●リプレイ本文
冒険者に依頼として回ってくることはモンスター退治に比べれば少なかろうが、仕事は分かりやすい犯罪者捜索だ。事情を聞いて集まった冒険者五人の誰も、追われているルドルフが捕まれば殺されるのだと聞いても、同情はない。
けれども。
「それは‥‥事は一刻を争うようだな。案内人には手間を掛けるが、すぐにも森に入ったほうが良かろう」
村長に事の次第と、ルドルフの家族がいればどうしているのかを確認していたイリーナ・リピンスキー(ea9740)の言葉に、彼女と同じハーフエルフのヴァイス・ザングルフ(eb5621)と、それにしがみついているシフールのティート・アブドミナル(eb5807)が頷いた。ゲルマン語が分からない緋宇美桜(eb3064)は、イリーナにジャパン語で説明を受けて、表情を引き締める。
「幾ら猟師とはいえ、森の中を自在に動けるわけではないでしょう。案内人の方や皆さんに近隣の様子をよく確認して、我々の捜索地域を決めないと」
エルフのウォルター・バイエルライン(ea9344)も、ここまでの道のりでの口数の少なさが嘘のように、やるべきことを提案した。すでに決まっている処罰に口を挟む権限がないのは彼も重々承知しているが、ルドルフが見付からなかった場合、被害に遭った村の慣習に則って、唯一の家族である母親が処刑されると聞いては穏やかにはいられない。村長も、酒に溺れる息子を持ったばかりに小さくなって暮らしていた、でもこの村が出来てからの赤ん坊全部を取り上げた老婆を引き渡すのは心苦しかったようだ。
『犬に臭いを追わせれば、少しは足取りがつかめるかも。家に行けば、使っていたものがあるだろうから』
桜とイリーナが種類は違うが犬を連れているので、この提案も速やかに実行に移されることになった。ルドルフの衣類は、村長がすぐに村人に取りに行かせている。
「酒に呑まれたばかりにのう」
「そんなのは言い訳にならないし、三十五になって親を身代わりに責任を逃れるなんて許されない」
相当腹に据えかねたのか、ヴァイスが胸の前で拳を握った。その曲げられた肘のところに器用にしがみついたティートも、頷くのみだ。
「俺達も本人以外を殺すのは嫌だ。だが本人が逃げれば、代わりを出すのも決まりだ」
案内人として引き合わされたエルフの若者は、『殺人犯は処刑する』という村の掟と共に、そういう習慣も教えてくれたが、もう一つ。
「それで罰が済んだら、他の家族に辛く当たってはいけない。それも決まりだ」
それ以上の禍根が残らないように努力するのも掟なのだと、口にした。
他の村人達と捜索地域が重なり過ぎないように相談して、冒険者達と案内人が出発したのは、到着からそれほど経たないうちのことだった。
桜のダイゴロウとイリーナのセルゲイは、村の周辺では臭いを辿れなかった。さすがに多くの人が出入りしたところで、とうに逃げてしまっている一人の臭いをかぎ分けるのは難しかろう。
それで最初は、森歩きに慣れたウォルターとヴァイスの意見に従い、いまだ捜索の手が伸びていない地域へ案内人に導いてもらいつつ、獣道などに人の通った気配が残ってないか目を凝らすことになった。
「道にもなっていないところを歩くのは、この季節でも大変です。そうでない場所があれば、そこは臭いをさぐってもらうのがいいでしょう」
「罠も警戒したほうがいいだろうが‥‥そういうのはあんたも詳しそうだな。俺達も全力でやるが、頼りにもさせてもらうよ」
「おまえほど力はないぞ」
森の中の獣道を、倒れ掛かってくる枯れた下生えを掻き分けながら案内に立つ若者は、それほど警戒心の強い性格ではないらしい。ウォルターの問い掛けに、二つの村の境界線となっている細い川の周囲が、移動するには楽な場所だと教えてくれた。けれどもそこは毎日念入りに誰かしらが見回っているので、水を飲むだけならともかく、川沿いに移動する可能性は低いとのことだった。
「こんなところを移動するのはしんどいのう。上のほうを確かめる必要があれば飛んでも良いのじゃが」
他の皆から『その位置を動くつもりはないだろうに』と思われているティートは、ヴァイスの肩の上でのんびりとくつろいでいる。もともと彼の役割は本人がこれまでに主張していた通りに、火の精霊魔法での支援である。案内人はシフールのウィザードを初めて見たようで、こんな小さな体で本当に魔法が使えるものかと怪しんでいた。
それはともかく。
ヴァイスが罠の警戒をして、ウォルターと案内人が森の様子に不自然なところがないかと目を凝らす。桜は獣道以外に人の痕跡が残っていないかを探っていて、イリーナは皆の後を歩きつつ、二頭の犬にそれぞれ通じる言葉で速度や方向を示している。
一日目は、そうやって過ぎて。
「味気ないのう。まあいたし方あるまい」
火を焚くのも最小限にして、保存食をちょっとあぶっただけのものを齧りつつ、ティートが言うのに誰もが賛成だったが、仕事は討伐ではなく捕縛である。こちらの位置をことさらに知らせてやるわけにも行かず、目立たないようにテントを張り‥‥
『毛布では寒いかもしれないが、セルゲイはこちらに置くからな』
『ありがと。手拭い巻いたから、これで大丈夫』
イリーナと桜は四人用のテントに愛犬と共に横になって暖を取り、
「慣れているとは言え、凍えては困るでしょう」
「これを借りるのじゃ、ヴァイス。わしはこの辺に潜るからな」
「‥‥サメ?」
「なんだ、それは」
テントはともかく、毛布などの持ち合わせがなかったヴァイスとティートの世話をウォルターが焼いている。必要以外のことはあまり口にしないウォルターだから、よほど見兼ねたのだろうか。
ティートはもちろん、ロシア生まれで寒さに耐性があるのかヴァイスも寒さ対策が今ひとつであることに切迫感はなく、案内人はウォルターの荷物に入っていた『まるごとしゃーく』を見て、これまでで一番怪訝そうな顔になった。川魚しか知らないので、これは仕方がない。
深夜に人の気配がどこかでしないものかと、交代で警戒に当たる間にも、森の中は静かだった。他の探索の人々も、息を潜めてどこかに隠れているのだろう。
夜が明ける前には身支度を整えた一行は、まず川沿いに出て、人が現れた痕跡がないかを探した。この時はそうした痕跡は見付からず、今度はウォルターの提案で獣も人も通った痕跡のない場所を探すことにした。
案内人も相当面倒だと口にした通り、そうした場所の捜索は少し進むだけでも重労働だし、どれほど注意しても音がする。森歩きに慣れたウォルターや、足音をしのばせることが可能なヴァイスや桜、そもそも歩かないティートも苦労するのだから、イリーナやセルゲイ、ダイゴロウは周囲の様子を伺ったり、臭いを辿ったりする状況ではない。皆が踏みしめた後を、何とか追っていく状態だ。
けれども。
『あ、あれ』
桜が皆に分かるように大きな身振りで示したのは、木から伸びた蔓だった。ただの蔓ではないのは、張り方が人為的だからだ。ヴァイスが見たところ、兎などを捕るための罠だった。すでに獲物が掛かった後で、蔓は途中で断ち切られているが‥‥
「使い終えた罠をそのままにしておくなんて、よほど大きなものでもなければしないだろう」
ヴァイスの言い分に案内人が頷いた。細い小動物の獣道らしい窪みに、こんなものが残っていたら周辺の獣に危険を知らせるようなもの。それなりに片付けておくだろう。もちろん周辺には、相当体格のよい何者かが通った痕跡が伺えた。
「やれやれ、ようやく役に立てるな。私ではないが」
イリーナがセルゲイの頭を撫でて、持ってきた衣類を嗅がせると、桜もそれに倣う。二頭の犬はしばらく周辺を嗅ぎまわっていたが、目当ての臭いが通った道筋を見付けたらしい。それぞれの飼い主の顔を窺い、合図が出ると歩き出した。実際は走り出しそうなのだが、桜とイリーナが制止しているのだ。先んじて走り出されては、追いつけない可能性もある。
「やれ、もったいない。よほど体格のよい奴のようじゃのう」
悪事さえなさねば、自分がとくとくと世渡りについて語り聞かせてやったのにと、ティートが残念がる頃には、二頭の犬の吠え声に森の中がざわめきだしていた。遠くからは釣られたように吠える声もする。
「矢を使うかもしれません。飛び出さないように」
『矢を用心しろ』
『ダイゴロウ、ゆっくり!』
犬達の目指す先に、大木があるのを見て取ったヴァイスが、ウォルターに合図して少し離れていく。そこに到るまでにルドルフを見付けた場合に備えて、少し間隔を取ったのだ。ティートも一緒だが、二人なら犬の気配に紛れて姿を隠すことも可能だろう。
しかし。
大木の陰にうずくまるようにしていた男は、二頭の犬とウォルター、イリーナ、桜と案内人の四人を見ても、立ち上がることもしなかった。足元に兎が一匹、ちゃんと絞められた状態で放置されている。目ばかりがせわしなく動いて、桜の構える短弓やウォルターとイリーナの小太刀やロッドにも反応がない。
ただ。
「ルドルフだな。お主が逃げれば逃げるほど、母親が身を小さくして暮らさねばならんぞ」
イリーナが呼びかけた途端に、ルドルフは素早い動きで立ち上がった。伸ばした手は何も握っていなかったが、桜が矢をいる直前まで弓を引き絞り、ウォルターは小太刀の鞘を払った。セルゲイとダイゴロウも低く唸り続けている。
そうして、そのルドルフの背後に。
「抵抗すれば、腕の一本も折る」
上手く回り込んだヴァイスが、自分よりほんの少し小さいだけの男を取り押さえた。ルドルフは暴れる様子もなく、地面に倒されるままになっている。
『悪いことをしたと思うなら、逃げなければいいのに』
桜が抵抗のなさに思わず呟いて、それを耳にしたルドルフは意味が分かったわけでもないだろうが‥‥イリーナを見上げた。
「お袋は、無事だろうか」
「村長のところに預けられておる。無事を願うなら、酒は断つべきだったな」
案内人が放った合図で、森の中を人の気配が多数動いた。しばらくしてここまで辿り着いたのは、ルドルフの同じ村の人々で。言葉もなく捕まった男を見やって、村まで連れて行くために縄を掛けた。
この時点では、冒険者の五人も同情の念はなく、ただあまり楽しい仕事ではなかったから早く済んだことに安堵したのだが。
「なんで、遠くに逃げなかったんだい」
息子の姿を認めた母親が、鋭く叫んだ言葉に虚をつかれた。村人達も、ほとんどが驚いた顔をして、それから納得したような風に変わったのは親子の姿を見知っていたからだろう。
『お母さんだもんね』
言葉は分からない桜が、雰囲気で様子を察して呟いた。言葉が分かるのはイリーナだけだが、反応が返ってくることを期待した様子はない。
ヴァイスとティート、ウォルターが、村人からルドルフの身柄を預かってエルフの村近くまでエルフ達と同行することにし、イリーナと桜はこの騒ぎで収穫や冬支度が滞った村の手伝いにと残った。
出掛けていた三人が村まで戻ってきた時、桜は村人に請われてジャパンの歌を披露していて、イリーナは彼らの帰りを見計らったようにスープを作っていた。
後は村長に報告をして、少し余裕を持ってキエフまで帰るだけだ。