【収穫祭】永夜、同舟の唄
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:谷山灯夜
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月23日〜10月26日
リプレイ公開日:2008年10月31日
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●オープニング
収穫祭が始まって数日。収穫を祝う宴があちらこちらで繰り広げられ、キエフも日中、夜間を問わず賑やかである。いつもは贅を知らず額に汗して暮らすキエフの人々もこの数週間だけは浮かれ楽しみ、街も色とりどりの彩色に包まれ美しい。
「これは、絶好の商売の機会ですね」
河沿いを歩きながらキエフの街を眺めている女商人が、何か言ったとか言わなかったとか。
次の日。冒険者ギルドに女商人が現れた。受付に色々と話している。受付の顔が徐々に困惑の色を濃くしていく。「こんな話は初めてですから」「受けるだけは受けます」との話が聞こえて来た。
女が帰った後で受付は大きく溜息をする。
「随分と時間が掛かったけど、どんな話だったの?」
通りかかった冒険者の一人が受付に聞いてみた。
「なあ、依頼ってどういうものを依頼って言う?」
逆に、受付が質問で返して来た。
「はあ?」
「いや、すまない。これを依頼って言うんだったらギルドの概念も変えないといけないな」
それだけ言うと受付は依頼書、ならぬ案内書を壁に貼り付けるのであった。
『ご案内
夜、河に灯を燈した舟を出します。優雅な一夜を大切な方とご一緒しませんか。見上げれば天に星、地にはキエフの街の灯かりがおふたりを包み込むでしょう。また灯りを燈し河をたゆたう舟も、きっと皆さまを幻想の世界へと誘うことでしょう』
なんなんだ、これは?」
集まってきた冒険者たちが呆気にとられた顔を見せる。
「いや、なんだと言っても書かれている通り。行くならひとり1G、だそうだぞ」
予想もしていなかった答が受付から帰ってくる。
「は? 金、取るのか、これ?」
「だから、依頼書じゃなくて案内書、だと言ったろ?」
まあお祭りの間だし金は使えるときに使った方がいいか、こんな依頼を持ち込んだ者を内心馬鹿にしては大笑いするのであった。
「で、さっきまで大笑いしていたあんたが、この依頼に参加するわけね?」
ひとしきり笑って皆それぞれに帰ったあと、最近彼女ができたという冒険者が参加を申し出てくる。これで10件目か。案外商売になるものなのだな、と受付も考えを改めるのであった。
●リプレイ本文
河にはたくさんの舟が既に出ており、互いに距離を保ちながらゆっくりと河を進んでいる。舳先に灯した炎がゆらゆらと揺れて美しくも幻想的である。
「いいムードじゃない?」
マティア・ブラックウェル(ec0866)は船着場の近くに、今回の企画の発案者だろう人物を見つけた。ジャパン服に外套を重ねている彼女の名は醍醐屋みつと言う。
「あら、マティアさん。先日はありがとうございました」
丁寧に頭を下げるみつを制してマティアは傍らに立つ女性、ジュリオ・エウゼン(ec2305)を紹介した。
「火のウィザード、ジュリオ・エウゼン。どうぞよしなに」
堂々とした口上を述べるジュリオだが、みつの顔とマティアの顔を交互に見比べている。マティアにしてみたらジュリオ以外の女性など目に入らないのだろうが、性悪・悪辣の別名を冠していてもみつは絶世の美女なのである。多少は気に掛かるところだがマティアはみつを女性として見ていない事に驚嘆しつつ安堵した。
「みつ殿の事はマティア様から伺っている」
貴方に少々相談したい件があるのだが、とみつとふたりで話をし始めた。
「ジャパンの品があれば譲って戴けないか。マティア様へのプレゼントに所望したいのだが‥‥」
恥ずかしそうに俯きながら訴えるジュリオに、みつは思わず微笑みを漏らした。
「今日は商品は持ち合わせておりませんが、うちの手持ちで構いませんでしたらどうぞ」
懐から包みを取り出すと「まだ使って居りませんから」と手渡した。
実はマティアも先刻同じ事をみつに頼んでいたのである。先日誕生日を迎えたジュリオに贈るにふさわしい、その美しい金の髪を飾る品はないだろうかと尋ねられ、それに合う品と一緒に祝いの酒を手渡していたのであった。聞けばマティアとジュリオは長い時間を共に過ごした仲と言う。相通ずる想いがあるのだろう。
「私には想い人は現在いないのですが‥‥。そうだ、ここで見つけるというのはどうでせう。一人で参加している男がいるくらいです。女性が一人で参加しようとしていてもおかしくないでしょう!」
ぶつぶつと呟きながら歩いているのはアルファ・アルファ(ec5038)である。聞いた通りアルファには相手がいないのだが、このようなイベントなら出会いもあるかと思い参加をしてみたのであった。船着場まで行けば誰かがいるかも、と考え先に進むと艶やかなジャパン服に長く揺れる黒髪の女性がきびきびと動いていた。鈴のような声が軽やかに弾む。ジャパン服は体の線が出にくいようだが後ろ姿の腰の辺りは充分すぎるほどの色香を匂わせている。
「お嬢さん。よろしければわたしと‥‥」
「はい? なんでしょうか」
アルファを見据える目は潤みを含み、漆黒の瞳の奥へ吸い込まれるような気がした。
「みっちゃんの毒牙に掛かった男の子がいるみたいね」
これから舟に乗り込むマティアは小さく呟いた。気の毒なアルファがみつに色々とおだてられ働かされる事を想像してしまったのだ。
そしてマティアの想像は半ば当たっていた。まだ仕事が終わらないから、と言うみつのためにアルファは一生懸命働いてくれた。船の手配や掃除など献身的に動き続ける。なぜ自分が働いているのだろうと考えなくもなかったのだが、あの瞳とあの声で訴えられると断るのが難しい。むしろ進んで動きたくなるから不思議である。
「アルファさん、ありがとうございます。これが終わったら最後ですので後はゆっくりしてくださいね」
みつは申し訳なさそうにアルファに近づいてくる。掃除を続けていたアルファが顔を上げると、みつの横にもう一人、とても美しい少女が立っていた。驚いた事にこの寒いキエフでどういう理由か肌を大きく露出する衣装を身に纏っている。
「異国からお仕事でキエフにいらっしゃっているビアンカさんと仰います。今日は非番になったそうなのですが、一人きりなのでよろしければアルファさんにお相手をして戴けないかと」
食事や酒代、それともし舟に乗るとしてもお代は戴きませんので、とみつが申し出る。断る理由もないのでアルファはビアンカと共に歩き、焚き火の前に用意されている酒や食事に手をつける。猟師としての体験談をアルファがするとビアンカは喜び、自分がサーカスの芸人である事や遠い異国の話などをしてくれた。炎に照らされる横顔が美しい。アルファは意を決してビアンカを舟に誘うと、少し逡巡してからビアンカは頷いた。
舟はゆっくりと岸を離れる。あまりに寒そうな衣装のビアンカにアルファが毛布を掛けてあげた。「ありがとう」と言ってからビアンカはくすくすと笑う。
「アルファさん、隣に座ってもよろしいでしょうか」
寒さに震えるのを必死に堪えようとしているアルファに、ビアンカは好意を寄せたようだ。慌てて「う、うん」とだけ答えた声が上ずってしまう。ビアンカはアルファの腰に密着するように体を寄せて毛布を寄せた。
「温かいですね」
にっこりと微笑むビアンカからはいい匂いが漂ってくる。見つめてくる瞳から目線を逸らすと、露出の多い衣装から覗く大きな胸が視界に入り、更に目線を彷徨わせてしまう。
「月が、綺麗ですね」
それだけしか、言えなかった。永久に思えるような時間が流れた。ビアンカは気付かれないように、そっとリングのひとつを外す。そして所持する者には恋が叶うおまじないの小瓶と一緒にアルファの外套の中に隠し入れ、そして緊張して隣に座っているアルファの手に、手を重ねてみる。ゆっくりではあったが、ふたりは手を結び、そして同じ月を見上げ同じ時の流れに身を預けた。
そしてその舟が燈す灯りを遠くで見ている一組がいた。
「ジュリオ…そんなに離れてちゃ寒いでしょ。こっちに来なさいって」
寒さに震えているジュリオの手を半ば強引にマティアは引く。
「わ、私は遠慮致します! マティア様お一人で温まり下さいっ!!」
共に夜具に包まれるなんて破廉恥な事はできません、と激しく顔を紅潮させてジュリオは抵抗するが「いいから、見ているアタシが寒いから」とまで言われ、力が抜けたようにマティアの横に座る。
「まったく、これじゃ結婚した後が思いやられるわね」
マティアは小さく溜息を空に向けて吐く。親戚筋とは言えジュリオのエウゼン家はマティアのブラックウェル家に仕える家系である。生まれてからずっと主従の関係であり続けた。しかしマティアは自分をそれ以上の者と考えていてくれた。ジュリオもマティアに対する真の想いをずっと秘め続けた。
ふたりはエルフの持つ長い時間を使い、その関係を主従から、そして従兄妹から婚約者へと変えていった。そして今宵はふたりだけの時間を持つ事ができたのである。いつもふたりと共にいるペットの火妖精と地妖精は行き交う舟の見物に行ってしまったままだ。今なら、今まで言う事さえできなかった、静かではあるが熱い胸の内を語ることができる。
マティアはそっとジュリオを抱き寄せるとその流れる金の髪に髪留めを飾る。褐色の髪留めは黄金の大河のような髪をより艶やかに見せるように思えた。
「お誕生日おめでとう、ジュリオ」
あまりの事に驚愕したジュリオの瞳から大粒の熱い想いが溢れて流れる。
「ちょっと泣かないでよ、アタシがヒドイ男みたいじゃない!」
困惑したマティアはジュリオをぎゅっと抱きしめる。
ジュリオは謝辞を述べようとするも、言葉を継ぐことができない。先刻買い求めた品を取り出してマティアに手渡し「遅くなりましたがわたしからもお誕生日のお祝いをさせて下さい」と返礼を述べた。
命を賭けても守りたい愛しい者がそこにいる。マティアはまっすぐにジュリオを見つめると、今まで伝えられなかった想いの全てを込めて言葉を紡いだ。
「‥‥私は、お前の一生に責任を持つ」
そっとジュリオの手を取り、熱い唇を当てる。
「愛しいジュリオ、どうか私の妻になって欲しい」
再びジュリオの瞳を見つめる。吐息と鼓動、そして手から。燃え上がるような想いが伝わってくる。
「マティア様‥‥いいえ、マティア」
どうしても越えることができなかった一歩を踏み出した。
「私は‥‥貴方が好きです」
強く、手を握り返す。ふたりの吐息が重なり合う。
「この世の誰よりお慕い申し上げています」
月の光に照らされ浮かぶ、ふたつの影はいまひとつになる。
幸せな時間の中に立ち会える事を、実は誰よりも喜んでいる者がいた。河岸に立ち、大河に灯る炎を眺めながら思う。人の出会いと結びつきとはなんと素晴らしいものなのだろうと。ジャパン服を纏い佇んでいる彼女の傍らに、いつの間にか少年が立っていた。少年は「丁稚」と呼称される侍従役を最近より勤めている。
「クリルさん、うちらもそろそろお暇しましょうか」
はい、と少年が頷き、少し離れた位置からみつの跡を追った。今宵くらいは主従としてではなく。姉弟のように手を繋いで帰れたらいいな、と主が思っていることなど少年は知る由もない。
月は満天の星の海を航海している。秋の夜。永夜は未だ終わらず。人の想いは唄となり大地を流れる大河に運ばれ流れ行く。