれば全て問題がない事に気が付くが、今はお茶を楽しむ事にした。寒さに震える身には何よりご馳走だ。
 そしてまるごと白鳥は醍醐屋に預けた巨大すぎる荷物を手慣れたように回収し家路についた。あのまるごとは誰だったんだろう、という話も上がったのだが答を持つ者はいなかった。
 ただ一人だけ涙しながら家路につく少女もいた。今日の事は早く忘れよう。
 そう思った彼女なのだが伝説の褌美少女としてファンが出来たことを、今はまだ知る由もなかった。