奇妙に鳴る家
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■ショートシナリオ
担当:龍河流
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:09月17日〜09月22日
リプレイ公開日:2006年09月26日
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●オープニング
冒険者ギルドというところは、様々な厄介ごとがやってくる。ギルドそのものが厄介ごとに巻き込まれることは少ないが、常日頃から斬った張ったや泥沼の男女関係や国家が滅びるかもしれない策謀にデビルの暗躍などを耳にしていると、ギルドの係員は大抵のことには驚かなくなる。
だから、この日も驚かなかった。
「家の棚からしまってある物が全部落ちたり、いきなり窓枠がガタガタ鳴る。調べてみたが、誰かの悪戯の気配もないし、人影も見かけない‥‥以上に追加することは、ありませんか?」
「窓枠以外もすごい音で軋んだりするんだが、家が傷んでいるわけでないそうだ。そういう原因の音でもないし」
人の家だと思って、のんびり構えて‥‥と言いたげな依頼人は、憔悴した顔付きだ。長年住み慣れた家にそんな異常が突然起きればたいていの人は落ち着いてはいられまい。寝不足で憔悴もするし、イライラが募って僻みっぽくもなろうというものである。
「なんとか、してもらえるのかね?」
「依頼はお受けできます。後はこちらで人を集めて、ご自宅に向かわせますので、少しお時間をください」
「今すぐにでも来てほしいんだが‥‥まあ、よろしく頼むよ」
どことなく足取りのふらふらした依頼人は、来た時よりは少し顔色が良い状態で帰っていった。困りごとの解決に目星がついて、ちょっと落ち着きを取り戻したようだ。
そんな依頼人を見送って受付係のところに同僚がやってきて、こそこそと囁いた。
「今の話って、騒がし何とかだろ? 原因はこれですよって教えてあげたら、気が晴れたかもしれないのに」
原因に心当たりはあるが、細かい名前は思い出さない同僚の言葉に、応対した受付係はこう答えた。
「あなたのおうちにはアンデッドがとり憑いてますよなんて言ったら、倒れちゃうでしょうに」
すぐさま張り出された依頼書には、パリ郊外の家屋で起きている、『屋内のものが勝手に動いたり、家のあちこちで異常な音がしたりする現象の解決』を行うように書かれていた。
アンデッドの名前がないのは、受付係も名前を忘れていたからかもしれない。
●リプレイ本文
依頼で募集した人数の五割増で人がやってきて、依頼人と家族は驚いていたが、家族にとっての何より一番は中丹(eb5231)だった。河童。幾ら月道があるパリに近いとはいえ、そう滅多に見るものではない。
十歳から十四、五歳と思われる娘三人と妻が声にもならない悲鳴を上げて逃げ出そうとしたのを、なだめて、河童の説明をしたのは見るからに聖職者然としたウェルス・サルヴィウス(ea1787)、ついで同じ白クレリックのクリミナ・ロッソ(ea1999)だった。さすがに依頼人は河童を間近に見たのは初めてでも知識があったようで、妻子の無作法を詫びている。更に神聖騎士のフィリッパ・オーギュスト(eb1004)とセレスト・グラン・クリュ(eb3537)、騎士のシャルウィード・ハミルトン(eb5413)、レンジャーのクロード・レイ(eb2762)、ファイターのスラッシュ・ザ・スレイヤー(eb5486)と一通り引き合わされて、その友人達とも挨拶を交わしている。
依頼人の妻子が当初の衝撃から覚めた頃には、冒険者が退去してやってきたと噂を聞きつけて、ご近所が集まってきた。中の姿にたいていは驚くので、実は他にハーフエルフが何人も混じっているとは誰も気付かなかったようだ。場合によってはそれだけで騒動になるので、クロード達の心遣いが功を奏したのだろう。
挨拶が済んだところで、依頼人と家族が一休みしてもらおうにも場所がと言いながら、庭の隅に敷物を出してくれた。馬などもご近所が預かると申し出てくれるのだから、長く住んでいるだけではなく、近隣との関係も良好なのだろう。でも庭の隅なのは、出来るだけ母屋から離れたいからだ。
自分の家なのに痛ましいと、クリミナにセレスト、フィリッパが同情しきりで妻の愚痴を聞いている。シャルウィードとウェルスは依頼人から自宅の中で壊れやすいものや傷が付くと困るもののありかを尋ねていた。子供達は気晴らしにと色々準備してきたセレストの娘、友人達と近所の子供も交えて遊んでいる。
依頼人夫婦の話を聞いて、一同がすでにこれが原因だろうと予想していた『ポルターガイスト』の仕業とほぼ確定した。起きる出来事が、いずれも過去の依頼のポルターガイストの所業と重なるのだ。黙っていても仕方がないので、白クレリックと神聖騎士がその肩書きを活かして、依頼人夫婦に不要な心配を与えないように説明をしている。
アンデッドだけれど、恨みを持った相手に取り憑くものではなく、これの被害に遭うのは運が悪いのだということを懇切丁寧に、途中からは様子を見に来たご近所の人々まで巻き込んで説明。別に依頼人夫婦が何か悪いことをしたわけではないと、徹底しておかないと可哀想過ぎるからだ。
「食器だって、一揃いとなれば安くはないのに」
「アンデッドのくせに、いつまでもこの世に留まろうとは卑しいことこの上ない」
「いずれにしても、お掃除もお手伝いいたしますから」
セレストとシャルウィードの憤りは方向が違うが、いずれも間違ってはいない。クリミナも依頼が終わったら掃除を念入りにして、妻の苦労が軽減されるようにと考えていたりする。
ウェルスとフィリッパは、アンデッドだけれど、倒せば家は問題なく使えると請け負ってやり、更に必要なら清めのお祈りもしようと話していた。
けれども、この時点で一番効いたのが。
「ギルドでも調べたが、運悪く憑かれても、二度三度と被害に遭う家は聞いたことがないそうだ」
クロードは、出現モンスター別には仕分けられていない報告書の山を前に当初の予定を改め、受付係からの聞き取りに方針変更したことは黙って、要点だけを教えてやる。
「聖水も用意してきたで。これで安心や」
中も、出発前に義兄弟の杯を交わした相手から貰うまで、存在もよく知らなかった聖水を見せている。
「そう心配そうな顔するなよ。俺たちに任せりゃ万事収まるぜ」
スラッシュも最後に『多分』と言う言葉を飲み込んだのは、まったくうかがわせない力強い口調だった。
神聖騎士二人が女性で、男性四人の内ウェルスは聖職者、つまりは荒事担当であろう三人が心配事を言葉で払ってくれたので、依頼人と家族、近所の人々も一様に安心した顔付きになった。
でも、依頼人の家は部屋数が台所も含めて八つ、納戸まである、なかなか広いもので、ポルターガイストが何かしでかすのは時も場所も一定しない。そんな状況で家屋や中の家財に出来るだけ傷を付けることなく倒すのは、かなり大変なことなのだと‥‥冒険者達だけは知っていた。作戦は念入りに、だ。
シャルウィードの持参した『惑いのしゃれこうべ』で、依頼人の家にアンデッドがいることはすぐに判明した。反応からして一体だ。しかしこれを使っても、どの辺にいるのかは分からない。あいにく、神聖魔法の使い手たちもディテクトアンデットは使えないので、ポルターガイストをどうやって燻りだすかは難問だった。
けれども、話を聞いたりしているうちに秋の日は翳ってきたし、夜に勝手のわからない家の中でアンデッド狩をしようなんて考える者はいなかった。よって、納屋と母屋の間に焚き火をして、見張りの順番を決め、夕飯である。これはセレストとクリミナが腕を振るった。
「外で煮炊きするには、コツがあるんですが‥‥私はそれほど得意ではないもので」
炉を組むのは家事の心得があるウェルスが手伝っていて、他の男性陣も力仕事ならと参加している。中は水汲みついでに、頭の皿を湿らせてきたようだ。
「大事な柱の位置を聞いてきました」
この間にフィリッパは近くの大工を依頼人と訪ねて、家の異常がたてつけなどではないことを確認しがてら、絶対に傷めてはいけない場所を聞いてきた。板に描いた図を見ながら、食事前に全員で確認だ。
食事の席には依頼人家族もやってきて、事細かに何が起きたかを話してくれたが、昼頃に彼らが到着した時とは見違えるほど顔色が良い。その間も母屋には目立つ異常はなく、依頼人家族は納屋に、冒険者一同はそれぞれのテントや焚き火の側で寝袋や毛布に包まって寝入った。もちろん交代で様子を窺う人はいる。
そうして夜が明ける頃合に。
「ええい、アンデッド風情がふざけた真似を」
母屋の中から響いた、原因がよく分からない大変な音に、ちょうど見張りだったシャルウィードが小さくはない声で毒づいた。全員が跳ね起きて、クリミナはちょっと重い足取りで納屋の依頼人家族の様子を見に行っていた。そちらは任せておいて、問題ないだろう。
「あちらに入り込まれないようにしてもらって、後はどうやって叩き出すかだな。こりゃあ、安眠の敵だぜ」
早く仕事を終えて一服と一杯を楽しみたいとスラッシュが口にしたが、目付きに油断はない。ポルターガイストは憑依していたものから離れると、霧のような見え方をするらしい。早朝にそれは判別が付けにくいが、明るくすれば良かろうと中が焚き火に薪を足し‥‥頭の皿にも水を補給している。
「これで追い出せるものかどうか、やってみるか。少しは反応があるかも知れん」
クロードが長弦の弓を手に、母屋のほうへ近付こうとするので、ウェルスが彼の立ち位置にホーリーフィールドを張った。それから思いついて、納屋にも張りに向かう。絶対にアンデッドが入ってこない結界は、依頼人家族には安心だろう。
入れ替わりで戻ってきたクリミナは、アンデッド避けにするつもりだったホーリーライトを持っていて。それを見たフィリッパとセレストがふと思いついた。ホーリーライトの明かりには、よほど目的意識のあるアンデッド以外は近寄らないのだ。ちなみにクロードの弓は、アンデッドなどの活動を妨げるといわれるものである。
「自分が苦しいところからは抜け出そうとするでしょうから、幾つかあれば」
フィリッパは本人が神聖魔法は使わないのでいささか心もとないが、セレストが頷いた。妙案があるらしいと、シャルウィードは冷笑に近いものを浮かべ、スラッシュがホーリーライトを運ぶのなら請け負うと言い出した。クリミナやウェルスが前に出て、怪我でもしたらたまらないと思ったのかもしれない。
クリミナがホーリーライト作りに集中している間に、クロードは家の周りを一周して、フィリッパが確認してくれた間取りと大きさを確認している。どこにホーリーライトを置いて、自身が弓を鳴らすかで、ポルターガイストの出現位置が決まるのだ。
「おいらが持って入ってもええで。間合いの長い武器を持っとるお人の手が塞がるのはいかんやろ」
上を漂われたら自分ではなかなか届かないと、中がまあもっともなことを言うので、家の中にホーリーライトを持ち込むのは中の役目になった。
クロードの見立てと、ホーリーライトの明かりの範囲と、何より武器を振り回しても大丈夫な場所はどこかということで、居間が効力の範囲外に置かれた。この部屋だと、窓に十分な大きさがあるので、もしも外にポルターガイストが現れても外に飛び出せる。そんなことになれば、外に控えるクロードが一矢を見舞っているだろうが。
そうして。
「これはひでえな」
意気揚々とはいかずとも、速やかに家の中に入り込んだ一同は、スラッシュの呟きと同様かそれ以上の感想を抱いた。依頼人家族が逃げ出してから、ポルターガイストは相当大暴れしたらしく、家具の大半がひっくり返っているのだ。ホーリーを使うつもりで憑いてきたウェルスが無事だった戸棚の上から慌てて取り上げたのは、小さな壷だった。昔商売で最初に成功した時の記念品だと、依頼人が縁起を担いで飾っていたものである。
中がホーリーライトを配置して、外でクロードが弓を鳴らし始めたと思しきあたりで、廊下の壁が何か叩き付ける勢いで音を立て始めた。普通の人なら、これで肝を潰して逃げるだろう。しかし、今回の相手は冒険者である。
ウェルスがホーリーを件の壁あたりに当て、中が台所に置いたホーリーライトを持ってきて掲げると、壁のあたりが曇った。フィリッパのローズホイップに、空中ながらも手ごたえがある。
となれば、白クレリック以外は見事に全員魔法の武器を所持していた一同である。廊下では思う存分それらを振るうとは行かなかったが、目論見どおりに居間まで霧状のポルターガイストを誘導した途端に、まるで事前に練習したかのようにざくざくと攻撃を食らわせていく。誰かが端から見ていた場合、何もないところを切り刻もうとしている姿になるのだが、いずれも真剣だ。時に聖水が飛ぶと、霧が身もだえするように揺れた。
それでも、逃げる一方になったポルターガイストは、とうとうホーリーライトの明かりを突っ切って、屋根を突き抜けた。逃げられるかもとなって、初めてシャルウィードの気配と目の色が不穏な状態に変わりかけたが。
「屋根の色が白っぽかったら見逃したかもしれない」
クロードが後でそう語るが、暗色系の屋根から染み出る霧はクロードの目を誤魔化すこと叶わず、速やかに持ち替えられた別の弓から放たれた矢で止めを刺されることになった。そこに至るまでに、霧の姿とはいえいかほど切り刻まれたかは分かる者には分かる。
「止めを逃したのは残念だが、逃がしたわけではないからな」
危うく狂化に陥りかけたシャルウィードは、幸いにして正気を保ったままで事の顛末を見届けている。フィリッパとクロードも、狂化するほどには平常心を失わずに済んだようだ。数で圧しているという思いもあったからだろうか。
いずれにしても、魔力の大盤振る舞いをしたクリミナかとウェルスが、治療の必要もない皆の様子に安堵している。依頼人家族の喜びは、当然それ以上だ。
しかしながら。
「この状況を見捨てて帰るとは、もちろん言わないわね?」
「さあさあ、お掃除いたしましょう」
なまじパリから二時間程度。馬を使えば二人乗りでももう少し早く、睨みを利かせたセレストは空飛ぶ絨毯などというものを持っていた。要するに、パリから通うのに不自由はない。
「せやな、家の中をぬらしてもうたし。干しイチジク貰う約束もしたし」
「飯を作ってもらった恩義もあるからな」
セレストとクリミナ、ウェルスが片付けずには終われないと言い、他の人々も念のためにアンデッドがもう現れないと確証を得たいと思い、依頼人と家族はどちらの申し出も喜んで泊まっていけと言ってくれたが、それだと具合が悪いものが三名ほど。ギルドへの報告がどうとか理由を述べて、通いで片付けの手伝いをすることになった。
もちろんその前に、シャルウィードの『迷いのしゃれこうべ』でアンデッドがいないことは確認してあるが、念には念を入れたいものである。
結局片付けがてらに、ポルターガイストが憑依したものを持ち込んだ形跡がないかや、周辺地域に似たような被害が出ていないかを調べたものの、どちらも該当するものはなかった。前者はこれといって最近家財を増やしていないので、おそらく違うという推測になるが。シャルウィードはどこから発生したかがよほど気になったようで、入念に調べていたけれど、推測以上のものは出てこない。
フィリッパはまた大工を伴ってきて、家の中の点検をしながら、自分達が傷めたところがないかを確かめている。ポルターガイストが散々騒いだ後で、一つ二つ傷があっても依頼人は気にしないのだが、フィリッパは後日なんらかの被害が生じては依頼達成にならぬと考えたようだ。こちらも一通り確認して、問題はなし。
ウェルスとクリミナが、家の中と外とに聖水をまきながら、清めのお祈りをして回る。これをやっても末永くアンデッドを防ぐものではないので、当然そう伝えてあるが、ここまでやってもらえば近所の人々も気兼ねなく招けると依頼人の妻が泣き笑いしていた。やはりアンデッドが取り憑いた家などと言われる心配をしていたようだ。それを聞いて、セレストが様子を覗きに来ていた近所の子供達になにやら入念に言い聞かせている。神聖騎士様の言うことなので、子供達も神妙な面持ちで頷いていた。
ところが中は台所の片づけを手伝いつつ、合間に干しイチジクや蜂蜜漬けの杏などいただいて、時々手が止まっている。初対面では声も出ないほど驚いた娘達が、珍しい河童を餌付けしているのだ。彼が果物が好きと知って、大事なおやつを分けてくれているとも言う。両者共に幸せなので、それはそれでめでたい話だ。
だが、ここまで来て、皆が驚かされたのは。
片付けを手伝っていたクロードが、ささくれた家具で指先をちょっとばかり傷付けた。舐めれば治る程度のものだが、それを見たスラッシュが。
「手が乾燥すると良くないんだ。油に香草を混ぜて、ちょっとだけ塗るといい具合になるものがあるんだが‥‥あかぎれにも効くぞ」
射手は指先まで神経を使うんだから大事にしろとの意見はその通りだが、こわもての彼が実は美容知識に詳しいと知って、驚いたのは一人二人ではなかったのだ。
スラッシュが『本職ではないが』と依頼人の家族用に作ってやった香草入りの油を試したクロードは、なかなかたいしたものだと感心していた。