【収穫祭】求む、サーカスの団員
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:谷山灯夜
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:3人
サポート参加人数:2人
冒険期間:10月22日〜10月27日
リプレイ公開日:2008年10月31日
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●オープニング
軽快な音楽が遠くから聞こえてくる。いつもは南から河を遡りビザンツから訪れるのは行商人がほとんどだが、収穫祭を間近に控える今は違う。楽士に大道芸人、占い師たちが舟に乗り秋の実りで満ちる村へと向かっていく。ほとんどの芸人たちは個人で活動を行うのであるが中には集団で演目を行いひとつの舞台にする者たちがいた。
サーカスである。この時期になれば大都市キエフを目指して来るサーカス団も少なくはない。彼らはその肉体を使った夢の舞台を繰り広げる。楽しみも少ないキエフの住人にとってサーカスの来訪は収穫祭の楽しみのひとつでもある。
さて、いよいよキエフでも収穫祭の開催が迫るある秋の日の事。若い男女が冒険者ギルドにやって来た。体は引き締まり美男美女である。聞けば2人は兄妹であるとの事だ。カルロ、ビアンカと2人は名乗り、少し癖のあるゲルマン語で依頼を申し出た。
「それで、どんな依頼でしょうか」
美形に囲まれ思わず受付の顔も緩む。
「あの、サーカスの演目をこなせる人を紹介して欲しいんですけど」
ビアンカが手を組み合わせ祈るように願い出た。
「サーカスって、あのサーカスですか? ところで団長は?」
すがりつくビアンカに困り果て、受付はカルロへと視線を向けた。
「元々団長は両親だったんだ。それが旅の途中で2人とも悪い流行病で倒れてしまって」
「それは‥‥。言い辛い事を聞いてしまい申し訳ありません。では、あなたが団長に替わったのですね? それにしても人を紹介するのはやぶさかではありませんが、他人を入れると団員が気を悪くするんじゃないでしょうか?」
受付の問い掛けに2人は窮したように見えた。顔を見合わせた後、絞るように声を出す。
「演目として芸を出せる者もみんな病気で倒れたり、元気だった人たちも別の団に行っちゃったの。でも大道具や衣装方とか未熟だけど若い子たちは病気にかかっていないから」
ビアンカが答えるとカルロもそれに続いた。
「病で倒れた人たちは家を借りて休んで貰っているんだ。薬師にも診てもらったら養生すれば一週間ほどで回復はすると言ってくれたし」
「だけど今から一週間と言ったらキエフでも収穫祭は始まっている頃でしょ? 確かに団員でもない人の芸をわたし達のサーカスと言うのは気が引けるんだけど、せめて病気のみんなが安心して休めるようにしてあげたいの」
ビアンカの瞳に力が宿る。カルロも無言のまま受付の目を見据える。
「分かりました。そういう事情なら喜んでお受けします。人が集まるかは正直に申して分かりませんがキエフには芸に通じている冒険者も多いですから」
一枚の羊皮紙を取り出すと受付は筆を走らせた。すらすらと短く書き上げ筆を置こうとする。が、ふと気になる事があり2人の顔を見ながら問いかける。
「ところで、おふたりはどのような演目を行うのです?」
それを聞いたふたりはにっこりと微笑むと、近くにあった椅子を不安定に重ねて、まずはカルロがそれに乗り、続いてその肩にビアンカが乗り、片足を高く天へ向けてバランスを取った。
受付もしばし息を飲んだ後、我に返ると拍手を打つ。そしてギルドの内から外から一斉に拍手が鳴り響いた。
こうしてギルドに新しい依頼書が張り出された。
「求む、一芸に通じている冒険者。舞台はサーカス。技能は各自名乗りを上げて欲しい。報酬は未定にして各々が技能によるもの也」
●リプレイ本文
「良く来てくれました!」
サーカスを公開する仮設劇場はようやく設営が終わったばかりのように見えた。組み立て用の資材や道具を避けながら、カルロとビアンカが、満面の笑みを湛え現れた。
サーカスの人員の不足を補うために集まったのはバードのリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)、東洋舞踊に心得があるカグラ・シンヨウ(eb0744)、そして超越の踊りの技を持つシャリン・シャラン(eb3232)である。
「初めまして、カグラ・シンヨウです。得意なのは踊り……よろしく」
硬い表情ではあるが丁寧にカグラが挨拶をするとリュシエンヌとシャリンもそれに続き挨拶と自己紹介を交わした。
人手も足りずにわか造りになるかと思っていた劇場は、質素ではあるがそれなりに形として整っていた。200人ほどは収容できそうで日頃から磨いていた芸を見せるのに不足はない。
「珍しく本業でお仕事できるわ。攻撃系のバードだから、歌で稼ぐより戦う方が多いのよね」
とリュシエンヌが声を弾ませる。
まずはみんなで合わせてみようという話になり音合わせと演目の擦り合わせを行ってみる。
「あたいはノリのいいアップテンポの曲が好きよ」『すきよ☆』
並んでいるとまるで姉妹のようなシャリンとペットの火妖精フレアが、演目にする踊りのイメージをリュシエンヌに伝えた。
「私は‥‥ハニー君と一緒にジャパン風の踊りを踊りたいです。ね、ハニー君!」
それまで寡黙そうに見えたカグラだったが、ペットである埴輪のハニーくんを皆の前に出すと人が変わったように饒舌になる。ハニーくんを興味深そうに見ていた若い団員に紹介を始めた。
リュシエンヌはフレアと共に踊るシャリン、ハニーくんとステップを踏むカグラを眺めながら思案をする。それぞれの演目に合わせて曲を作り上げていくのだ。
「こんなイメージでいいのかな?」
煌めきを放つ黄金の竪琴を爪弾きながら確認を取り音を選んでいく。
「ここは‥‥こんな感じかな」
リュシエンヌの演奏に合わせてカグラも振りを決めていった。途中、応援に駆けつけたフィニィ・フォルテンも加わり作曲は進められた。舞台袖には同じく応援に来たヴィクトリア・トルスタヤが練習の風景を眺めており、休憩の時にはお茶を運んで来た。カグラの練習の後でシャリンもフィニィやヴィクトリアに観客席からの見え方についての意見を尋ねながら、踊りの完成度を上げる事に専念した。
一通りの練習が終わり、カグラはビアンカと共に体調を壊している団員を見舞いに行った。栄養のある料理を作ると同時に念のためリカバーで咳で喉を痛めた者などを癒していく。治療の効果が出て起き上がろうとした団員をカグラは制し、あと一日は安心してゆっくり寝ていて下さいとお願いをする。
一方、会場に残ったリュシエンヌは楽器の演奏法を若い団員に請われるまま教えて行く。まだ若い彼らの大道芸も見せて貰ったが、確かにまだ舞台に立つのは早いように思えた。しかしリュシエンヌの手ほどきを受けた彼らは、夜が更ける頃には公演での演奏の全てをマスターした。他のメンバーも演目の練習を終える事が適った。明日はいよいよ舞台の初日になる。
絶好の晴天に恵まれた収穫祭。この日を待ちわびていたようにキエフの街から、そして近郊から多くの人がお祭りの会場へと足を運んだ。
カルロは道化に扮しビアンカは美しく化粧を施してお祭りに溢れる人たちをサーカスへと誘っている。リュシエンヌとその手解きを受けた団員も会場の中から即興曲を奏でて客引きをサポートした。楽しそうな曲に惹かれてお客が会場の中に入ってくる。会場の中はたいまつで照らされ非日常の幻想を思わせていた。
「思った以上に人が入ったみたいね」
リュシエンヌは少しだけ興奮する。今日は磨き上げていた芸を披露できる日なのである。それはカグラもシャリンも同じ気持ちであった。
日が西に傾きやがて消えようとしていた。開演の時刻が来たのだ。
弾けたように中央に立つのはカルロ扮する道化師である。まずは今宵足を運んで下さった事への謝辞を朗々と述べていく。
手筈に合わせ、リュシエンヌは真っ白な飼い猫のチシャと共に舞台の中央へと進んでいった。リュシエンヌの美貌と、手にしている黄金の竪琴に観客の視線が集中する。カルロの紹介と共に、リュシエンヌの歌唱が始まった。リュシエンヌの美しい手がすうっと伸び、竪琴を爪弾かれ歌が始まった。会場を盛り上げるような楽しい歌である。美しいその声に合わせるように傍らにいたチシャも弾んだ。会場に集まった子供たちが指を差し、親たちも笑顔を浮かべた。日々の辛い労働も忘れ消えるような演奏と歌唱を心ゆくまで堪能する。
舞台袖ではカグラが少し緊張気味にハニーくんの手を握った。
「ハニー君、晴れ舞台だよ。これまで練習した事精一杯だそうね!」
リュシエンヌは演奏を終えると割れんばかりの拍手が注がれた。リュシエンヌは立ち上がって一礼すると、にこやかに手拍子を叩きカグラを舞台へと導き、懐からオカリナを取り出すとカグラのための曲目を吹く。オカリナから流れる東洋風の曲に合わせカグラとハニーくんの演目が始まった。
普段あまり耳にする事がない音楽と見た事もないゴーレムに観客たちは驚嘆する。カグラの神聖さを感じさせる真っ白な衣装、その前で踊る真紅の扇の不思議な動き、同調するように軽やかにステップを踏むゴーレム。何もかもが不思議であった。リュシエンヌが演奏を止めカグラとハニーくんが一礼するまで観客たちは時の流れを忘れていた。
カグラとリュシエンヌが舞台袖に消え、次はカルロとビアンカがアクロバット芸を演じていた。
舞台袖に下がったリュシエンヌとカグラはシャリンから絶賛を受け握手を交わす。すると観客が絶叫やどよめくような声を上げる。カルロは時折失敗を演じているようだ。高い所から落下し直前でとんぼを切っているようだが、こういう事は分かって見ている方が寧ろどきどきする気がする。改めて芸人の凄みを感じた気がした。
「あたいらも負けていられないね」
シャリンが手を伸ばす。リュシエンヌが、カグラがその手の上に手を重ねて行く。舞台の大トリはシャリンに託されたのだ。そして最後はみんなで演奏をする事に決めていた。
カルロ達の演目が終わった。大きな拍手の後舞台から客席へとカルロはおどけながら、ビアンカは艶やかな衣装を揺らしながら観客の中を潜り抜け、次々にたいまつを消して行く。最後の一束が消え、会場は完全な闇に包まれた。何も見えない中で観客たちはこれから始まるであろう演目に期待を寄せていく。
突然、舞台中央で数十束のたいまつが一瞬にして点火された。あまりの眩しさに観客たちは視界を喪失する。そして刹那の後、灯りに目が慣れた観客が見たのは金紗に銀糸で織られた衣装を身に纏うシフールの女性と、その傍らで合わせて舞いを踊る妖精であった。妖艶な衣装に包まれた踊り手は美しくも艶やかで、観客から溜息や感嘆の息が漏れるのが聞こえる。シャリンは静寂の中、全身を大きく動かすと手首足首に結ばれた布が舞い上がる。指先まで張り詰められた意識が布を艶やかに操っていく。呼応するようにフレアも舞う。観客は呼吸も忘れシャリンらの演技に魅入っていた。
不意に天空を舞っていた布が地に落ちる。そしてシャリンとフレアは一切の動きを止める。
何事かと観客が問おうとしたその時、今まで包み込んでいた静寂を破るように激しく鳴らされる調べが場内に満ち溢れた。リュシエンヌのリュートが、カグラの神楽鈴がシャリンの踊りと競演を始めたのだ。カルロを始めとする団員達もそれぞれが伴奏を合わせる。まるで、心臓を打ち据えるような鼓動。場内の温度が一瞬で高く上がったように人々は感じた。
「みんな手拍子お願いね」『がいね☆』
動きを止めていたシャリンとフレアが顔を上げ観客に手拍子を促した。沸き上がる拍手が、やがてひとつの鼓動へと集まっていく。小さな川がやがて大きな河へと集約されるように。シャリンには生まれ育ったエジプトの光景が見えたような気がした。
「それじゃあ、いっくよ〜☆」『いっくよ〜☆』
より激しさを増すリュシエンヌのリュートに合わせてシャリンとフレアは舞い上がった。場内を包む熱気の温度が増す。照らすたいまつの灯りも鼓動を受けて揺らめき踊る。
この時、この場にいた全ての人が灼熱の太陽に照らされる熱砂の光景を脳裏に描いた。そしてシャリンとリュシエンヌ、カグラが同調して舞踏と演奏を止める。激しく手拍子を贈っていた観客が、我に返ると万感の思いを込めて今度は拍手を贈った。
繰り返されるアンコールの声。時間が許すまで3人とそのペット、そして団員たちは見せられる全ての芸を競演した。
「お土産になるような物が見つからなくて。これ、持っていってくれるかな?」
練習日も含めて5日に渡る公演の手伝いも今日で終わりを迎えた。帰り支度をしていた3人の手を握りしめカルロは舞台で使う道具を手渡した。
「兄さんったら。そんな物を渡しても皆さんが困るでしょ」
これでも兄は大変感謝をしているんですよ、とビアンカは3人に革袋を手渡した。中には銀貨と金貨が詰まっている。観客から投じられたチップを集めたものです、とビアンカが説明した。
見るとカルロとビアンカの向こうでは立てるまで回復した団員たちが頭を下げ手を振っている。
「今晩からは団員だけで公演が出来そうです」
ビアンカの目から涙が溢れ、化粧に一筋の線が走った。
3人が帰路に消えるのをいつまでも見送り、そして再び演奏が鳴り響く。それは謝辞の調べであった。キエフと、この地に住む全ての人へと。そして急場に駆けつけてくれた3人の冒険者、そして可愛らしいペットたちへ贈られる調べは、楽しげで喜びに満ち溢れていた。