素敵?なお茶会への招待〜結婚式は準備から

■ショートシナリオ


担当:龍河流

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月26日〜10月03日

リプレイ公開日:2006年10月07日

●オープニング

 冒険者ギルドの中で、常連依頼人であるところのアデラが落ち着きなく歩き回っていた。受付の前ではアデラの婚約者のジョリオが、係員と話し込んでいる。
「考えてみたらすごい話だな。毎月のように自宅に招いている人の自宅が分からないとは」
「おれだって、よもや一人も聞いたことがないとは思わなかったよ。だからといって、呼ばなかったりしてみろ。一生そのことを言われ続けるんだぞ」
 アデラは別名お茶会ウィザード、冒険者ギルドに毎月のようにお茶会参加者を募集する依頼を出す常連だ。このお茶会にはまた常連冒険者が複数いて、まるで親戚か何かのように付き合っていたのだが‥‥どこかが抜けているアデラは、彼女や彼達の住まいがどこにあるのかをよく知らなかった。おかげで冒険者ギルドにやってきて、結局依頼を出している。
 自分の結婚式とその後の宴会に出てくれる人を募集するって、当人のことを知らなかったら『どういう人?』と思われても仕方がない有様である。
「結婚式だからって、面識のない吟遊詩人とかが応募してきても、当ギルドでは責任を負えません」
「その場合でも、色々手伝ってもらうけど」
「あ、そうですわ。宴会用のお料理の買い物もしなければいけませんし、お料理もですもの。それに注文したワインを受け取りに行ったり、当日は色々運んだり、それから」
「そういう仕事をしてくれる人を手配しているんだから、ちょっと落ち着け。自分で料理しなくてもいいからな」
 今月末の二十九日、アデラはジョリオと結婚式を行う。そこに至るまでの紆余曲折はさておいて、現在準備で何かと忙しい二人なのだが、アデラは当人がしなくても良いことに気を取られてばかりいる。この調子では、結婚式の最中にも、宴会用の料理が気になって気もそぞろってことになりかねない。
 よって、ジョリオが馴染みの冒険者達に結婚式の日取りを知らせるのと同時に、細々した用事を代わりに済ませてくれる人々を募集しにやってきたのだ。仕事の内容は、基本的に宴会の準備と当日の手伝いである。
 ちなみに結婚式のあとの宴会は、延べで百名前後のお客が出入りすることが見込まれている。アデラとジョリオは同じ職場なのだが、それゆえの気安さで仕事仲間が家族連れでお祝いに来そうなのと、アデラの亡くなった両親兄弟の友人知人が連れ立って訪れることが予想されるからだ。もちろんご近所の人々もやってくる。
 そんな宴会の準備と切り盛りをしつつ、落ち着かないアデラをしゃんとさせて、無事に当日に臨めるように手配できるような協力者をジョリオが募集中だ。

●今回の参加者

 ea1763 アンジェット・デリカ(70歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea3677 グリュンヒルダ・ウィンダム(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3776 サラフィル・ローズィット(24歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea8737 アディアール・アド(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9960 リュヴィア・グラナート(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb0116 アーデリカ・レイヨン(29歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 eb2949 アニエス・グラン・クリュ(20歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

神哭月 凛(eb1987)/ 早瀬 さより(eb5456

●リプレイ本文

 結婚式を控えた家は、大抵忙しいものだ。しかし。
「やはりアデラ殿はアデラ殿だな」
 リュヴィア・グラナート(ea9960)が家の入口で口にした通り、家の中は新婦アデラの『色々考えるけど、あんまりうまくいかない』体質をそのまま表していた。そう表現すればまだましだが、結局のところは。
「また何か溜め込んで」
「片付けからですわね」
 アンジェット・デリカ(ea1763)とサラフィル・ローズィット(ea3776)がこめかみをぐりぐり押さえるような惨状が、家の中に展開されていたのだ。具体的には、今のあちこちに木箱に何かが入って点在している。それも相当な数だ。
「ああ、食器ですか。百人からの宴ですから、このくらいは必要かもしれませんね」
 グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)が手近の箱を一つ開けて、中身を確認していた。一緒に覗き込んだアーデリカ・レイヨン(eb0116)はやりがいのありそうな仕事に目を輝かせ、サーラ・カトレア(ea4078)は壊さないように磨かないと、と考えている。そういう点では、今回は頼りがいのある人が多いので心配は要らないだろう。
 そうして今回最年少のアニエス・グラン・クリュ(eb2949)にざっと家の中を案内された、アーデリカ同様にアデラの依頼が初めてのアディアール・アド(ea8737)はといえば。
「これはいい畑ですね。お噂はかねがね伺っていたのですが」
 どういう噂ですか、それは‥‥とアニエスが突っ込めずにいる間に、アディアールは畑に入り込んで野菜や香草の様子をつぶさに観察している。ぱっと手が動いて、葉っぱを何枚か毟った挙げ句に口に入れたような気がしたが、それはきっとアニエスの気のせいだ。
 一通りの案内が済んだので、居間で当日までの手順の確認をとアニエスとアディアールが戻ると、そこではすでにデリ母さんとサラ、ヒルダにリュヴィアの四名にみっちりこってりとこれから一週間の予定を申し付けられているアデラとジョリオの姿があった。傍らでは、アーデリカの指導のもと、サーラが木箱の数々の中身を確認する仕事をしている。
 結婚式のような大人数の集まりのために、ご近所で食器の融通をし合っているのだろう。箱の大きさは色々だが、中身はそれほど変わりない。よって、紛れないようにする必要がある。
「借り物ですから、戻す時に困らないように印をつけておきませんと」
「お皿の柄を書いておけばいいですかしら」
 ここで、ノルマン生まれではないアーデリカがゲルマン語を書くのがちょっとばかり覚束ないことが判ったのだが、あくまでちょっとのこと。皿の模様くらいは読むのに苦労があるわけでなし、サーラと二人で木箱の中身確認を続けている。
 なお、サーラとヒルダが確認したところでは、披露宴はお客が一度に揃うものではなかった。職場は交代勤務なので、仕事仲間は適当に出入りする予定らしい。となれば、いつでも出入りができて、飲食が可能なようにしておく必要があるだろう。さっそくサラとデリ母さんが、あれやこれやとメニューに頭を悩ませている。
 リュヴィアはもっぱら招待客の宿泊手配の確認や、披露宴全体の予算、外してはいけない催しなどを確かめて、当日の宴の内容を考えていたようだが‥‥結論は『買い出しの人手が足りない』だった。友人を一人つれてきているが、それでどうにかなるものではない。まずは日持ちがする食材を速やかに仕入れておく必要があるだろう。この辺の必要物資は、もちろんサラとデリ母さん、アーデリカが指定してくれるのである。
 おかげで準備の心配はないのだが、なんとはなしに全員が心配なのがアデラである。
 婚約者は仕事仲間とはいえ騎士で、親戚もそれ相応の身分らしいジョリオの親戚に、アデラが礼儀作法に疎いなどと思われては、今後の生活に関わる。ついでに友人である自分達の評判にもと思ったかどうか、ヒルダがダンスや基本的な礼儀作法の臨時教師を買って出たのだ。ジョリオはそれほど堅苦しい親戚はいないと言うが、誰も止せとは言わない。
「あの〜、私もお料理のお手伝いをしたほうがいいですわよね?」
「‥‥私達に任せてください。シルヴィ達と頑張りますから!」
 アデラがあれがこれがと気を散らしているよりは、ヒルダには悪いが『邪魔にならないように』違うことをしていてもらいたいと‥‥今日会ったばかりのアディアールとアーデリカも思ってしまったのだ。以前からの友人達の思考たるや、もっと明確である。
「アデラ殿は心配せず、安心して我々に任せておいてくれ」
 リュヴィアの言葉は、何重にも『思いやり』に包まれた、優しい言い回しであった。
 要するに、アデラがうろうろしないほうが話は早く進むし、仕事がはかどるのだ。特に今回の場合は。

 昼過ぎから仕事に向かう二人を送り出し、本日のみ九人の冒険者一同は綿密な計画を相談した。まずは人手が一人でも多く、まだ慌てる必要がない今日のうちに、ある程度の買い物は済ませておくことになる。それでも半数が出掛ければ十分だ。
 居残る人々はまず食器を磨き、テーブルに掛けるクロスを改め、スプーンなどが足りているのか数えて、当日のテーブルの配置なども考える。招待客個々に座る場所を示したりする札は不要だが、宴席を飾る道具立ては必要だ。リボンの何種類かは、あったほうがいいだろう。これらはアデラの姪のルイザがお針子なので、そちらのつてを頼ることにする。
 翌日は何人かが、パリ郊外にあるアデラ所有の畑に出向いて必要なものの目星をつけ、収穫して即日届けてもらうように管理している家族に頼む。これはすでにジョリオが話を通してあるので、話をしに行くだけで大丈夫だ。そのまま、もうちょっと離れたアデラの亡くなった父親が懇意にしていたワインの醸造所にも出向いて、頼んであるワインの受け取り。唯一の男性がエルフの少年のアディアールという陣容ながら、馬と驢馬がやまほどいるので運ぶのはきっと何とかなるはず。どうしようもなかったら、先方に頼んで配達してもらうしかない。この日出掛ける人々は、これで一日が潰れるだろう。
 この日居残る人々は、ここからが大変な騒ぎだ。料理の下ごしらえをして、当日にきちんと宴席が整うようにしなくてはならない。なんでもっと早く呼ばないのかという愚痴を漏らす暇もないほどに忙しい一日になるだろう。
 三日目は、全員で必死に頑張って働いて、多分ようやく結婚式当日に披露宴用の料理が何とかなる‥‥はず。不測の事態など、起きてはいけないのだ。もしもの時は、この日には宴席担当の冒険者も顔を出すので、こき使い倒すしかないだろう。
 そんな風に相談がまとまって、ではそれぞれ仕事に取り掛かろうかという段になって、リュヴィアがジョリオに預かって軍資金の袋を取り出した。けっこう重そうだ。
「一応中身を改めたほうがいいのだろうな」
「一応ではなく、確実に改めて、使った金額も一覧にして報告するものですよ。どれ?」
 買い物は多いが、この重さなら中身が銀貨でも大丈夫とのんびりしていたリュヴィアや、予算のことはあまり考えていなかった他の人々が注視する中、ヒルダが袋の中身をテーブルの上にぶちまけた。たいそう素早い動きで金貨と銀貨をより分け、十枚ずつ数えて積み上げる。この時には、アーデリカがアデラに使ってもいいと許可をもらっていた羊皮紙にペンとインクを添えて、テーブルの片隅に用意している。
「随分張り込んだものじゃないか。百人とはいえ、そんな豪勢な料理でなくてもいいようだがね」
 デリ母さんが目を丸くしたのも道理で、予算は金貨にして三十枚。お客一人当たり銀貨三枚の予算である。貴族のヒルダならこれでも足りない宴席を設ける必要もあるかもしれないが、さすがにアデラとジョリオだと張り込みすぎの様な気も‥‥なにしろこれだけあったら、人一人が半年は普通に暮らせてしまう。
 それでもさすがに『ちょっと驚いた』で済むのは、彼女達冒険者もけっこう大金を取り扱いことが多いからだ。経験が増えれば増えるほど、報酬も増えるためである。
「こんなに必要なのでしょうか。叔父の結婚式では、皆で持ち寄りみたいにしていたのですが」
 アニエスがあまりの大金に使っていいのかとどきどきしているが、ヒルダとアーデリカはまったく動じていない。この二人は、立場柄他人のお金を扱うことも多いのかもしれなかった。おもむろに金貨銀貨を袋に戻し、金額と内訳を羊皮紙に書き込んでいる。
「無駄遣いはできませんわ。結婚生活の最初に財産を失うようなことをしては、この先が思いやられます」
 地の底から這い上がるような声で断言したのは、ジョリオから冗談交じりに『お師匠様だ』と呼ばれたサラである。これでもう、サラがアデラのお師匠様なのはジョリオ公認である。他の誰も、話を聞いただけで疑うこともしないが。
 そしてお師匠様でなくても、この金額を全部使い尽くそうなんてことは、誰も考えていなかった。サーラはあらまあと目を丸くしたままだし、アディアールは何か考え込んでいるが、指が動いてテーブルに書いている文字を見ると、どんな薬草が買えるかと計算しているものらしい。
「宴会の準備は心得がありませんので、買い物の交渉は皆様にお任せいたしますわ」
 サーラが荷物もちに志願して、アディアールは嫌でも連れて行かれることになって、買出し責任者はリュヴィア、目利きはサラで、リュヴィアの友人の神哭月の五人が出掛けていった。途中で花売りも捕まえて、宴会用の花の確保もある程度しておかなくてはならないだろう。大事なところを飾る分は、もちろん当人達が用意するつもりなのだが。
 残ったデリ母さんとアーデリカ、アニエスにヒルダは、アデラがいないうちにと細々した準備を進めている。
 お針子の仕事の休みを貰ったルイザ、バード修行とウィザード修行もお休み決定したシルヴィとマリア、アンナの四人姉妹が帰ってきたときには、家の中はびっくりする程片付き、台所とその裏手には見たこともないほどに色々なものが積み上げられていたのである。
「本日の買い物全額、金貨六枚と銀貨四枚。この調子で参りましょう」
 ヒルダがにっこり微笑んだが、この金額で済んだ理由は深く追求しなかった。一部はアデラの家の裏庭から収穫したり、飼っているニワトリの卵を拾い集めたりしているのだが、それにしたって‥‥
 幸先の良い話である。

 翌日早朝、四人姉妹にアニエスが尋ねたのは、結婚式で何を担当するのか決めているかだ。五人で入口飾るボードを描きつつ、誰が式の最中に指輪を渡すか、教会から出る時に花を撒くか、ベールを持つかの確認をしたのだが。
「それは、決まっていないというんですよ」
 四人がそれぞれ勝手に自分はこれ、他の三人はこれと決めているので、結論はアニエスが言うとおりだ。だがアンナとシルヴィが花を撒き、ルイザとマリアがベールを持つと主張しているので、足りないのは指輪を差し出す係だけ。アニエスは個人的に花を撒きたいのだが‥‥
「それじゃあ、私が足りないところを」
「あらまあ、お手伝いが足りませんのね。それでしたら、わたくし今から教会に出向いて」
 司祭様にお願いしてきますわという後半部分は声が遠くなっていて、振り返ったアニエスの目にサラの姿は映らなかった。
「私もお花を撒きますから。これが終わったら、花摘みに行きましょうね」
 アニエスは当初の希望通りの役を務めることにしたらしい。早くボードを書き上げないと、一緒に出掛ける人々を待たせてしまう。一生懸命描いたボードは、色塗り前にヒルダに見てもらって、華やかな色彩の助言を貰うことになっている。
 その前に、リュヴィアとアディアールと一緒に、畑とワイン醸造所にお出掛けだ。植物にとっても詳しいこの二人がいれば、花だってすぐに見付けられるに違いない。
 四人姉妹が家の中をうろうろしていては、アデラがいるのと同じ状態になる。と心配したのかどうか、リュヴィアも四人姉妹を花摘みに誘い、皆から借り出した馬を連ねて人目を引きつつ、パリから郊外の畑へと向かっていた。
「なるほど、ドレスはルイザ殿が作ったのか。それは見るのが楽しみだな。花も色を合わせたほうがいいだろう。何色のドレスだ?」
 歩く道々、適当な花が咲いていれば摘んで歩き、用意しておいた水の入った桶に挿して、リュヴィアは上機嫌に話している。何しろ一生に一度の結婚式。アデラが結婚するのは妹が嫁にいくような一抹の寂しさもないではないが、何、どうせ来月からもまたお茶会で会えるのだ。気持ちよく祝ってやらねばなるまい。と、ジョリオが聞いたら肩を落としそうなことを考えている。
 だが、彼女もお茶会常連。何のかんの言いつつも、アデラやその姪達の性格をよく把握している。だからアニエスと一緒に歩いている四人姉妹は、叔母に似て『気になることに一直線』な性質の持ち合わせがあるのに、飛び出すこともせずに花を摘みつつ歩いていた。
 問題があるとすれば。
「裏庭の畑も魅力的だが、ここは更に素晴らしいな」
 けっこう歩いて辿り着いた郊外の畑で、魅惑的な香草畑が彼女達を待っていたことだ。畑の管理をしている家族も、アデラの結婚式を楽しみにしていて、例年以上に手塩にかけた作物のどれでも持っていってくれといわんばかりの様子で待ち構えていた。
「今なら、あれもこれも貰っていけるかもしれない‥‥」
 アディアールがぽそりと口にした言葉は、リュヴィアもちらりと思ったことだ。
 そうしてアディアールは、この後醸造所に出向かなくてはならないことをすっかり忘れて、畑の野菜と戯れていた。最初は注文してあるワインの受け取りに行きますなどと自分で言っていたことは、多分もう頭にない。一応必要な野菜の一覧は手元にあり、畑の野菜も見ればどれが収穫時か判断が付くので、リュヴィアや管理人に置き去りにされている。管理人が代わりにワインを馬に積む手伝いに出向くので、その間にアディアールは畑で収穫に勤しむのだ。女の子達は揃って近くの川沿いに花摘みに出掛けている。
「とても色々なお茶を淹れる方だと聞いていましたが、これだけの畑があればそれも当然ですね。何か珍しいものはないでしょうか」
 収穫と趣味がごっちゃになっているが、アディアールは一応働いていた。
 ただし頭の中では、ジャパンで仕入れた健康に良いけど味はトンデモないお茶を淹れてあげようとか、とてつもないことを考えている。成分は素晴らしいが、味がスバラシイお茶とか、色々と頭の中を巡っていた。こんなでも、一応薬草師を名乗っているのである。
 もちろんそんなことを実行しようものなら、数人がかりで裏庭に連れ込まれ、とても怖い目に合わされるなんてことは、彼は予想もしていない。普通に考えても、他人の結婚式でそんなお茶を淹れたらどうなるか分かりそうなものだが‥‥アデラと仲良く出来そうなアディアールだった。
 この頃の居残り組はといえば。
 サーラは家事が得意なわけではないので、宴会場になる庭の掃除をしていた。季節柄大分枯れてきた雑草をむしって、跡を綺麗にならし、抜いた雑草は裏庭の隅に運んで積んでおく。そのうちに畑の肥やしか、台所で焚き付けになるだろう。
 同様に落ち葉を掃き集めて、やっぱり裏庭へ。こうしてみると、随分と広い家である。
「今度は殿方がいらっしゃるから安心ですね」
 昔は大家族だったらしいので、これほど大きな家だったのだろうが、文字通りの女子供五人で住むにはいささか広すぎる。裏庭の畑に手が掛かっている分、表はそれほど熱心に綺麗にした様子がないのは、単に手が足りないからだろう。この庭を見たら、確かにお客を呼ぶのに不安になって、うろたえるかもしれない。と、サーラは冷静に考えている。
「休憩なさいませんか。お茶の用意をいたしましたから」
 途中でアーデリカが一休みを促してくれるまで、サーラはもくもくと働いていたが、彼女はなにしろ踊り手だ。たおやかな見た目に反して、なかなか体力がある。それで生真面目、かつ当日の自分の舞台にもなるので熱心に掃除に勤しんでいたわけだが、休憩で供された料理を食べて。
「当日が楽しみですけれど、踊る前にはあまり食べられないので残念です」
 試食した料理に、ちょっとどころではなく心惹かれていた。でもまずは、夕飯を楽しみにまだ庭掃除を続けることにしたようだ。
 そうして、サーラを魅了した料理の作り手達は。
 肉と魚と野菜に卵の料理を数種類ずつ、スープも複数、お菓子は焼き菓子、冷菓にフルーツの盛り合わせがこれまた何種類も。飲み物もただのワインや香草茶ではなく、手を変え品を変えして準備して‥‥
「ここまでやれば、アデラが肩身の狭い思いをすることはないね」
 デリ母さんが、まるで伯母のようにジョリオの親戚一同に恥ずかしくない料理を整えようと、作る品の内容と種類を確認している。全部作れば、材料に珍しさはないが、そこらの宴席に引けは取らないとヒルダも頷いた内容なので、もう後はひたすら作るだけだ。
 そこまでしなくてもいいのではないかとか、そんなことは誰かが言っても無駄である。幸い誰もそんなことは言わず、デリ母さんは心ゆくまで料理をすることが出来たらしい。それでも、もっと早く呼んでくれればあれもこれも作れたのにとか、時々ぼやいている。それでいて、明日は朝から市場で魚などを仕入れなくてはと、まだ品数を増やしていた。
「申し訳ありません。フリーズフィールドの効果が切れてきたようなので、お願いできますか」
 一日中家の中をくまなく歩いて、あれこれ目配りしているアーデリカが、明日のための冷菓を冷やしたりしているフリーズフィールドの様子を確かめて、デリ母さんを呼びにきた。リュヴィアがいないので、デリ母さん、こちらにも忙しい。
「花はこの中に入れるわけにいかないが、近くに置いたほうがしおれないんじゃないかねぇ」
 そういうのには他の人々ほど詳しいわけではないデリ母さんは、どの辺まで離せばいいかと思いつつ、魚や肉を炙る準備までしていた。花のことは、専門家達に尋ねることにしたようだ。
 その専門家の一人にあがっているだろうサラは、作る予定の料理をどの皿にどう盛り付けるかを悩んでいた。悩みつつも、当然手は料理のために動いている。そうでなくては結婚式に間に合わないのだ。いや、結婚式の前に身支度をすることを考えたら、時間はとてつもなく少ない。
「アデラさんの準備は引き受けるので、自分のことを優先してください」
 アデラに湯浴みをさせるのに、どの香草を入れるのが適当かと確認に来たヒルダがものすごい騒ぎの台所を眺めて請け負っている。しかし彼女も分かっていた。そんなことを言ったところで、サラもデリ母さんもどうせやってくるのだということを。
「お湯を沸かすのでしたら、たくさんないといけませんわね」
 もういっそ庭にかまどを組んで、そこに大鍋でも置いてお湯を沸かしたほうがいいのではないかと皆が思うような状態だが、サラの頭には『やらなければならないこと』が一つ増えてしまったようだ。なにしろとうとう迎えたこの日である。万全の準備を整えて、何一つ問題なく、すべてが滞りなく進んで終わるようにしなくてはと、この聖なる母の使徒は心に決めているのだ。
 アデラより先に仕事を終えて寄り、この決意を聞いてしまったジョリオは、何も言わずに丸太を薪に切り分けていた。どうせ見付かればやらされると思ったらしい。
 まったくもってその通りで、サラは至極ご満悦だったようである。
 そんなサラやデリ母さんを影ながら支えていたのがアーデリカだ。ほとんど一人で食器類をぴかぴかに磨き上げ、テーブルのクロスの裾の繕いをして、テーブルの大きさに合うかを確かめ、披露宴が夕方以降にずれ込むことも考慮してろうそくを買い足しに出掛けた。この買い物だけは、馬もろばも全部出払っていたので一人で苦労したようだ。結局二度往復している。
 この買い物では、預かったお金を二度に分けて支払ったのだが、後から買い込んだものの方が前のものより幾らか値が張っていた。見た目が綺麗なろうそくだからだが、わざわざ分けて買った理由が。
「教会の司祭様が、格別の寄進は受け取られないとお聞きしましたので」
「あー、今年の新しいワイン一樽で手を打ったみたいだったけど、どうしようかと思ってたんだ」
 よほど日頃から懇意にしているのか、それとも単にワインがお好みなのか、結婚式を挙げる教会が現金での寄進は受け取ってくれなかったとアデラが零していたのを耳にしていて、上質なろうそくを買ってきたのである。寄進はちゃんとしなくてはいけませんと、ジョリオに一言つき。色々気にすることが多すぎて、どうしたものかと思っていたジョリオに大変感謝されたようである。
 この時点で、使った費用は全部で金貨八枚と銀貨三枚。
 いつの間にか出納確認をしているヒルダには、もう一つの重要な仕事があった。アデラや姪の四人姉妹が家に帰ってきたら、皆の仕事の邪魔をさせないことだ。
「アデラさんが親代わりだから似ているのか、それとも一族郎党がこの調子だったのか」
 決して人は悪くないし、付き合いにくいわけでもないが、どこかが劇的に抜けている。そういう五人を相手に、ヒルダが取った戦法は『ダンスの練習』だ。礼儀作法は時々ぼんやりなことを除けば、全員一応年齢相応のものは身についている。
 『時々ぼんやり』が一番まずいとも言えるが、性格の根幹に関わることを今更変えようったって無駄なのである。ヒルダもそこまで高望みしなかった。
「なんだか、ものすごく楽しそうですね」
 アニエスに感心されたが、ヒルダはわざわざ男装して、大層乗り気である。これだけの披露宴なら、絶対に踊る人が出るのだし、すでに吟遊詩人などの手配もしてしまったというし、新婦が踊れないでは済まされないと熱弁を振るって教師役を務めている。その足元で四人姉妹がころころ転んでいるのは、とりあえずサーラとアニエスが助けていた。
 ヒルダがここまでやったのだが、案の定というか予想通りというか、誰もが察していた通りに、アデラのダンスはたいして上達しなかった。それでいて。
「ヒルダさんとなら、なんとか踊れそうですわ」
 などと、明らかに間違ったことを口走って、ヒルダの溜息を誘っている。
 そんなこんなしながら、あっという間に結婚式の当日がやってくる。

 裏方に徹してくれるアーデリカとこの日のために呼ばれた歌曲、演芸担当の冒険者達の何人かを残して、希望者は教会の結婚式に乗り込んだ。アニエスは花びらの詰まった籠を持ち、サラはちゃっかり教会関係者の末席に紛れ込んでいる。
 そうして、直前までアデラの花嫁衣裳の着付けから化粧から髪の飾りから一手に引き受けて整えていたデリ母さんは、先程から目の辺りをごしごし擦っていた。『化粧の粉が目に入った』ことになっている。無粋な問い掛けは、しないのが礼儀というものだ。
 リュヴィアは花束に加えて、花嫁の門出を祝う品物を揃えてやり、すっかり満ち足りた笑顔で一隅にいた。ロシア出身の彼女は、白の教会では片隅に控えていることにしたらしい。
 似たような様子で、アディアールも一番後ろに座っている。彼は物珍しいので結婚式に参列させてもらったが、そもそもアデラと以前から馴染みがあるわけではない。この三日ほどで妙に馴染んだが、それはきっと式の最中も参列者を飾る植物に目をやるからだろう。
 サーラは中程で、踊り手の衣装の上に丈の長い上着を羽織って、賛美歌を唱和している。こういうときの賛美歌はだいたい決まっているから、ノルマンの出身者ならたいてい誰でも歌えるものだ。よほど教会と縁が遠くない限りは。
 ゆえにヒルダもけっこう前の席で、代親の上司に付き添われて静々と歩んできたアデラを見たし、転びそうになった回数も冷静に数えてしまった。その数、なんと八回。普通に歩いても五十歩もないのに、緊張しているのか、気もそぞろなのか心配なところだ。
 祭壇近くでは、アデラが転びそうになるたびに、サラがぴくぴく反応するのだが、こちらは幸い列席者のほとんどに気付かれなかった。皆、花嫁を心配して見守ってくれていたので。
 八回目は花婿がちょっと下がって受け止めて、皆がほっと一安心。アニエスと四人姉妹は、目いっぱい安堵のため息をついてしまった。ちょっと列席者の笑いを誘ったかもしれない。
 それでも、式は無事に進んで、終わる頃にはデリ母さんばかりでなく、アデラの家族の友人知人と思しき人々が嬉し涙を拭っていた。もちろんアデラの友人達も何人か。

 だが、喜んでばかりはいられない。そう、ここからが本番なのだ。
「あのあの、私もお給仕しないといけませんわよね」
「アデラさん、あなたはお客様に挨拶しなくちゃいけないのよ。ジョリオ、どこなの。あれほど一緒にいなさいと言ったのに!」
 披露宴が始まって間もなく、予想通りに迷走を始めたアデラは、いわゆる姑のジョリオの母親に引き摺られるように連れ去られた。息子ばかり五人も育てたお方は多少のことには動じないようで、アデラの迷走も妄言も気にせず、息子と並べてあれこれとやるべきことを指図している。
「あれなら嫁いびりの心配はないだろうね」
「いびられても気付かなさそうな方ではありますが」
 デリ母さんの一言に、サラがうっすらと笑った。あまりにアデラが予想通りで、疲労感に苛まれているものらしい。
 そして入口では、アーデリカが来客の名前を確認しながら、新郎新婦への一筆をお願いしていた。アデラとジョリオの友人知人は仕事柄もあって、たいていが読み書き達者な人々だったが、たまにまったく縁がない人もいて。
「何か思いついた図案でもお描きくだされば」
 貴族の宴とはちょっと様相が違ったと内心反省しつつ、描いてもらった花の絵に聞いた名前を書き添えている。
 リュヴィアとアディアールは、二人で来客に振舞うお茶を淹れていたのだが、ほとんど全員が『これは誰が選んだのか』と確かめてくるので、
「これでよかろう。そちらのジャパン伝来の茶は、自分で責任を持て」
「そう言われると、ちょっと迷いますねぇ。アデラさんには好評だったのですが」
 ボードを用意して、『エルフの薬草師が選んだお茶』と看板を出している。リュヴィアが責任を持つのを忌避したアディアールのお勧めのお茶は、『目が冴えるようなお茶を追い求める』人でもあるアデラには大好評だったそうだ。それだけで他の全員が試飲を拒否したいわくつき。
 ヒルダは来客の様子に目を配りつつ、料理が不足しそうなら台所に伝え、時々年配者に丁寧に挨拶を寄越されたりしていた。おかげで。
「落ち着いて食事もできません。後の楽しみでしょうかね」
 言いながら、また迷走を始めそうなアデラの腕を掴んで、ジョリオに引き渡していた。
 そんなアデラの周囲をうろうろしたり、ジョリオの親戚の中に混じっていたりする四人姉妹と行動を共にしていたアニエスは、ふと気付くとアデラの親戚に数えられていた。自分は違うといったほうが良いわけだが、初対面の大人に囲まれて『まあ可愛い』などとやられるとどう話していいか分からない。
「ジョリオさーん、親戚の人に説明をお願いしますー」
 ようやっと近付いてきたジョリオに助けを求めたら、『似たようなものじゃないの』と返されてしまった。
 やがて、何人もの歌い手や演奏家が揃って一曲奏で始め、それに合わせてサーラが身のこなしも軽く踊りだした。ヒルダがアデラ達に教えたものとは違うが、サーラは類稀な踊り手だ。宴はどんどんと盛り上がっていく。
 随分と時間がたって、新郎新婦が友人達に冷やかされて姿を消し、その頃にはアデラは眠り込んでいたようにも見えたが、来客も三々五々に入れ替わっていたのが帰るばかりになって賑わいが過ぎ去ると‥‥
「片付けだね」
「そうですわね。倒れている人もいますけれど」
 すっかり脱力した冒険者ばかりが、そこかしこで座り込み、倒れ伏していた。
 ジョリオの親戚達も手伝ってくれることになっているので、片付けは明日のこととして、皆、死んだように眠ったのである。

 翌朝食べた果物と、昼過ぎに料理自慢達が残った料理に手を加えてくれたものが、それはもう美味しかったりするのは、無事に結婚式も披露宴も済んだからだろう。